↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
起きてください、しろさん  作者: アメリカンフットボーラーの威を借るオタク
第三章 二学期
PR
52/69

第四十七話 Night of typhoon

第四十七話です。学校が始まって数日。「明日、休校にならないかなぁ」なんて思っていた湊の願いが、台風によってまさかの形で叶いました。今回は家の中で大人しく過ごしながら、停電や強風など、ちょっとした非常事態も経験することに。そして、なぜか夜にはしろが湊の部屋に布団を敷いているという、いつもとは少し違った一夜も。秋の物語、まだまだ続きます。それでは、どうぞ。

 その日の朝、空はどこか薄暗かった。二学期が始まって、まだ数日。夏休みの名残が抜けきらないまま学校生活に戻った湊たちだったが、教室の窓から見える空は、そんなのんびりした雰囲気とは正反対だった。


「……暗くない?」


 ひまりが窓の外を見ながら呟く。


「朝だからじゃない?」


「いや、そういう暗さじゃなくて」


 湊も窓の外へ目を向けた。空を覆う雲は厚く、遠くの空まで灰色に染まっている。まだ雨は降っていない。けれど、風が少し強かった。


「台風来てるからな」


 優斗がスマートフォンを見ながら言った。


「やっぱり?」


「昨日の夜からニュースでやってたぞ。 こっちにも近づいてくるらしい」


「そうだったんだ」


「湊、知らなかったの?」


「朝、テレビ見てたけど……天気予報は見てなかった」


 ひまりが二人の会話に割り込む。


「確か、結構大きい台風なんだよね?」


「らしい」


「学校、大丈夫かな」


「まだ普通に授業やってるんだから大丈夫だろ」


 そう言いながらも、優斗はもう一度窓の外を見る。風に煽られて、校庭の木々が大きく揺れていた。昼休みになると、台風の話題はさらに大きくなっていた。


「明日、休みになるかな?」


「警報出たら休校じゃない?」


「でも台風の進路、夜から朝にかけてじゃなかった?」


「じゃあ明日は大丈夫かも」


 教室のあちこちで、そんな会話が飛び交っている。湊は弁当を食べながら、窓の外を見た。昼になっても空は明るくならない。むしろ朝よりも雲が低く感じられた。


「……結構降りそうだな」


「だね」


 ひまりも空を見る。


「湊、帰り大丈夫?」


「傘は持ってきてる」


「さすが」


「朝、しろさんに持たされた」


「なるほど」


 ひまりが妙に納得した顔をする。


「しろさんなら、ちゃんと天気予報見てそう」


「見てると思う」


 湊は少し笑った。朝、玄関を出るとき。しろはいつもより念入りに、


『今日は傘をお忘れにならないでくださいね』


 と言っていた。そのときは、そこまで気にしていなかった。けれど今になって考えると、しろの言うことは正しかったらしい。


「……帰ったら、ちゃんとお礼言わないとな」


「何を?」


「傘、いりましたって」


「そこ?」


 ひまりが笑う。


「湊って、しろさんのことになると妙に真面目だよね」


「そうかな」


「そうだよ」


 優斗も頷いた。


「まあ、あの人には頭上がらないよな」


「そんなことないだろ」


「いや、ある」


「ない」


 そんなやり取りをしているうちに、窓ガラスを小さな雨粒が叩いた。


 ぽつ、ぽつ。


 やがて、それは少しずつ数を増やしていく。


「あ」


 ひまりが窓を見る。


「降ってきた」


 教室の何人かが一斉に窓へ視線を向けた。サーッと降ってきた雨は、まだ弱いけれど、その向こう側には、これからやってくる大雨の気配があった。


◇


 放課後。校内放送が流れる。


『現在、台風が接近しています。今後の気象情報を確認し、下校の際は十分注意してください。また、明日の登校については――』


 そこで一度、放送が途切れ、教室が静かになる。


『今後の警報発令状況によっては、休校となる可能性があります』


「おお……」


 誰かが呟いた。


「休校か?」


「マジで?」


「明日休みになったら嬉しい!」


 教室が一気にざわつく。湊は窓の外を見た。雨は先ほどより強くなっている。灰色の空。揺れる木々。少しずつ大きくなる雨音。


 ――台風が近づいていることが感じられた。


◇


 翌朝。いつもなら、しろに起こされる時間だった。


「……ご主人、朝でございますよ」


 聞き慣れた声が、薄暗い部屋の中に響く。


「……ん……」


 湊は布団の中でもぞもぞと動いた。外からは、昨夜から続く雨音が聞こえている。窓を打つ雨粒の音。風がどこかで唸るような音。いつもの朝とは、明らかに違っていた。


「ご主人。 起きられますか?」


「……あと五分……」


「本日は、五分ではございません」


「……え?」


 しろの言葉に、湊がうっすらと目を開ける。そのときだった。枕元に置いていたスマートフォンが、突然震えた。


「……?」


 眠そうな目で画面を見る。そこには、学校からの連絡が表示されていた。


『本日は台風接近に伴い、臨時休校とします』


「…………」


 湊の目が、一気に覚めた。


「……休校?」


「はい」


「今日?」


「はい」


「学校……ない?」


「ございません」


「…………」


 数秒の沈黙。そして。


「やった……!」


 湊は布団の中で小さく拳を握った。


「休校だ!」


「ご主人……」


「学校休み!」


 さっきまで眠そうだった顔が、嘘のように明るくなる。


「これは……今日は寝ててもいいってことですよね?」


「もう少し寝ていただいても構わないと思います……」


「やった……!」


 湊はそのまま枕に顔を埋めた。台風の日の休校。高校生にとっては、なんとも魅力的な響きだった。


「……では、朝食は少し遅らせましょうか」


「お願いします……」


「承知いたしました」


 しろが部屋を出ていく。湊はもう一度布団に潜り込もうとして――窓の外を見た。カーテンの隙間から見える空は、まだ薄暗い。雨は昨日よりも強くなっている。風に煽られた木々が、大きく揺れていた。


「……すごいな」


 湊はベッドから起き上がった。窓際まで歩き、外を見る。雨が激しく降り続き、風が窓を叩いている。道路には人影がほとんどなく、普段なら聞こえてくる車の音も、今日は少なかった。さっきまで「休校だ」と喜んでいた気持ちが、少しだけ静かになった。


「……ほんとに台風なんだな」


 昨日、学校で聞いたときよりも。実際に朝を迎えてみると、その存在がずっと身近に感じられた。外に出るのは危なそうだ。電車や道路も、大変なことになっているかもしれない。もし学校があったとしても、今日は行けなかっただろう。


「……みんな、大丈夫かな」


 優斗やひまりの顔が浮かぶ。そして――。


「……しろさんも」


 湊は振り返った。すると、ちょうどしろが部屋の前を横切ったところだった。


「どうかなさいましたか?」


「いや……」


 湊は窓の外を指差した。


「思ったより、すごいですね」


「そうですね。 外に出ないほうがよさそうです」


「……ですよね」


 湊は頷いた。そして、少しだけ笑う。


「じゃあ……今日は二人とも家ですね」


「はい。 そうなりますね」


「……なんか、変な感じです」


「ふふ。 そうですね」


 さらに強くなった風が、窓ガラスを揺らしている。湊はもう一度外を見た。休校になったことは、やっぱり嬉しい。でも。今日の台風が、いつもの雨とは違うことも分かっていた。


「……早く過ぎてくれるといいですね」


「はい」


 しろも静かに頷いた。


「何事もなく過ぎてくれることを願いましょう」


 朝比奈家の外では、台風が街を包み込んでいた。そして二人は、その日の長い一日を家の中で過ごすことになる。


◇


  昼を過ぎても、台風は一向に弱まる気配を見せなかった。窓の外では雨が激しく降り続き、風が家の壁を叩いている。湊はリビングのソファに座り、テレビで台風情報を眺めていた。


「……まだ南にいるんだ」


「かなり速度が遅いようですね」


 向かいに座ったしろが答える。テーブルの上には温かい飲み物と、簡単につまめるお菓子。外には出られず、学校もない。だったら今日は、家で大人しくしているしかない。そんな、少し退屈な午後だったそのとき。ぱっ、と


「……あれ?」


 部屋の照明が消えた。


「停……電?」


「そのようですね」


 テレビも消える。エアコンも止まる。冷蔵庫も、電源の落ちた静かな音を残して沈黙した。


「うわ……」


 湊が立ち上がる。


「本当に停電するんだ」


「ご主人、慌てなくて大丈夫ですよ」


 しろは落ち着いた様子でスマートフォンを取り出した。


「まず、不要な電化製品の電源は切っておきましょう。 復旧したときに一気に電気が流れる場合がありますので」


「へえ……」


「それから、冷蔵庫はなるべく開けないようにしましょう。 中の温度を保つためです」


「なるほど」


 しろはさらにスマートフォンのライトを点けた。


「懐中電灯がある場所も確認しておきましょう。 ろうそくは火災の危険がありますので、こういうときはライトのほうが安心です」


「……しろさん、詳しいですね」


「当然です」


 しろは少し胸を張った。


「こういうときのために、朝比奈家の防災用品の場所は把握しております」


「さすが」


「非常食の場所も、水の備蓄場所も、ブレーカーの位置も知っております」


「ブレーカーまで?」


「はい」


 しろが得意げに頷く。その瞬間だった。


 ――ガシャーンッ!


「「!!!」」


 庭のほうから、何かが倒れる大きな音がした。湊としろが同時にそちらを見る。


「……今の、何ですか?」


「おそらく植木鉢かと」


 湊が窓のほうへ行こうとする。しかし、しろがすぐに声をかけた。


「お待ちください、ご主人。 窓に迂闊に近づいてはいけません」


「……あ」


「風で物が飛んでくる可能性があります」


「そうですね」


 湊は足を止める。外を確認したい気持ちはあったが、確かに今は不用意に窓へ近づかないほうがいい。


「じゃあ、どうします?」


「雨風が弱まってから確認します。 今は外に出ないほうが安全です」


「了解です」


 しろはスマートフォンで庭の防犯カメラを確認する(そんなシステムあったのか……)。画面には、風に煽られる木々と、横倒しになった植木鉢が映っていた。


「ああ……やっぱり植木鉢ですね」


「壊れてるとかはなさそうですね」


「はい。 問題ございません」


 そう言ってから、しろは満足そうに頷いた。


「防災というものは、慌てないことが大切なのです」


「……しろさん、なんか今日すごく頼もしいですね」


「なんか、とはどういう意味でしょうか?」


「いや、普段から頼りになりますけど」


「……そうでしょう?」


 しろの口元が、ほんの少しだけ上がった。


「こういうときこそ、日頃の備えが役に立つのです」


「得意げですね」


「気のせいです」


「絶対得意げですよ」


「気のせいでございます」


 停電した薄暗いリビング。外では、相変わらず台風が荒れている。それでも家の中には、少しだけいつもの空気が戻っていた――ただ。


「……あ」


 湊のおなかが大きな音を鳴らす。


「どうしました?」


「……お腹、空きました」


「……停電中でも、ご主人はご主人ですね」


「褒めてます?」


「もちろんでございます」


 しろは笑った。台風の日は、まだ終わりそうになかった。


◇


 夜になった。台風はまだ通り過ぎていないらしく、外では風が唸り、雨が屋根や窓を叩いている。そして――停電も、まだ復旧していなかった。


「……真っ暗ですね」


「はい」


 湊はリビングのソファに座り、スマートフォンの時計を確認した。時刻は、午後九時を過ぎている。


「復旧するまで、まだかかりますかね」


「地域によっては、でしょうね」


 しろが答える。テレビも見られない。エアコンも使えない。当然、ゲームもできない。昼間ならまだしも、夜になればできることはほとんどなかった。


「……寝るしかないですね」


「そうですね」


 しろは小さく頷いた。


「本日は早めに休みましょう。 明日の朝には台風も通り過ぎているでしょうから」


「分かりました」


 湊は自室へ戻った。いつもなら電気を消して、布団に入れば終わり。今日はその「電気を消す」という当たり前の動作すら必要なかった。


「おやすみなさい、しろさん」


「おやすみなさいませ、ご主人」


 そうして、長い一日が終わった――と思っていた。


◇


 どれくらい眠ったのか。


「……ん」


 湊はふと目を覚ました。部屋は真っ暗だった。


「……?」


 まだ停電しているらしい。外からは、少し弱くなったものの、風の音が聞こえている。湊は眠い目をこすりながら、寝返りを打った。そのとき。


「……ん?」


 視界の端に、何かがある。暗闇の中で目を凝らす。


「……誰?」


 人影。自分のベッドから少し離れた床に、布団が敷かれている。そして、その中で誰かが眠っていた。


「……しろさん?」


 小さな寝息、間違いない。


「なんで……?」


 湊はしばらく呆然とした。昼間にそんな話をした覚えはない。もちろん、しろが勝手に自分の部屋へ入ってくるようなことも普段はない。湊は布団から出ず、しばらく考える。すると、昼間のしろの言葉が思い出された。


『外に出ないほうが安全です』


『こういうときこそ、日頃の備えが役に立つのです』


 おそらく、何かあったとき、すぐに気づけるように近くにいたのだろう。


「……心配性だな」


 小さく呟く。しろは起きない。台風の情報が気がかりで今日は特別朝早くから起きていたせいだろう、珍しくぐっすり眠っているようだった。湊は少しだけ安心した。今日一日、ずっと落ち着いていたしろ。停電しても慌てず、庭で物音がしても冷静で。そんな彼女が、こうして自分の近くで眠っている。そのことが、なぜか妙に心強かった。


「……まあ、いいか」


 湊は再び布団に潜り込む。


「明日の朝、聞けばいいや」


 目を閉じる。外ではまだ、風が吹いている。けれど昼間よりは、ずっと静かだった。台風は、少しずつ遠ざかっている。そして朝比奈家の中では――停電の暗闇の中、いつもより少し近い場所で、二人は静かに眠っていた。


◇


 翌朝。


「……ん」


 湊が目を覚ます。カーテンの隙間から、明るい光が差し込んでいた。昨日までの荒れた天気が嘘のように、外は静かだった。


「……台風、行ったのか」


 湊はゆっくりと起き上がる。そして――


「……あ」


 昨夜のことを思い出した。床に敷かれていた布団。その中で眠っていた、しろ。


「……なんであそこにいたんだろ」


 気になって床を見る。しかし、そこに布団はもうなかった。きれいに片付けられている。


「……起きるの早いな」


 少しだけ不思議に思いながら、湊は部屋を出た。廊下の向こうから、聞き慣れた声がする。


「ご主人、おはようございます」


「おはようございます」


 しろはいつも通りだった。


「台風、過ぎましたね」


「はい。 停電も復旧したようです」


 家の中には、久しぶりに電気が戻っている。湊は窓の外を眺めた。庭では、昨日倒れた植木鉢がきちんと片付けられている。


「……昨日は、大変でしたね」


「そうですね」


 しろが微笑む。


「ですが、ご無事で何よりです」


「……はい」


 湊は少しだけ考えてから、昨夜のことを聞いてみる。


「しろさん」


「はい?」


「昨日、夜中に僕の部屋にいましたよね?」


「…………」


 しろの動きが、一瞬だけ止まった。


「……見られてしまいましたか」


「やっぱり、しろさんだったんですね」


「はい。 停電も続いておりましたので、何かあったときにすぐ対応できるように、と思いまして」


「それで、床に布団を?」


「はい」


 しろは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。


「ご主人のお部屋のほうが、何かあった際に確認しやすいので」


「……なるほど」


 湊は納得した。そして、少し笑う。


「ありがとうございます」


「いえ。 これも私の仕事ですから」


 そう言いながらも、しろの表情はどこか嬉しそうだった。台風は過ぎた。けれど昨夜のこと――いつもより近くに、しろがいたこと――は記憶にしっかり刻まれていた。

四十七話、台風回でした。今回は学校で台風の話をしていたところから、翌日の休校、停電、庭の植木鉢、そして夜までを一気に描いてみました。湊としては「休校だ! やった!」から始まった一日でしたが、実際に停電したり、外で大きな音がしたりすると、やっぱり少し不安になります。そんな中で妙に頼りになるしろ。防災知識を披露して、ちょっと得意げになっているしろさん、個人的にはかなり好きです。そして夜。気づけば自分の部屋の床に、しろが布団を敷いて寝ている。湊からすれば「なんで?」となる光景ですが、しろからすれば、ご主人に何かあったときすぐ対応できるようにしていただけ。……たぶん。こういう何気ない出来事を重ねながら、二人の関係も少しずつ変わっていけばいいなと思っています。台風が過ぎれば、またいつもの朝。でも、昨日までとまったく同じ「いつもの朝」なのかというと――。そういうところも含めて、これからの秋を描いていきたいと思います。いまだに台風が発生して被害が懸念されていますが、いつまで続くんでしょうね……。感想、ブックマーク等いただけると幸いです。次回、第四十八話もお楽しみに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。