第三十七話 祭りの準備は、意外とめんどくさい
第三十六話です。夏祭りの準備を進めるべく、朝早くから集まった四人。しかし作業はなかなかにハードで、地味で、トラブル続きで…? それでは第三十六話、どうぞ。
夏祭りまで、あと二日。午前九時前。湊は、再び町内会館の前に立っていた。
「ふぁぁ……」
小さくあくびをする。夏休みだというのに、なぜこんな時間から集合しているのか。理由は一つ。
そう、夏祭りの準備である。
隣には、いつも通りしろがいた。今日はメイド服ではなく、動きやすそうなTシャツにパンツという、夏休みに入ってからはもはや珍しくもないラフな格好だ。
「早いですね」
「なかなかに本気のようですよ、町内会長の橋本さまは」
「……覚えておきます」
その直後。
「おはよー!」
ひまりが走ってきた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます!」
「元気だな」
「祭りの準備だから!」
「まだ祭りじゃないぞ」
「気持ちはもう祭り!」
その後ろから、優斗も歩いてくる。
「……おはよう」
「おはよう」
「眠そうだな」
「夏休みの朝九時だぞ」
「正論」
四人が揃ったところで、町内会館の中へ入る。すでに地域の人たちが集まっていた。
段ボール、木材、提灯に看板。
祭りの準備に必要なものが、そこかしこに積まれている。
「おお」
ひまりが声を上げる。
「なんか本格的!」
「昨日も会議しただろ」
「会議と現場は違うの!」
「踊る大捜査線みたいなこと言って……」
ただ、ひまりの言う事に関しては確かにそうだった。資料の上ではただの文字だったものが、実際に目の前へ並んでいる。祭りが少しずつ形になろうとしていた。
「朝比奈くん」
「はい」
町内会長、もとい、橋本が近づいてくる。
「今日から本格的に準備を始めるよ」
「よろしくお願いします」
「まずは会場の確認と、必要なものの仕分けからだ」
「分かりました」
湊が頷く。すると、
「よし!」
と、ひまりが腕まくりをした。
「やりますか!」
「そのテンションが夕方まで続くことを願うよ」
優斗が言う。
「余裕!」
「じゃあ段ボール全部運んで」
「優斗やって!」
「俺!?」
しろが小さく笑った。
「皆さま、頑張りましょう」
こうして、高校生四人による夏祭りの準備が、本格的に始まった。
◇
最初の仕事は、倉庫に保管されていた道具の仕分けだった。
「提灯はこっちだ!」
「受付の机はこっち持ってきてくれませんか!」
「去年の看板は……これは使えるのか?」
湊が問題提起。
「使えそうにありませんね」
「何で?」
ひまりが聞く。
「『令和X年度夏祭り』と書いてあります」
「……年違いますね」
「直せば使えるかな?」
「……」
「……」
「捨てる?」
「そうしましょう」
湊が段ボールを開ける。中には、色とりどりの飾りが入っていた。
「これ、何?」
ひまりが取り出す。
「たぶん去年の飾り付けじゃないかな」
「たぶんて」
「資料に書いてないけど……」
優斗が別の箱を覗く。
「こっちは?」
「……」
「何?」
「虫」
「閉めて」
倉庫から、ひまりの悲鳴が響いた。その裏の倉庫では、しろが淡々と作業を進めていた。
「こちらの提灯は状態が良いですね」
「仕事早いな」
「皆さまが話している間に、半分ほど確認しました」
「……俺たちも働くか」
「働こう」
湊と優斗は顔を見合わせた。
夏祭りまで、あと二日。まだ、このときの四人は知らなかった。祭りの準備というものが、思っていた以上に地味であることを。
◇
正午。
「お昼休憩にしましょう!」
町内会館の中に、誰かの声が響いた。その瞬間。
「ようやく……」
ひまりが机に突っ伏した。
「午前中だけでそんなになる?」
優斗が段ボールを抱えたまま言う。
「なるよ……」
「さっきまで元気だったじゃん」
「朝の私はもういない」
「早いな」
湊も額の汗を拭った。
「まあ、休憩にしよう」
「ご主人、こちらへどうぞ」
しろが用意していたタオルと飲み物を渡してくる。
「ありがとうございます」
「皆さまの分もございます」
「しろさんも休んでくださいよ」
優斗が笑う。
「午前中ずっと働いてたのに」
「皆さまも同じくらい働いていましたから」
そんなやり取りをしながら、四人は町内会館の外へ出た。近くには小さな公園がある。木陰にベンチがあり、昼休憩にはちょうどよかった。
「暑い……」
ひまりがベンチに座る。
「そんなこと言ったってどうにもならんよ」
「その答え、腹立つ」
「何で」
「もっとこう、共感して」
「あー、暑いですね」
「棒読み!」
「ひまりさま、お昼ご飯をどうぞ」
「もう、しろさん好き!」
ひまりはしろから弁当を受け取った。今日の昼食は、しろが朝から作ってきたものだった。
「ありがとうございまーす!」
「いえ」
「……俺たちの分もある?」
優斗が恐る恐る聞く。
「もちろんです」
「よかった」
「しろさんがいなかったら、俺たち祭りの準備以前の問題だな」
「お昼食べられずに倒れてる」
笑いながら、四人は昼食を食べ始めた。しばらくは、祭りの準備の話。午後から何をするか。足りない物は何か。誰がどこを担当するか。そんな話をしていたが。
「俺、飲み物買ってくる」
優斗が立ち上がった。
「では、私もお供します」
と、しろも立ち上がる。
「え?」
ひまりが顔を上げた。
「しろさんも?」
「何か必要なものがあるかもしれませんので」
「じゃあ、行ってくるわ」
気がつけば。ベンチには湊とひまりだけが残っていた。
「……」
「……」
突然、静寂が訪れる。遠くから蝉の声が聞こえ、さっきまで四人で騒いでいた分、静けさが少しだけ気になった。
「……」
ひまりは弁当の箸を持ったまま、横にいる湊を見る。湊は普通だった。いつも通り弁当を食べている。何も気にしていない。
「……湊」
「ん?」
「今日、なんかちゃんとしてるね」
「なんだそれ」
「いや、朝から」
ひまりは少し笑う。
「会議でもちゃんとしてたし」
「総会長だから」
「急に責任感あるじゃん」
「……まあ」
湊は少し考える。
「せっかく任されたんだし、しっかりやろうかなって」
「ふーん」
ひまりは箸を止めた。
「意外」
「失礼だな」
「いつもはもっと適当じゃん」
「適当じゃない」
「宿題のときとかさ」
「……」
「それはひまりだろ」
湊が笑う。その笑い方を見て、ひまりは少しだけ目を逸らした。
「……でも」
「うん?」
「なんかちょっと格好いい、かも」
「……」
湊の動きが止まった。ひまりも、自分が何を言ったのか理解する。
「「……」」
蝉が鳴いている。ものすごく鳴いている。
「……暑いな」
「急に!?」
「いや、暑いだろ」
「暑いけど!」
「今日、朝からずっと暑い」
「今その話する!?」
湊は本気で首を傾げた。ひまりは慌てて弁当を食べ始める。
「別に変な意味じゃないからね!」
「何が?」
「だから……!」
「?」
分かっていない。なんにも分かっていない。ひまりは一瞬だけ、湊の顔を見る。真面目に祭りのことを考えている顔。さっきまで資料を読んでいた顔。町内会の人たちに頭を下げていた姿。普段とは少し違って見える。
だから、つい。つい、そんなことを言ってしまった。
「……何でもないよ」
「そう?」
「そう!」
ひまりがそっぽを向く。すると。
「でも」
「……何?」
「まあ、ありがとう」
ひまりが振り向く。湊は弁当を見ながら言った。
「今日、来てくれて」
「……」
「最初、正直どうなるかと思ったけど」
湊は少し笑う。
「ひまりがいると、なんか助かるわ」
「……」
ひまりの動きが止まった。
「盛り上げてくれるし」
「……」
「俺じゃ思いつかないこと、普通に言うし」
「……」
「だから」
湊が顔を上げる。
「ありがとな」
ひまりと目が合った。夏の昼。木漏れ日。蝉の声。
「……」
ひまりは、言葉が出なかった。
「どうした?」
「……別に」
「顔赤くない?」
「暑いから!」
「さっきの俺と同じこと言ってるぞ」
「うるさい!」
ひまりは慌てて顔を逸らす。何だ。さっきまで自分が湊を振り回していたはずなのに。いつの間にか。自分のほうが振り回されている。しかも当の本人は
「本当に大丈夫?」
とかで聞いてくる。分かっているのか、分かっていないのか。でも、多分、
「……分かってないなぁ」
「何が?」
「何でもない!」
「?」
と、そこへ、
「ただいまー」
遠くから優斗の声が聞こえた。ひまりは、心底安心した。
「遅い!」
「え?」
「もっと早く帰ってきてよ!」
「早い方がいいのか遅い方がいいのか、どっちだよ」
湊が笑う。ひまりは再びそっぽを向いた。夏祭りまであと五日、準備はまだ始まったばかりなのに。ひまりの心だけは、予定表にないところで少しずつ忙しくなっていた。
◇
昼休憩が終わる頃には、太陽はすっかり高い位置まで昇っていた。
「……よし」
湊は立ち上がり、軽く背伸びをする。
「戻るか」
「やるぞー!」
ひまりが両手を上げた。
「さっきまで死にそうだったのに」
「ご飯食べたから復活した!」
「単純だな」
「人間は食事が大事なんだよ」
「それは正しい」
優斗が頷いた。
「午後は何するの?」
ひまりがしろを見る。三人の視線いつの間にか集まる。というより、最初から。今日の作業予定は、しろの頭の中にすべて入っているようだった。
「午後は、会場の飾り付けを進めます」
「おお、ついに」
「提灯を取り付け、看板を設置し、屋台の位置を確認します」
「……結構あるな」
湊が言う。
「はい」
「今日中に終わります?」
「終わらせます。」
しろは微笑んだ。湊と優斗が顔を見合わせる。
「……まあ、しろさんがそう言うなら」
「やるしかない」
◇
午後、町内会館から準備物を公園へ運び出す。昨日までは、いつもと変わらなかった公園。ベンチがあり。遊具があり。昼間には子どもたちが遊んでいる。ただ今日は、立ち入り禁止の看板が立てられ、大の大人が行ったり来たりしている。
「おー」
ひまりが周囲を見渡した。
「なんか、もうちょっと祭りっぽい」
公園の入口には、屋台の場所を示す看板。広場には、テーブルや椅子。そして、頭上にはまだ灯らない提灯が少しずつ並び始めていた。
「午前中とは全然違うな」
優斗が言う。
「こうして見ると、結構すごい」
「まだ途中ですけどね」
しろが答える。
「でも」
湊は公園を見渡した。
「祭りが近づいてる感じはするかな」
その言葉に、ひまりが笑った。
「でしょ!」
「何でひまりが得意げなんだよ」
「私も準備してるから!」
「まあ、それはそうか」
四人はそれぞれの作業へ戻った。湊と優斗は、看板の設置。ひまりは飾り付け。しろは全体の確認をしながら、必要なものを指示していく。
「優斗、そこもう少し右!」
「右ってどっちから見て?」
「私から見て!」
「それは一番分からない!」
「湊! そっち支えて!」
「今支えてる!」
「もっと!」
「もう無理!」
少し離れた場所で。
「皆さま、少し静かに作業していただけますか」
「「「すみませんでした!!!」」」
なぜか三人同時だった。
◇
そんな調子で作業を進めていた頃。
「あれ?」
ひまりの声がした。
「どうした?」
湊が振り返る。
「この飾り」
ひまりが、段ボールの中を覗き込んでいた。
「何か足りなくない?」
「足りない?」
しろが近づく。段ボールの中には、色紙で作られた飾りが入っている。しかし。
「……確かに」
「え?」
湊も近づく。
「何が?」
「公園の入口に飾る予定の飾りが、一部ありません」
「……一部?」
「はい」
しろは資料を確認する。
「本来であれば、こちらの飾りと対になるものがあるはずなのですが」
「どこ?」
「ありません」
「……」
「……どうする?」
優斗が聞く。しろは周囲を見回す。倉庫。段ボール。他の準備物。
「探してみます」
「俺も行きます」
湊が言った。
「じゃあ俺も」
「私は?」
ひまりが聞く。
「とりあえず半分の飾り付け」
「なんで!?」
「一番得意そうだから」
「……まあ」
ひまりは一瞬だけ考え。
「任せて!」
「切り替え早いな」
◇
湊、しろ、優斗の三人は、町内会館と倉庫を探した。段ボールを開ける。棚を見る。去年の資料を確認する。
「ないな」
「ありませんね」
「こっちもない」
「……。」
十分、二十分と探し続けるが、見つからない。
「本当に存在すのる?」
優斗が言う。
「資料にはあります」
「でも実物がない」
「どこか別のとこにしまった?」
「去年の人に聞く?」
湊が提案した。
「それが早いかもしれません」
しろがスマートフォンを取り出した。そして数分後。
「……はい、はい、承知しました。 失礼します」
「…なにか分かりましたか?」
「去年、処分されたそうです」
「……」
全員が止まった。
「処分?」
「はい」
「じゃあ何で資料にはあるんですか?」
「更新し忘れたそうです」
「……」
優斗が天井を見上げる。
「あるある」
「ないよ」
湊が即答した。
「じゃあどうする?」
いつの間にかこちらに来ていたひまりが聞く。入口の飾りがなくても、祭りは開催できる。
ただ。
「……」
湊は少し考えた。入口は、祭りに来た人が最初に目にする場所だ。せっかくここまで準備した。
「作る?」
「え?」
ひまりが振り返る。
「新しく」
「今から?」
「似たようなの作ればいいだろ」
「でも、時間が……」
「あと二日あります」
しろが言う。
「いや、それを言われると余計に時間ない感じがするんですけど」
優斗が苦笑する。
「ひまり」
「ん?」
「作れる?」
一瞬。ひまりが目を丸くした。そして。
「……誰に言ってるの?」
笑った。
「もちろん!」
ひまりが腕まくりをする。
「任せなさい!」
「何か急に頼もしいな」
「広報・企画担当ですから!」
「飾り付けも担当に追加で」
しろが微笑む。
「では、必要な材料を確認しましょう」
「俺たちは?」
優斗が聞く。
「買い出し、でしょ」
「やっぱりか」
「お願いします」
「はいはい」
◇
夕方。再び公園へ戻った頃には、空の色が少しずつ変わり始めていた。買い出しから戻った湊と優斗。しろはその他の手伝い。そして。
「できたーーー!」
ひまりの声が響いた。全員が振り返る。公園の入口には、新しく作られた飾りが並んでいた。色紙で作られた、夏らしい飾り。風鈴の絵に、絵の具で描かれた花火。そして、小さな提灯の形。
「……」
湊は少し驚いた。
「普通にすごいな」
「普通にって何」
「いや、想像以上で」
「……」
ひまりは少しだけ顔を逸らした。
「まあ」
「ん?」
「褒められるのも、悪くない」
「そうですか」
「何その反応!」
「いや、良かったなって」
「もっと褒めていいよ」
「調子に乗るな」
「湊!」
そのやり取りに、優斗が笑う。
「でも、本当にいいじゃん」
「でしょ?」
しろも頷く。
「とても素敵です」
「……」
ひまりが少しだけ照れた。
「……ありがと」
その表情を湊は見逃さなかった。けれど。
「じゃあ、次これ」
「え?」
湊が別の段ボールを持ち上げる。
「まだあるの?」
「あるよ」
「……」
「祭りの準備って、大変だな」
優斗が呟いた。
「今さら?」
四人は少し疲れた顔で再び作業へ戻った。夕暮れが近づくにつれて、公園には少しずつ、祭りの形ができ始めていた。
提灯。
看板。
飾り。
屋台の場所。
昨日まで、ただの公園だった場所が、今、ほんの少しずつ夏祭りの会場になっていく。
「……なんか」
湊が作業の手を止める。
「本当に祭りっぽくなってきたな」
「だから最初から言ってるじゃん」
ひまりが笑う。
「まだ本番じゃないけど」
「明日が前日準備ですね」
しろが言った。
「……早いな」
優斗が空を見上げる。夏祭りまで、あと一日。忙しかった準備期間も。気がつけば、終わりが見え始めていた。
そして明日。いよいよ、最後の準備が始まる。
三十六話でした。いやー、なかなかに濃密な祭り準備でしたね。まずは町内会長。この作品でようやく5人目の本名公開でした。まさか担任より早いとは…。いつか担任も掘り下げたいと思ってます。ゴメン、担任! それから、なんか湊とひまりが怪しい雰囲気になってますけど、ほんっとに人たらしの才能がありますよね、うちの主人公は。見てるこっちが恥ずかしいわ。一方のひまりは、湊を振り回してやろうと目論んでたようですが、見事にカウンター喰らってますね。恐るべし、朝比奈湊。彼の青春がどうなるかはまだ分かりませんが、なんにせよ優斗くんが不憫ですね。何も知らないです。しろは、まあ、通常運転で行ってもらいましょう。さて、まだまだ続く夏祭り編ですが、ちゃんと夏祭り楽しむので安心してください。準備だけやらせて終わるわけないじゃないですか〜。作者もそこまで愚かではないですよ。もう少し準備が続きますが、引き続き当作品をよろしくお願いします。感想、ブックマーク等いただけると幸いです。次回、第三十七話もお楽しみに。




