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起きてください、しろさん  作者: アメリカンフットボーラーの威を借るオタク
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6/21

第七話 文化祭実行委員に、俺はなる!(他薦)

第七話です。クラス内での評価も高い湊は、担任からの指名、ひまりと優斗の推薦もあって文化祭実行委員に。文化祭編、始まります。

 4月も終わりに近づいたある日。窓から吹き込む風は少しずつ暖かさを増し、校庭では運動部の掛け声が響いていた。


 放課後。


「このプリントを、各クラスで回しておいてくれってことだ」


 ホームルームで担任が一枚の紙を掲げる。湊たち、2年C組の担任は文化祭実行部の顧問だった。


「来月から文化祭の準備に入る。今年は例年より少し早いからな」


 教室がざわつく。


「もう文化祭か」


「早くない?」


「今年何やろっかな~」


 そんな声が飛び交う中、湊もプリントを受け取った。


『文化祭実行委員 立候補・推薦用紙』


「文化祭か……」


 去年はクラス展示を手伝っただけだった。今年も適当に裏方をやろうか。そう思っていると、


「朝比奈」


「はい?」


 担任がこちらを見る。


「お前、去年はよく動いてくれたよな」


「まあ、それなりには……」


「今年は実行委員、頼めるか?」


「えっ?」


 クラスメイトたちの視線が一斉に集まる。


「朝比奈なら安心」


「確かに」


「面倒見いいし」


「先生も助かるよな」


 次々と賛同の声が上がる。湊は苦笑した。


「いや、でも……」


 断ろうとした、その瞬間。


「賛成ー!」


 一番大きな声を上げたのは、もちろんひまりだった。


「湊なら絶対向いてる!」


「ひまり……」


「去年も困ってたクラス手伝ってたじゃん!」


「まあ……」


「だから今年もお願い!」


 勢いに押される。さらに、


「俺も賛成」


 優斗まで手を挙げた。


「お前、人に頼られるタイプだし」


「優斗もかよ」


「文化祭って裏方が一番大変だからな」


「湊ならできる。」


「……」


 教室中がうんうんと頷いている。完全に包囲網だった。湊は諦めたように息をつく。


「……分かりました。」


「やります」


「おー!」


 拍手が起こる。担任も満足そうに笑った。


「決まりだな」


「よろしく頼む。」


「はい」


 ◇


 その日の夕方。


「ただいま」


「……お帰りなさいませ、ご主人。」


 いつものようにしろが迎えてくれる。今日もメイド服姿だ。夕飯のいい香りが玄関まで漂ってきている。


「今日は少し遅かったですね。」


「ホームルームが長引いちゃって」


 湊は鞄を下ろしながら笑う。


「実は文化祭実行委員になっちゃってですね」


「……文化祭。」


「はい」


「先生とみんなに推薦されちゃいました」


 しろは少しだけ目を丸くした。


「……ご主人らしいですね。」


「そんなことないですよ」


「っていうか、しろさん最近そればっかりですね」


「……事実ですので」


「褒めすぎですよ」


「褒めてません。」


「またその返し」


 くすっと笑い合う。湊はカバンを椅子に置きながら続けた。


「たぶん、これから帰りが少し遅くなると思います」


「準備とかあるので」


「……分かりました。」


 しろは静かに頷く。


「夕飯は温かいまま食べられるようにします」


「ありがとうございます」


「でも、あまり無理はなさらないでくださいね。」


「……はい」


 短い返事。けれど、その声はいつもより少し柔らかかった。


 ◇


 その夜。夕飯を食べ終えたあと、湊は文化祭の資料をリビングで読んでいた。


「今年は何やるんだろう……」


 クラス企画、模擬店、ステージ発表、予算。読むことが山ほどある。向かいのソファでは、しろがぼんやりテレビを見ていた。


 ……正確には、


「……」


 テレビはついている。しかし五分後、


「……すぅ」


 リモコンを握ったまま寝ていた。ソファにもたれかかり、小さく寝息を立てている。湊は資料から顔を上げる。


「早いなぁ」


 時計を見る。午後八時十五分。


「新記録かも」


 思わず笑ってしまう。ブランケットを持ってきて、そっと肩に掛ける。


「おやすみなさい、しろさん」


「……ん」


 寝返りだけが返ってきた。


 静かな夜。


 文化祭という非日常が始まろうとしている一方で、朝比奈家の穏やかな時間は、今日も変わらず流れていた。


◇ 


 翌日。放課後を告げるチャイムが校舎中に響き渡る。それと同時に、教室は一気に騒がしくなった。


「部活行くぞー!」


「今日カラオケ寄らね?」


「宿題写さしてー!」


 そんな喧騒の中、湊だけは席に座ったままだった。机の上には、文化祭実行委員の資料が何枚も広げられている。


「朝比奈」


 担任が教室へ入ってくる。


「そろそろ始まるぞ」


「はい」


 湊は資料をまとめると、実行委員会が開かれる視聴覚室へ向かった。


 会場である視聴覚室には、各クラスから選ばれた実行委員たちが集まっていた。二年生だけでも三十人以上。そこへ生徒会役員も加わり、室内は思っていた以上に賑わっている。


「2年C組、朝比奈湊です」


 受付で名前を告げると、資料一式を渡された。


「こちらへどうぞ」


「ありがとうございます」


 空いている席に腰掛ける。隣には見覚えのある顔があった。


「あ」


「あれ?」


 相手も気付いたようだった。


「朝比奈先輩?」


 小柄な少女が目を丸くする。


「天宮さん?」


 一年生の制服。先日話しかけてきた一年生――天宮結衣だった。


「結衣ちゃんも実行委員なの?」


「はい!」


 結衣は嬉しそうに頷く。


「クラスのみんなに推薦されちゃいました!」


「そうなんだ」


「朝比奈先輩もですよね?」


「そうなんだよ」


「僕も推薦。」


 二人は思わず苦笑した。


「なんだか似てるね」


「ですね」


 結衣はくすっと笑う。


「改めてよろしくお願いします、先輩」


「こちらこそ」


 ◇


「それでは始めまーす」


 生徒会長の挨拶から会議が始まる。文化祭まで約一か月半。実行委員の仕事は想像以上に多かった。


 企画書の提出期限。


 模擬店の衛生管理。


 体育館の使用時間。


 装飾のルール。


 火気使用の注意事項。次から次へと説明が続く。


「……多いな」


 湊はメモを取りながら呟く。その横では結衣も必死にペンを走らせていた。しかし、


「……あ」


 紙を一枚落としてしまう。慌てて拾おうとした瞬間、別の資料まで床へ散らばった。


「あっ、あぁ……!」


 結衣の顔が青くなる。周囲の視線も集まってしまう。


「ご、ごめんなさい……!」


 慌てれば慌てるほど、うまく拾えない。


 その時だった。


「大丈夫?」


 湊が自然にしゃがみ込む。


「はい、これ」


「あ……」


 一枚ずつ向きを揃えながら手渡していく。


「ありがとうございます……」


「焦らなくてもいいんだよ」


「落ち着いて、順番に拾えば大丈夫だから」


 その穏やかな声に、結衣の肩から力が抜けた。


「……はい」


 ほどなくして資料はすべて揃う。


「よかった」


 湊が微笑む。結衣は少しだけ頬を赤くしながら頭を下げた。


「また助けてもらっちゃいました!」


「大げさだよ」


「紙拾っただけだし」


「でも……」


 結衣は小さく笑う。


「やっぱり先輩は優しいです」


 その言葉に、湊は照れくさそうに頬をかいた。


 ◇


 会議が終わる頃には、時計は午後五時半を回っていた。


「今日はここまでです」


「お疲れさまでした!」


 参加者たちが一斉に立ち上がる。


「朝比奈先輩」


 帰ろうとした湊を結衣が呼び止めた。


「ありがとうございました」


「今日も助けてもらって」


「人として当然のことだよ」


「それでもです。」


 結衣は嬉しそうに笑う。


「また来週もよろしくお願いします」


「うん」


「一緒に頑張ろう!」


「はい!」


 元気よく返事をすると、結衣は一年生の昇降口へと小走りで去っていった。その後ろ姿を見送りながら、湊は小さく息をつく。


「……忙しくなりそうだな」


 だが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。誰かと協力して一つの大きなものを作る。文化祭には、そんな楽しさがある。鞄を肩に掛け、夕焼け色に染まる校舎を後にする。


 ◇


 朝比奈家に着く頃には、辺りはすっかり夕闇に包まれていた。玄関の扉を開ける。


「ただいま」


 すると奥から小走りではない、いつもの一定のリズムの足音が聞こえてきた。


「……お帰りなさいませ、ご主人。」


 しろが静かに一礼する。


「今日は少し遅かったですね」


「実行委員会が長引いて」


「……お疲れさまでした。」


 その一言だけだったが、湊にはその言葉がどこか心地よかった。学校では頼られる側。家では、誰かが「お帰りなさい」と迎えてくれる。それだけで、張っていた気がふっと緩む。


「ありがとうございます」


 湊が笑うと、しろもほんの少しだけ目元を和らげた。


「……夕飯、できてます」


「今日はご主人の好きなハンバーグです」


「本当ですか!」


 さっきまでの疲れが嘘のように吹き飛ぶ。


「やった!」


 湊は珍しく年相応のはしゃぎ方をしていた。そんな姿を見て、しろは小さく息を漏らした。笑ったようにも見えたその表情は、一瞬でいつもの無表情に戻る。


(……分かりやすいですね)


 心の中でそう呟きながら、しろはキッチンへ向かった。食卓には、湯気の立つ料理が並んでいる。大きめのハンバーグに、特製のデミグラスソース。付け合わせのにんじんのグラッセとブロッコリーは色鮮やかで、ポタージュスープからは優しい香りが漂っている。見るだけで食欲をそそられる献立だった。


 湊は席に着き、しろも向かいの席へ腰を下ろす。


「それじゃあ」


「……はい。」


 二人は自然と目を合わせた。


「「いただきます」」


 食事が始まる。湊はハンバーグを一口頬張ると、思わず目を見開いた。


「……!」


 肉汁がじゅわっと口の中に広がる。デミグラスソースも濃厚なのに重すぎず、ご飯との相性が抜群だった。


「おいっしいぃぃぃ……」


 自然と笑みがこぼれる。


「やっぱり、しろさんのハンバーグが一番好きです」


「……ありがとうございます」


 しろも静かにハンバーグを口へ運ぶ。食べる姿までどこか上品だった。しばらく二人は静かな時間を楽しむ。この家では、食事中に無理に会話を続けることはない。話したいことがあれば話すが、静かな時間も楽しむ、そんな空気が流れていた。しばらくして、湊が口を開く。


「今日、実行委員会で一年生の天宮さんと一緒だったんです」


 しろはスープを飲む手を止めた。


「……この前の子ですか」


「はい」


「偶然、実行委員になってて」


「隣の席だったんですよ」


「……そうですか」


 短い返事。けれど、ちゃんと聞いていることは分かる。


「資料を落としちゃって。」


「一緒に拾ったりしてたら、『また助けてもらいました』って言われちゃいました」


 湊は苦笑する。


「そんな大したことじゃないんですけどね」


「……」


 しろは少し考えるように視線を落とした。


「ご主人」


「はい?」


「たぶん」


「天宮さんにとっては、大したことです」


「え?」


「人は」


 しろはゆっくりと言葉を選ぶ。


「以前も言いましたが、助けた側より助けられた側の方が覚えています」


「どんな些細なことでも、誰かに助けられた経験は忘れません」


「――いや、忘れられないのです」


 その言葉には、不思議な説得力があった。湊は思わず箸を止める。


「そういうものですか?」


「……そういうものですよ」


 静かに頷く。


「ご主人は、何気なくしたことでも」


「相手は何年経てども忘れていなかった、ということは多々あります」


 その瞳は、どこか遠くを見ていた。まるで、自分自身の記憶を思い返しているように。


「だから」


「今日も、天宮さんは嬉しかったと思います。」


 湊は照れたように笑う。


「そうだったらいいな」


「……はい」


 しろも小さく頷いた。


 ◇


 食事を終え、二人で食器を洗う。しろが皿を洗い、湊が布巾で拭く。この役割分担も、いつの間にか定着していた。


「ご主人。」


「はい?」


「最近、帰りが遅くなりました」


「そうですね」


「文化祭終わるまでは、たぶん、続きます」


「……無理はしないでください」


 いつも通りの落ち着いた声。だが、その言葉には少しだけ心配が滲んでいるような重みがあった。


「大丈夫ですよ」


 湊は笑う。


「みんなでやることですし」


「困ったらちゃんと人に頼ります」


「……それなら」


 しろは安心したように小さく息を吐く。そのとき。


 ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。


「……?」


 二人は同時に顔を上げる。


「こんな時間に?」


 時計は午後七時四十分。宅配にしては少し遅い時間だった。


「僕、出ます」


 湊が手を拭いて玄関へ向かう。


 ドアを開けると——。


「あ!」


「湊!」


 そこに立っていたのは、なぜかまだ制服姿のひまりだった。リュックを背負い、小さな紙袋を持っている。


「急にごめん!」


「明日の数学のプリント、先生が湊に渡し忘れたって連絡きて!」


「私、たまたま学校残ってたから届けに来た!」


「ひまり」


「ありがとう」


「あらためて礼を言われると照れるな……」


 ひまりが笑ってプリントを差し出す。その奥から、しろが静かに玄関へやって来た。


「……九条さま。」


「こんばんは、しろさん!」


「……こんばんは」


 ひまりは紙袋を持ち上げる。


「あ、それと!」


「これ、この前お母さんが作ったクッキー!」


「しろさんにも食べてもらいたいって!」


「……私に?」


「うん!」


「この前遊びに行ったときのお礼、って」


 しろは少し驚いたように目を瞬かせた。


「……ありがとうございます」


 丁寧に頭を下げる。その姿を見て、ひまりはにこっと笑った。


「じゃあ、また明日ね!」


「気を付けてお帰りください。」


「うん!」


「湊も、バイバイ!」


「ああ。 おやすみ」


 元気よく手を振り、ひまりは夜道を駆けていった。玄関の扉が閉まる。静けさが戻る中、しろは紙袋を大切そうに見つめた。


「……」


「どうかしました?」


 湊が尋ねる。しろは小さく首を横に振り、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「……優しい人が、ご主人の周りにはたくさんいらっしゃいますね」


 その言葉に、湊は少し照れくさそうに笑う。


「そうですね」


「僕は恵まれてるのかもしれません」


 しろは静かに頷く。


(違います)


(ご主人が優しいから、優しい人が集まる)


 その言葉は胸の中だけにしまったまま、しろはクッキーの袋をそっと抱えた。


 どこか、温かな夜だった。

第七話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。人は助けられた経験は忘れない、いや、忘れられないものですね。僕自身もそうです。皆さんはいかかでしょうか。感想、ブックマーク等ぜひお願いいたします。次回第八話もお楽しみに。

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