第九話 やるからには本気で
第九話です。企画が決まったはいいものの、コーヒーカップの制作に行き詰まる2年C組の面々。湊はどうにかならないか、としろに相談してみると意外な提案が返ってきて……。
文化祭まで、あと20日。5月の柔らかな日差しが教室へ差し込み、窓からは少し湿り気を含んだ風が流れ込んでいた。昼休みが終わり、5限目と6限目の間の休み時間。2年C組の教室では、文化祭の話題で持ちきりだった。
「昨日ネットで調べたんだけどさ!」
ひまりがスマートフォン片手に身を乗り出す。
「高校の文化祭でコーヒーカップやってる学校、意外とあるみたい!」
「本当?」
湊も画面を覗き込む。そこには、色鮮やかに装飾された人力コーヒーカップの写真が映っていた。
「すごい……」
「ちゃんと遊園地っぽいな」
その横から優斗も顔を出す。
「これ見ろよ」
「ライトまで付いてるぞ」
「ここまでは無理だろ。」
湊が苦笑すると、優斗は肩をすくめた。
「夢見るくらいいいじゃん」
そんなやり取りをしていると、チャイムが鳴った。
◇
放課後。担任が教壇へ立つ。
「今日は班分けをする」
「企画は決まったんだ」
「ここからは実際に作る段階だぞ」
黒板には大きく四つの班が書かれていた。
設計班
制作班
装飾班
広報・受付班
「希望を聞きながら決めるぞ」
最初に手を挙げたのは優斗だった。
「制作班!」
「木材運んだりするなら任せてください!」
教室から笑いが起こる。
「お前、やる気だけはあるなぁ」
「だけとは失礼な!」
担任も笑いながら名簿へ丸を付けた。続いてひまりが手を挙げる。
「装飾班!」
「看板とか飾り付けやりたいです!」
「九条は絵が上手いからな」
「任せてください!」
次々と班が埋まっていく。そんな中、湊は名簿を眺めながら考えていた。
「朝比奈」
担任が声を掛ける。
「お前はどうする?」
「僕は……」
少しだけ迷ったあと、答える。
「実行委員なので、班には入りません」
「全部の班を回ろうと思います」
教室が静かになる。
「困っている班があったら手伝って」
「全体の進み具合も見て」
担任は満足そうに頷いた。
「いい判断だ」
「それでいこう」
班分けが終わると、今度は各班にバラけての打ち合わせが始まった。
制作班では、
「木材は何本いる?」
「まず寸法測ろう」
装飾班では、
「遊園地っぽくしたい!」
「星とか電飾付けたい!」
設計班では、
「回転軸ってどう作るんだ?」
と、早くも頭を抱えていた。湊は教室をゆっくり歩きながら、一つひとつの班へ声を掛けていく。
「制作班、大丈夫?」
「材料のリスト作ってるところ!」
「了解」
「設計班は?」
一人の男子生徒が困った顔でノートを見せる。
「軸の位置が決まんなくてさぁ……」
「なるほど……」
湊はノートを見つめた。
「完成形を考えるより」
「まず、乗る人がどこに座るかを決めた方が描きやすいと思う」
「あー」
「確かに」
「ありがとう!」
男子生徒はすぐに消しゴムを手に取った。その様子を見ていたひまりが、小さく笑う。
「やっぱり湊ってすごいね」
「え?」
「先に答えを教えるんじゃなくて」
「考え方を教えてるからさ」
湊は少し照れくさそうに頭をかいた。
「そんなつもりじゃないよ」
「みんなで作るものだから、」
「一人で決めちゃったら意味がないし」
その言葉を聞いていた優斗は、木材のカタログを閉じた。
(こういうところなんだよな)
(だからみんな、自然と頼れる)
前に立って引っ張るわけではなく、誰かの隣に立って、一緒に考える。そんな湊だからこそ、このクラスはまとまるのだ。
◇
打ち合わせが終わり、生徒たちが帰り支度を始める頃。設計班の机には、何枚ものラフスケッチが並んでいた。
「朝比奈!」
設計班の男子が湊を呼ぶ。
「これ、家でも考えてくるからさ」
「また明日見せてもいい?」
「もちろん」
その一言で、班のみんなの表情が明るくなる。湊も笑顔で頷いた。
「焦らなくていいんだ」
「いいものを作ろう」
文化祭まで残り20日。
2年C組は、一歩ずつ前へ進み始めていた。そして湊の頭には、昨夜しろからもらった助言が浮かんでいた。
(支える土台を先に考えた方がいい、か)
(……帰ったら、もう一回しろさんに相談してみよう)
鞄の中には文化祭の資料と、しろに相談するために設計班から預かったラフスケッチが何枚か入っている。わが家への帰路を急いだ。
◇
「ただいまー」
玄関のドアを開ける。ぱたぱた、とスリッパの音が近付いてきた。
「……お帰りなさいませ、ご主人」
今日もしろが出迎えてくれる。
「ありがとうございます」
湊は自然と笑みを浮かべた。
「今日は早かったですね」
「班分けだけだったので」
「これから忙しくなりそうですけどね。」
「……そうですか」
しろは湊から鞄を受け取り、丁寧にソファの横へと置いた。
「夕飯まで少し時間がありますし」
「お茶、お入れしますね」
「お願いします」
◇
数分後。リビングには湯気の立つ紅茶と、小さなお皿に乗った手作りだろうか、クッキーが並んでいた。
「クッキーですか」
「……昨日焼きました」
「期限が切れそうな薄力粉が余っていたので」
「そういうのは面倒くさがらないんですね」
さくり、と一口。
ほんのり甘く、バターの香りが広がる。
「おいしい」
「……よかったです」
短く答えるしろだったが、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。湊は鞄から資料を取り出す。
「今日、設計班が悩んでいて」
「……」
「僕も一緒に考えてたんですけど」
「なかなかいい案が浮かばかなくて。」
しろは資料を受け取り、静かにページをめくる。数枚眺めたあと、小さく首を傾げた。
「……ご主人」
「はい?」
「いきなり本物を作るんですか?」
「え?」
「模型を先に作った方が」
「不安なところが分かります」
湊は一瞬きょとんとした。
「模型……」
「そうか」
「いきなり木材で作る必要はない……」
「段ボールとかで小さく作れば」
「問題点も見つかる……!」
思わず立ち上がる。
「その発想はなかった!」
「しろさん、すごいです!」
しろは少しだけ目を丸くした。
「……普通だと思います」
「普通じゃないですよ! 少なくとも普通の23歳女性はこんなこと思いつきませんよ!」
湊は嬉しそうに資料へメモを書き込む。
『縮小模型を作る』
『先に動作確認』
『問題点を洗い出す』
「模型ならみんなも何をしたらいいかわかりやすい」
嬉しそうな湊を見て、しろは静かにお茶を飲んだ。少しだけ、本当に少しだけ。誇らしそうな表情だった。
◇
「じゃあ」
湊は押し入れから段ボールを取り出す。
「試しに作ってみましょうか」
「……はい」
二人は床へ新聞紙を敷いた。
段ボール。
割り箸。
はさみ。
カッター。
定規。
木工用ボンド。
家にあるものだけで、小さな模型作りが始まる。湊が円を描き、しろが定規を当てて切る。
「……もう少し右では?」
「あ、本当だ」
「ありがとうございます」
二人の息は驚くほど合っていた。一時間ほど経つと、両手から少しはみ出るほどのサイズのコーヒーカップ模型が出来上がる。
「できた……!」
湊は目を輝かせた。しろは模型を軽く指で回してみる。
くるり。
滑らかに回転した。
「……ちゃんと回りますね」
「本当だ!」
湊も嬉しそうに回す。
「これなら設計班のみんなにも伝わりやすいなぁ」
子どものように喜ぶ湊を見て、しろは思わず小さく笑った。
「……ふふ」
その笑顔は一瞬だけだった。しかし湊は見逃さなかった。
「しろさん」
「珍しく笑いましたね。」
「……」
「気のせいです。」
「絶対笑いました」
「……気のせいです」
ぷい、とそっぽを向くしろ。その耳がほんの少し赤くなっていることに、湊は気付いていた。
文化祭まで、あと19日。
2人で作った小さな模型は、2年C組の大きな挑戦への第一歩となるのだった。
◇
翌日。校門をくぐる生徒たちの表情は、どこか昨日よりも明るい。文化祭の企画が決まってからというもの、学校中が少しずつお祭りの空気に包まれ始めている。湊も鞄の中に、小さな段ボール製の模型を大切に入れて登校していた。
「壊れてないかな……」
教室へ着くなり、そっと中を確認する。昨日、しろと2人で作った試作品。接着剤がしっかり乾き、きれいな形を保っていた。
「よし」
ほっと胸をなで下ろした、そのとき。
「おはよー!」
勢いよく教室へ飛び込んできたひまりが、机の上の模型を見つける。
「あっ!」
「何それ!」
周りにいた生徒たちも興味津々で集まってきた。
「朝比奈、それ自分で作ったの?」
「模型じゃん!」
「すげぇ!」
湊は少し照れながら答える。
「昨日、家で試しに作ってみたんだ」
「実際に形にすると分かりやすいかなって」
もちろん、しろの助言があったことは忘れていない。けれど、本人は「少し手伝っただけ」と言うだろう。だから詳しくは話さなかった。
「見せて見せて!」
ひまりが模型を手に取る。
「かわいい!」
「これ、ちゃんと回るの?」
「うん」
湊が指先でそっと回す。くるり、と滑らかに回転した。
「おぉー!」
教室から感嘆の声が上がる。
「これならイメージしやすい!」
「設計班呼べー!」
◇
放課後。設計班、制作班、装飾班の代表が一つの机に集まっていた。湊は模型を机の中央へ置く。
「昨日作ってみたんだけど」
「まずはこんな感じのイメージでどうかな」
設計班の男子が模型をじっと見つめる。
「……なるほど」
「回転軸ってここか」
「これならどこに支柱つければいいかも分かるな」
隣では制作班の優斗が腕を組んでいた。
「これ、実際に作れそうじゃね?」
「木材の長さも計算しやすい」
ひまりも模型を覗き込む。
「装飾も考えやすい!」
「ここにリボン付けたり、星付けたり!」
班を越えて意見が飛び交う。昨日まで漠然としていた企画が、模型一つで一気に現実味を帯びてきた。湊はそんな様子を見ながら、静かに微笑む。
(作ってきてよかった)
そのとき、設計班の男子が顔を上げた。
「朝比奈」
「これ、お前一人で作ったのか?」
「え?」
「いや、よく出来てるから」
湊は一瞬だけ迷い、それから笑って答えた。
「家で少し相談しながら作ったんだ」
「相談? 誰に?」
「まあそのなんていうか……家に、こういう組み立てとかが意外と得意な人がいて」
「ふーん」
優斗が興味深そうに言う。
「その人すごいな」
「すごく助けてもらったよ」
それ以上は語らない。しろは目立ちたがる人ではない。きっと、自分の名前を出されるのも望まないだろう。だから湊は、胸の中だけで感謝を伝えた。
◇
「よし!」
優斗が勢いよく立ち上がる。
「これなら制作始められる!」
「ホームセンター行く組も決めよう!」
「設計班は今日中に図面完成!」
「装飾班はイメージ画だね!」
自然とみんなが動き始める。その様子を見て、担任は教室の後ろで腕を組んだ。
「昨日とは別人みたいだな」
誰に言うでもなく呟く。企画が決まったばかりの頃は、「どう作るか」が分からず立ち止まっていた。しかし今は違う。目の前に小さな完成形があるだけで、生徒たちは「次に何をすればいいか」を考えられるようになっていた。そのきっかけを作ったのが、朝比奈湊だった。
「朝比奈」
担任が声を掛ける。
「やるじゃないか」
湊は首を横に振る。
「僕じゃないです」
「え?」
「僕は案をもらっただけですから」
担任は少し笑う。
「その"案"を形にしたのはお前だ」
湊は照れくさそうに頭をかいた。
文化祭当日20日前。二年三組は初めて「文化祭を作っている」という実感を胸に、それぞれの役割へと動き始めた。
そしてその夜もまた、湊は家へ帰り、「ただいま」と玄関を開ける。そこにはきっと、変わらない声で迎えてくれる人がいる。その人の一言が、今日も湊の疲れを優しくほどいてくれるのだった。
「……お帰りなさいませ、ご主人」
第九話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。なんかの漫画で、船を作るときとかもいったん縮小模型を作ってから造船するっていう話を読んだことがありまして、それを参考に書きました。しろもですが湊も器用ですね。いや、しろはある意味不器用かな?感想、ブックマーク等ぜひお願いいたします。次回、第十話もお楽しみに。




