第十話 しろ、参戦!
第十話です。やる気に満ちている二年C組。しかし、様々な班から相談を受けるなかで、湊は人手が足りないことに気づく。そのことを担任に相談すると、「保護者や卒業生なら手伝ってもらってもいい」というアドバイスを受ける。その話を聞いたひまりと優斗が提案したのはもちろん……?
文化祭まで、あと二週間ほど。五月下旬、二年C組の教室は、少しずつ本来の姿を失っていた。黒板には文化祭までの日数。壁際には大量の段ボール。机の上には設計図、工具、装飾用の紙や布。教室の中央には、制作途中のコーヒーカップの土台が置かれている。まだ完成には程遠い。しかし、少しずつ、少しずつ形になっていくそれは、クラス全員にとって特別なものになり始めていた。
「よし、今日も始めよう!」
湊の声が響く。今日は土曜日でありながら、二年C組の教室には湊の呼びかけで三十人近い生徒が集まっていた。文化祭まで残された時間も少ないので、今日は朝から夕方まで、希望者で一気に制作を進める予定になっている。
「制作班は昨日の続き!」
「装飾班は看板の試作!」
「設計班は安全確認お願いします!」
「了解!」
返事が返ってくる。最初の頃とは違った。誰かに言われるまで動かなかったクラスが、今では自分たちから動いている。その中心には、いつも湊がいた。
「朝比奈!」
「ここの補強どうする?」
「えっと……」
湊は設計班とともに作った図面を見る。
「ここに一本追加した方がいいと思うな」
「人が乗った時の負担を考えると、その方が安全」
「分かった! ありがとう!」
次の瞬間。
「朝比奈くん!」
「装飾の布、どっちの色がいい?」
「ちょっと待って、今行く!」
湊はすぐにそちらへ向かう。気付けば、自分が作業を手伝うよりも人の相談に乗っている時間の方が長くなっていた。
◇
昼過ぎ。作業の途中で、制作班の一人が困った顔で資料を持ってきた。
「朝比奈君。」
「どうしたの?」
「材料の計算なんだけど……」
紙を見る。
「木材、もう少し必要かもしれないの」
「補強を増やした方がいいと思って」
湊は頷いた。
「確かに」
「安全面を考えたら必要だね」
しかし。
「でも……」
彼女が言いづらそうに続ける。
「予算、大丈夫かな。」
湊は黙る。
材料費。
装飾費。
必要なものは増えている。もちろん学校から予算は出ている。だが、その予算にも限界はある。そして、何より人手が足りていないことも思い出した。
「先生に相談してみるよ」
湊はそう答えた。そこへ、ちょうど担任が入ってくる。湊は担任の先生を呼び止めた。
「先生!」
「少し相談したいことがあるんですけど」
「文化祭のことか?」
「はい」
先生は教室を見る。休日にも関わらず、多くの生徒が集まっている。
「結構頑張ってるな」
「ありがとうございます」
湊は少し迷ってから話し始める。
「実は」
「作業量に対して、人手が少し足りなくなってきていて」
「材料費や装飾費も含めて、少し厳しいかもしれません」
先生は頷く。
「なるほど」
「まあ、他のクラスも似たような状況だ」
そして少し考える。
「一つ方法がある。」
「方法?」
「保護者や卒業生に協力をお願いすることだ」
湊は目を丸くした。
「いいんですか?」
「もちろん条件はある」
「危険な作業は生徒が担当すること。」
「けがをさせてしまっては、責任が取れないからな」
「学校側が把握できる人であること」
「そこら辺の見知らぬ土建屋のおっさんとか連れてくるなよ?」
「保護者や卒業生による文化祭準備の手伝いや、少々の物資援助程度なら認められている」
「そうなんですね」
湊は少し安心した。
「ありがとうございます」
「ただ」
先生は湊を見る。
「朝比奈」
「お前はもうちょっと人を頼れ。」
「え?」
「クラスをまとめるのは大事だ」
「でも、一人で全部背負う必要はない。」
湊は少し黙った。
まるで見透かされたようだった。
「……はい」
◇
教室へ戻ると、みんなは根気よく作業を続けている。
「どうだった?」
先ほどの話を小耳にはさんでいたのだろう、優斗が聞いてくる。
「先生に相談してきた」
「外部の人の協力は大丈夫みたい」
ひまりが顔を上げる。
「外部?」
「保護者とか、卒業生とか」
「なるほど……」
ひまりは少し考える。そして。
「あ」
「それなら」
湊を見る。
「しろさんは?」
「え?」
突然出た名前に、湊が反応する。優斗も少し顔を上げた。
「しろさん……」
ひまりは続ける。
「前に会ったけど」
「料理も掃除もすごかったし」
「細かい作業とか得意そうじゃない?」
「裁縫もできるって言ってたよね?」
湊は頷く。
「まあ」
「確かに、しろさんは器用だけど……」
優斗も口を開く。
「それに」
「しろさんって、周りを見るのが上手いと思うんだ」
「俺が行った時も、何も言わなくても飲み物出してくれたりしたし。」
ひまりが笑う。
「優斗、結構見てるね」
「いや、普通だろ」
少し慌てる優斗。湊はそんな二人を見て、少し考える。確かに、しろさんならきっと力になってくれる。でも。
(休日なのに)
(しろさんにお願いしていいのかな)
迷いが生まれる。
「もちろん」
ひまりが言う。
「無理に頼むって意味じゃないよ」
「聞いてみるだけ」
「決めるのはしろさんだから」
優斗も頷く。
「そうだな」
「湊が一人で悩むことじゃない」
湊は少し笑った。
「……分かった」
「相談してみる」
◇
夕方。湊は家への道を歩いていた。今日一日の疲れ、文化祭への不安、そして、しろに頼ることへの迷い。全部を抱えたまま、玄関の扉を開ける。
「ただいま帰りました~」
すぐに足音が聞こえた。
「……お帰りなさいませ、ご主人」
いつもの声。いつもの姿。湊はやはり安心した。そのままリビングへと移動する。あらかじめ帰る時間を連絡してあったため、夕食の準備が終わった状態だった。窓の外はすっかり暗くなっている。
「「いただきます」」
二人の声が重なる。しばらくは静かな時間が流れる。しかし、湊は箸を動かしながら、何度もちらりとしろを見る。
「……」
しろはそんな湊の様子に気付いていた。
「ご主人」
「はい?」
「何か言いたいことがありますね」
「えっ」
思わず声が裏返る。
「分かりますか?」
「はい」
しろは頷く。
「今日、帰ってきた時から少し考え込んでいるように見えまして」
湊は苦笑した。
「やっぱり、しろさんには隠し事はできませんね。」
「長く一緒にいますから」
その言葉に、湊は少しだけ嬉しそうに笑う。
「実は」
湊は箸を置いた。
「文化祭のことで相談があります」
湊は今日あったことを話し始めた。クラスでしろと作った模型をもとにコーヒーカップを作っていること。みんな頑張っていること。でも、作業量に対して人手が足りなくなっていること。先生に相談した結果、条件付きで外部の人間の協力が認められたこと。
「それで……」
少し言いにくそうに続ける。
「ひまりと優斗が」
「しろさんに手伝ってもらえないかって」
しろは黙って話を聞いていた。
「もちろん」
湊は慌てて付け足す。
「無理にお願いするつもりはありません」
「しろさんだって休日は休みたいと思いますし」
「それに、学校なんて慣れない場所ですから」
「でも、」
湊は少し視線を落とす。
「もし迷惑じゃなければ」
「少しだけ、力を貸してもらえないかなと思って」
「分かりました」
「え?」
あまりにも迷いのない返事だった。
「お手伝いいたします」
湊は目を丸くする。
「いいんですか?」
「はい」
しろはいつもの落ち着いた表情で頷く。
「ご主人が困っているのでしたら」
「私でよければお力になります」
「でも……」
湊は心配そうに見る。
「休日ですよ?」
「しろさん、いつも僕がほったらかしてる家のことをしてくれているのに」
しろは少し首を傾げた。
「ご主人」
「はい?」
「私は、お家のことを嫌々やっているわけではございません」
「え?」
「料理や掃除も好きでやっています」
「ですから」
しろは少し柔らかく笑う。
「ご主人が大切にしていることのお手伝いをすることも」
「私にとっては、『好きなこと』の部類に入るのでしょう」
湊は言葉を失う。しろはいつもそうだった。自分が何かをしたいからではなく。誰かのためなら、自然に動ける。
「……ありがとうございます」
湊は深く頭を下げる。
「こちらこそ」
「頼ってくださってよかったです」
「え?」
「ご主人は」
しろは少しだけ困ったように笑った。
「いつも一人で頑張ろうとしますので」
「……」
図星だった。
「私にも頼ってください」
その言葉が、湊の胸に残る。
「はい」
◇
翌日。日曜日の朝九時半過ぎ。湊は学校の校門前に立っていた。休日の学校は、平日とは違う静けさがある。文化祭準備に来ている生徒たちの声。遠くから聞こえる部活動の音。それらの要因だけではないのだろう、いつもの場所なのに、少しだけ特別に感じた。
「……」
湊は腕時計を見る。もうすぐだ。その時
「ご主人」
後ろから声がした。振り返る。そこには――。
いつものメイド服ではない、しろの姿があった。
「お待たせしました」
湊は一瞬、言葉を失う。
「……しろさん」
「はい」
「その服……」
「変でしょうか」
「いやいやいや」
湊は慌てて首を振る。
「すごく、似合っています」
しろは少しだけ目を逸らした。
「……ありがとうございます」
そして二人は、初めて一緒に学校の門をくぐる。この日。湊の日常と、しろの日常が。少しだけ交わることになる。
◇
「こっちです」
守衛室で入校許可証を受け取り、教室へ向かいながら湊が一歩前を歩く。しろは周囲を見渡しながら、その後ろをゆっくり歩いた。
「学校に入るのは、久しぶりですね」
「そうなんですか?」
「はい」
「卒業してからは行く機会がありませんし。」
しろは廊下の掲示物に目を向ける。文化祭のポスター。部活動の大会結果。美術部の作品。一つ一つを静かに眺めながら、小さく微笑んだ。
「……ご主人は、毎日ここへ通っているんですね」
「はい」
「楽しいですか?」
突然のらしからぬ質問に、湊は少し考える。
「楽しいですよ」
「もちろん大変なこともありますけど」
「友達もいますし」
「文化祭の準備も、疲れるけど結構好きなんです。」
「そうですか」
しろはどこか安心したように頷いた。
「それなら、よかったです」
その言葉に、湊は少し照れくさくなる。
「しろさん?」
「はい」
「なんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「ご主人が楽しく過ごせる」
「そういう場所があることが、うれしいのです」
湊は思わず笑ってしまう。それにつられてしろも微笑む。二人は笑いながら教室へ向かった。
◇
二年C組の教室。ガラガラ、と扉が開く。
「こんにちは」
湊が顔を出す。作業をしていた生徒たちが一斉に振り向いた。
「あ、湊!」
「来た!」
ひまりが真っ先に駆け寄る。後から入ってきた、しろも静かに一礼した。
「……こんにちは」
「本日は、お世話になります」
丁寧な挨拶に、教室の空気が一瞬止まる。
「……」
「……」
「……え」
誰かが小さく呟いた。
「きれい……」
「朝比奈君の家のメイドさんって、実在したんだ……」
「そんなUMAみたいな」
湊のツッコミにもなりふり構わず、女子たちがひそひそと話し始める。
一方で
「……」
優斗は完全に固まっていた。
(やばい)
(前に会った時はメイド服だったけど)
(私服は反則だろ……)
白いブラウスに、淡いベージュのカーディガン。落ち着いた色のワイドパンツ。飾り気はないのに、不思議なくらい目を引く。思わず見とれていると、不意に目が合った。
「おひさしぶりですね、白峰さま」
しろが軽く会釈する。
「あっ……!」
「お、おひさしぶりです!」
優斗は慌てて頭を下げた。その様子を見たひまりが、くすっと笑う。
(やっぱり分かりやすいなぁ)
そんなことを思いながら、あえて何も言わない。
「みんな」
湊が前に出る。
「今日一日、しろさんが文化祭準備を手伝ってくれることになりました」
「たった一人か、って思うかもしれないけど」
「装飾とか細かい作業の手伝いをお願いしようと思います」
すると、ひまりが嬉しそうに手を挙げた。
「じゃあしろさん!」
「装飾班、お願いしてもいいですか?」
「もちろんでございます」
しろは穏やかに頷く。
「私にできることでしたら」
その笑顔に、教室の緊張が少しほぐれた。そして誰もまだ知らない。このあと、しろの"仕事ぶり"を見たクラス全員が、驚くことになるとは――。
第十話でした。読者のみなさま、まずは二点謝罪申し上げます。一つ目は、本作におきましての本文内での算用数字、漢数字の扱いについてですが、今回の十話から漢数字に統一させていただきます。混乱をお招きしてすみませんでした。二点目ですが、えー、もう感のいい読者の方はこの後の展開、おわかりでしょう。すみませんこんな見え透いた話にしてしまって。『君のような勘のいい読者は嫌いだよ』って?うるせーよ。しかしながら、ここからの話は物語においても大事なパートになってきますので、飽きずに読んでいただけたら、と思います。感想、ブックマーク等ぜひお願いいたします。次回、第十一話もお楽しみに。




