間話 はじめましてのメイドさん
間話①です。優斗がしろに初めて会った時のお話です。短めなのでさらっと読んでいただけるかと思います。
とある土曜日の午後。窓から差し込む春の日差しが、リビングを柔らかく照らしていた。キッチンからは、包丁で野菜を刻む小気味よい音が聞こえてくる。しろはエプロン姿で、夕食の下ごしらえをしていた。一方、リビングでは湊がソファに座り、学校の課題と格闘している。
「……やっぱ数学難しいな」
シャープペンシルをくるくると回しながらため息をついた、その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
「はーい」
立ち上がろうとした湊より早く、しろが玄関へ向かった。
「……私が出ます」
「お願いします」
◇
玄関の扉を開ける。そこに立っていたのは、ラフな私服姿の青年だった。黒髪を短く切りそろえ、少し日に焼けた顔。手にはゲームソフトが一本握られている。
「みなt――」
勢いよく声を上げようとした優斗は、玄関に立つ女性を見て固まった。
「……え」
長い銀色の髪に、透き通るような白い肌。整った顔立ち。それらを引き立てる黒と白のメイド服。
「…………」
数秒の間。本当に、言葉が出なかった。しろはそんな優斗を見つめ、小さく首を傾げる。
「……どちらさまでしょうか」
「あっ、えっと!」
我に返った優斗は慌てて頭を下げた。
「白峰優斗です!」
「湊のクラスメイトで!」
「遊びに来ました!」
「……そうでしたか」
しろは静かに頷く。
「少々お待ちください。」
そのまま廊下の奥へ向かう。
「ご主人」
「お客様です」
「優斗だ!」
「はーい、今行く!」
リビングから湊の声が聞こえた。優斗は玄関で待ちながら、まだ混乱している頭を整理しようとする。
(メイド……)
(本物?)
(え、本物だよな?)
(湊ってメイド雇ってたの!?)
そんな努力もむなしく、頭の中が疑問符でいっぱいになる。やがて湊が笑顔でやって来た。
「ごめん、待たせた」
「いや、そんなことより!」
優斗は小声で湊へ詰め寄る。
「誰!?」
「メイド!?」
「だとしたらなんで!?」
「お、落ち着けって」
湊は苦笑する。
「話すと長くなるんだけど」
「一緒に暮らしてる人」
「一緒に暮らしてる!?」
「ファ?!」
思わず変な声が出た。しろはきょとんとした表情で二人を交互に見つめる。
「……どうかされましたか?」
「いや!」
「何でもないです!」
優斗は慌てて首を振った。
◇
リビングへ案内される。
「適当に座って」
「お、おう……」
優斗はソファへ腰掛けた。しかし落ち着かない。視線がどうしてもしろへ向いてしまう。しろは何気もなくお茶の準備を始めていた。急須から丁寧に湯飲みへ注ぐ。動作に無駄がなく、美しいといっても過言ではない。
「……どうぞ」
ことり、と湯飲みを置く。
「あ、ありがとうございます」
思わず敬語になってしまう。
湊はその様子を見て笑った。
「優斗、どうしたんださっきから」
「緊張するだろ!」
「普通!」
「家にメイドさんいたら!」
「まぁ……最初は驚くよね」
「驚くどころじゃねーよ!」
優斗の様子のおかしさに湊はうすうす気づいていた。
「……ち、ちなみにあのメイドさん名前なんて言うの」
「なんでそんなこと聞くんだよ」
「いいだろなんだって!」
「別にいいけど……雪代しろさんだよ」
優斗は一文字ずつ噛み締めるようにつぶやく。
「ゆ き し ろ し ろ さん、か……」
しろは二人のやり取りを静かに見守っていた。
「……」
優斗は恐る恐る尋ねる。
「あの」
「しろ……さん?」
「はい」
「その」
「本当にメイドさんなんですか?」
「はい」
あまりにもあっさり肯定され、優斗は言葉を失う。
「えぇ……」
◇
しばらくしてもとの予定を思い出した優斗は湊と2人でゲームを始めた。
「湊」
「今日は負けないからな」
「この前ボロ負けだったじゃん」
「今日は秘密兵器がある」
「秘密兵器?」
優斗はゲームソフトを掲げる。
「新しいキャラ練習してきた!」
「へー」
テレビの前へ座る二人。しろは少し離れたダイニングテーブルで裁縫を始めていた。優斗はゲームをしながらも、ちらちらとしろを見てしまう。静かで。落ち着いていて。おしとやかで。どこか近寄りがたい雰囲気がある。それなのに、湊と話す時だけはほんの少し表情が柔らかくなる。
(なんだろう)
(この人)
(すごく綺麗なのに)
(なんか放っておけない感じがする)
その時だった。
「……あ」
しろの手から裁縫箱が滑り落ちる。糸やボタンが床へ転がった。
「あっ」
優斗は反射的に立ち上がる。
「大丈夫ですか!」
しゃがみ込み、一緒にボタンを拾い始めた。
「ありがとうございます」
「いえ!」
「これくらい!」
二人で床に散らばった道具を集める。その途中、優斗はふと気付いた。しろの指先には、小さな傷がいくつも残っていた。包丁で切ったような跡。細かな擦り傷。火傷の跡もある。
(家事でできた傷……かな)
優斗は何も聞かなかった。聞いてはいけないような気がした。
「どうぞ」
最後のボタンを手渡す。
「大変失礼しました」
しろは小さく頭を下げた。
「助かりました」
「い、いえ!」
優斗は照れ臭そうに笑う。
「困ってたら助けるのは当然ですから!」
その言葉に、しろは少しだけ目を丸くした。そして、本当に一瞬だけ。
「……そうですか」
ほんの少しだけ、微笑んだ。優斗はその笑顔に、思わず見惚れてしまう。
(あ)
(笑うんだ……)
普段は無表情に近い彼女の、小さな笑顔。その一瞬が、不思議なくらい心に残った。
「優斗ー!」
湊の声が飛ぶ。
「遅延行為!」
「あ、ごめん!」
慌ててテレビの前へ戻る。その日、優斗は結局ゲームに集中できなかった。理由は自分でもよく分からない。ただ一つだけ確かなのは――。玄関で初めて会ったあの日から。白峰優斗の心のどこかに、「雪代しろ」という存在が静かに住み着き始めていた。
間話①でした。お楽しみいただけたでしょうか。しろ自身がメイン(今回の視点は優斗でしたが)をあまり書けていないので書こうと思いました。時系列的には短編として書かせていただいた第一話の少し前のくらいです。まあ普通に考えてメイド雇ってる家なんて見たことないですもんね。これからは間話も不定期で本編に挟んで投稿していくので本編、活動報告ともに今後ともよろしくお願いいたします。




