第五十一話 体育祭中編③(玉入れ、昼休憩)
第五十一話です。綱引きとクラス対抗リレーで連勝を飾った二年C組。しかし、続く玉入れでは惜しくも三位という結果に。午前の競技を終えた湊たちは、ひまりの計らいでしろも交えた四人で昼食を取ります。体育祭の合間に訪れた、いつもの四人の穏やかで賑やかなひとときが始まります。それでは、どうぞ。
クラス対抗リレーが終わり、グラウンドには次の競技に向けた準備が進められていた。綱引きに続き、リレーでも優勝を果たした二年C組。生徒たちの士気は高く、応援席では先ほどのレースを振り返る声があちこちから聞こえていた。
「いやー、まさか二連勝できるとはね!」
「この調子でいけば、総合優勝も夢じゃないんじゃないか?」
「気が早いって。 まだ午前中だぞ」
そんな会話を交わしながら、湊はクラスメイトたちと一緒に次の競技の準備を眺めていた。グラウンドの中央には、いくつもの玉入れ用の籠が設置されている。籠の周囲には白線が引かれ、競技に参加する生徒たちが集まり始めていた。
「次は玉入れか」
湊がつぶやくと、隣にいた優斗が頷いた。
「そうだな。 これなら運動が得意なやつも苦手なやつも、一緒に楽しめそうだ」
「珍しくまともなことを言うな」
「おい、俺はいつもまともだぞ」
「それはどうかな……」
湊は苦笑した。先ほどまでのリレーで、優斗が見せた真剣な走りは素直にすごいと思った。だが、こうして隣に並んでいると、いつもの調子に戻った親友に安心する自分もいる。そんなことを考えていると、クラスの女子たちがこちらへやってきた。
「朝比奈くん、白峰くん! 次の玉入れ、頑張ろうね!」
「おう!」
優斗が元気よく返事をする。
「玉入れって、意外と難しいんだよね。 籠に向かって投げても、なかなか入らないし」
「数投げれば、そのうち入るでしょ」
「湊、それだと玉拾う時間なくならない?」
「……確かに」
言われてみれば、その通りだった。玉入れは、ただ闇雲に投げればいいという競技ではない。地面に落ちた玉を拾い、籠を狙って投げ、また拾う。その繰り返しだ。限られた時間の中で、どれだけ多くの玉を入れられるかが勝負になる。
「よし、じゃあ俺は拾う係を極める!」
「投げないのかよ」
「拾うのだって立派な仕事だろ!」
「それはそうだけどさ」
優斗の言葉に、湊は小さく笑ったやがて、放送部の生徒がマイクを手に取った。
『続いての競技は、全校生徒参加の玉入れです! 各クラス、指定された位置についてください!』
アナウンスが流れると、グラウンドの空気が再び活気づいた。生徒たちはそれぞれの籠の前に集まり、足元に用意された色とりどりの玉を確認する。二年C組の籠の周囲にも、クラスメイトたちが次々と集まってきた。
「みんな、頑張ろうね!」
ひまりが明るい声を上げる。
「綱引きもリレーも勝ったんだから、玉入れも勝って三連勝といこう!」
「おおーっ!」
クラスメイトたちが声をそろえた。ひまりの隣には、競技を終えた湊と優斗もいた。二人とも今回は選手としてではなく、クラスの一員として参加する。
「ひまり、張り切ってるな」
「そりゃそうだよ! せっかくの体育祭なんだから、楽しまなきゃ!」
「まあ、それはそうだな」
湊はグラウンドを見渡した。普段は教室で机を並べているクラスメイトたちが、今日は同じ目標に向かって声を掛け合っている。誰かが失敗しても笑い飛ばし、誰かが成功すれば一緒に喜ぶ。こういう雰囲気は、嫌いではなかった。むしろ、普段の学校生活ではなかなか味わえないものだと思う。
「……せっかくだし、俺も頑張るか」
「おっ、湊がやる気だ!」
優斗が少し驚いたように声を上げる。
「俺だって、やるときはやるよ」
「それは知ってるけど、こういうときに自分から言うのは珍しいなと思って」
「……そんなに珍しいか?」
「うん」
「即答するな」
湊は呆れながらも、足元の玉に目を向けた。そのとき、少し離れた観覧スペースから、聞き慣れた声が聞こえた。
「ご主人、頑張ってください!」
顔を上げると、しろがこちらに向かって手を振っていた。湊は一瞬だけ目を丸くしたあと、照れくさそうに手を振り返す。
「……よし」
「お、今度は何だ?」
「いや、別に」
湊は再びグラウンドへ向き直った。せっかく応援してくれているのだから、少しくらい格好いいところを見せたい。そう思ったものの、玉入れで格好いいところとは何だろう。高く投げることか。たくさん入れることか。それとも、籠の下で玉を拾い続けることか。考えれば考えるほど、よく分からなくなってくる。
『それでは、各クラス準備はよろしいでしょうか!』
放送部の声が響き、競技に参加する生徒たちが一斉に籠を見上げた。
『玉入れ、開始です!』
――パンッ!
合図とともに、生徒たちが一斉に動き出した。
「いっけえええっ!」
「入れーっ!」
色とりどりの玉が、秋空に向かって次々と放たれる。高く上がった玉は籠の縁に当たって跳ね返り、惜しくも地面へ落ちていく。一方で、見事に籠へ吸い込まれる玉もあった。
「よしっ、入った!」
「こっち、玉が足りない! 拾って!」
「はいはい!」
グラウンドのあちこちで歓声が上がる。二年C組も負けじと玉を拾い、籠を狙って投げ続けていた。
「湊、そっちの玉取って!」
「分かった!」
湊は地面に落ちていた玉を拾い上げると、籠を見据えた。狙いを定め、腕を振る。玉は弧を描いて飛んでいき――
カコンッ
籠の縁に当たって、外れた。
「マジ?」
「湊、惜しい!」
「いや、今のは入ったと思ったんだけどな……」
苦笑しながら、湊は次の玉を拾う。周囲では、ひまりが楽しそうに玉を投げ、優斗が声を掛けながら次々と玉を集めていた。その光景を見て、湊も自然と笑みを浮かべる。勝負である以上、勝てればもちろん嬉しい。けれど、こうしてクラスメイトたちと声を掛け合いながら、一つの競技に夢中になれること。それ自体も、体育祭の楽しさなのかもしれなかった。
◇
玉入れの競技時間は、あっという間に過ぎていった。
「あと十秒ーっ!」
放送部の声が響く。
「よし、これで最後だ!」
湊は足元に残っていた玉を拾い上げ、籠に向かって投げた。玉は青空へと弧を描き――
カコンッ
「……またかよ!」
籠の縁に弾かれた玉が、無情にも地面へ落ちた。
「湊、ドンマイ!」
「お前も人のこと言ってる場合じゃないだろ!」
隣では優斗が、最後の一球を投げ終えたところだった。こちらも籠には入らなかったらしく、少し悔しそうな顔をしている。
「くっ……最後の最後で外すとは!」
「いや、お前さっきから結構外してただろ」
「細かいことは気にするな!」
「気にしろよ!」
そんなやり取りをしているうちに、終了の合図が鳴り響いた。
――パンッ!
『そこまで! 各クラス、玉入れを終了してください!』
生徒たちの手が止まり、グラウンドには競技を終えた安堵の空気が広がった。
「はあーっ、疲れた!」
「思ったより入らなかったなあ……」
「いや、結構入ったんじゃない?」
二年C組の生徒たちも、それぞれ感想を口にしながら籠から少し離れた。湊は息を整えつつ、籠の中を覗き込む。それなりに玉は入っている。クラス全員で頑張ったのだから、そこそこの結果は期待できるはずだ。
「……これ、何個くらい入ってるんだ?」
「さあ。 俺、途中から数えるのやめた」
優斗があっさり答えた。
「お前、数えてたのか?」
「最初の三秒くらいはな!」
「短すぎるだろ!」
湊は思わず笑ってしまった。やがて、先生たちが各クラスの籠を確認し、集計を始めた。競技に参加した生徒たちは、結果が発表されるのを待ちながら、自分たちの籠とほかのクラスの籠を見比べている。
「うち、結構入ってると思うんだけどな」
「一位いけるかな?」
「さすがに三連勝はしたい」
期待のこもった声が聞こえる。綱引きで優勝し、クラス対抗リレーでも優勝した二年C組。ここで玉入れも制すれば、見事に三連勝となる。クラスメイトたちの期待が高まる中、放送部の生徒がマイクを手に取った。
『それでは、玉入れの結果を発表します!』
グラウンドが静まり返った。
『第三位――二年C組!』
「おおっ!」
「三位か!」
「おお……三位……」
クラスメイトたちの反応は、喜びと悔しさが半分ずつといったところだった。
「惜しかったね!」
ひまりが声を掛ける。
「でも、三位なら十分じゃない?」
「まあ、そうだな」
湊は頷いた。優勝を逃したのは残念だが、クラス全員で参加する競技で三位に入れたのなら、悪い結果ではない。何より、全員が楽しめたのなら、それでいい。
「いやー、俺があと十球入れてればなあ!」
優斗が腕を組みながら、悔しそうに唸った。
「お前、十球も入れてないだろ」
「そこは夢を見させてくれよ!」
「夢を見るのは自由だけど、現実は変わらないぞ」
「湊、お前はもうちょっと親友に優しくしてもいいと思う!」
「はいはい」
「雑!」
いつもの調子で言い合う二人を見て、ひまりが笑った。
「でも、二人とも頑張ってたよ。 私、結構見てたんだから!」
「おっ、ひまり! 俺の活躍も見てくれてたのか?」
「うん! 玉を拾うのは速かったね!」
「……投げるほうは?」
「えっと……」
「そこで詰まるな!」
優斗の悲痛な声が、グラウンドに響いた。湊は肩を震わせて笑いながら、優斗の背中を軽く叩いた。
「まあ、元気出せよ。 次があるって」
「お前、絶対面白がってるだろ……!」
「気のせいだ」
「その顔で言うな!」
ひまりは二人を見て、楽しそうに目を細めた。綱引きとリレーで優勝し、玉入れは三位。ここまでの結果を振り返れば、二年C組は十分に健闘している。まだ体育祭は終わっていないし、午後にも競技は残っている。ここで落ち込む必要はなかった。
それに――
「……お腹すいた」
ひまりが、ぽつりとつぶやいた。
「え?」
湊が振り向く。
「いや、だって、もうすぐお昼でしょ? 朝からずっと応援したり走ったりしてたから、そろそろお腹すいちゃって」
「ああ、確かに」
湊も言われてみれば、空腹を感じ始めていた体育祭の午前中は、思っていた以上に体力を使う。自分はリレーを走り、綱引きにも玉入れにも参加した。普段の授業とは違う疲れが、少しずつ身体にたまっている。
「よし! 昼飯だ!」
優斗が勢いよく宣言した。
「切り替え早いな」
「何を言う! 運動したあとの飯は格別なんだぞ!」
「それは否定しないけど」
ちょうどそのとき、昼休憩を知らせるアナウンスが流れた。
『午前の競技は以上となります! これより昼休憩に入ります。午後の競技開始時刻まで、各自昼食を取って休憩してください!』
その声を聞いた途端、グラウンドの空気が一気に緩んだ。
「よっしゃあああ! 飯だあ!」
「優斗、うるさい!」
「腹が減っては戦はできぬ!」
「さっきまで戦ってたのは玉入れだろ!」
「玉入れだって立派な戦いだ!」
「そういうことにしとくよ……」
湊は呆れながらも、口元には笑みを浮かべていた。クラスメイトたちも、それぞれ昼食を取るために移動を始めている。お弁当を持ってきた生徒、友達と一緒に食べる約束をしている生徒、購買へ向かおうとする生徒。校内は、午前中とはまた違った賑わいを見せ始めた。
「ねえ、湊。 お昼、どうするの?」
ひまりが尋ねた。
「俺は弁当持ってきてるけど」
「そっか! 私もお弁当!」
ひまりは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、一緒に食べない?」
「俺もあるぞ!」
優斗が、すかさず手を挙げた。
「……まあ、いいけど」
「なんだその間は!」
「いや、別に」
「絶対、今ちょっと嫌そうだっただろ!」
「気のせいだって」
湊は笑いながら歩き出した。ひまりもその後を追い、優斗も慌てて二人に並ぶ。午後の競技に備えて、まずは腹ごしらえ。体育祭の午前の部は、こうして幕を下ろした。そして、湊たちの昼休憩が始まろうとしていた。
◇
昼休憩に入った校内は、午前中とはまた違った賑わいに包まれていた。廊下では友人同士で昼食を食べる場所を相談する声が聞こえ、校庭の片隅にはレジャーシートを広げる生徒たちの姿もある。教室に戻る者、日陰を探す者、購買へ走る者。それぞれが思い思いの方法で、午後の競技に備えていた。
「いやー、腹減った!」
優斗が、腹を押さえながら歩いていた。
「さっきからそれしか言ってないな」
「だって腹減ったんだもん!」
「分かったから、そんなに騒ぐなよ」
湊は呆れながらも、手に持った弁当袋を軽く持ち上げた。午前中は綱引きにリレー、そして玉入れ。特別に激しい運動をしたわけではないものの、普段より身体を動かしたせいか、いつも以上に空腹を感じていた。
「ねえ、どこで食べる?」
隣を歩くひまりが尋ねる。
「教室でもいいけど……せっかくだし、外で食べるか?」
「賛成! 天気もいいしね!」
「俺も賛成! ただし、日陰な! 暑いのは嫌だ!」
「注文が多いな、お前」
「昼飯くらい快適に食べさせてくれ!」
ひまりは二人のやり取りを聞きながら、こっそりスマートフォンを取り出した。湊たちに気づかれないよう、少しだけ歩く速度を落とす。そして、ある人物へメッセージを送った。
『しろさん、今どこにいますか?』
少し待つと、すぐに返信が来た。
『観覧スペースの近くにいます。 どうかしましたか?』
『お昼、私たちと一緒に食べませんか? 湊には内緒で!』
送信してから、ひまりは小さく笑った。実のところ、午前中からずっと考えていたのだ。しろは保護者として体育祭を見に来ている。昼食もどこかで一人で取るつもりなのかもしれない。せっかくなら一緒に食べたいし、湊だって、しろが来れば喜ぶはずだ。もちろん、本人がどう思うかは分からないけれど。ほどなくして、返信が届いた。
『お誘いありがとうございます。 ぜひ、ご一緒させてください』
ひまりは満足そうに頷くと、スマートフォンをしまった。
「……よし!」
「何が?」
湊が不思議そうに尋ねる。
「ううん、なんでもない!」
ひまりはにっこりと笑った。
◇
四人が昼食を取る場所に選んだのは、校舎脇にある大きな木の下だった。木陰にはベンチがいくつか設置されており、少し離れた場所では他の生徒たちも昼食を取っている。グラウンドから聞こえる声も、ここまで来れば幾分か遠くなった。
「よし、ここなら快適だ!」
優斗が満足そうにベンチへ腰を下ろした。
「お前、さっきまで日陰がどうとか言ってたもんな」
「昼飯の環境は大事なんだよ」
「はいはい」
湊も隣に座り、弁当袋を開けようとした。そのときだった。
「お待たせしました」
聞き慣れた、穏やかな声がした。湊が顔を上げる。
「……しろさん?」
そこには、弁当袋を手にしたしろが立っていた。いつもの落ち着いた服装とは違い、今日は動きやすい服装で、髪もきれいにまとめられている。観覧スペースから歩いてきたのだろう。彼女は三人の姿を確認すると、柔らかく微笑んだ。
「ご主人、白峰さま、ひまりさま、お疲れさまです」
「しろさん、どうしてここに?」
「私が呼んだんだよ!」
ひまりが、得意げに手を挙げた。
「せっかくだから、みんなでお昼を食べようと思って!」
「……そうだったんですか」
湊はひまりとしろを交互に見た。なるほど。さっきの妙に嬉しそうな様子は、これだったらしい。
「ひまり、ありがとう」
「えっ?」
「いや、しろさんも一緒なら楽しいだろうし」
湊は何でもないことのように言った。しかし、ひまりはその言葉を聞いて、ほんの少しだけ目を細めた。
「……ふーん?」
「何だよ、その反応」
「べっつにー?」
「いや、絶対何かあるだろ」
「ないない!」
ひまりは笑ってごまかした。その横では、優斗がしろを見つめて固まっていた。
「……しろさんも、一緒に……?」
「はい。 ひまりさまにお誘いいただきましたので」
「そ、そうですか……!」
優斗はなぜか背筋を伸ばした。
「そ、それは、いいですね!」
「いやなんでお前の承諾がいるんだよ」
湊の冷静なツッコミが入る。
「うるさい! 俺だって歓迎してるんだよ!」
「それは分かったから、落ち着けって」
「お、落ち着いてるわ!」
まったく落ち着いていなかった。しろは不思議そうに首を傾げたものの、特に気にした様子もなく、湊の隣に腰を下ろした。
「それでは、失礼しますね」
「はい、どうぞ」
湊は自然に少し場所を空ける。その何気ない動作を見て、ひまりは小さく笑った。
――ほんと、こういうところなんだよね
本人は意識していないのだろう。けれど、しろが来ただけで、湊の表情はどこか柔らかくなっていた。
◇
「それじゃあ、いただきまーす!」
ひまりの声を合図に、四人はそれぞれ弁当を開いた。
「おっ、湊の弁当、今日も豪華だな」
優斗が横から覗き込む。
「普通だろ」
「いやいや、卵焼きに唐揚げ、野菜まで入ってるじゃん!」
「弁当なんだから、それくらい入ってるだろ」
「俺なんか冷凍食品が主力だぞ!」
「それはお前の弁当事情だろ……」
湊は苦笑しながら、箸を手に取った。その隣で、しろも弁当箱を開けていた。
「しろさんのお弁当も、おいしそうですね!」
ひまりが身を乗り出す。しろの弁当には、彩りよく詰められたおかずが並んでいた。卵焼きに野菜の和え物、焼き魚、そして小さなおにぎり。派手さはないものの、一つ一つ丁寧に作られているのが分かる。
「ありがとうございます。 朝、ご主人の分の残り物も使って少しだけ用意してきたんです」
「少しだけって……これ、かなり手が込んでません?」
優斗が感心したように言った。
「そうでしょうか?」
「いや、すごいですよ! 俺の弁当と比べたら、もう……」
「お前の弁当と比べるなよ」
湊が呆れたように言う。
「何だよ! 俺の弁当だって愛情がこもってるぞ!」
「誰の愛情だよ」
「母さんの!」
「お前のじゃないのかよ!」
ひまりが吹き出した。しろも口元に手を添えて、くすりと笑う。
「ふふっ。 とても仲がよろしいんですね」
「やっぱり、長い付き合いですから」
湊が答える。
「腐れ縁ってやつだな!」
「誰が腐れ縁だ」
「お前だよ!」
「お前もだろ!」
二人の声が重なった。しろとひまりは顔を見合わせ、また笑った。やがて、話題は午前中の競技へと移っていった。
「しろさん、綱引きとリレー、見てくれました?」
湊が尋ねる。
「はい、もちろんです。 ご主人が走っている姿も、優斗さまが先頭へ追いついたところも、しっかり見ていましたよ」
「おおっ! やっぱり見てくれてたんですね!」
優斗が嬉しそうに身を乗り出した。
「はい。 とても素晴らしい走りでした」
「ありがとうございます!」
優斗は満面の笑みを浮かべた。
「……よかったな、優斗」
「おう! いやー、やっぱり努力は報われるもんだな!」
「いや、今朝まで自分の足が速いって自覚してなかっただろ」
「そこは言わなくていいんだよ!」
湊の指摘に、優斗が慌てて声を上げる。ひまりは楽しそうに笑いながら、お茶を一口飲んだ。
「でも、しろさんが来てくれてよかったね、湊」
「……まあ、そうだな」
湊は少しだけ視線を逸らした。
「しろさんも、せっかく来たんだから、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます、ご主人」
しろは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔を見て、湊も自然と表情を緩める。優斗はそんな二人を眺めながら、弁当のおかずを口に運んだ。そして、何か言いたそうに口を開きかけ――。
「……いや、何でもない」
「何だよ、気になるだろ」
「いや、ここは黙っておくのが大人の男ってやつだ」
「お前、今さら何を覚えたんだよ」
湊が呆れたように言うと、優斗は肩をすくめた。ひまりは、その様子を見て小さく笑った。
いつもの四人。
いつものように騒がしくて、いつものように笑いが絶えない。けれど、学校でしろと一緒に昼食を取る機会は、ほぼない。青空の下、木漏れ日が四人の弁当箱に揺れていた。午前中の勝利を喜び、玉入れの三位を振り返り、午後の競技について話す。そんな何気ない時間が、湊には思いのほか心地よかった。体育祭は、まだ半分。午後には騎馬戦をはじめ、いくつもの競技が待っている。けれど今だけは、急ぐ必要もない。四人は昼食を楽しみながら、穏やかな休憩時間を過ごしていた。
五十一話でした。体育祭編、午前の部が終了しました!綱引きで優勝、リレーでも優勝、玉入れは三位。二年C組、なかなかの好成績です。これはもう、午後の競技で多少やらかしても許されるんじゃないでしょうか。いや、作者が許しても体育祭の順位は許してくれませんけど。さて、今回は四人でお昼ごはん。体育祭というイベントは、競技に参加している場面ももちろん大事ですが、こういう何気ない時間も青春の醍醐味だと思うんですよね。友達とお弁当を食べる。好きな人が近くにいる。いつもと同じように会話をする。……いや、待て。最後のはともかく、二番目に関しては人によって事情が違いすぎませんか?湊はしろが来て嬉しい。でも、あからさまには出さない。ひまりはそんな湊の様子に気づいている。優斗はしろが来て嬉しい。こちらは隠す気があるのかどうかも怪しい。そして、肝心のしろさんはというと。たぶん、お弁当の中身と午後の予定のことを考えています。頑張れ、優斗。恋愛という競技において、君はまだスタートラインにすら立てていない可能性がある。しかも相手は、君が好意を抱いていることに気づいていないかもしれない。これが本当の一方通行。交通ルールなら信号機を設置したいところです。とはいえ、湊としろの関係も、ひまりと湊の関係も、まだまだこれから。体育祭は続きます。午後には男子限定の騎馬戦も控えていますし、しろの保護者参加競技もあります。つまり、まだ書かなければならない競技が残っているということです。作者にも昼休憩をください。それでは、引き続き体育祭編をお楽しみください!感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第五十二話もお楽しみに。




