第四十五話 夏休み、終わるってよ
第四十五話です。長かった夏休みも、今回で終わりです。海に行って、夏祭りをして、お盆を過ごして、両親も帰ってきて。振り返ってみると、湊たちにとってかなり色々あった夏でした。最後くらいは大きな事件も起こさず、いつもの四人で締めようと思います。というわけで、夏休み編最終話。それでは、どうぞ。
夏休み最後の日。朝比奈家の朝は、いつもと変わらなかった。
「ご主人、朝ですよ」
「……はい」
「起きてください」
「……起きます」
布団の中から返事だけはする。しろはベッドの横に立ったまま、じっと湊を見る。
「返事だけして寝るのはやめてくださいね」
「……はい」
「今のも返事だけですね」
「……」
「ご主人?」
「起きますって」
ようやく湊が布団から顔を出す。夏休み最後の日だからといって、朝は待ってくれない。カーテンの隙間から差し込む光はまだ夏らしく眩しいが、どこか空気が違う。蝉の声も、いつの間にか聞こえなくなっていた。湊は部屋着のまま階段を下りる。
「おはようございます」
「おはようございます、ご主人」
台所では、しろが朝食の準備をしていた。テーブルにはトーストと目玉焼き、それから簡単なサラダ。
「今日で夏休み終わりか……」
椅子に座りながら、湊が呟く。
「そうですね」
「なんか、早かったですね」
「今年は特に色々ありましたからね」
しろが紅茶を置く。湊は少し考える。海に行った。夏祭りにも行った。お盆には両親が帰ってきた。その両親を、また空港へ送っていった。ひまりや優斗とも何度も遊んだ。そして、しろとも休日を過ごした。
「……確かに色々あったな」
「宿題も、色々ありましたね」
「それは思い出さなくていいんですよ」
「まだ確認してませんよね?」
「終わってるって」
「本当ですか?」
「本当だよ」
しろが少しだけ疑うような目を向ける。
「では、朝食の後に確認しましょう」
◇
朝食を終えると、湊は自分の部屋へ戻った。机の上には、夏休みの宿題がまとめて置いてある。
「……よし」
「本当に終わってますね」
後ろから覗き込んだしろが、少し意外そうに言った。
「だから言ったじゃないですか」
「最後の二日で全部終わらせるのではないかと思っていました」
「俺をなんだと思ってるんですか」
「ご主人です」
「そういう意味じゃなくて」
しろが小さく笑う。宿題を確認し終えると、湊は椅子にもたれた。
「これで、明日から学校か」
「はい」
「二学期ですよね……」
窓の外を見る。青い空。白い雲。まだまだ夏らしい景色なのに、暦だけが先へ進んでいる。
「今年の夏、長かったような短かったような……」
「私は、短かった気がします」
「しろさんも?」
「はい」
しろは窓の外を眺めた。
「海にも行きましたし、夏祭りもありました。 お盆には旦那さまと奥さまも帰ってきましたし」
「それに……」
しろが少し考える。
「私も休日をいただきましたので」
「ああ」
「ひまりさまと一緒に出かけました」
「そうだったんですか。 俺、あの日どこ行ったか知らないんですよね」
「秘密です」
「なんで?」
「女子会でしたので」
「女子会に秘密ってあるの?」
「あります」
しろは少しだけ楽しそうに笑った。湊も笑う。
「来年も、また海とか行けるかな」
「来年?」
「はい」
湊は何気なく言った。
「今年みたいに、みんなで」
しろは一瞬だけ黙った。それから、穏やかに頷く。
「……そうですね」
「夏祭りも」
「はい」
「あと、また母さんたちが帰ってきたら、みんなで飯食って」
「楽しそうですね」
「はい」
湊は机の上に置かれた夏休みの予定表を見る。たった一枚の紙。そこに並んでいた予定は、もうほとんど終わっている。楽しかった時間も、こうして一つずつ過ぎていく。
「……夏休み、終わるんだな」
「終わりますね」
しろが静かに答えた。寂しいような。でも、少しだけ楽しみなような。二学期になれば、また学校でみんなに会える。新しい季節が始まる。湊は立ち上がった。
「……じゃあ、最後の日ですし」
「はい?」
「ちょっと出かけません?」
「どちらへ?」
「決めてないですけど」
「……ご主人らしいですね」
「褒めてます?」
「どうでしょう」
二人は顔を見合わせる。そして、笑った。夏休み最後の日は、まだ始まったばかりだった。
◇
昼前。湊としろは、特に目的地を決めることもなく街を歩いていた。
「結局、どこ行くんですか?」
「だから決めてないんですって」
「ずいぶん計画性のないお出かけですね」
「夏休み最後の日くらい、そういうのもいいでしょう」
「まあ、それもそうですね」
駅前の通りを歩く。夏休みも今日で終わりだというのに、街にはまだ夏の空気が残っていた。店先には夏物の商品が並び、道路の向こうでは蝉が鳴いている。
「そういえば」
「宿題は大丈夫ですか?」
しろが言った。
「さっき確認したでしょ」
「念のためです」
「大丈夫だって」
そんな会話をしながら歩いているうちに、いつもの喫茶店の前まで来た。
「……ここでいいんじゃない?」
「賛成です」
二人は店内へ入った。ドアを開けると、聞き慣れたベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませ――」
店員の声。そして。
「あっ」
聞き慣れた声が、店の奥から聞こえた。湊が顔を上げる。
「……ひまり?」
「湊じゃん!」
窓際の席に座っていたのは、ひまりだった。そして、その向かいには――
「よう」
優斗がいた。
「なんでお前らがここにいるんだよ」
「こっちの台詞なんだけど」
ひまりが笑う。
「私たちも夏休み最後だから、ちょっとお茶しようって来たの」
「へえ」
「湊こそ、しろさんとデート?」
「違う」
「即答なんだ」
「普通に散歩してただけ」
湊が答える。その隣で、しろが小さく頭を下げた。
「こんにちは、ひまりさま、優斗さま」
「こんにちは、しろさん!」
ひまりが嬉しそうに手を振る。
「しろさんも一緒なら、こっち来てくださいよ!」
「いいんですか?」
「もちろん!」
ひまりが隣の席を指差す。湊としろは顔を見合わせた。
「……座ります?」
「そうですね」
二人が席につく。
「なんか久しぶりだな」
優斗が言う。
「この前会っただろ」
優斗が遠い目をする。
「夏休み……終わるんだな」
「急に寂しそうになるなよ」
「だって夏休みだぞ? 学生にとって一年で最も自由な期間だぞ?」
「宿題は?」
「……」
優斗が黙った。
「お前、まさか」
「終わってる」
「今の間は何?」
「終わってるって」
ひまりが笑う。
「優斗、昨日の夜までやってたじゃん」
「お前言うなよ!」
「やっぱりか」
湊が呆れる。しろも笑っている。注文した飲み物が運ばれてくる。四人でテーブルを囲む。夏休み最後の日、特別なことをするつもりはなかった。ただ少し街を歩いて、いつもの喫茶店に入っただけ。
でも。
「明日からまた学校かー」
ひまりがストローをくるくる回しながら言う。
「二学期も楽しみだね」
「……そうだな」
湊が答える。しろはそんな二人を見ながら、静かに微笑んだ。夏は終わる。けれど、明日になれば、またいつもの日常が始まる。それが少しだけ楽しみに思えた。
こうして、長かった夏休みが終わった。海へ行き、祭りを手伝い、家族と過ごし、たくさん笑った。楽しかった夏の日々は、思い出の中へ。そして明日からは、二学期。季節は少しずつ、秋へ向かっていく。――夏が終わっても、物語はまだ続く。
第四十五話でした。夏休み編、終了です。長かったですね。本当に長かった。海に行って、夏祭りをして、お盆になって、両親が帰ってきて、しろの休日があって、最後はまた喫茶店。こうして並べてみると、湊たち、夏休みをかなり満喫しています。最初は「夏休みだから海でも行かせるか」くらいの気持ちだったはずなのに、気がつけば恒一と美咲まで帰ってきました。しかも恒一とポルシェ944出会いまで描きました。……親の過去編までやるとは、最初の頃の自分に言っても信じてもらえなさそうです。そして今回の夏休み編では、しろについても色々描けたかなと思います。朝比奈家に来た五年前の話。両親との再会。ひまりとの休日。そして、最後は湊と二人でいつもの喫茶店へ。しろにとって「朝比奈家で過ごす」ということが、五年前と今との対比として、当たり前の日常になっていることも描けた気がします。湊たちも、海に行ったり祭りに行ったりしているうちに、少しずつ時間を重ねています。特別な出来事だけじゃなくて、何気ない一日も含めて、全部がこの物語の思い出になっていく。そんな夏だったのかなと思います。そして最後は、ひまりと優斗がいるいつもの喫茶店。結局、夏休み最後の日でもこの四人は一緒です。夏が終わっても、湊たちの日常は終わりません。ここから少しずつ季節が変わっていきます。二学期。秋のイベント。そして、冬へ。夏の間に積み重なったものが、これからの日常の中でどう変わっていくのか。そのあたりも、ゆっくり描いていければと思っています。まずはここまで、長い夏にお付き合いいただきありがとうございました。作者もそろそろ秋服を出したいです。それでは、次回から二学期始まります。『起きてください、しろさん』秋編も、よろしくお願いします。長くなってすみませんでした。感想、ブックマーク等いただけると幸いです。次回、第四十六話もお楽しみに。




