第五十話 体育祭中編②(湊と優斗のクラス対抗リレー)
第五十話です。クラス対抗リレー、開幕!C組の勝利を目指して、湊と優斗がバトンをつなぐ。果たして二人は、クラスに勝利をもたらすことができるのか。そして、走り終えた二人を待っていたのは――いつも通りの騒がしい時間だった。
綱引きで優勝を決めた二年C組は、しばらくの間、興奮冷めやらぬ様子だった。
「いやー、最高だったな!」
「最後の一引き、マジでよかった!」
「優勝っていいな……!」
クラスメイトたちが口々に喜びを語る中、湊はタオルで汗を拭いていた。
「湊! 見たか、あの俺の活躍!」
隣から優斗が、やたらと誇らしげに胸を張る。
「見てたよ。 ずっと隣にいたんだから」
「いや、そういう意味じゃなくて! 俺のあの全身全霊の引きだよ!」
「全員が全身全霊だったと思うけど」
「なんだよつれないなぁ」
いつもの調子で言い合う二人。そのとき、グラウンドにアナウンスが響いた。
『続いて、クラス対抗リレーを行います。 出場する選手は、準備をお願いします』
「そういや次はリレーか!」
優斗が顔を上げた湊もタオルを首にかけ直す。
「俺たちの出番だな」
「忘れてたわけじゃないよな?」
「忘れてないよ」
「本当かぁ?」
「お前じゃないんだから」
「どういう意味だ!」
騒がしい友人を軽くあしらいながら、湊はグラウンドの中央へ目を向けた。クラス対抗リレー。各クラスの代表選手がバトンをつなぎ、順位を競う競技だ。湊は第二走者で、優斗は第三走者。つまり、湊が走り終えたあと、優斗へバトンを渡すことになる。
「……変なミスできないな」
「おっ、緊張してんの?」
「別に。 自分のところでバトン落としたら嫌だろ」
「大丈夫だって! 俺たち、綱引き優勝クラスだぜ?」
「リレーと綱引きは別競技なんだけどな」
「細かいことは気にすんな!」
「どういうことだよ……」
湊は小さく息を吐いた。とはいえ、緊張しているのは事実だった。綱引きはクラス全員で力を合わせる競技だったが、リレーは少し違う。もちろん一人で勝敗が決まるわけではない。それでも、自分の走りが次の走者へつながっていく。自分が遅れれば、次の走者が追いかけなければならない。そう考えると、いつもより少しだけ肩に力が入った。
「湊」
「ん?」
「楽しもうぜ」
優斗は、いつもの笑顔で言った。
「勝てたら最高、でもまずは全力で走る。 それでいいだろ?」
「……そうだな」
湊は頷いた。少しだけ、気持ちが軽くなった。
◇
一方、観覧スペース。
「次はクラス対抗リレーですね」
しろがプログラムを確認しながら言った。その隣には、ひまりが座っている。ひまりは先ほどの借り物競争と綱引きを終え、今は観客として体育祭を楽しんでいた。
「そうだね! 湊と優斗が出るんだよ」
「はい。 お二人とも、先ほどの綱引きでも頑張っていらっしゃいましたね」
「うん! 特に優斗、あんな前に立つタイプだったんだって思ったよ」
「普段から、元気な方ですけれど……」
「それはそうなんだけど、今日はいつもの三倍くらいうるさい!」
「ふふっ」
ひまりの言葉に、しろが楽しそうに笑った。グラウンドでは、次の競技に向けて選手たちが準備を進めている。その中に湊の姿を見つけると、しろは自然と目で追ってしまった。
「ご主人は、第二走者だそうです」
「そう! で、優斗が第三走者ね」
「バトンを渡すんですね」
「そうそう。 あの二人、普段はずっと言い合ってるけど、こういうときはちゃんと息が合うんだよね」
ひまりは、少しおかしそうに笑った。
「湊って、なんだかんだ優斗のこと信頼してるから」
「そうなのですね」
「うん。 優斗も湊のこと、すごく信頼してると思うよ」
しろは、グラウンドにいる二人を見つめた。湊が優斗に何かを言い、優斗が大げさに抗議する。遠くからでも、いつもの二人らしいやり取りだと分かった。
「……仲がよろしいのですね」
「でしょ? あれで結構、いいコンビなんだよ」
ひまりは胸を張る。まるで自分のことのように誇らしげだった。
「それにしても、しろさん」
「はい?」
「さっきから、湊のことずっと見てるね」
「えっ?」
しろがぱちりと瞬きをした。
「そ、そうでしょうか?」
「うん。 湊が動くたびに目で追ってる気がする」
「それは……ご主人ですから」
「ふーん?」
ひまりが、いたずらっぽく目を細める。
「応援する気満々だね!」
「もちろんです。 せっかく招待していただいたのですから」
しろは微笑んだ。
「ご主人が頑張っていらっしゃる姿を、きちんと見届けたいと思っています」
その言葉には、飾り気がなかった。ひまりは一瞬だけしろの横顔を見つめ、それから、にっこりと笑った。
「そっか。 じゃあ、二人でいっぱい応援しようね!」
「よろしくお願いします」
「任せて!」
ひまりは勢いよく拳を握った。
「湊ー! 頑張れー!」
「ひまりさま、まだ始まっていませんよ」
「ミスった!」
しろがくすりと笑い、つられてひまりも笑った。こうして二人は、並んでグラウンドを見守ることになった。
◇
「それじゃ、第二走者はこの辺りで待機してくれ!」
先生の指示に従い、湊は指定された場所へ向かった。第一走者がスタートし、第三走者以降もそれぞれの位置につく。トラックには、各クラスの代表選手たちが集まっていた。湊はバトンを受け取る位置を確認し、軽く足を動かした。
「……よし」
隣のレーンでは、他クラスの第二走者も準備運動をしている。どの選手も真剣な表情だった。やがて、第一走者たちがスタートラインへ並ぶ。グラウンドのざわめきが、少しずつ大きくなっていった。
「湊ーっ!」
聞き慣れた声がした。振り返ると、観覧スペースから優斗が大きく手を振っていた。
「いやお前も出るんだから、そんなところから応援するなよ!」
「違う違う! 俺は第三走者だから、今は応援担当!」
「都合のいい応援担当だな!」
「任せろ! 応援だけなら全国大会レベルだ!」
「そんな大会ないだろ!」
湊は呆れたように笑った。そのとき、少し離れた場所から、しろとひまりがこちらを見ていることに気づいた。ひまりが両手を口元に添えて叫ぶ。
「湊ー! 頑張ってねー!」
その隣で、しろも小さく手を振っていた。そして、声は届かなくても伝わるように、口元がゆっくり動く。
――ご主人、頑張ってくださいね
湊は、少しだけ笑った。緊張が完全に消えたわけではない。それでも、もう大丈夫だった。自分の走りを見てくれる人がいる。そして、自分のあとには優斗が待っている。ならば、やることは一つ。バトンを受け取り、全力で走り、次へつなぐ。
『まもなく、クラス対抗リレーを開始します』
アナウンスが響いた。第一走者たちが、スタートラインに足をそろえる。湊は身体を少し前に傾け、バトンを受け取る準備をした。その先には、第三走者として待つ優斗の姿がある。そして、観覧スペースには、しろとひまり。体育祭の空気が、いよいよ熱を帯びていく。
――さあ、始まるぞ
湊たちの走りが、幕を開けようとしていた。
◇
――パンッ!
号砲が鳴り響いた。
「行けええええっ!」
「C組ーっ! 頑張れーっ!」
クラス対抗リレー、スタート。各クラスの第一走者が一斉に駆け出した。C組の第一走者は、見事なスタートダッシュを決めた。序盤から好位置につけ、最初のカーブに差し掛かる頃には、早くも二位に浮上していた。
「いいぞ! そのまま行けーっ!」
クラスメイトたちの声援が飛ぶ。先頭を走るA組との差は、まだわずかにある。それでも、C組の第一走者は最後まで粘り強く走り、バトンゾーンへとたどり着いた。
「湊!」
「はいっ!」
第二走者、朝比奈湊。差し出されたバトンをしっかりと受け取ると、湊はすぐさま全力疾走に切り替える。
順位は二位。
先頭のA組を追いかけながら、後ろから迫る他クラスの選手にも注意を払う。最初の直線を抜けたところで、隣のレーンから一人の選手が並びかけてきた。
「……っ!」
湊は腕を振り、必死に食らいつく。相手も譲らない。ほんの一瞬、抜かれそうになる。しかし、湊は最後まで踏ん張った。ここで順位を落とすわけにはいかない。第一走者がつないでくれた二位を、次の走者へ渡す。それが自分の役目だ。
「湊ーっ! 頑張れーっ!」
観覧スペースから、ひまりの声が響いた。その隣では、しろが両手を握りしめている。
「ご主人……!」
湊は二人の姿を見つけると、ほんの少しだけ表情を緩めた。そして、再び前を向く。最後まで二位をキープした湊は、第三走者の待つ場所へ駆け込んだ。
「優斗!」
「おう!」
差し出されたバトンを、優斗が確実に受け取る湊の手から優斗の手へ。二人の間を、バトンがつないだ。
「頼んだぞ!」
「任せろ!」
優斗は力強く答え、走り出した。
「っしゃああああっ!」
優斗は、バトンを握りながら勢いよく駆け出した。目の前には、先頭を走るA組の選手。優斗との差は、まだ数メートル。だが、優斗は慌てなかった。走りながら、少しずつ距離を詰めていく。
「おおっ! 優斗速いぞ!」
クラスメイトたちが声を上げた。湊も走り終えた場所から、親友の姿を見つめていた。普段は騒がしく、何かにつけて自分に絡んでくる優斗。しかし、今は違う。真剣な表情で前を見据え、着実に先頭へ迫っている。
「行け、優斗……!」
湊は思わず拳を握った。その頃、観覧スペースでも歓声が上がっていた。
「優斗、すごいね!」
ひまりが身を乗り出す。
「はい。 先頭との差が縮まっていますね……!」
しろも、驚いたように目を見開いていた。やがて、優斗はA組の選手に並びかけた。先頭争い。二人はしばらく肩を並べて走る。A組の選手も必死だった。ここで抜かれまいと、懸命に前へ進む。けれど、優斗も引かなかった。
「……よしっ!」
最後の直線に差しかかる手前優斗が、わずかに前へ出た。そして、そのままA組の選手を追い抜く。
「抜いたああああっ!」
「優斗ーっ! そのまま行けーっ!」
C組の応援席が沸いた。優斗はついに一位へ躍り出たのだ。しかも、まだ第三走者。リレーは残り三人へと続いていく。優斗は先頭を走りながら、第四走者の待つバトンゾーンへ向かった。
「次、頼んだぞ!」
「おう!」
バトンを受け取った第四走者が、すぐさま走り出す。C組、一位。優斗は息を切らしながら立ち止まり、振り返った。後続との差は、まだわずかにある。
「よっしゃ……!」
思わずガッツポーズが出た。もちろん、喜ぶのはまだ早い。優斗はすぐに応援する側へ回った。
「四走ーっ! そのまま逃げ切れーっ!」
「お前、さっきまで走ってたんだろ!」
湊のツッコミが飛ぶ。
「だからこそ分かるんだよ! ここからが勝負だ!」
「急に解説者みたいなこと言うな!」
言い合いながらも、二人の視線は第四走者へと向いていた。
◇
第四走者も、優斗が作ったリードを守りながら走っていた。A組の選手が追い上げてくるものの、C組も簡単には譲らない。そして、第五走者へバトンが渡る。
「あと二人だぞ!」
「このまま行けーっ!」
クラスメイトたちの声援が、さらに大きくなる。第五走者はカーブを抜け、懸命に走り続けた。後続との差は少し縮まったものの、順位は変わらない。C組が一位をキープしたまま、最後のバトンゾーンへと近づいていく。
「次で最後だ……!」
湊がつぶやいた。第一走者から始まったバトンリレー。自分も、優斗も、その一員だった。そして今、仲間がつないできたバトンが、最後の走者へ渡ろうとしている。
「行けーっ! 六走者!」
バトンが渡った。C組、最後の走者が駆け出す。その背後には、やはりA組の選手が迫っていた。
「頑張れーっ!」
ひまりが大きな声で叫ぶ。しろも、祈るように両手を握りしめた。気づけばすでに最後の直線。C組の選手は前を向き、懸命に走り続ける。A組との差は、わずか。それでも、最後まで先頭を譲らなかった。
そして――
「一着、二年C組!」
審判の声が響いた。一瞬遅れて、C組の応援席から大歓声が上がった。
「勝ったあああああ!」
「優勝だあああああ!」
「よっしゃああああっ!」
綱引きに続き、クラス対抗リレーでも優勝。二年C組は、また一つ大きな勝利を手にした。
◇
「見たかああああっ! 俺の走り!」
真っ先に声を上げたのは、もちろん優斗だった。
「いや、最後に走ったのは俺じゃないけどな!」
自分で言って、自分で笑っている。
「お前、さっきからうるさいんだよ」
湊が呆れたように言う。
「いやいや! 俺が一位に押し上げたのは事実だろ!」
「それはそうだけど」
「ほら! もっと褒めていいんだぞ!」
「はいはい、すごかったよ」
「心がこもってねえ!」
「注文が多いな!」
いつもの調子で言い合う二人に、周囲のクラスメイトたちも笑った。やがて、湊は優斗の肩を軽く叩いた。
「……でも、ありがとな。 お前、すごかったよ」
「……ん?」
優斗の動きが止まった。
「今、なんて?」
「もう言わない」
「待て待て待て! もう一回! もう一回だけ!」
「絶対に言わない」
「なんでだよおっ!」
騒がしい声がグラウンドに響く。観覧スペースでは、しろとひまりが並んで拍手を送っていた。
「優斗さま、本当に素晴らしい走りでしたね」
「うん! 湊も二位を守って、ちゃんと優斗につないでたし!」
「はい。 お二人とも、最後まで一生懸命でした」
しろは、穏やかな笑みを浮かべていた湊が走る姿も、優斗が先頭へ躍り出た瞬間も、最後の走者がゴールした瞬間も。どれも見逃したくないと思うほど、心に残る光景だった。やがて、湊が観覧スペースの方を向いたしろと目が合う。彼女は笑顔で拍手を続けた。湊も少し照れくさそうに笑い、軽く手を振り返す。
「……ご主人、よく頑張りましたね」
しろの声は、歓声にかき消されて届かなかった。それでも、湊には伝わったような気がした。第一走者から第六走者まで。それぞれが自分の役目を果たし、一本のバトンをつないだ。誰か一人だけでは、きっと勝てなかった。その中で、優斗は二位で受け取ったバトンを一位へと押し上げた。いつもはお調子者で、少しうるさくて、ついツッコミを入れたくなる親友。けれど今日ばかりは、湊も素直に認めざるを得なかった。
――やっぱり、こいつはすげえな
「湊ーっ! 次は俺のヒーローインタビューな!」
「誰がするか!」
「優勝の立役者だぞ!」
「だから最後に走ったのはお前じゃないだろ!」
「細かいことは気にすんな!」
またしても始まった二人の言い合いに、ひまりが楽しそうに笑った。しろも、つられて小さく笑う。秋空の下、二年C組の歓声はしばらく途切れそうになかった。
◇
「いやーっ! 最高だな、今日の俺!」
「さっきからそれしか言ってないぞ」
「だって事実だろ! 湊、見ただろ? 俺がA組のやつを抜いた瞬間!」
「見てたよ」
「どうだった?」
「すごかった」
「……えっ?」
優斗が、ぴたりと動きを止めた。
「いや、待て。 今の、もう一回言ってくれない?」
「嫌だよ」
「なんでだよ! そこは素直に褒められたことを喜ばせてくれよ!」
「一回言っただろ」
「俺は何度でも聞きたいんだ!」
「面倒くさいな……」
湊は呆れたようにため息をついた。クラス対抗リレーが終わってから、すでに数分。C組の生徒たちは、二つ目の優勝を喜び合っていた。先ほどまで走っていた選手たちは水分補給をし、応援していた生徒たちは興奮した様子でレースを振り返っている。そんな中でも、優斗のテンションは一向に下がる気配がなかった。と、二人の背後から声がする。
「湊ー! 優斗ー!」
振り返ると、ひまりがこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「お疲れさま! 二人とも、すごかったよ!」
「おっ、ひまり! 見てたか、俺の走り!」
「見てた見てた! 優斗、めちゃくちゃ速かった!」
「だろ!?」
「A組の人と並んだときは、どうなるかと思ったけど……最後に追い抜いたところ、すっごくかっこよかったよ!」
ひまりは、興奮した様子で身振り手振りを交えながら語った。
「しかも、そのあともずっと一位だったし! 優斗って、あんなに足が速かったんだね!」
「ふっふっふ……ようやく俺の隠された才能に気づいたか」
「いや、別に隠してたわけじゃないだろ」
湊が横から口を挟む。
「お前は黙ってろ! 今は俺が称賛を浴びる時間なんだ!」
「はいはい」
「はいは一回!」
「はいはいはい」
「増やすな!」
ひまりは二人のやり取りを見て、くすくすと笑った。
「ほんと、二人って仲いいよね」
「どこがだよ」
「どこがだ!」
二人の声が見事に重なった。そして、互いの顔を見る。
「……な?」
「……ああ」
「ほら、そういうところ!」
ひまりは楽しそうに笑った。
「でも、湊もよかったよ」
ひまりが、今度は湊の方を向いた。
「ちゃんと二位をキープして、優斗にバトンを渡したでしょ? あそこ、結構接戦だったよね」
「まあ、抜かれそうにはなったけど」
「それでも抜かれなかったじゃん!」
「最後まで頑張っただけだよ」
「それが大事なんだって!」
ひまりは、少しだけ頬を膨らませた。
「せっかく頑張ったんだから、もっと自信持ちなよ」
「……そう言われてもな」
湊は困ったように頭をかいた。優勝できたのは、六人全員がバトンをつないだからだ。第一走者が好スタートを決め、自分が順位を守り、優斗が先頭へ押し上げる。そして、第四走者、第五走者、最後の第六走者が、その順位を守り抜いた。誰か一人だけの力ではない。だからこそ、自分だけを褒められると、少し落ち着かなかった。
「まあ、俺も頑張ったけどさ」
「おっ、珍しく素直!」
優斗がすかさず反応した。
「お前は黙ってろ」
湊が優斗を追い払おうとする。ひまりは、そんな二人を見ながら、また笑った。
「ふふっ。やっぱり、いつもの湊たちだね」
ひまりはにっこりと笑う。
「二人とも、走ってるときはすごく真剣だったのに、終わった途端これだもん」
「そりゃ、走るときまでふざけてられないだろ」
「いや、俺は走りながらも余裕だったけど?」
「嘘つけ。 ゴールしたあと、めちゃくちゃ息切れてただろ」
「そ、それは全力を出し切った証拠だ!」
ひまりはとうとう声を上げて笑った。
◇
「そういえば、二人とも、このあと何か出るの?」
ひまりが尋ねた。
「俺はもうないな。リレーが選んだ競技だし」
湊が答える。
「俺も。 あとはクラス全員で参加する競技くらいかな」
「そっか。 じゃあ、少しゆっくりできるね」
「そうだな。 ……ひまりは?」
「私も借り物競争が終わったから、あとはみんなを応援するだけ!」
ひまりはそう言って、グラウンドの方を振り返った。次の競技に向けて、先生たちが準備を進めている。
「いやー、それにしても体育祭って楽しいね!」
「まだ午前中だけどな」
「もう、湊はすぐそういうこと言う!」
「いや、事実だろ」
「そういう話じゃないの!」
ひまりは頬を膨らませたものの、すぐに笑顔に戻った。
「だって、普段は教室でしか見られないみんなの姿が見られるんだもん。 湊も優斗も、いつもと違う感じだったし!」
「俺はいつも通りだったと思うけど」
「いや、湊はちょっと違ったよ」
優斗が、珍しく真面目な口調で言った。
「走ってるとき、結構必死だったじゃん」
「……そうか?」
「そうそう。 いつもなら、面倒くさいとか言いながら適当にやりそうなのに」
「お前、俺のことなんだと思ってるんだよ」
「面倒くさがり」
「即答するな」
優斗は笑った。
「でも、ちゃんと頑張ってた。 俺にバトン渡すときも、いい走りだったと思うぜ」
「……そっか」
湊は、少しだけ目を逸らした。
「ありがと」
「おっ! 今日二回目の素直な湊!」
「うるさいな!」
「照れるな照れるな!」
「照れてないって!」
結局、いつもの調子に戻ってしまう。ひまりは二人を見て、ふっと目を細めた。こういうところが、いいのだと思う。くだらないことで言い合って、時々相手をからかって。それでも、いざというときにはちゃんと信頼し合っている。今日のリレーでも、それがよく分かった。
「……いいなぁ」
「ん? 何が?」
湊が聞き返す。
「ううん、なんでもない!」
ひまりは笑ってごまかした。
「とにかく! 二人ともお疲れさま! 優勝、おめでとう!」
「おう、ありがとな!」
「ありがと、ひまり」
二人が答える。ひまりは満足そうに頷くと、ふと思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ! せっかくだし、三人で写真撮らない?」
「写真?」
「うん! 今日の記念に!」
「俺はいいけど」
湊が答えると、優斗が勢いよく手を挙げた。
「賛成! ただし、俺が真ん中な!」
「なんでだよ」
「今日の立役者だから!」
「六人で走ったリレーだろ」
「じゃあ、俺と湊が真ん中!」
「真ん中の意味!」
「もう、二人とも! 早く撮るよ!」
ひまりがスマートフォンを取り出す。優斗は湊の肩に腕を回し、湊は嫌そうな顔をしながらも逃げなかった。
「はい、チーズ!」
カシャッ。秋空の下、三人の写真が一枚増えた。画面の中では、優斗が満面の笑みを浮かべ、湊が少し呆れた顔をしていて、ひまりは楽しそうに笑っている。
「よし、撮れた!」
ひまりは画面を確認すると、嬉しそうに頷いた。
「いい写真!」
「俺、めちゃくちゃかっこよくない?」
「はいはい」
「またそれかよ!」
今日も、三人の関係はいつも通り。けれど、いつも通りの中に、今日だけの思い出が一つ増えた。体育祭は、まだ終わらない。グラウンドからは、次の競技を知らせるアナウンスが聞こえている。体育祭の一日は、まだまだ続いていく。
五十話でした。今回は体育祭のクラス対抗リレー回。湊が二位を守り、優斗が一位へと押し上げ、仲間たちがその順位を守り抜く。青春スポーツ漫画なら、ここで各走者の過去やら挫折やら、走ることに懸けた熱い想いやらが語られるところですが、本作はそこまでの尺がありませんでした。何より、そこまでやると別の作品が始まってしまいます。そして、今回の展開について……ちょっとC組、強すぎませんか?綱引きで勝ち、リレーでも勝つ。主人公たちのクラスだからといって、さすがにご都合主義が過ぎる気もします。まあ、体育祭くらい気持ちよく勝たせてあげてもいいじゃないですか。現実ではなかなか思い通りにならないことも多いんですから、フィクションの中くらい夢を見たっていい。そういうことにしておきましょう。作者が勝手に決めたことですけど。それと、今回のもう一つの問題。湊と優斗、君たちの掛け合い、ちょっとしつこくない?走っているときは真剣。走り終わったら言い合い。褒めれば騒ぎ、褒めなければ騒ぎ、素直になれば騒ぎ、素直になったことを指摘されても騒ぐ。君たちは一体、何なら静かにできるんだ。しかも、そんな二人の掛け合いを何度も書いている作者も作者です。書いているうちに楽しくなってしまったんだから仕方ない。読者の皆さまにおかれましては、どうか広い心でお付き合いください。次回も似たようなやり取りがあったら、そっとページを閉じずに、温かい目で見守っていただけると幸いです。……いや、さすがに次は少し控えめにします。たぶん。おそらく。作者の気分次第です。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第五十一話もお楽しみに。




