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起きてください、しろさん  作者: アメリカンフットボーラーの威を借るオタク
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7/21

第八話 文化祭、始動――

第八話です。文化祭実行委員として初のホームルームに挑む湊だが、企画決めは難航。しかし、湊の熱い言葉にクラスメイト達は納得し……。

5月も半ばを過ぎ、新緑がまぶしい季節になった。5限目を終えた2年C組はどこかそわそわした空気に包まれ、ホームルームの開始を今か今かと待っていた。


 六限目。ホームルームが始まると、担任は教卓に一枚のプリントを置いた。


「さて」


 教室中の視線が集まる。


「今日から本格的に文化祭の準備を始める」


「『文化祭月間』ということで今日から6限はホームルームもとい、文化祭の準備時間だ。」


 その一言で、教室が一気にざわついた。


「キターーー!」


「何やるんだろ!」


「今年こそ模擬店!」


「お化け屋敷やりたい!」


 楽しそうな声があちこちから上がる。担任は苦笑しながら黒板へ大きく書いた。


 『文化祭企画』


「まずは企画を決める」


「飲食でも展示でもアトラクションでも構わない」


「ただし、学校の許可が下りる内容であること、これが絶対条件だ。」


「あと、今年は朝比奈が実行委員だから進行を頼む」


「え」


 突然名前を呼ばれ、湊は目をぱちぱちと瞬かせた。


「先生……」


「いきなりですか?」


「実行委員だからな」


 担任はあっさりと言う。


「みんなも異論ないだろ?」


「なーい!」


 教室中から返事が返ってきた。湊は苦笑しながら立ち上がる。


「分かりました」


 教壇へ立つと、教室が自然と静かになった。


「じゃあ」


「やりたい企画を出してってください」


 その一言をきっかけに、一斉に手が挙がる。


「メイド喫茶!」


「お化け屋敷!」


「縁日!」


「脱出ゲーム!」


「映画館!」


「執事喫茶!」


 湊は黒板へ一つひとつ丁寧に書いていく。教室はすっかりお祭り騒ぎだった。


「まだありますか?」


「カフェ!」


「スポーツ大会!」


「ダンス発表!」


「……それは体育祭のときにやってくださーい」


 湊がツッコむと、教室に笑いが広がる。そんな中、一人の男子生徒がおずおずと手を挙げた。


「あのさ」


「遊園地のコーヒーカップってできないかな?」


「コーヒーカップ?」


 ひまりが首を傾げる。


「回るやつ?」


「そう」


「人力だけど」


「昔、兄貴の高校がやっててさ」


「めちゃくちゃ楽しそうだったんだ」


 一瞬、教室が静まり返る。そして、


「何それ面白そう!」


「やってみたい!」


「遊園地じゃん!」


 興味を示す声が次々と上がった。しかし、それと同じくらい反対意見も出る。


「危なくない?」


「そんなもん作れんの?」


「予算足りるかな」


「失敗したらどうするの?」


 教室は次第に意見がぶつかり始める。


「いや、無理だって!」


「だからできるって!」


「危ないだろどう考えても!」


 少しずつ声が大きくなっていく。しかし誰にも悪気はないのだろう。それだけ本気で文化祭を楽しみたいのだ。湊はその様子をしばらく見つめていた。そして、教壇の前へ出る。


「みんな」


 決して大きな声ではない。それでも、その一言で教室は少しずつ静かになっていく。


「いったん整理しよう」


 湊は黒板へ近付き、チョークを持った。大きく一本、縦線を引く。


 右側に、


 『良いところ』


 左側に、


 『心配なところ』


 と書く。


「まず」


「コーヒーカップの良いところは?」


 すぐに手が挙がった。


「珍しい!」


「体験型!」


「写真映え!」


「楽しそう!」


 湊は頷きながら書き込んでいく。続いて左側。


「じゃあ心配なところは?」


「安全性」


「予算」


「作るのに時間が足りるかどうか」


「ちゃんと回るか」


「材料」


 こちらもあっという間に埋まった。湊はチョークを置く。


「みんなが心配してることって、まあだいたいこの辺だよね」


 誰もが頷く。


「危ないなら、もちろんやめた方がいい」


「別のことをやればいいわけだし、無理をする必要はない」


 教室は静かだった。


「でも」


 湊はゆっくりと続ける。


「安全に作れる方法があって」


「みんなで協力できるなら」


「挑戦してみる価値はあると思う」


 その言葉に、何人かが顔を上げる。


「僕が思うのは」


「文化祭って」


「完成したものも大切だけど」


「完成させるまでの時間も同じくらい大切だと思う」


「放課後に残って」


「みんなで悩んで」


「失敗して」


「笑って」


「完成したときに、『これ、俺たちが作ったんだな』って胸を張って言える。」


 少し照れくさそうに笑う。


「そんな文化祭になったら、きっと忘れられないと思うんだ」


 教室に静寂が流れる。誰も話さない。その静けさを破ったのは——。


「私はやりたい!」


 ひまりだった。勢いよく立ち上がり、満面の笑みを浮かべる。


「絶対楽しそう!」


「頑張って作りたい!」


 その隣で、優斗も立ち上がる。


「俺も」


「こういうのワクワクするじゃん」


「失敗したら、そのとき考えればいい」


「まずはやってみようぜ」


 その言葉に、教室の空気が変わる。


「……俺もやりたい」


「私も」


「やっぱり面白そう。」


「頑張ればできそうじゃない?」


 一人、また一人と賛同の声が増えていく。担任は腕を組みながら、その様子を静かに見守っていた。やがて教室中の空気が一つになったところで、湊は笑顔で言う。


「じゃあ」


「投票しよう」


「コーヒーカップをやってみたい人」


 ゆっくりと手が挙がる。


 1人。


 2人。


 5人。


 10人。


 そして気付けば、教室のほとんどの手が空へ伸びていた。その光景を見て、担任は満足そうに頷く。


「決まりだな」


「2年C組の文化祭企画は——人力コーヒーカップに決定!」


 教室中に拍手が響く。笑顔があふれる中、湊は少しだけ安堵したように息を吐いた。


 文化祭まで、あと三週間。2年C組の、新しい挑戦が始まった。


◇ 


 放課後。先ほどのホームルームで文化祭の企画が決まった教室は、いつも以上に活気に満ちていた。


「なあ、ホームセンターってどこが近い?」


「設計図って誰が描くんだ?」


「まず大きさ決めないと!」


「回す人も必要じゃない?」


 クラス中でそんな会話が飛び交う。湊は実行委員として、先生から渡された資料を鞄へしまっていた。


「湊」


 優斗が近づいてくる。


「今日は解散でいいのか?」


「うん」


「今日はまだ準備することもないし」


「役割決めは明日からかなぁ」


「そっか」


 優斗は腕を組みながら笑う。


「いやー、楽しみだな」


「俺、絶対制作班」


「向いてそう」


「だろ?」


 そんな他愛もない会話を交わしていると、ひまりも駆け寄ってきた。


「湊!」


「今日帰ったら何するの?」


「え?」


「設計図とか描くの?」


「とりあえず資料を読もうかなって」


「真面目だなぁ」


 ひまりは苦笑する。


「私は帰ったらネットでコーヒーカップ調べよっと!」


「いいね」


「参考になるかも」


 三人で笑い合ったあと、それぞれ帰路についた。


 ◇


 夕焼けに染まる住宅街。湊はゆっくりと家までの道を歩いていた。頭の中は文化祭のことでいっぱいだった。


(人力で回す仕組みって、どうなってるんだろう)


(安全のことも考えないと)


(予算も限られてるしな……)


 考えれば考えるほど、やることが増えていく。それでも不思議と足取りは軽かった。クラスのみんなの楽しそうな顔が、何度も頭に浮かぶ。


「……頑張ろう」


 そう小さく呟き、家の前へたどり着いた。玄関のドアを開ける。


「ただいま」


 湊の声が響いた数秒後。廊下の奥から、聞き慣れた足音が近づいてきた。


「……お帰りなさいませ、ご主人」


 しろがいつものように一礼する。黒と白のメイド服。落ち着いた表情。変わらない「お帰りなさい」に、湊は自然と笑みがこぼれた。


「ただいまです、しろさん」


「今日は少し遅かったですね」


「文化祭の企画決めでホームルームが長引いてしまって」


「……そうでしたか」


 しろはスリッパを揃えながら静かに尋ねる。


「何をやるんですか」


「コーヒーカップです」


「……」


 一拍置いて、


「あっ、飲み物ではなく」


「遊園地のですよ」


「はい」


「人力で回すコーヒーカップ」


 しろは少しだけ目を瞬かせた。


「……回るんですか」


「いえ、回す()()んです」


「……酔いそうですね」


 真顔の一言に、湊は思わず吹き出した。


「あははは」


「……回るものは苦手なんです」


「そうなんですか?」


「……昔一度だけ」


「遊園地で乗ったのですが」


「降りてから五分くらい動けませんでした」


 淡々と語るしろだったが、その内容に湊はまた笑ってしまう。意外とかわいいところがあるな、と湊は思った。


「そんなにですか」


「……はい」


「もう乗りません」


 二人でリビングへ向かう。キッチンからは、香ばしい匂いが漂ってきていた。


「今日は何ですか?」


「……鶏の照り焼きです」


「それに、味噌汁とほうれん草のおひたしです」


「やった」


「先に着替えてきますね」


「……はい」


 ◇


 夕食の時間。食卓には二人分の料理が並んでいた。湊が決めた、「食事は必ず二人で一緒に食べる」という約束は、今日も変わらず守られている。


「それじゃあ……」


「「いただきます」」


 しばらく静かに食事を進めたあと、湊は学校でもらった資料をテーブルの端に置いた。


「これ、文化祭の資料です」


「……」


 しろは照り焼きを一口食べてから、資料へ視線を向ける。


「いろいろ決まりがあるんですね」


「そうなんですよね」


「安全確認とか、予算とか」


「思った以上に大変で」


「まだ設計図も描かなきゃいけないし」


 湊は少し困ったように笑う。


「正直、どこから手をつければいいか分からなくて。」


 しろは資料を手に取り、数ページめくる。細かい文字を丁寧に、しかし素早く追っていく。


「……ご主人」


「はい?」


「これ」


 資料の一か所を指差した。


「回転部分より」


「支える土台を先に考えた方がよろしいかと。」


「え?」


「土台が不安定だと」


「上をどれだけ頑張っても危ないのですよ。」


 湊は驚いた表情でしろを見る。


「しろさん、こういうの分かるんですか?」


 しろは少しだけ考えてから答えた。


「……昔、工事現場で働いていた人の手伝いをしたことがありまして」


「少しだけですが」


 さらりと言うが、湊は思わず目を丸くした。


「そんな仕事もしてたんですか」


「……生活するためですので」


 短い返事だった。それ以上は語らない。けれど、湊には十分だった。


(しろさん……本当にいろんな経験をしてきたんだな)


 そんなことを思いながら、もう一度資料へ目を落とす。しろの助言のおかげで、少しだけ進むべき道が見えた気がした。


「ありがとうございます」


 素直に頭を下げる。しろは小さく首を横に振った。


「……ご主人の役に立てたなら」


 夕食を終えた二人の前には、文化祭の資料が静かに広げられていた。



 食器を洗い終えた頃には、時計の針は午後8時を回っていた。リビングのテーブルには、文化祭の資料と大学ノート、定規にシャープペンシルが広げられている。


 湊は椅子に座り、資料とにらめっこを続けていた。


「うーん……」


 ノートには簡単な円がいくつも描かれている。しかし、どれも途中で線が止まっていた。


「どうしたら安全に回せるんだろう……」


 そう、ただ回ればいいわけではない。乗る人が安心して楽しめることが一番大切だ。だからこそ、湊には適当に考えることはできなかった。向かいでは、しろが洗濯物を畳んでいる。湊はペンを止め、ノートを見つめたまま小さく息をついた。


「やっぱり難しいな……」


 その声に、しろが顔を上げる。


「……見てもよろしいですか」


「ええ」


 湊はノートをしろの方へ向けた。しろはしばらく設計図を眺める。そして、机の上にあったシャープペンシルを手に取った。


「……ここ」


 円の中心を、コツン、と軽く叩く。


「回転軸ですね」


「はい」


「少々細いかと。」


「え?」


「ここに力が集まります」


「なので」


 さらさら、と一本線を書き足す。


「補強があった方が安心です」


「……なるほど。」


 湊は思わず声を漏らした。言われてみれば、その通りだ。回転するたびに負荷が掛かる部分なのだから、一番丈夫にしなければならない。


「それと」


 しろは続ける。


「人が押して回すのでしたら」


「持つ場所も決めた方がいいですよ」


「押す人が転ぶと危ないですし」


 湊は急いでメモを取る。


「すごい……」


「全然気付かなかった」


「……私は」


 しろはシャープペンシルを置く。


「差し出がましいことを……」


「そんなこと言わないでください」


 湊は笑顔で言った。


「すごく助かりました」


「ありがとうございます、しろさん。」


 その一言に、しろは少しだけ視線を逸らした。


「……どういたしまして」


 ◇


 それから一時間ほど。湊はノートに何度も設計図を書き直していた。しろはアイロンがけを終え、洗濯物をしまい、リビングへ戻ってくる。時計を見ると午後9時30分。


「……」


 湊はまだ机に向かったままだ。消しカスが机いっぱいに散らばっている。


「もう少し強く……」


「ここをこうして……」


 夢中になっているらしく、しろが戻ってきたことにも気付いていない。しろはその横顔をしばらく見つめていた。


(昔から、何か始めると、周りが見えなくなる)


 真剣な表情。何度も書き直されたノート。少し猫背になった姿勢。どれも、どこか危なっかしい。しろは静かにキッチンへ向かった。


 ◇


 数分後。


 コト、と机にマグカップが置かれる。


「……あ」


 湊が顔を上げる。湯気の立つココアだった。甘い香りがふわりと広がる。


「しろさん」


「……どうぞ。」


「少し休憩してください」


「ありがとうございます」


 マグカップを両手で包み込む。温かさが指先から伝わってきた。一口飲む。


「おいしい……」


 思わず力が抜ける。しろは向かいの席へ座り、自分のココアにも口をつけた。しばらく、静かな時間が流れる。窓の外では蛙の鳴き声が聞こえ始めていた。


 湊がぽつりと呟く。


「クラスのみんな、本当に楽しそうだったんです」


「だから、失敗したくなくて。」


「みんな期待してくれてるし」


 しろはマグカップを見つめながら静かに聞いている。


「実行委員になって」


「今日、改めて思いました」


「僕一人じゃ何もできないなって」


「みんなが協力してくれるから進められる」


「だから、その期待に応えたいんです。」


 しろは少しだけ目を細めた。


「……ご主人」


「はい」


「期待に応えようとするのは、いいことです」


「でも」


「無理をするのは少し違うと思いますよ」


 静かな声だった。けれど、その一言は真っ直ぐ湊の胸に届く。


「もしご主人が倒れたら」


「文化祭はできません」


「クラスのみなさまも困ってしまいます」


「……私も」


 最後の一言だけ、少しだけ小さかった。湊は思わず目を瞬かせる。


「……しろさん」


「今日は」


 しろは時計へ視線を向ける。


「ここまでにしてください」


「続きは、明日でも描けます」


「でも、眠れる時間は戻ってきません」


 しろらしい言葉に湊は納得したらしく、ココアを飲み干し、時計を見た。


 午後10時。思っていた以上に時間が過ぎていた。


「……そうですね」


 小さく笑う。


「今日は終わりにしましょうか」


 資料を閉じると、しろはほっとしたように息を吐いた。


「……はい」


「お風呂、沸いてます」


「あ、本当ですか」


「ありがとうございます」


 湊が立ち上がる。部屋を出ていく背中を見送りながら、しろは静かにココアを口へ運んだ。


 困っている人を見ると放っておけない。頼られれば、断れない。自分のことはいつも後回し。だからこそ――。


(今度は私が支える番ですね)


 そう決意したあの日から、その気持ちは一度も変わっていない。リビングの明かりを消すと、静かな夜が朝比奈家を包み込んだ。


 文化祭まで、あと三週間。忙しい毎日が始まる。それでも湊には、一日の終わりに「お帰りなさい」と迎えてくれる人がいた。


 それだけで、また明日も頑張れる気がするのだった。

第八話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。湊は本当に出来た青年ですね。自分で書いといてなんですが、こんな素晴らしいこと僕には言えません。人を動かせる人ってのはなかなかいないものです。そんなとこをしろも尊敬してるんでしょうかね。感想、ブックマーク等ぜひお願いいたします。次回第九話もお楽しみに

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