第51話 青晶洞の主は敵ではない?
翌朝。
目を覚ました俺――上塚賢吾は、ベッドの上でスマートフォンを確認した。
時刻は午前六時半。
AWOの公式アプリには通知が三件。
そのうち二件は普通のお知らせだったが、残る一件はシズナ冒険者ギルドから届いていた。
《北東上流・青晶洞に関する続報》
《深部への立入禁止措置を継続中》
《大型知性体への攻撃・挑発行為を禁止》
《周辺魔力濃度は高い状態で安定》
「攻撃禁止が正式に出たか」
当然だと思う。
昨日、俺たちが青晶洞の第一分岐で遭遇した巨大な存在。
暗闇に浮かんだ黄色い目。
蒼い結晶のようなものが混じった巨大な鱗。
そして、洞窟全体へ魔力を広げるほどの呼吸。
あれが何者なのかは分からない。
でも、人の言葉を理解し、自分でも話した。
俺たちを見ても攻撃せず、ただ「今は去れ」と告げた。
システム上の関係も《中立》。
なら、少なくとも現時点で討伐対象として扱う理由はない。
「……よし」
スマートフォンを置く。
今はAWOより仕事。
朝食を取り、身支度を整え、俺はいつも通り家を出た。
◇◇◇
その日の仕事も特に問題なく終わった。
帰宅。
夕食。
風呂。
家事。
翌日の準備。
いつもの流れを済ませる。
その間にも青晶洞のことは少し気になっていたけど、だからといって生活の順番を崩す必要はない。
VR機器を装着する。
《リアルコンディションチェックを開始します》
《睡眠状態:良好》
《栄養状態:問題なし》
《水分状態:問題なし》
《体温:正常範囲》
《身体活動:良好》
《フルダイブ可能》
ジョウゴ「ログイン」
視界が暗転する。
そして次に目を開いた時には、銀麦亭の二階にある客室だった。
◇◇◇
一階へ下りる。
ミナ「ジョウゴ、おかえり!」
ジョウゴ「ただいま」
カイト「今日は早いな」
ジョウゴ「いつもと同じくらいだよ」
レント「ギルドから呼び出しが来ている」
ジョウゴ「やっぱり?」
予想はしていた。
昨日、俺たちは青晶洞で未知の知性体と接触した。
最初に発見したのも俺たち。
第一次探索を行ったのも俺たち。
そして実際に会話したのも俺たちだ。
追加の聞き取りくらいはあるだろう。
ミナ「今度は戦いじゃないよね?」
ジョウゴ「立入禁止が継続してるから、たぶん報告関係だと思う」
カイト「俺、あいつと戦えって言われても嫌だぞ」
レント「同感だ」
ジョウゴ「レベルすら見えなかったからな」
勝てる。
勝てない。
以前。
そこまで。
話。
じゃない。
そもそも敵対していない。
なら戦う必要もない。
そこへ。
バルガ「ジョウゴ!」
ジョウゴ「今日は何?」
バルガ「星月!」
ジョウゴ「そっちか」
バルガ。
俺の腰。
見る。
バルガ「昨日の高魔力環境で異常なかったか?」
ジョウゴ「手動遮断した後は問題なし。魔力調整核も七十九%のまま」
バルガ「貸せ」
星月。
渡す。
バルガ。
鑑定。
《星月》
《状態:良好》
《耐久値:96%》
《魔力経路安定度:99.2%》
《魔力調整核:正常》
《蓄積魔力:79%》
《魔力遮断刻印:正常》
《星蒼導流鋼芯:正常》
《外部魔力流入:手動遮断中》
バルガ「よし」
ジョウゴ「問題ない?」
バルガ「ああ。経路にも異常滞留はねぇ」
それなら安心。
バルガ「ただ、次に青晶洞へ行くなら《外部魔力制限弁》は付けたい」
ジョウゴ「完成してからな」
バルガ「分かってる」
最近。
本当に。
慎重。
なった。
たぶん。
星月。
正式。
完成。
した。
から。
壊したくない。
だけ。
かもしれないけど。
◇◇◇
シズナ冒険者ギルド。
中へ入ると、いつもの受付ではなく奥の会議室へ案内された。
そこには昨日の受付職員と、見覚えのない男性NPCが待っていた。
年齢は五十代くらい。
灰色の髪。
左頬に古い傷。
腰には剣。
ただ、装備そのものは派手じゃない。
頭上。
表示。
《グレイス》
《シズナ冒険者ギルド・副支部長》
「副支部長」
思ったより。
上。
出てきた。
グレイス「君たちが青晶洞の発見者か」
ジョウゴ「はい。ジョウゴです」
ミナ「ミナです」
カイト「カイトです」
レント「レントです」
グレイス「座ってくれ」
四人。
席。
着く。
机。
青晶洞。
地図。
置かれている。
グレイス「まず昨日の判断について礼を言う」
ジョウゴ「判断?」
グレイス「未知の大型存在へ攻撃を仕掛けなかったことだ」
やっぱり。
そこ。
グレイス「もし君たちが攻撃していれば、現在の状況は大きく変わっていた可能性がある」
カイト「やっぱり強いんですか?」
グレイス「分からん」
カイト「分からない?」
グレイス「だから危険なのだ」
納得。
できる。
強さ。
分からない。
レベル。
見えない。
正体。
不明。
そんな相手。
刺激。
する。
理由。
ない。
グレイス「それに、強さだけが問題ではない」
レント「知性があるから?」
グレイス「そうだ」
グレイス副支部長が頷く。
グレイス「人語を理解し、意思疎通が可能であり、こちらへ明確な敵対行動を取っていない。ならば冒険者ギルドが一方的に討伐対象へ指定することはできん」
それ。
聞いて。
少し。
安心。
する。
NPC。
ちゃんと。
判断。
してる。
魔物。
っぽい。
見た目。
だから。
即。
討伐。
ではない。
◇◇◇
グレイス「そこで、君たちが聞いた言葉をもう一度確認したい」
ジョウゴ「最初に『人か』と言いました」
グレイス「その後は?」
ジョウゴ「俺がシズナ冒険者ギルドから来た調査隊だと答えました。そうしたら『そうか』と返されて、その後に『ならば、今は去れ』と」
レント「最後に俺たちが撤退しようとした時、『久しいな』とも言っていた」
グレイス「久しい、か」
副支部長。
考える。
ミナ「人に会うのが久しぶりって意味でしょうか?」
グレイス「可能性はある」
ジョウゴ「昔からあそこにいた?」
グレイス「それを調べている」
グレイス。
古い。
紙。
机。
出す。
かなり。
傷んでる。
グレイス「青晶洞そのものはギルド未登録だった。しかし、あの地域について古い記録がまったくないわけではない」
レント「何年前?」
グレイス「最も古いもので約百二十年前だ」
「百二十……」
かなり。
前。
グレイス「当時、北東草原のさらに上流には小規模な採掘場が存在したらしい」
ジョウゴ「青鉄砂?」
グレイス「いや。当時の記録では《蒼鉄》だ」
蒼鉄。
星月。
素材。
一つ。
グレイス「しかし採掘量は少なく、運搬も難しかったため数年で放棄された。その記録の末尾に妙な記述がある」
紙。
読む。
グレイス「《山奥より響く青き竜の息吹を聞いた》」
「……」
カイト「竜」
ミナ「じゃあ本当にドラゴン?」
グレイス「まだ断定するな」
副支部長。
即。
止める。
その辺。
俺。
好き。
記録。
一文。
だけ。
それ。
ドラゴン。
確定。
できない。
グレイス「当時の比喩かもしれん。実際に竜を見たという記録ではない」
レント「ただ、青晶洞の存在と大型反応を考えると無関係とも言い切れない」
グレイス「その通りだ」
◇◇◇
さらに。
別。
資料。
出る。
グレイス「そしてもう一つ」
古い。
地図。
北東草原。
上流。
そこ。
小さな。
印。
ある。
《蒼月の谷》
ジョウゴ「蒼月?」
グレイス「現在は使われていない地名だ」
青晶洞。
位置。
ほぼ。
重なる。
グレイス「百年以上前、この一帯は《蒼月の谷》と呼ばれていたらしい」
ミナ「青月石と名前が似てる」
ジョウゴ「でも青月石は月影渓谷だ」
レント「同じ魔力系統の鉱物がある可能性は?」
グレイス「それも調査対象になるだろう」
青月石。
青晶鉄鉱。
蒼鉄。
青鉄砂。
青。
多い。
偶然。
かもしれない。
でも。
地域。
鉱物。
何か。
繋がり。
ある。
可能性。
高い。
◇◇◇
グレイス「問題はここからだ」
副支部長。
表情。
少し。
厳しく。
なる。
グレイス「昨夜以降、青晶洞の魔力濃度は高い状態で安定している」
ジョウゴ「上昇は止まった?」
グレイス「今のところはな」
ミナ「良かった」
グレイス「だが、青晶鉄鉱の反応範囲が広がっている」
ジョウゴ「どういう意味ですか?」
グレイス「洞窟内だけではない」
地図。
指。
動く。
洞窟。
入口。
川。
下流。
俺たち。
最初。
青鉄砂。
見つけた。
地点。
グレイス「今朝、この地点でも微弱な魔力反応が確認された」
レント「下流まで?」
グレイス「ああ」
カイト「危険なのか?」
グレイス「現時点では人体への影響はない」
そこ。
重要。
でも。
グレイス「ただし、この状態が続けば周辺の魔物へ影響が出る可能性はある」
ジョウゴ「魔物の活性化」
グレイス「すでに青晶洞内部では起きている」
ブルーケイブバット。
増えた。
クリスタルスライム。
増えた。
洞窟。
外。
まで。
魔力。
広がれば。
グラスウルフ。
ロッククラブ。
ホーンラビット。
そういう。
魔物。
影響。
受ける。
可能性。
ある。
◇◇◇
ジョウゴ「俺たちに何を?」
副支部長。
俺。
見る。
グレイス「今すぐ青晶洞へ入れとは言わん」
良かった。
グレイス「むしろ現在、深部への立ち入りは禁止したままだ」
ジョウゴ「では?」
グレイス「大型知性体との接触方法を検討している」
ミナ「話し合うんですか?」
グレイス「可能ならな」
討伐。
ではない。
対話。
それ。
一番。
いい。
でも。
レント「誰が行く?」
グレイス「そこが問題だ」
分かる。
初対面。
巨大。
未知。
存在。
誰。
行く。
危険。
ある。
グレイス「ギルド職員を派遣する案もある。高ランク冒険者を護衛につける案もある。しかし、相手がそれをどう受け取るか分からん」
ジョウゴ「武装した大人数で行けば警戒される」
グレイス「そうだ」
そして。
副支部長。
俺たち。
見る。
「……」
嫌。
予感。
というより。
分かる。
グレイス「現時点で、あの存在と言葉を交わした人間は君たちだけだ」
カイト「やっぱりそうなる?」
ミナ「私たち?」
グレイス「まだ依頼ではない」
そこ。
強調。
する。
グレイス「こちらから一方的に危険を押しつけるつもりもない。まず専門家による記録調査を行う。その上で接触が必要と判断された場合、正式に協力を依頼する可能性がある」
ジョウゴ「分かりました」
今。
決める。
必要。
ない。
それなら。
待つ。
◇◇◇
話。
終わる。
その時。
システム。
ポーン。
《特殊イベント情報が更新されました》
《北東上流・青晶洞》
《イベント名称が更新されました》
《特殊イベント《蒼き息吹の主》》
《対象との関係:中立》
《対象情報:未確認》
《次段階条件:調査進行》
名前。
ついた。
《蒼き息吹の主》。
カイト「ボスイベントっぽい名前」
ジョウゴ「でもボスとは書いてない」
レント「対象との関係も中立のまま」
ミナ「戦わなくても進められるイベントなのかな」
ジョウゴ「たぶん」
AWO。
こういう。
ところ。
ある。
敵。
見つけた。
倒す。
だけ。
ではない。
話す。
調べる。
助ける。
そういう。
進み方。
ある。
◇◇◇
冒険者ギルドを出る。
すると。
入口。
近く。
プレイヤー。
何人か。
掲示板。
見てる。
プレイヤーA「青晶洞、立入禁止だって」
プレイヤーB「新ダンジョン?」
プレイヤーC「レイドボスいるとか?」
プレイヤーA「まだ分からんらしい」
噂。
もう。
広がってる。
俺たち。
通り過ぎる。
今。
余計。
情報。
言わない。
ギルド。
正式発表。
待つ。
それ。
一番。
いい。
そこへ。
メッセージ。
来る。
《CROSS株式会社・神崎》
「神崎さん?」
開く。
神崎『お疲れさまです。青晶洞に関するプレイヤー間の話題が増えていますが、現時点でCROSS側から配信要請はありません。ギルド側で立入制限中のため、安全を優先してください』
続く。
神崎『もし今後イベント進行に伴って配信可能となった場合も、ジョウゴさん自身の判断を優先します』
相変わらず。
まとも。
ジョウゴ『了解しました。今のところ配信予定はありません』
送る。
カイト「CROSS?」
ジョウゴ「ああ。配信しろとは言わないって」
ミナ「良かった」
レント「未知の知性体との初交渉を配信するのは危険だ」
ジョウゴ「俺もそう思う」
コメント。
見ながら。
話す。
場面。
ではない。
◇◇◇
銀麦亭。
戻る。
今日は。
冒険。
なし。
情報整理。
だけ。
それでも。
十分。
進んだ。
席。
座る。
マリアさん。
料理。
運ぶ。
マリア「今日は出かけなかったんだね」
ジョウゴ「ギルドで話を聞いただけです」
マリア「たまにはそういう日もいいさ」
その通り。
ミナ「いただきます!」
カイト「今日は早いな」
ミナ「話聞いてたらお腹空いた」
レント「洞窟に入ってないのに」
ミナ「頭を使うとお腹空くの!」
ジョウゴ「満腹度は?」
ミナ。
一瞬。
止まる。
表示。
見る。
ミナ「……四十二%」
カイト「今日は余裕」
ミナ「デザートいける!」
ジョウゴ「そこに着地するのか」
俺たち。
笑う。
その時。
銀麦亭。
扉。
開く。
バルガ「ジョウゴ!」
ジョウゴ「今日はもう工房行かないぞ」
バルガ「違ぇ!」
珍しい。
バルガ。
手。
紙。
持ってる。
バルガ「青晶鉄鉱の追加試験結果が出た!」
ジョウゴ「何か分かった?」
バルガ。
机。
紙。
置く。
バルガ「こいつ、周囲の魔力が濃いほど吸収効率が上がる」
ジョウゴ「それは昨日も」
バルガ「最後まで聞け」
バルガ。
指。
紙。
叩く。
バルガ「一定以上の魔力濃度になると、吸収した魔力の一部を別の青晶鉄鉱へ伝える」
「……」
レント「別の?」
バルガ「ああ」
ミナ「触れてなくても?」
バルガ「近ければな」
それ。
意味。
考える。
青晶洞。
大量。
青晶鉄鉱。
ある。
一つ。
吸う。
隣。
伝える。
さらに。
隣。
伝える。
なら。
ジョウゴ「鉱脈全体が一つの魔力経路みたいになる?」
バルガ「その可能性がある」
静か。
なる。
つまり。
あの。
洞窟。
奥。
巨大。
存在。
魔力。
吐く。
青晶鉄鉱。
吸う。
鉱脈。
通じて。
魔力。
広がる。
地下水。
触れる。
川。
下流。
まで。
反応。
届く。
レント「魔力濃度が下流で上がった理由も説明できる」
バルガ「ああ」
ミナ「じゃあ、あの大きい人が原因?」
ジョウゴ「原因ではあるかもしれない。でも」
俺。
止まる。
原因。
言葉。
少し。
違う。
もし。
あの存在。
昔から。
そこ。
いた。
なら。
今。
突然。
魔力。
増えた。
理由。
別。
ある。
ジョウゴ「百年以上前にも《青き竜の息吹》って記録があった」
バルガ「何?」
ジョウゴ「つまり、あいつが昔からいた可能性がある」
レント「なら、なぜ今になって魔力濃度が上がった?」
そこ。
まだ。
分からない。
◇◇◇
その夜。
ログアウト。
前。
俺。
星月。
確認。
《星月》
《状態:良好》
《魔力調整核蓄積量:79%》
《外部魔力流入:手動遮断中》
青晶洞。
次。
行く。
時。
対話。
なる。
可能性。
ある。
剣。
抜く。
必要。
ない。
方。
いい。
むしろ。
抜かない。
こと。
重要。
かもしれない。
その時。
ポーン。
通知。
また。
来る。
《シズナ冒険者ギルド》
《青晶洞・定点魔力観測器より新規反応を確認》
「新規?」
開く。
《大型知性体の移動を確認》
《深部右経路から第一分岐方向へ接近》
「……」
俺。
立ち上がる。
ミナ「どうしたの?」
ジョウゴ「動いた」
カイト「何が?」
ジョウゴ「あいつ」
全員。
表示。
見る。
続く。
《敵対反応:検出されず》
《魔力濃度:安定》
《移動速度:低》
《現在位置:第一分岐より深部約二百メートル》
近づいてる。
でも。
敵意。
ない。
そして。
さらに。
一文。
《大型知性体周辺に別の魔力反応を検出》
レント「別?」
次。
表示。
《小型生命反応:1》
「……」
巨大。
存在。
だけ。
ではない。
その。
近く。
もう一つ。
小さな。
生命反応。
いる。
俺たち。
顔。
見合わせる。
ミナ「子供……?」
ジョウゴ「分からない」
まだ。
何も。
分からない。
だから。
決めつけない。
でも。
状況。
また。
変わった。
《蒼き息吹の主》。
そして。
その傍。
現れた。
正体不明。
小さな。
生命反応。
どうやら。
次に青晶洞へ向かう理由は。
俺たちが思っていたより早く。
向こうからやって来そうだった。




