第四十八話 体育祭前編
第四十八話です。台風が過ぎ去り、季節は秋へ。そんな中、湊たちの学校では一週間後に体育祭が開催されることに。借り物競争、リレー、騎馬戦、玉入れ、綱引き、ビーチフラッグ。そして、なぜか高校生にもなって行われる保護者参加の徒競走。湊はしろにも来てもらうことになり、体育祭に向けた一週間が始まります。果たして、どんな体育祭になるのか。それでは、どうぞ。
台風が過ぎて、数日。朝の空気には、少しずつ秋らしい涼しさが混じるようになっていた。そんなある日のホームルーム。
「それでは、体育祭について説明する」
担任が黒板の前に立つ。
「今年の体育祭は――一週間後だ」
「一週間!?」
教室が一気にざわついた。
「近くない!?」
「急すぎるだろ!」
「だから今日から準備する」
担任は慣れた様子で黒板に種目を書いていく。
「借り物競争」
「クラス対抗リレー」
「騎馬戦」
「玉入れ」
「綱引き」
ここまでは、まあ普通だった。しかし。
「ビーチフラッグ」
「……なんで?」
誰かが呟く。
「そして、保護者参加の徒競走」
「…………」
教室が静かになった。
「高校生だよな、俺たち」
湊が思わず呟く。
「高校生だ」
「親が走るの?」
「走る」
担任は当然のように答えた。どうやらどちらも毎年恒例の種目らしい。
「参加者が少ない場合は、親族や同居人の参加も認める」
「同居人……」
その言葉を聞いた瞬間、湊の頭にしろの顔が浮かんだ。
――出てくれるかな。
そんなことを考えていると。
「湊!」
隣から優斗が声をかけてきた。
「俺、リレー出る!」
「そう」
「湊も出ようぜ!」
「俺、足そんなに速くないよ」
「気持ちだ!」
「足の遅さを精神論で乗り切ろうとするなよ」
その横では、ひまりが種目表を眺めている。
「私は借り物競争がいいな」
「ひまりなら、すごい物を引きそう」
「例えば?」
「『学校長』とか」
「どうやって借りるの!?」
教室に笑い声が広がる。その日の放課後には、さっそく出場種目を決めることになった。
湊はクラス対抗リレー。
優斗も同じくクラス対抗リレー。
ひまりは借り物競争。
そして、全員参加の種目は玉入れ、綱引き、騎馬戦となっていた。ちなみに騎馬戦は男子のみ出場だ。
「一週間しかないんだから、ちゃんと練習しろよ」
担任がそう言う。
「体育祭まで、あと七日だ」
こうして、秋の体育祭に向けた一週間が始まった。
◇
湊は帰り道、スマートフォンを取り出す。そして、しろにメッセージを送ろうとして――少しだけ考えた。
『体育祭があります』
そこまで入力して、指が止まる。そのあとに続く言葉を考えている。
――来てください。
そう書こうとして、なぜか少し恥ずかしくなった。結局、帰り道では送らなかった。体育祭まで、あと一週間。準備は始まったばかりだった。
◇
その日の夜。夕食を終えた湊は、そわそわしながらリビングでスマートフォンを眺めていた。
「ご主人」
食器を片付けていたしろが声をかける。
「何かございましたか?」
「あ、いえ」
湊は少し迷ってから、スマートフォンをテーブルに置いた。
「今日、学校で体育祭の話が出たんです」
「体育祭ですか?」
「はい。 一週間後にやるみたいで」
「まあ、それは楽しみですね」
しろが微笑む。
「しろさん、来ます?」
「もちろんです」
返事が早かった。
「ご主人の学校での姿を見られる機会ですから」
「……じゃあ、来てください」
「はい。 楽しみにしております」
湊は少し照れくさそうに頷いた。
「えっと、それで……保護者参加の徒競走っていうのがあるんですけど」
「保護者参加?」
「はい」
「……なるほど」
しろが少し考える。
「私が参加してもよろしいのでしょうか?」
「親族とか同居人でもいいらしいです」
「でしたら、私、出ます」
「え?」
「せっかくですから」
しろは平然と言った。
「ご主人の体育祭ですし」
「……じゃあ、お願いします」
「承知いたしました」
こうして、しろの出場もあっさり決まった。湊は少しだけ不安になった。
――しろさん、足早いのかな。
◇
翌日。体育の授業にて。
「今日は体育祭の練習をするぞ!」
体育教師の声がグラウンドに響いた。クラス全員が、それぞれの種目に分かれていく。
「まずはリレー組!」
湊と優斗はトラックへ向かった。
「バトンパスの練習からだ!」
「よし、湊! 俺たちの友情を見せよう!」
「普通に走ろうよ」
練習が始まる。優斗は勢いよく走り出した。
「湊、行け!」
「よっしゃ!」
バトンを受け取ろうとする湊が走りだす。しかし――
「わっ!」
「うお!」
優斗の声が飛んでくる。バトンを落としてしまった。それでも何度か繰り返すうちに、少しずつタイミングが合ってくる。一方、別の場所ではひまりたちが借り物競争の練習をしていた。
「お題は『赤いもの』!」
「はい!」
ひまりが走り出す。そして数秒後。
「先生、借ります!」
「それは借り物じゃない!」
先生の赤いジャージを持って戻ってきた。
「赤いものって書いてあったじゃん!」
「先生は物じゃない!」
「そういうこと!?」
周囲から笑い声が起きる。そして――
「ビーチフラッグって、体育祭でやる競技じゃないだろ!」
砂場では別のクラスメイトが叫んでいた。体育教師は平然としている。
「伝統だ」
「なら仕方ない!」
誰かが妙に納得していた。その後、男子で騎馬戦の組み方を確認し、全員で玉入れの練習、綱引きの並び方を試した。湊は参加しながら、少し笑っていた。昨日まで「体育祭」と聞いても、まだ先のことのように思っていた。けれど、こうして練習が始まると、一週間という時間が急に短く感じられる。
「湊!」
優斗が呼ぶ。
「もう一回やるぞ!」
「分かった!」
湊はバトンを受け取る。体育祭まで、あと六日。少しずつ、その日が近づいていた。
◇
それから、数日が過ぎた。体育がある日は必ず体育祭の練習をした。リレーでは何度もバトンを渡し、綱引きでは並び方を変え、騎馬戦では作戦の確認をする。借り物競争のお題を予想したり、玉入れの作戦を考えたり。ビーチフラッグの練習では、なぜかクラスの男子たちが本気になった。
「絶対世界取る!」
「体育祭だぞ!?」
「関係ねぇ!」
そんな騒がしい日々も、気づけば終わりを迎えようとしていた。そして――体育祭前日。
「明日かぁ……」
放課後の教室。窓の外を眺めながら、湊が呟いた。
「明日だぞ!」
優斗が隣で笑う。
「楽しみだな、湊!」
「まあ、うん」
「なんだよ、その反応!」
「いや、練習してきたからには、成功させたいなって」
「それだよ! 青春!」
「はいはい」
そこへ、ひまりもやってくる。
「明日、晴れるといいね」
「今のとこ大丈夫そうだよ」
「よかった」
三人で明日の予定を確認する。
集合時間。
持ち物。
出場する種目。
そして――
「そういえば、湊」
ひまりが尋ねる。
「しろさん、来るんだよね?」
「うん」
「いいなぁ。 私も見てもらいたい人とか……」
そこまで言って、ひまりは口を閉じた。
「……何でもない」
「?」
湊は首を傾げる。優斗だけが何かを察したような顔をしていた。
◇
その日の夜。夕食を終えた湊は、明日の準備をしていた。
体操服。
タオル。
飲み物。
必要なものをバッグに詰めていく。
「ご主人」
しろが声をかける。
「明日は何時に出発いたしましょうか?」
「いつもより少し早いです」
「承知しました。 朝食も少し早めにいたしましょう」
「お願いします」
準備をしながら、湊はふと思い出す。
「そうだ、しろさん」
「はい?」
「明日、絶対来てくださいね」
しろが少し驚いたように目を瞬かせた。
「もちろんです」
「……いや、なんかちゃんと伝えておこうと思って」
「ご主人が出場されるところ、しっかり拝見いたします」
「……お願いします」
湊は少し照れながら笑った。
「僕も、頑張りますから」
「はい」
しろも笑う。
「楽しみにしております」
窓の外には、明日の朝へ続く静かな夜空。長かった一週間も、あと一日。
いよいよ明日は――体育祭だ。
四十八話でした。というわけで、体育祭編の始まりです。今回は体育祭そのものではなく、そこへ向かう一週間を描きました。個人的にお気に入りなのは、やっぱり「高校生にもなって親の徒競走」です。普通なら小学校くらいで終わりそうな競技なのに、なぜか高校まで残っている。そして、案の定しろ参加。とはいえしろさん、普段は朝比奈家で家事をこなしている姿が中心なので、学校のグラウンドを走る姿はかなり珍しいんじゃないでしょうか。しかも本人はわりと乗り気。……これは当日、何か起こりそうな予感がします。そして湊たち高校生組も、リレーや借り物競争など、それぞれの競技に挑戦。体育祭ということで、普段の学校生活とは少し違った湊たちを描ければと思っています。次回はいよいよ体育祭当日。果たして湊は活躍できるのか。そして、しろの徒競走はどうなるのか。作者としても非常に楽しみです。……ちなみにビーチフラッグを高校の体育祭でやる学校、私はちょっと好きです。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第四十九話もお楽しみに。




