第十一話 指揮者、しろ
先日は休載してすみませんでした。第十一話です。しろの文化祭お手伝い編、続きます。
「じゃあ、しろさん!」
「こっちお願いします!」
ひまりに案内され、しろは装飾班の机へ向かった。机の上には、色画用紙やリボン、折り紙、布テープ、絵の具などが所狭しと並べられている。
「今は看板と飾りを作ってるんですけど……」
ひまりは苦笑した。
「思ったより時間がかかっちゃって」
隣にいた女子生徒も肩を落とす。
「リボンも上手く結べないし」
「切る長さもバラバラで……」
「なんか全体的に統一感なくなっちゃって」
しろは机いっぱいに広げられた材料を静かに見渡した。数秒。何も言わずに完成途中の飾りを一つ手に取る。
「……少しだけ、よろしいでしょうか」
「はい!」
しろはリボンをほどき、結び直す。指先は驚くほど滑らかだった。一度も迷わない。ほんの数秒で、左右対称のきれいな蝶結びが完成する。
「わぁ……」
ひまりが思わず声を漏らした。
「速っ……」
他の女子も目を丸くする。
「もう一つ、お借りします」
今度は画用紙。定規を使わず、折り目だけで寸法を合わせていく。はさみを入れる音が小気味よく響いた。広げると、すべて同じ大きさ。誤差はほとんどない。
「えぇっ!?」
「どうやったの!?」
しろは少し困ったように笑う。
「経験です」
「いやいやいや!」
「経験だけじゃこんな綺麗にならないよ!」
教室のあちこちから視線が集まる。制作班の男子まで手を止めて見ていた。
「湊!」
優斗が小声で話しかける。
「しろさんって本当にメイドなのか?」
「何をいまさら」
「いや、レベルがおかしいだろ」
湊は苦笑するしかない。
「まあたしかに、僕も最初は驚いた。」
◇
「しろさん!」
「これ見てもらっていいですか!」
「はい」
「これも!」
「お願いします!」
気付けば、装飾班の中心にしろがいた。誰かに指示を出すわけではない。怒るわけでもない。ただ、
「こちらを先に貼ると、仕上がりが綺麗になります」
「ありがとうございます!」
「こちらは少しだけ間隔を狭くすると、全体のバランスが良くなると思います」
「なるほど!」
一人一人に穏やかに声を掛けるだけ。それなのに、作業がどんどん進んでいく。ひまりは感心して呟く。
「すごい……」
「しろさんがいるだけで、みんなの手が止まらなくなってる」
湊もその様子を見て、小さく笑った。
「そうなんだ」
「家でも同じなんだよ」
「え?」
「しろさんって、誰かに『やって』って言うんじゃなくて」
「『こうするともっとやりやすいですよ』って自然に教えてくれるから。」
「なるほど……」
ひまりは納得したように頷く。
すると
「湊」
優斗がぽつりと呟く。
「お前さ」
「よくあんな人と毎日暮らして平気だな。」
「え?」
「俺だったら毎日緊張する」
湊は笑って首を振る。
「最初は僕もそうだったよ」
「でも」
「しろさんって、一緒にいるとすごく安心するんだ」
その言葉を聞いた優斗は、小さく「……そうか」と呟いた。視線の先では、しろが女子たちと穏やかに話しながら飾りを作っている。その姿は、家で見た時と何も変わらなかった。誰かのために動くことが当たり前で。褒められても、少し困ったように笑うだけ。
(やっぱり……いい人だな)
優斗は胸の奥が少し温かくなるのを感じていた。
「しろさん!」
「こっちもお願いしていいですか!」
装飾班の女子が手を振る。
「はい」
しろは穏やかに返事をすると、すぐにその机へ向かった。
「この花なんですけど……」
色画用紙で作った花飾りを見せる女子生徒。
「なんだか安っぽく見えちゃうし、立体感が出なくて」
しろは花を手に取り、指先で一枚一枚の花びらをゆっくりと丸めていく。
「……少しだけ丸めると」
「光の当たり方が変わります」
ふわり、と机に戻された花は、さっきまでとは別物のようだった。
「えっ!」
「かわいい!」
「全然違う!」
周囲から歓声が上がる。
「すごーい!」
「しろさん先生じゃん!」
しろは少しだけ首を横に振った。
「先生ではありません」
「皆さんが丁寧に作っていたので、少し形を整えただけです。」
その言葉に、女子たちは自然と笑顔になる。否定するのではなく、まず相手を褒める。そんな話し方だった。
◇
一方その頃。制作班では木材の組み立てが難航していた。
「おい、ネジ足りない!」
「こっちインパクト貸して!」
「待って、メジャーどこ!?」
教室中が慌ただしくなる。湊はあちこちへ走り回っていた。
「優斗!」
「この木材押さえられる?」
「任せろ!」
「ありがとう!」
そのやり取りを、しろは少し離れた場所から見つめていた。
(ご主人……)
(ずっと動きっぱなしですね)
誰かに呼ばれれば走る。困っている人がいれば手伝う。自分の作業をする時間すらない。少しだけ眉が下がった。
「……」
装飾班の作業が一段落すると、しろは教室全体を見回した。そして静かに歩き出す。
「朝比奈くん!」
女子生徒が湊を呼ぶ。
「この段ボール、どこに置けばいい?」
湊が答えようとした、その時だった。
「こちらへ置いていただけますか」
しろが優しく声を掛ける。
「制作班の通路が空きますので」
「あ、はい!」
女子生徒はその通りに運ぶ。すると、狭かった通路が一気に広くなった。
「ほんとだ!」
「通りやすい!」
「ありがとうございます!」
湊は驚いたように振り返る。
「しろさん」
「……作業の邪魔になりそうでしたので」
それだけ言って、また装飾班へ戻っていく。
◇
しばらくして。
「湊」
優斗が笑いながら小声で言った。
「なんかさ」
「え?」
「しろさん来てから、教室がめっちゃ回るようになってない?」
湊は辺りを見渡した。確かにそうだった。誰も慌てていない。必要な道具は自然と集まり。完成したものは綺麗に整理され。通路には物が置かれていない。誰かが困る前に、しろがさりげなく動いている。
「たしかに……」
ひまりも感心したように呟く。
「何も指示してないのに」
「自然とみんな動きやすくなってる」
その時だった。
「みんなー!」
担任が教室へ入ってくる。
「順調かー?」
「先生!」
教室を見渡した担任は、思わず足を止めた。
「……お」
午前中まで雑然としていた教室が、見違えるほど片付いている。作業スペースは整理され、装飾品も綺麗に並べられていた。
「ずいぶん進んだな」
「はい!」
ひまりが笑顔で答える。
「今日は助っ人がいるんです!」
その視線の先には、リボンを結び直しているしろの姿。担任は小さく頷いた。
「なるほど」
「朝比奈」
「いい人に来てもらったな」
湊も自然と笑顔になる。
「はい」
「本当に助かってます」
その言葉を聞いたしろは、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……皆さんが頑張っているからですよ」
「私は、少しお手伝いしているだけです」
しかし、その"少し"が。二年三組にとって、どれほど大きな力になっているのか。本人だけは、まだ気付いていなかった。
◇
午後三時を過ぎたころ。窓から差し込む日差しは少しずつ傾き始め、教室の床に長い影を落としていた。
「よーし、一回休憩!」
優斗が声を上げる。
「十五分休もう!」
「やったー!」
「疲れたぁ……」
あちこちから安堵の声が漏れる。ペットボトルのお茶を飲む者、椅子に座り込む者、床に大の字になる者。朝から動き続けていた疲れが、一気に表に出た。その様子を見たしろは、教室の隅に置かれていた段ボールを静かに片付け始める。
「しろさん!」
ひまりが慌てて駆け寄る。
「休んでください!」
「今日は手伝いに来てもらってるんですから!」
「心配なさらないでください」
しろは微笑む。
「片付けておくと、次の作業が始めやすくなりますので」
「でも……」
「それに」
しろは教室を見回した。
「皆さんが休憩している間なら、邪魔にもなりません」
そう言って、散らばっていた工具を種類ごとにまとめ始める。ネジはケースへ。ペンは一本ずつ立てて戻す。使い終わった段ボールは折り畳み、通路の端へ。動きに一切の無駄がない。
「……すご」
誰かが思わず呟いた。
◇
「湊」
優斗がスポーツドリンクを飲みながら話しかける。
「ん?」
「しろさんってさ」
「家でもあんな感じなのか?」
湊は苦笑する。
「うん」
「僕が気付く前に、全部終わってる」
「朝起きたら朝ご飯ができてて」
「学校から帰ると家はピカピカ」
「洗濯物も畳まれてるし」
「気付いたら買い物まで済んでる」
優斗は思わず笑う。
「反則だろ、それ」
「最初は僕も落ち着かなかったよ」
「今でも、『ありがとうございます』って毎日言ってる」
その言葉に、ひまりも頷く。
「湊ってちゃんとお礼言えるもんね」
「誰目線だよ」
「でも、ちゃんと言わないと」
「しろさん、本当に頑張ってくれてるから」
少し離れた場所で、その会話が耳に入ったしろは手を止めた。
(……)
褒められるのは慣れていない。少しだけ照れくさくて、聞こえないふりをしながら作業を続ける。
◇
休憩が終わる頃。
「よし、再開しよう!」
湊が声を掛ける。すると
「朝比奈くん」
装飾班の女子が笑顔で言った。
「さっきしろさんに教えてもらったやり方でやったら、すっごく早く終わった!」
「ほんと?」
「うん!」
「こっちも!」
「看板、完成しそう!」
教室のあちこちから嬉しそうな声が上がる。予定よりも、明らかに作業が進んでいる。優斗が進捗表を見て目を丸くした。
「おい……」
「午前中の遅れ、ほとんど取り戻してるぞ」
「えっ?」
湊も確認する。本来なら今日中には終わらないと思っていた工程が、ほぼ予定通りまで進んでいた。
「本当だ……」
思わず笑みがこぼれる。すると担任が腕を組みながら近づいてきた。
「朝比奈」
「はい」
「今日の進み具合なら、予定を前倒しできそうだな」
「そうですね」
「みんなのおかげです。」
担任は教室を見渡し、小さく笑う。
「いや」
「今日は特に、あの方のおかげじゃないか?」
視線の先では、しろが脚立に乗った女子生徒へテープを手渡していた。
「ありがとうございます」
「いえ」
「お気を付けください」
自然に支え、自然に声を掛ける。誰かに見せるためではなく、それが当たり前のように。湊はその姿を見つめ、小さく頷いた。
「……そうですね」
「しろさんには、本当に助けられてます」
その言葉を聞いた優斗は、静かにしろへ目を向ける。
(やっぱ)
(あの人はすごい)
恋心は、まだ胸の奥にしまったまま。けれど、その憧れは少しずつ大きくなっていた。そして、この日の終わり、しろはクラスのみんなから、一つのお願いをされることになる――。
第十一話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。何でもできますね、しろさん。羨ましい……。湊は将来出世しますねこれは。というかここ二、三話は『しろすごい』と『湊えらい』しか言ってない気がします。しょうがねぇじゃん書くことねーんだから。感想、ブックマーク等ぜひよろしくお願いいたします。次回第十二話もお楽しみに。




