第四十九話 体育祭中編① (ひまりの借り物競争、綱引き)
第四十九話です。作者が思ってたより体育祭長くなりそうなので、今回はひまりの借り物競争とクラス対抗綱引きを描こうと思っています。借り物競争は最初から大波乱(いろんな意味で)、綱引きは激アツなので楽しんで読んでください。それでは、どうぞ。
体育祭当日の朝。
「ご主人、起きてくださいませ」
「……ん」
いつもより少し早い、しろの声。湊は眠い目をこすりながら起き上がった。
「今日、体育祭ですよ」
「分かってます……」
「ふふ。 昨日から楽しみにされていましたものね」
「……まあ」
制服ではなく、今日は体操服。朝食を済ませ、荷物を確認する。
「水筒、タオル、着替え……」
「問題ございません」
しろが確認する。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
「行ってきます」
家を出てみると、空はよく晴れていた。数日前まで台風が来ていたとは思えないほどの青空だった。学校へ着くと、校庭にはすでに大勢の生徒が集まっている。
「おはよう、湊!」
「おはよう」
「いよいよだな!」
「そうだな」
優斗は朝から妙に元気だった。
「今日は絶対、青春するぞ!」
「何それ」
「体育祭と言えば青春だろ!」
「まあ……否定はしないけど」
そこへ、ひまりもやってくる。
「おはよう、湊、優斗!」
「おはよう」
「今日は頑張ろうね!」
「ああ」
三人で笑う。やがて、各クラスが所定の位置へ並び始めた。校庭には万国旗が飾られ、テントが並んでいる。放送から流れる音楽。生徒たちの話し声。保護者席には、少しずつ人も集まり始めていた。湊はふと、観客席を見る。
「……」
まだ、しろの姿は見えない。
「来るって言ってたし、大丈夫か」
そう思いながら前を向く。やがて、体育祭実行委員の合図で全員が静かになった。
「ただいまより、青嶺高校体育祭、開会式を始めます!」
拍手が起こる。校長の挨拶。実行委員長による開会宣言。選手宣誓。そして最後に、全員で準備運動を行う。
「イチ、二、サン、シ!」
校庭いっぱいに声が響く。湊も周囲に合わせて身体を動かす。普段の体育とは違う。今日は学校全体が、ひとつのイベントに包まれている。開会式が終わる。
「それでは――」
体育教師がマイクを握った。
「これより、青嶺高校体育祭を開始します!」
大きな歓声が上がった。
「おおおおっ!」
湊も思わず拳を握る。いよいよ始まる。一週間かけて準備してきた体育祭。そして――今日は、しろも見に来てくれる。
「……よし」
湊は小さく呟いた。青空の下、体育祭の一日が幕を開けた。
◇
体育祭、最初の競技。グラウンドに設置されたスタート地点へ、各クラスの代表が集まっていた。
「第一種目は借り物競争です!」
放送が響く。その中に、ひまりの姿もあった。
「ひまり、頑張れよ!」
観客席から湊が声をかける。
「う、うん!」
ひまりは笑顔で手を振った。やがてスタートの合図。選手たちが一斉に走り出す。ひまりも地面に置かれた封筒へ向かって走った。
「どれにしよう……!」
ひとつを拾い、急いで封を開ける。そして――
「…………え?」
紙に書かれた文字を見た瞬間、固まった。
『好きな人』
「…………」
顔が、一気に赤くなる。
「え、ちょ、ちょっと待って……」
よりによってこんなお題。ひまりは慌てて紙を胸元に隠した。絶対に誰にも見せられない。
「ひまりー! 何だったー!?」
観客席から湊の声が飛んでくる。
「っ……!」
ひまりは湊を見る。そして、意を決したように走り出した。
「湊!」
「え?」
ひまりは湊のところまで一直線に走ってきた。
「来て!」
「ちょ、ひまり!?」
そのまま湊の手を掴む。
「え、何!?」
「いいから!」
ひまりは湊を引っ張って走り出した。その瞬間。クラスメイトたちの観客席がざわついた。
「え?」
「ひまり、湊を連れてった?」
「まさか……」
「いやいや、借り物競争だろ?」
「でも、ひまり顔真っ赤じゃない?」
「確かに!」
「もしかして……!」
ざわざわ。 ざわざわ。
その声は、あっという間に広がっていく。
「湊、何として借りられたんだ!?」
「知らない!」
「ひまりが自分から湊を!?」
「青春だー!」
どこからともなく優斗の声まで飛んできた。
「違う!」
湊が叫ぶ。
「俺は何も知らない!」
「でも手繋いでるぞ!」
「引っ張られてるだけだ!」
「ひまり、顔真っ赤!」
「それは……!」
ひまりは何も言えない。言えるわけがない。手に握っている紙には―—『好きな人』と書かれているのだから。ゴール地点が近づく。
「お題を確認します!」
審判が声をかける。
「お題は何ですか?」
「……!」
ひまりは紙を握りしめた。
「見せてもらえますか?」
「……それは!」
一瞬、湊が横から覗こうとする。
「ちょっと待って!」
ひまりが慌てて紙を隠す。
「なんで?」
「見ちゃダメ!」
「ええ……」
観客席から、さらに歓声が上がる。
「絶対なんかあるぞ!」
「何のお題だよ!」
「湊、聞いてみろ!」
「俺も知りたい!」
ひまりは顔を真っ赤にしたまま、審判にだけ小声で告げる。
「……親友、です」
「親友?」
「はい!」
審判が湊を見る。
「親友で間違いない?」
「まあ……はい」
湊は首を傾げながら答える。そして二人のゴールが認められた。
「判定、オーケー!」
歓声が上がる。
「親友!?」
「絶対嘘だろ!」
「なんであんなに顔赤くしてるんだよ!」
「体育祭で告白か!?」
「違うって!」
湊が否定する。しかし、否定すればするほど怪しく見える。ひまりは耐えきれず、湊の腕を引っ張った。
「もう戻ろう!」
「ちょ、待って!」
二人が選手席へ戻っていく。その後ろ姿を見ながら、優斗が呟く。
「……青春だな」
「だから違うって!」
湊の声がグラウンドに響いた。ひまりは俯いたまま、誰にも見えないように紙をそっとポケットへしまった。そこに書かれていた本当のお題を知っているのは――ひまりだけだった。
◇
借り物競争が終わり、グラウンドでは次の競技の準備が進められていた。湊たちのクラスが出場する、綱引きである。
「よーし、全員集合!」
クラスの体育委員が声を張り上げる。
「綱引きは全員参加だからな! 気合い入れていくぞ!」
「おおー!」
クラスメイトたちが応じる。湊もその中に混じりながら、ふと観客席のほうへ目を向けた。
「……あれ?」
人の流れの中に、見覚えのある姿があった。落ち着いた服装に、きちんと整えられた髪。手には小さなバッグを持っている。
「……しろさん?」
朝比奈家のメイド、しろだった。しろは受付で案内を受けたあと、グラウンドのほうを見渡していた。初めて訪れる高校の体育祭。生徒たちの声援や、放送から流れる音楽に、少し落ち着かない様子だ。
「思っていた以上に賑やかですね……」
そう呟いていたところで、視線がふと止まった。グラウンドの端。体操服姿の湊が、こちらを見ている。
目が合った。
「あ……」
しろが微笑み、小さく手を振る。湊も思わず手を振り返した。
「湊」
隣にいた優斗が、その様子に気づく。
「どうした?」
「しろさんが来た」
「何!?」
優斗が勢いよく振り返った。
「どこだ! しろさん!」
「声がでかいって」
「あっ、いた!」
優斗は観客席を見つけると、胸を押さえた。
「今日も綺麗だ……! まさか、体育祭でしろさん見れるとは……!」
「お前さっき頭打ったんじゃないの?」
湊が呆れる。
「俺は改めてお前が羨ましい。 毎日しろさんと同じ家で暮らしているなんて!」
「いや、別に……」
「その『別に』の中にどれだけの幸せが詰まっていると思ってるんだ!」
「知らないよ!」
いつもの調子で騒ぎ始める二人。そこへ、ひまりがやってきた。
「しろさん、来たんだね!」
「うん。 さっき気づいた」
「よかったね、湊」
「……うん」
湊はもう一度、観客席を見る。しろは空いている席を見つけ、腰を下ろしたところだった。そして、湊の視線に気づくと、もう一度手を振ってくれた。湊も小さく手を振り返す。
それだけのことだった。
けれど、なんだか少しだけ、いつもより頑張れる気がした。
「はいはい、男子も女子も整列!」
体育委員の声が響く。
「次、綱引きだぞ! 全員参加だからな!」
「よし、行くか!」
優斗が気合いを入れる。
「湊、負けんなよ!」
「そっちこそ!」
二人は綱の前へ移動した。クラスメイトたちが次々と並び、長い綱を両手で握る。対戦相手のクラスも、すでに準備を整えていた。
『続いては、二年生による綱引きです!』
放送がグラウンドに響く。歓声が大きくなる。湊は足元を確認し、綱を握り直した。そして、観客席へ視線を向ける。しろがこちらを見ていた。その表情は、いつもの穏やかな笑顔。
――見ていてくださいね。
声には出さず、湊は心の中で呟いた。
「位置について!」
審判の声が響く。全員が腰を落とし、綱を握る手に力を込めた。
「よーい……」
湊は前を向く。
「始め!」
合図と同時に、綱が張り詰めた。
「引けええええ!」
「わっしょい! わっしょい!」
二年C組の綱引き。
湊たちは地面に足を踏ん張り、クラス全員で一本の綱を引いていた。綱の中央につけられた赤い目印が、じりじりと動く。
「湊! もっと腰落とせ!」
「分かってる!」
隣で叫ぶ優斗に返事をしながら、湊は綱を握り直した。手のひらが痛い。腕も重い。それでも、ここで負けるわけにはいかなかった。
「わっしょい! わっしょい!」
全員の掛け声が重なる。そして――
「そこまで! 二年C組の勝利!」
「よっしゃあああ!」
歓声が爆発した。
「勝ったぞー!」
「いや、危なかったな!」
綱を離した湊は、息を切らしながら肩を回した。
「つ、疲れた……」
「お前、まだ一回戦だぞ」
「分かってるよ……」
優斗も汗を拭いながら笑った。
「でも、いい感じじゃん。 俺たち、優勝できるんじゃね?」
「せっかくなら、したいな」
「おっ、やる気あるじゃん!」
「最初からあるよ」
「さっきまでもう腹減ったって言ってた奴の台詞か?」
「それとこれとは別だろ」
「別なのかよ!」
二人のやり取りに、近くのクラスメイトたちが笑った。今年の綱引きは、五クラスによるトーナメント戦。C組はシードのため初戦がなく、優勝するにはあと一勝すればいい。最初の一勝を手にした今、残るは決勝のみだった。
◇
「いよいよ決勝戦です!」
アナウンスとともに、グラウンドの空気が変わった。C組の前に立ちはだかるは、初戦と準決勝を勝ち抜いてきたA組。相手もここまで勝ち上がってきただけあって、気合いは十分だった。
「最後だぞ! 全力でいこう!」
クラスの中心にいた生徒が声を上げる。
「おう!」
湊も声を合わせた。優斗が隣で拳を握る。
「なあ、湊」
「なんだ?」
「これで勝ったら、俺たち優勝だぜ」
「そうだな」
「……なんか、燃えてきた!」
「お前、さっきからずっと燃えてるだろ」
「最後まで燃え尽きるんだよ!」
「変なこと言ってないで、ちゃんと引けよ」
「任せろ!」
湊は小さく笑ったあと、綱を握った。観覧スペースに目を向ける。しろが、相変わらずまっすぐこちらを見ていた。その表情はいつもと同じ、穏やかな笑顔だった。
――絶対勝つ。
もう一度、心の中でつぶやく。笛が鳴った。
「引けえええええっ!」
全員が一斉に綱を引く。相手も負けじと引き返し、赤い目印は中央付近で止まった。
「頑張れーっ!」
「負けるなーっ!」
グラウンドを埋め尽くす声援。湊は足を踏ん張り、隣の仲間とタイミングを合わせた。
「せーのッ!」
引く。
「せーのッ!」
もう一度。先ほどの試合の疲れが残っているのか、腕が重く、足も限界に近い。それでも、誰一人として力を緩めなかった。
「あと少しだ!」
「C組、いけーっ!」
優斗の声が響く。湊も声を張り上げた。
「全員、合わせろ!」
その声に、周囲のクラスメイトたちが応える。
「せーのっ!」
全員の力が、一つになる。赤い目印が、わずかに動いた。
さらに引く。もう一度。そして――
「そこまで! 優勝、二年C組!」
一瞬、静寂が落ちた。
「……え?」
誰かが呟いた。次の瞬間。
「うおおおおおおおおっ!」
グラウンドに歓声が弾けた。
「優勝だあああ!」
「やったーっ!」
綱を手放した湊は、思わずその場にしゃがみ込んだ。
「……勝った」
口にして、ようやく実感が湧いてくる。
「勝ったぞ、湊!」
優斗が勢いよく抱きついてきた。
「うわっ! ちょ、重い!」
「優勝だぞ! 喜べよ!」
「喜んでるから離れろ!」
「嫌だ!」
「なんでだよ!」
周囲のクラスメイトたちも笑いながら、互いの健闘をたたえ合っていた。誰かとハイタッチをして、誰かと肩を組んで。湊も、その輪の中で笑った。そして、ふと顔を上げる。観覧スペースのしろが、胸の前で小さく拍手をしていた。その顔には、いつもよりずっと明るい笑顔が浮かんでいる。湊は少し照れくさくなりながらも、しろに向かって手を振った。しろも、うれしそうに手を振り返した。
◇
「ご主人、優勝おめでとうございます!」
競技が終わり、クラスの列から戻ってきた湊に、しろが声をかけた。
「ありがとうございます。 ……見ていてくれたんですね」
「もちろんです。 ご主人が頑張っていらっしゃる姿、しっかり拝見しました」
「……なんだか、少し恥ずかしいな」
湊が頬をかく。家では、しろに見られていることなど普段から当たり前だ。けれど、学校で頑張っている姿を見られるのは、いつもと違う少し違う気がした。
「ですが、とても格好よかったですよ」
「……っ」
湊は言葉に詰まった。
「そ、そうですか」
「はい。 皆さんと力を合わせて、最後まで諦めずに頑張っていらっしゃいました」
しろは、穏やかな声で続けた。
「私まで、うれしくなってしまいました」
その言葉を聞いて、湊は少しだけ目を伏せた。勝てたこともうれしい。クラスの皆と喜び合えたことも、もちろんうれしい。けれど、こうしてしろが喜んでくれることも、同じくらい――いや、それ以上にうれしかった。
「……しろさんが応援に来てくれたおかげかもしれません」
「まあ……」
しろが目を丸くする。
「私のおかげ、ですか?」
「はい。 見ていてくれると思ったら、頑張ろうって思えましたから」
口にしてから、湊は少し照れくさくなった。けれど、嘘ではない。しろはしばらく湊を見つめ、それから柔らかく微笑んだ。
「……来てよかったです」
その一言に、湊も笑った。
「はい。 来てくれて、ありがとうございます」
グラウンドでは、次の競技の準備が始まっている。体育祭は、まだまだこれからだ。
「湊ーっ! いつまでしろさんと話してんだー!」
遠くから優斗の声が飛んできた。
「次の競技の準備、始まるぞー!」
「今行く!」
湊は返事をしてから、しろに向き直った。
「それじゃあ、また行ってきます」
「はい。 引き続き、応援していますね」
しろに見送られ、湊はクラスメイトたちのもとへ走っていく。その背中を見つめながら、しろは静かに微笑んだ。
今日、ここへ来てよかった。湊が学校でどんなふうに過ごしているのか。どんな仲間と笑い、どんな顔で頑張っているのか。
それを知ることができたのだから。
「……ご主人、次も頑張ってくださいね」
しろの応援を背に、湊は再び体育祭の輪の中へと戻っていった。
四十九話でした。前書きでも書きましたが、体育祭、思ったより長くなりそうなので中編もいくつかに分けようと思います。すみません手際が悪くて。さあ、ひまりの借り物競争のお題はまさかまさかの『好きな人』。運営も悪いですね〜。優斗の言葉を借りると、青春しろって言ってるようなもんですよ。でもいい意味でひまりが動くきっかけになったのかな、なんて思ったりもしてます。彼らの青春の行方がどうなるかは分からないですけど、まあ、どうにかなるんですよ、きっと。さらに、湊たち率いるC組が綱引きで優勝しました。なぜか掛け声が「オーエス!」ではなく「わっしょい!」でしたね。なんかわっしょいのほうが楽しそうじゃないですか。え、そんなことないって?なんでもいいだろ別に!そんなこんなでまだまだ体育祭続きます。まだまだいろいろ起きると思いますが、楽しんで読んでいただければ幸いです。あと、感想、ブックマーク等よろしくお願いします。次回、第五十話もお楽しみに。




