第五十五話 寒さと衣替えと下着と
第五十五話です。朝夕に寒さを感じるようになってきた今日このごろ。朝比奈家ではとある休日に衣替えをすることになって……?それでは、どうぞ。
朝が、寒い。いや、正確に言えば、布団から出た瞬間が寒い。つい先日まで、朝から暑いだの、制服が蒸れるだのと文句を言っていた気がするのに、気づけば布団の温もりが恋しい季節になっていた。季節の移り変わりとは恐ろしい。ついこの間まで「夏、早く終われ」と願っていた高校生が、今では「あと五分だけ布団にいさせてくれ」と願っている。人間というのは、実に身勝手な生き物である。
「……寒い」
朝比奈湊は、布団の中で呟いた。カーテンの隙間から差し込む朝日が、もう起きろとばかりに顔を照らしている。しかし、布団の外は寒い。出たくない。出たら負けだ。何に負けるのかは知らないが、とにかく負けなのである。
「ご主人、朝ですよ」
扉の向こうから、聞き慣れた声がした。湊は渋々起き上がり、ベッドから足を下ろした。
ひやり。
「うわっ、冷たっ!」
床に触れた足先から、秋の訪れを全身で感じた。夏の間は裸足でも平気だったのに、今朝は思わず足を引っ込めてしまう。そんな湊の様子を見て、しろは扉のそばで小さく微笑んだ。
「朝晩は、すっかり冷え込むようになりましたね」
「本当に。 昼間はまだ暑いときもあるのに……」
「季節の変わり目ですから、ご主人も体調を崩されないようお気をつけください」
「はい。 しろさんも」
「ありがとうございます」
しろは丁寧に頭を下げた。それから、ふと思い出したように付け加える。
「そういえば、ご主人。 そろそろ衣替えをしたほうがよろしいかもしれませんね」
「衣替え?」
「はい、夏服を片付けて、秋冬の服を出しておきませんと」
湊は壁にかけてあった自分の制服を見た。現在、身につけているのは夏服だが、学校の衣替えの時期も近づいている。私服についても、そろそろ半袖ばかりでは心もとない。
「そうですね……じゃあ、今日やりましょうか」
「かしこまりました。 では、朝食のあとに始めましょう」
「お願いします」
「……ご主人も、一緒にですよ?」
「えっ」
しろの笑顔が、ほんの少しだけ深くなった。
「ご自分のお洋服なのですから、ご主人にも整理をお手伝いいただきます」
「……ですよね」
どうやら、今日の休日は寝ているだけでは終わらないらしい。
◇
朝食を終えた湊は、自室のクローゼットの前に立っていた。隣には、しろ。そして床には、衣類を入れるための空箱が二つ。
「では、ご主人」
「まずは夏服を取り出して、来年も着るものと、そうでないものに分けていきましょう」
「了解です」
湊はクローゼットを開けた。中には半袖のシャツや薄手の上着、夏用のズボンなどが並んでいる。毎日見ているはずなのに、改めて眺めると、思った以上に服が多い。
「……こんなにあったんだ」
「ご主人は、普段あまり気にされませんものね」
「まあ、必要なときに着るくらいですから」
「その結果、去年買った服を忘れて、今年また似たような服を買いそうになったこともありましたね」
「……よく覚えてますね」
「ご主人のことですから」
しろはさらりと言った。湊は何も言い返せなかった。確かに、去年の秋に買った上着の存在をすっかり忘れ、今年も同じようなものを購入しようとした前科がある。あのときは、しろがクローゼットの奥から発掘してくれたおかげで、無駄遣いをせずに済んだ。発掘という表現が似合う時点で、持ち主としてどうなのかという話ではあるが。
「それでは、こちらからお願いします」
「はい」
二人は並んで、服を一着ずつ確認していった。来年も着るもの。傷んでしまったもの。サイズや好みが変わって、着なくなったもの。湊が適当に選ぼうとすると、しろが「こちらはまだ着られますよ」と教えてくれる。反対に、湊が残しておこうとした服を、しろが「こちらは去年も一度しかお召しになっていません」と指摘することもあった。まるで、湊の服のことなら何でも知っているかのようだった。
「……しろさんって、俺の服のこと、本当によく覚えてますよね」
「毎日のお召し物ですから」
「それだけで、そんなに分かるものですか?」
「ご主人がどのようなお洋服を好まれるのか、把握しておくのも私の仕事ですので」
「なるほど……」
湊は手元のシャツを畳みながら、ふと考えた。自分は、しろが普段どんな服を着ているのか、どれくらい知っているだろう。仕事着であるメイド服はもちろん知っている。休日の私服だって、何度か見たことがある。けれど、彼女がどんな服を好み、どんな服を大切にしているのかと聞かれたら、すぐには答えられない。少しだけ、申し訳ない気持ちになった。
「……俺も、しろさんのこと、もう少し知っておいたほうがいいのかな」
「え?」
「いや、なんでもないです」
湊は慌てて首を振った。しろは不思議そうにこちらを見ていたが、やがて柔らかく微笑んだ。
「ふふっ、では、いつかご主人にも服を選んでいただきましょうかね」
「えっ、俺が?」
「はい。 ご主人がお選びになったお洋服なら、きっと素敵だと思います」
「……それは、なかなか責任重大ですね」
「期待しております」
しろは楽しそうに笑った。湊は思わず、手元のシャツに視線を落とした。何気ない会話だった。衣替えの最中に、次の服を選んでもらうという話をしただけ。それなのに、なぜだろう。いつか、しろの服を自分が選ぶ。その光景を想像すると、少しだけ胸が弾んだ。
「……まあ、機会があれば」
「楽しみにしておりますね、ご主人」
そう言って、しろは次の服を手に取った。窓の外では、秋の風が木々を揺らしている。夏の終わりは、少し寂しい。けれど、これから始まる季節にも、きっと楽しいことが待っている。そんなことを考えながら、湊は再び衣替えの作業に取りかかった。ただし。
「ご主人。こちらの服は、どうなさいますか?」
「えーっと……それ、去年の冬に一度着たやつですね」
「一度だけ、ですか?」
「……はい」
「では、こちらは?」
「それは……一昨年?」
「ご主人」
「すみません。 ちゃんと整理します」
◇
湊の衣替えは、なんとか終わった。途中、去年買った服の存在を忘れていたり、いつ買ったのか思い出せない服が出てきたりと、多少の問題は発生したものの、最終的にはクローゼットの中がすっきりと片付いた。人間、やればできるものである。もっとも、本人の功績よりもしろの管理能力によるところが大きいのは、言うまでもない。
「お疲れさまでした、ご主人」
「いやあ、思ったより時間がかかりましたね」
「ご主人が途中で昔のゲーム雑誌を読み始めなければ、もう少し早く終わったと思いますが」
「……あれは不可抗力です」
「不可抗力で衣替えは進みませんよ?」
ぐうの音も出なかった。クローゼットの奥から出てきた雑誌を、つい懐かしくなって読んでしまったのだ。しかも、読み終わったあとに「これ、まだ続編出てるのかな」と調べ始めた。その結果、しろにスマートフォンをそっと取り上げられた。正論というのは、時として暴力よりも恐ろしい。
「さて、次は私の服も整理してしまいましょうか」
「……え?」
湊は顔を上げた。
「しろさんの服も?」
「はい。 私のクローゼットも、そろそろ整理しようと思っていたところですから」
「せっかくなんでこのまま手伝いますよ」
「ありがとうございます。 では、お願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです」
こうして、湊としろは二人でしろの部屋へ向かうことになった。
◇
しろの部屋は、いつ訪れてもきれいに整頓されていた。ベッドの上には余計なものがなく、机の上もすっきりとしている。棚には本や小物がきれいに並べられ、床には埃ひとつ見当たらない。朝比奈家の家事を担う人間の部屋として、あまりにも説得力のある光景だった。
「……俺の部屋も、これくらいきれいにしたほうがいいんでしょうね」
「そうですね」
「即答ですか」
「ご主人のお部屋も、普段から十分きれいにしていらっしゃいますよ。ただ、机の上に物が集まりやすいだけで」
「それを一般的には散らかっていると言うんじゃないですかね……」
「ふふっ」
しろは笑いながらクローゼットを開けた。中には、きれいに畳まれた衣類が並んでいた。夏用のワンピースやブラウス、薄手のカーディガンなど、湊が普段あまり目にすることのない私服が整然と収まっている。
「では、こちらからお願いしますね」
「はい」
二人は服を一着ずつ取り出し、来年も着るものと、整理するものに分けていった。
「このワンピース、まだ着られますか?」
「ええ。 去年も着ていましたし、特に傷んでいませんから」
「じゃあ、これは残しておきましょう」
「ありがとうございます」
しろの私服を手に取るのは、なんだか不思議な気分だった。もちろん、変な意味ではない。……いや、変な意味ではないのだが。普段のしろは、メイド服を着ている。仕事中の姿は見慣れているし、休日に私服で出かける姿も何度か見たことがある。けれど、こうして彼女の持ち物を一緒に整理する機会は、今までほとんどなかった。自分が知らない一面を、少しずつ知っていくような感覚。それが、湊には妙に新鮮だった。
「ご主人?」
「はい?」
「こちらの箱を取っていただけますか?」
「ああ、はい」
湊はクローゼットの下に置かれた箱を引っ張り出した。中には、畳まれた衣類が入っているらしい。
「これも夏物ですか?」
「ええ。 そちらは、衣類をまとめて収納している箱ですね」
「なるほど」
湊は何の疑いもなく、箱の蓋を開けた。そして。
「…………」
固まった。箱の中にあったのは、畳まれた衣類。ただし、湊が想像していたものとは違った。女性用の下着だった。しかも、しろが普段使っているものなのだろう。箱の中には、きれいに畳まれたものがいくつか収まっている。
「…………」
湊は、そっと蓋を閉じた。
見なかったことにしよう。そうだ。今のは幻覚だ。長時間の衣替えによる疲労が見せた、哀れな高校生の幻覚に違いない。
「ご主人?」
「な、なんでもないです!」
声が裏返った。
「……?」
しろが不思議そうに首を傾げる。湊は箱を持ったまま、視線をあらぬ方向へ向けた。顔が熱い。とにかく熱い。別に、下着を見たことが悪いわけではない。事故だ。完全な事故である。ただ、問題なのは、それがしろのものだったということだ。普段、あれほど落ち着いていて、何をしても動じないしろ。そのしろの私物を、こんな形で目にしてしまった。思春期の男子高校生にとって、これはいささか刺激が強すぎる。
「ご主人、その箱はそちらに置いていただければ――」
「置きます! すぐ置きます!」
「……はい?」
湊は箱をクローゼットの前に置いた。そして、しろから一歩距離を取った。何をしているのだろう、俺は。別に、しろさんが何かしたわけではない。悪いのは、確認もせずに箱を開けた自分だ。分かっている。頭では分かっているのだが。
「……ご主人」
「はいっ!」
「お顔が赤いようですが、具合でも悪いのですか?」
「ち、違います! 全然大丈夫です!」
「ですが、先ほどから少し様子がおかしいですよ?」
「気のせいです! たぶん、部屋が暑いんです!」
湊は慌てて窓のほうを見た。秋の風が、開いた窓から涼しく吹き込んでいる。……説得力が皆無だった。しろはしばらく湊を見つめていたが、やがて何かに気づいたように、クローゼットの前へ視線を移した。
「ああ……」
「…………」
「もしかして、その箱を開けてしまいましたか?」
「…………はい」
湊は観念して、小さく頷いた。しろは箱を確認し、すぐに状況を理解したらしい。それから、特に慌てる様子もなく蓋を閉めた。
「そうでしたか。 こちらは私の私物ですので、別に整理しておくつもりだったのですが……」
「す、すみません! 勝手に開けるつもりじゃなくて、本当に何も考えずに!」
「大丈夫ですよ、ご主人。 わざとではないことは分かっていますから」
「……本当ですか?」
「はい」
しろは穏やかに微笑んだ。
「ご主人が、そんなことでわざと困らせるような方ではないと知っていますから」
「…………」
その言葉に、湊は少しだけ落ち着きを取り戻した。しかし、しろはそこで、ふと首を傾げた。
「ただ……」
「た、ただ?」
「そんなに慌てなくてもよろしかったのではありませんか?」
「いや、それは……!」
言いかけて、湊は口を閉じた。どう説明すればいいのだろう。しろさんの下着を見てしまって、動揺しました。そんなことを正直に言えるわけがない。
「……男にも、いろいろあるんです」
「まあ」
しろは目を丸くしたあと、くすりと笑った。
「そういうものなのですね」
「……できれば、あまり詳しく聞かないでください」
「かしこまりました」
しろは素直に頷いた。それから、湊が置いた箱を持ち上げ、クローゼットの奥へと戻す。
「こちらは私が整理しておきますね。 ご主人は、残りのお洋服をお願いできますか?」
「……そ、そうさせてください」
助かった。心の底から、そう思った。これ以上この話題が続いたら、今日一日、まともにしろの顔を見られなくなりそうだった。湊は気持ちを落ち着けようと、深呼吸をひとつした。
よし、もう大丈夫だ。
これはただの衣替え。
服を片付けるだけの、平和な休日。
そう自分に言い聞かせ、湊は次の衣類に手を伸ばした。
「ご主人」
「は、はいっ!」
「……本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
返事だけは、今日一番元気だった。しろはそんな湊を見て、また小さく笑った。どうやら、今日の衣替えは、まだまだ平穏には終わりそうにない。
◇
衣替えというものは、始める前こそ面倒だが、いざ始めてしまえば案外楽しい。少なくとも、朝比奈湊はそう思い始めていた。
「ご主人、こちらのお洋服はどうでしょう?」
「え?」
しろが手にしていたのは、薄手のカーディガンだった。落ち着いた色合いで、秋口に着るにはちょうどよさそうな一着である。
「去年購入したものなのですが、今年も着られるか少し迷っていまして」
「普通に着られると思いますけど……」
「そうでしょうか?」
しろはカーディガンを広げ、肩のあたりを確かめた。
「うーん……」
「何か気になるところがあるんですか?」
「いえ、傷んでいるわけではないのですが、実際に着てみないと分からないこともありますから」
「……まあ、確かに」
湊は頷いた。サイズ感や着心地は、実際に袖を通してみないと分からない。衣替えの最中に試着すること自体は、何もおかしなことではない。そう。何もおかしくないのだ。
「では、少し着てみますね」
「はい」
しろはカーディガンを持って、部屋の奥へ向かった。そして数分後。
「ご主人、お待たせしました」
「……え?」
湊は顔を上げた。そこには、先ほどのカーディガンを羽織ったしろが立っていた。中には白いブラウス。下は落ち着いた色のスカート。普段のメイド服とはまったく違う、休日らしい装いだった。
「どうでしょうか?」
「…………」
「ご主人?」
「……あ、はい、似合ってます」
それしか言えなかった。しろは軽く袖を引っ張り、鏡の前で自分の姿を確認した。
「ありがとうございます。 では、こちらは残しておきましょうか」
「そ、そうですね」
しろは満足そうに頷き、カーディガンを脱いだ。湊はようやく息を吐いた。
……危なかった。
いや、何が危なかったのかは自分でもよく分からないが、とにかく危なかった。最近は結構見慣れているはずのしろなのに、私服姿を見ると妙に意識してしまう。しかも、本人はまったく気にしていない。この温度差が、湊にはなかなか厳しかった。
「さて、次はこちらですね」
「……え?」
しろが次に取り出したのは、淡い色のワンピースだった。
「こちらも去年購入したものです。 最近あまり着ていなかったので、今年はどうしようかと思っていたのですが……」
「……着てみるんですか?」
「着てみないと分からない、とおっしゃったのはご主人ですよ」
湊は何も言い返せなかった。しろが着替えに向かい、数分後。
「ご主人、こちらはいかがでしょう?」
「…………」
淡い色のワンピースに身を包んだしろが、少しだけ首を傾げている。
「丈は問題ないと思うのですが、少し色が明るすぎるでしょうか?」
「い、いえ! そんなことないです!」
「そうですか?」
「はい、似合ってます、すごく」
「ふふっ、ありがとうございます」
しろは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、湊は自分が余計なことを言ったのではないかと不安になった。似合っている。だが、問題はそこではない。
目の前で、普段はあまり見ることのできないしろの私服姿が次々と披露されているのである。しかも、湊はその感想を求められている。これは何の試練なのだろうか。体育祭よりも難易度が高い気がする。
「では、こちらも残しておきますね」
しろはワンピースを脱ぎ、丁寧に畳んだ。そして、次の服を手に取る。
「……しろさん」
「はい?」
「もしかして、全部着てみるつもりですか?」
「ええ、せっかくですから」
しろは不思議そうに答えた。
「着てみないと、似合うかどうか分かりませんからね」
「……そうですね」
湊は遠い目をした。正しい。正しいのだが、どうしてこうなった。
◇
それから、しばらくして。湊は床に座り、畳んだ服を整理していた。その前では、しろが流れ作業のごとく服を試着している。
淡い色のブラウス。
落ち着いた色のスカート。
秋らしい薄手のニット。
そして、少し大人びた雰囲気のワンピース。
気づけば、衣替えは完全に別の作業へと変貌していた。名付けるなら、しろの私服ファッションショー。もちろん、開催を宣言した者はいない。入場料も取られない。審査員は湊一人。そして、審査員には審査権がなかった。
「ご主人、こちらはどうでしょう?」
「……似合ってます」
「こちらは?」
「……いいと思います」
「先ほどと、少し感想が似ていませんか?」
「いや、その……どれも似合っているので」
湊は正直に答えた。すると、しろは少し困ったように微笑んだ。
「それでは、参考になりませんね」
「……ですよね」
確かに、そうだ。せっかく意見を求められているのだから、もう少し具体的に答えるべきなのだろう。しかし、具体的に褒めようとすると、どうしても意識してしまう。
似合っている。
可愛い。
大人っぽい。
どれも嘘ではないのだが、口にするには勇気が必要だった。そんな湊の苦悩を知ってか知らずか、しろは最後に一着の服を取り出した。
「では、こちらはいかがでしょう?」
落ち着いた色合いのワンピースだった。派手さはないが、しろの雰囲気によく合っている。しばらくして着替えを終えたしろが姿を見せると、湊は思わず手を止めた。
「……」
「ご主人?」
「……それ、すごく似合ってます」
今度は、自然と言葉が出てきた。
「色も、しろさんに合ってると思います。 なんていうか……落ち着いていて、でも地味って感じじゃなくて」
自分でも、少し驚いた。さっきまであれほど言葉に詰まっていたのに、今は不思議と素直に話せている。
「……しろさんらしい服だなって思います」
しろは目を瞬かせた。それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……ありがとうございます、ご主人」
いつもと変わらない、穏やかな笑顔。けれど、ほんの少しだけ頬が赤くなっているように見えた。
「では、こちらは残しておきますね」
「はい」
しろは嬉しそうに服を畳んだ。湊はその様子を見ながら、心の中で小さく息を吐いた。ようやく終わった。そう思ったのも束の間。
「ご主人、もう一着だけよろしいですか?」
「……まだあるんですか!?」
思わず声が大きくなった。しろはきょとんとしたあと、くすくすと笑った。
「ふふっ。 ご主人に見ていただけると、どれを残すべきか分かりやすいので」
「……それは、どういう意味ですか?」
「ご主人のご意見を参考にしたい、という意味です」
しろは何でもないことのように答えた。
「私の服ですから、私が決めるべきなのは分かっています。 でも、ご主人が似合うとおっしゃってくださると、やはり嬉しいですから」
「…………」
湊は黙り込んだ。それは、ずるい。そんなことを言われたら、もう断れないではないか。
「……分かりました。あと一着だけですよ」
「ありがとうございます、ご主人」
しろは嬉しそうに頭を下げ、再び着替えに向かった。その背中を見送りながら、湊は天井を仰いだ。
休日の衣替え。
当初の予定では、自分の服を整理して、しろの服も整理して、昼過ぎには終わるはずだった。それが今では、しろの私服姿を何着も見て、そのたびに感想を求められている。
……いや、別に嫌ではない。
むしろ、嬉しいとすら思っている。
それが一番の問題だった。しろの知らなかった一面を見られること。自分の感想を、しろが嬉しそうに受け取ってくれること。そして、普段はご主人と呼ばれる自分が、彼女の服選びを任されていること。どれも、湊にとっては少し特別だった。
「ご主人、お待たせしました」
再び姿を見せたしろが、笑顔で尋ねる。
「こちらはいかがでしょう?」
湊は顔を上げた。そして、今度は迷わず答えた。
「……似合ってます。 すごく」
しろは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
秋の風が、窓辺のカーテンを揺らしている。衣替えは、まだ終わっていない。けれど、湊は思った。今年の秋は、去年より少しだけ楽しみかもしれない。
……ただし。
来年からは、衣替えの日に予定を入れておこう。そう心に決めた湊だった。
五十五話でした。体育祭のドタバタを終えて、ちょっとゆっくりした話を書こうかなーなんて思ってたはずが、とんでもない話になってしまいましたね。衣替え中のハプニング。こんなこと書こうと思ってなかったんですけど、筆がノッてしまいました。でも、この作品にもそろそろ刺激が欲しい頃かな、と思ったりしたのも事実です。しろの下着を見てしまった湊ですが、良い反応が見れましたね〜。しろこそ落ち着いてましたが、湊くんは大焦りでした。大人だな、なんて思う描写も所々ありますが、まだまだ思春期やってますよ彼。そんなわけで衣替えのお話でしたが、読者の皆様はもう済ませましたか、衣替え。作者はまだです。最近の異常気象を見ていて、まだ油断してはいけないと思っています。まだまだ半袖短パンでも戦える。そう思っています。嘘です。最近は朝夕がもう寒くて寒くてしょうがない。ただただ服を引っ張り出してくるのがめんどくさいだけでした。朝夜と昼間の寒暖差が激しいということで、皆様ご自愛ください。作者も風邪引かないように頑張っていくので、今後もよろしくお願いします。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回も、お楽しみに。




