第54話 蒼月泉への準備
青晶洞のさらに深部に存在するという《蒼月泉》。
そこには、蒼晶竜の幼竜が本来なら生まれた時に力を受けるはずだった《蒼月晶》がある。
重度の魔力欠乏に陥っている幼竜を助けるためには、まず蒼月泉へ至る道を確認しなければならない。
しかし、その道は過去の地震による崩落で閉ざされ、親である蒼晶竜自身も長い間、奥へ進めていない。
現在の地形も、生息している魔物も、推奨レベルすら不明。
だから俺たちは、勢いだけで深部へ向かうことはしなかった。
冒険者ギルドへ情報を共有し、バルガにも《青晶鉄鉱》と《星月》の反応について確認してもらったところで、その日の行動は終わりにした。
ジョウゴ「今日はここまでだな」
バルガ「もうか?」
ジョウゴ「もうか、じゃない。明日も仕事」
バルガ「蒼月晶だぞ?」
ジョウゴ「だからこそ急がない」
俺がそう答えると、バルガは少しだけ黙った。
いつもの素材探しなら「工房!」と叫んでいただろう。
でも今回は、幼竜の命がかかっている。
バルガ「……そうだな」
ジョウゴ「珍しく素直だな」
バルガ「俺を何だと思ってんだ」
カイト「素材を見ると走り出す鍛冶師」
ミナ「工房に連れて帰ろうとする鍛冶師」
レント「未知素材に対する警戒心が消える鍛冶師」
バルガ「お前ら!」
いつもの調子に戻った。
その方が安心する。
◇◇◇
翌朝。
現実世界。
俺――上塚賢吾はいつも通り起床し、朝食を済ませてから仕事へ向かった。
銀行員としての一日は、AWOで古竜と話した翌日でも普通に始まる。
書類を確認し、顧客対応を行い、後輩から回ってきた確認事項にも目を通す。
昼休みになってからスマートフォンを確認すると、AWO公式アプリに通知が届いていた。
《シズナ冒険者ギルド》
《特殊調査《蒼月泉》に関する資料調査が進行しました》
《該当クエスト参加者は、ログイン後に冒険者ギルドへお越しください》
「もう見つかったのか」
さすがに蒼月泉そのものの場所まで判明したとは思わない。
でも、百年以上前の記録に《蒼月の谷》という地名が残っていた。
何か手掛かりくらいは見つかったのかもしれない。
俺は通知を閉じた。
昼休みは昼休み。
午後は午後で仕事だ。
◇◇◇
夜。
帰宅してから夕食、風呂、家事、翌日の準備を済ませる。
それからVR機器を装着した。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「ログイン」
視界が切り替わる。
銀麦亭の客室。
俺は立ち上がり、装備を確認する。
腰には《星月》。
外部魔力流入は手動遮断したままだ。
《魔力調整核蓄積量:79%》
《外部魔力流入:手動遮断中》
問題なし。
階段を下りる。
ミナ「おかえり、ジョウゴ!」
ジョウゴ「ただいま」
カイト「ギルドから連絡見た?」
ジョウゴ「ああ」
レント「俺たちも待っていた」
今日は全員揃っている。
テーブルの上には食事ではなく、青晶洞周辺の簡単な地図が広げられていた。
ミナ「今日は洞窟に行く?」
ジョウゴ「まずギルドの話を聞いてから」
カイト「だよな」
レント「準備不足のまま深部へ入る必要はない」
そこは全員同じ意見だった。
◇◇◇
シズナ冒険者ギルド。
俺たちは前回と同じ会議室へ通された。
副支部長のグレイスが待っている。
ただし、今日は一人ではなかった。
隣には白髪の老人が座っている。
冒険者には見えない。
分厚い本と、古びた地図を何枚も抱えている。
《エドガー》
《シズナ冒険者ギルド・記録管理官》
エドガー「君たちが蒼晶竜と話した冒険者か」
ジョウゴ「はい」
エドガー「なるほど」
何がなるほどなのか分からない。
エドガーさんは俺たちを一人ずつ見た後、机の上へ一枚の古い地図を広げた。
エドガー「百十七年前の北東地域の地図だ」
現在の北東草原とは地形が少し違う。
川の位置も完全には一致していない。
それでも、青晶洞が存在すると思われる山の位置は分かった。
そこには古い文字で《蒼月の谷》と書かれている。
エドガー「昨日、副支部長から蒼月泉という名前を聞いてな。倉庫の奥から関連記録を探した」
グレイス「三人がかりで半日だ」
カイト「大変だったんですね……」
エドガー「古い記録というのは、必要な時ほど見つからんものだ」
なんとなく分かる。
銀行でも古い書類ほど探すのが大変だったりする。
◇◇◇
エドガーさんが別の資料を開く。
エドガー「《蒼月泉》という名称そのものが記録に出てきたのは二件だけだ」
レント「場所は?」
エドガー「正確な位置はない」
やっぱり。
そこまで。
簡単。
ではない。
エドガー「だが、こう書かれている」
古い記録を読み上げる。
エドガー「《蒼き竜の眠る山、その胎を抜けた先に月を映す泉あり》」
ミナ「山の胎?」
ジョウゴ「洞窟のことかな」
エドガー「我々もそう考えている」
次の記録。
エドガー「《泉へ至るには、青き鉱脈に沿いて地下を下れ》」
青き鉱脈。
つまり。
ジョウゴ「青晶鉄鉱?」
グレイス「可能性は高い」
俺たちが第一分岐で確認した青晶鉄鉱脈。
その鉱脈を辿れば、蒼月泉へ到達できるかもしれない。
レント「第一分岐のどちら側へ続いているか分かりますか?」
グレイス「昨日設置した観測器と調査員の測定結果では、主鉱脈は右側から第一分岐へ入り、そこから左下方向へ伸びている」
カイト「右に竜がいて、鉱脈はそこから左下?」
ジョウゴ「つまり、蒼晶竜のいる場所よりさらに下へ続いている可能性がある」
グレイス「そうなる」
◇◇◇
エドガーさんが三枚目の資料を出した。
エドガー「問題はこちらだ」
かなり傷んだ記録。
読める部分は少ない。
エドガー「約九十年前の採掘記録だ」
ジョウゴ「蒼鉄の採掘場?」
エドガー「そうだ。当時の採掘者が地下へ新しい坑道を掘ろうとした際、天然洞窟へ接続したらしい」
指が地図の一点を示す。
エドガー「しかし、その先で大型の魔物に遭遇した」
カイト「大型?」
エドガー「記録には《石を喰らう大顎》としか書かれていない」
「……」
嫌な。
名前。
というか。
説明。
だ。
レント「現在も生息している可能性は?」
グレイス「不明だ」
九十年前。
なら。
もういない。
可能性。
ある。
逆に。
同種。
残ってる。
可能性。
もある。
エドガー「さらに、その数年後に地震が発生して採掘場は崩落した。それ以降、奥へ入ったという記録は残っていない」
蒼晶竜。
言ってた。
地の揺れ。
道。
閉ざされた。
時期。
たぶん。
それ。
だ。
◇◇◇
グレイス「そこでギルドとして、探索方針を決めた」
机の上に新しい依頼書が置かれる。
《青晶洞・深部経路調査》
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》関連依頼》
《推奨Lv:12~15》
《調査範囲:第一分岐から旧採掘坑道接続部まで》
《目的:青晶鉄鉱主鉱脈の追跡》
《目的:蒼月泉方面への経路確認》
《目的:崩落地点の確認》
《目的:深部魔物の生息状況確認》
《蒼月泉への到達は今回の必須目標ではありません》
《危険時は即時撤退してください》
そこ。
大事。
今回。
蒼月泉。
行け。
ではない。
まず。
道。
確認。
する。
グレイス「一度で泉まで到達しようとするな」
ジョウゴ「はい」
グレイス「地図を作り、危険を確認し、必要なら戻れ。それを繰り返す」
俺。
頷く。
それ。
一番。
いい。
◇◇◇
ミナ「幼竜は大丈夫なんですか?」
ミナが心配そうに尋ねる。
グレイス「今朝、観測器を通じて蒼晶竜と短い会話を試みた」
ジョウゴ「話せたんですか?」
グレイス「一応な」
すごい。
もう。
直接。
話した。
らしい。
グレイス「幼竜の状態は昨日から大きく変わっていない。蒼晶竜も、数日程度なら維持できると答えた」
ミナ「良かった……」
グレイス「だからこそ急ぐな、とも言われた」
「……」
親。
側。
まで。
同じ。
こと。
言ってる。
グレイス「《急ぎ、道を誤るな》だそうだ」
ジョウゴ「分かりました」
なら。
なおさら。
慎重。
進む。
◇◇◇
会議室を出る前に、ギルドから新しい装備を渡された。
今回の探索で重要になるのは、戦闘装備だけではない。
《簡易測量器》
《魔力方位計》
《探索用発光石×6》
《丈夫な探索ロープ×2》
《携帯用岩盤打診具》
特に《魔力方位計》は、バルガから借りている《魔力検知板・改》とは少し違う。
魔力濃度を測るのではなく、特定の魔力波長がどちらから来ているのかを大まかに示す道具らしい。
今回は青晶鉄鉱の波長を登録済み。
ジョウゴ「鉱脈を追うためか」
グレイス「そうだ」
レント「地図作成は俺がやる」
ジョウゴ「頼む」
カイト「俺はいつも通り前?」
ジョウゴ「ああ。狭い洞窟だから特に頼む」
ミナ「私は回復と状態異常対策だね」
ジョウゴ「お願い」
役割。
決まる。
◇◇◇
ギルドを出た後、俺たちはバルガの工房へ向かった。
深部探索へ行く前に、《星月》の安全対策も進めておきたい。
バルガ「待ってたぞ!」
ジョウゴ「外部魔力制限弁は?」
バルガ「試作できた」
作業台。
小さい。
金属部品。
置かれている。
《外部魔力制限弁・試作型》
《品質:良》
《外部魔力流入制限機構》
《魔力調整核蓄積率80%以上:流入量低下》
《蓄積率90%以上:外部流入遮断》
《試験段階》
ちゃんと。
できてる。
ジョウゴ「九十%で完全遮断?」
バルガ「ああ。残り一割を安全余裕として残す」
レント「昨日話していた放魔経路は?」
バルガ「そっちはまだだ」
無理。
完成。
扱い。
しない。
それ。
大事。
バルガ「だから今回は制限弁だけだ。これを付けても、手動遮断は残す」
ジョウゴ「二重にする?」
バルガ「そうだ。試作機構一個に命預ける馬鹿がいるか」
カイト「今日のバルガ、すごくまとも」
バルガ「今日もだ!」
◇◇◇
星月の鍔元。
魔力調整核。
接続部。
そこ。
試作。
制限弁。
組み込む。
完全。
改造。
ではない。
着脱。
可能。
追加。
機構。
らしい。
そして。
試験。
ミナ。
協力。
する。
ミナ「また私が魔力を出すの?」
バルガ「頼む!」
ミナ「もう慣れたけど」
工房内。
魔力濃度。
上げる。
《周辺魔力濃度:通常値比151%》
《外部魔力反応:微弱》
《蓄積魔力:79%》
少し。
待つ。
《蓄積魔力:80%》
すると。
《外部魔力制限弁:作動》
《外部魔力流入量:低下》
バルガ「よし」
さらに。
ミナ。
魔力。
強く。
する。
《周辺魔力濃度:通常値比186%》
《環境魔力充填:微量》
《外部魔力制限弁:作動中》
蓄積。
増える。
でも。
前。
より。
遅い。
ジョウゴ「効いてる」
バルガ「ああ」
ただし。
九十%。
まで。
試す。
必要。
ない。
今日は。
八十二%。
止める。
あくまで。
基本動作。
確認。
だけ。
バルガ「青晶洞じゃ手動遮断を基本にしろ」
ジョウゴ「分かった」
バルガ「必要な時だけ開放。八十超えたら自動制限。それでも変な挙動したら完全遮断」
ジョウゴ「了解」
《星月に試作補助機構が追加されました》
《外部魔力制限弁・試作型》
《正式機能ではありません》
正式。
ではない。
それ。
忘れない。
◇◇◇
次。
装備。
準備。
する。
回復薬。
多め。
状態異常。
対策。
解毒薬。
麻痺回復薬。
食料。
水。
ランタン。
予備油。
ロープ。
採掘用。
小型つるはし。
ただし。
今回は。
採掘。
目的。
ではない。
崩落。
地点。
確認。
必要。
なる。
可能性。
ある。
から。
持つ。
だけ。
そして。
装備。
全部。
確認。
した。
ところ。
ミナ「ご飯は?」
ジョウゴ「持った」
ミナ「何食分?」
ジョウゴ「二食分」
ミナ「非常食は?」
ジョウゴ「別にある」
ミナ「おやつは?」
ジョウゴ「必要?」
ミナ「必要」
カイト「即答」
レント「長時間探索では休憩時の軽食も有効だ」
ミナ「ほら!」
ジョウゴ「レントが言うと真面目な理由になるな」
結局。
保存。
効く。
焼き菓子。
少し。
追加。
した。
◇◇◇
でも。
今日は。
まだ。
青晶洞。
行かない。
時間。
確認。
すると。
現実。
そこそこ。
遅い。
ここ。
から。
未知。
深部。
探索。
始める。
良くない。
ジョウゴ「出発は明日」
ミナ「うん」
カイト「了解」
レント「その方がいい」
バルガ「俺も――」
ジョウゴ「来ない」
バルガ「まだ何も言ってねぇ!」
ジョウゴ「来るって言おうとしただろ」
バルガ「……言おうとした」
やっぱり。
◇◇◇
銀麦亭へ戻る。
マリアさんの料理。
食べる。
今日は。
四人。
珍しく。
真面目。
話。
続く。
カイト「もし崩落地点が完全に塞がってたらどうする?」
ジョウゴ「状況確認して帰る」
カイト「掘らない?」
ジョウゴ「その場で勝手には掘らない」
レント「崩落を悪化させる可能性がある」
ジョウゴ「ギルドとバルガに相談して、必要なら専門職を入れる」
ミナ「じゃあ本当に少しずつなんだね」
ジョウゴ「ああ」
蒼晶竜。
言った。
急ぎ。
道。
誤るな。
その通り。
だ。
幼竜。
助けたい。
だからこそ。
失敗。
できない。
◇◇◇
食事。
終わる。
その時。
ポーン。
通知。
来る。
《特殊クエスト《蒼晶竜の願い》》
《探索準備状況を更新しました》
《古代記録調査:完了》
《青晶鉄鉱主鉱脈の追跡手段:確保》
《深部探索装備:確保》
《魔力環境対策:一部完了》
《第一段階進行度:82%》
カイト「八十二?」
ミナ「あと十八%」
レント「何か足りない」
ジョウゴ「何だろう」
装備。
情報。
魔力。
対策。
ある。
食料。
ある。
ギルド。
許可。
ある。
何。
足りない?
すると。
もう一つ。
表示。
《特殊条件》
《蒼月泉へ至る経路には、通常の光源が機能しない区域が存在します》
「……」
カイト「先に言って」
ミナ「ランタン駄目なの?」
続く。
《古代記録情報との照合により、新規探索条件を確認しました》
《《蒼月の道標》を確保してください》
《詳細:シズナ冒険者ギルド記録管理官へ確認可能》
「……」
俺。
天井。
見る。
やっぱり。
一回。
準備。
した。
だけ。
では。
終わらなかった。
レント「明日、まずギルドだな」
ジョウゴ「ああ」
カイト「洞窟行く前にもう一個か」
ミナ「でも必要なんでしょ?」
ジョウゴ「たぶんな」
そして。
俺。
少し。
笑う。
未知。
洞窟。
奥。
行く。
なら。
これくらい。
準備。
必要。
方。
それらしい。
蒼月泉。
向かう。
前。
最後。
必要。
もの。
《蒼月の道標》。
それ。
何。
なのか。
まず。
調べる。
ところ。
から。
次。
探索。
始まりそうだった。




