第三十五話 夏祭り編始まるかと思ったら、まさかの作る側
第三十五話です。海でのドタバタや宿題のドタバタを終えた、とある夏休みの朝。朝食を食べていると、しろから渡された一枚の封筒。その中には、地域の夏祭りの運営に関する資料がたくさん入っていて……? 今回から数話、夏祭り編が始まります。しばらくお付き合いください。それでは、どうぞ。
夏休みの朝は、平日よりも静かだ。学校へ行く必要がない。朝のホームルームもない。始業時間を気にして時計を見る必要もない。つまり、ゆっくり寝ていられる――はずだった。
「……暑い」
湊はベッドの上で目を覚ました。カーテンの隙間から差し込む朝日が、容赦なく部屋を照らしている。蝉も元気だ。いや、元気すぎる。
「朝から頑張るなよ……」
誰に言うでもなく呟きながら、湊はゆっくりと起き上がった。時計を見る。午前九時半。
「……まあ、休みだしいいか」
制服に着替える必要もない。適当なTシャツに着替えて部屋を出る。廊下を歩き、階段を下りる。そしてリビングへ入ったところで、
「おはようございます、ご主人」
「おはようございます、しろさん」
いつもの声に、いつもの朝。
「朝食を用意しております」
「ありがとうございます」
湊は席に座り、テーブルの上を見た。
焼いたパン、サラダ、卵料理。そして。
「……何ですか、これ」
テーブルの端に、一通の封筒が置かれていた。
「郵便物です」
「それは分かるんですけど」
妙に分厚い。しかも、やたら立派な封筒だった。表には、
『地域夏祭り実行委員会』
と書かれている。
「……夏祭り?」
「はい」
「何かに申し込んだ記憶はないんですけど」
「ご主人にはないと思います」
「じゃあ何で?」
「開けてみれば分かるかと」
「怖いな……」
嫌な予感がした。こういうときの嫌な予感は、だいたい当たる。湊はパンを一口かじってから、恐る恐る封筒を開けた。中には、十数枚の書類。
祭りの日時、会場図、出店一覧。
そして、何やら役職が並んだ紙。
「……」
湊は一枚の紙を見つめる。そこには大きく、
『令和X年度 地域夏祭り総会長』
と書かれていたその下に、
『朝比奈家』
の文字。
「……」
「……」
湊は、もう一度見る。見間違いではない。
「……しろさん」
「はい」
「これ、何ですか?」
「今年の地域夏祭りの総会長が、朝比奈家に回ってきたようです」
「いや、それは読めば分かるんですよ」
「はい」
「何でうち?」
「朝比奈家が、地域の持ち回りの順番に入っているからだそうです」
「初めて聞きました」
「私も昨日、近所の方から伺ったばかりですので……」
「昨日?」
「はい」
「何でその時点で言ってくれなかったんですか」
「ご主人、お疲れのようでしたから」
「……気を遣ってくれたのはうれしいですけど、そういうことは言ってほしいですね」
「はい」
しろはいつも通りだった。湊だけが、まったくいつも通りではない。
「……総会長って、何するんですか?」
「お祭り全体の管理、地域の皆さまとの連絡、会議への出席、当日の進行確認などでしょうか」
「多いですね」
「多いです」
「俺、高校生ですよ?」
「はい」
「しかも夏休みですよ?」
「はい」
「……フフッ」
しろは少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「申し訳ありません」
「しろさんが謝ることじゃないです」
湊は書類を机へ置いた。
「断れませんかね?」
「難しいかと」
「ですよね~」
朝比奈家は、この地域に長く住んでいる。父も母も家にいないことが多いが、それでも家そのものは昔から地域との付き合いがある。だからこそ、持ち回りの役目から逃げるのは難しい。
「……俺がやるんですか?」
「名目上は、ご主人になるかと」
「名目上?」
「実際には、地域の皆さまも協力してくださいますでしょうし」
「それでも俺が総会長?」
「はい」
「……」
湊は天井を見上げた。夏休み。少し前には海へ行き、友達と遊び、宿題も、まあ、少しずつ進めている。それなりに楽しい夏休みだったはずなのに。
「……何で急に祭りの主催者側になるんだよ」
「人生とは、時に予想外のことが起きるものです」
「急に名言出さないでください」
「ありがとうございます」
「褒めてません」
そんな会話をしながら、湊はスマートフォンを取り出した。そして、いつものグループチャットを開く。少し考えてから、一言だけ送った。
『タスケテ』
すぐに既読が二つついた。
ひまり:『どうしたの!?』
優斗:『何かあった?』
湊は深く息を吐く。そして返信した。
『夏祭りの総会長になっちゃった』
既読。すぐに、
ひまり:『え?』
優斗:『くぁwせdrftgyふじこlp!?』
湊は思わず小さく笑った。そうだよな。俺も、同じ反応だった。そして、ひまりから次のメッセージが届く。
ひまり:『えでもめっちゃ楽しそうじゃん!』
「……」
湊はスマートフォンを見つめた硬直した。予想してはいた。予想してはいたけれど。
「……やっぱり、お前だけはそう言うと思ったよ」
夏休みはまだ続く。どうやら今年の夏は、思っていた以上に忙しくなりそうだった。
◇
昼過ぎ。朝比奈家のリビングには、いつもの四人が集まっていた。
「で、」
優斗がテーブルの上に広げられた書類を見下ろす。
「お前本当に総会長なの?」
「俺が一番聞きたい」
湊はソファに倒れこむ。その隣では、ひまりが書類を興味津々に覗き込んでいる。
「すごいじゃん、総会長!」
「何がすごいんだよ」
「なんか偉そう!」
「そこしかメリットないだろ」
「じゃあ名刺作る?」
「いらない」
「『夏祭り総会長・朝比奈湊』!」
「いるか!」
優斗が苦笑する。
「まあ、でも結構大変そうだな」
「だろ?」
「うん」
「だから、お前らに助けてもらおうと思って」
「……」
優斗の笑顔が止まった。
「……今、なんて?」
「いやだから助けてもらおうかなって」
「俺も?」
「もちろん」
「聞き間違いじゃなかったかぁ」
優斗は静かに天井を見上げた。
「俺、今日遊びに来たんだけど」
「ひまりは?」
「私は楽しみに来た!」
「お前は聞いたときから参加する気だっただろ」
「うん!」
ひまりは満面の笑みで頷いた。優斗がため息をつく。
「……断る権利は?」
「ある」
「じゃあ断る」
「でももし断られたら、俺が一人で全部やる」
「……」
湊と優斗の視線がぶつかる。
「……分かったよ」
「ありがとう」
「でも、できる範囲でな」
「それで十分」
そのやり取りを見ながら、ひまりが両手を叩いた。
「よーし! じゃあ作戦会議!」
「まだ役割も決まってないけど」
「細かいことは後!」
「なんてこった」
ひまりはテーブルの書類を一枚持ち上げた。
「えーっと……屋台の管理、会場の設営、地域の人との打ち合わせ……」
読むたびに、少しずつ表情が曇っていく。
「……」
「どうした?」
「思ったよりちゃんとしてるね」
「最初からそう言ってるだろ」
「もっとこう……『みんなでわっしょい!』みたいな感じだと思ってた」
「どんな運営だよ」
「『わっしょい!』で屋台増えるみたいな」
「どういうことだよ」
しろが、テーブルの書類をまとめながら口を開いた。
「まずは役割を分けましょう」
「しろさんまで参加するんですか?」
「そもそもご主人一人では難しかったでしょうし、私は最初から参加するつもりでしたから」
「……ありがとうございます」
「いえ」
しろは一枚のメモを取り出す。
「ご主人は総会長ですので、全体の確認と、地域の皆さまとの話し合いを中心に」
「急に責任重いな」
「優斗さまは、設営など現場作業を」
「やっぱり」
優斗が苦笑する。
「ひまりさまは、催し物や広報をお願いしてもよろしいでしょうか」
「広報!?」
ひまりの目が輝く。
「SNSとか?」
「地域の掲示板もございます」
「ぬぐえない昭和感」
「大切ですよ」
「……はーい」
そして。
「私は、書類の整理とスケジュール管理をいたします」
しろが言う。湊は少し考えた。
「……しろさんが一番大変じゃないですか?」
「そんなことはありません」
「でも、実質しろさんが全部回すことになりそうな」
全員がしろを見る。
「「「……」」」
「気のせいですよ」
誰も返事をしなかった。その後、四人で一枚ずつ書類を確認しながら、祭りの全体像を把握していく。祭りは三日後。思ったより時間がない。
「会場は、松葉公園と駅前の商店街か」
湊が地図を見る。松葉公園とは、湊たちの住む町にある、そこそこなサイズの公園だ。
「屋台は地域の人たちがやってくれるみたい」
「じゃあ、俺たちが全部用意するわけじゃないんだ」
優斗が少し安心した。
「もちろんです」
しろが頷く。
「ご主人たちは、あくまで調整役です」
「それでも十分多いけどな」
「まあまあ!」
ひまりが笑う。
「みんなでやれば何とかなるって!」
「その『何とかなる』が一番怖いんだよ」
湊が言うと、ひまりは少し考えた。
「じゃあ」
「うん?」
「しろさんがいるから何とかなる!」
「それは正しい」
優斗が即答した。
「優斗?」
「だってしろさん、もうスケジュール表作ってるし」
「本当だ」
湊が見ると、しろはいつの間にかノートへ予定を書き込んでいた。
会議の日程。
準備日。
担当。
必要なもの。
「……早くないですか?」
「善は急げ、です」
「便利な言葉ですね」
ひまりがノートを覗き込む。
「すごーい!」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私は何すればいい?」
「まず、お祭りの催し物について考えていただけますか?」
「任せて!」
ひまりは勢いよく立ち上がった。
「巨大かき氷大会!」
「却下」
「早い!」
「水鉄砲大会!」
「却下」
「盆踊り選手権!」
「それは普通にやるだろ」
「じゃあもう全部やろう!」
「やらない」
「湊、保守的すぎる」
「お前が革新的すぎるんだよ」
優斗が笑いをこらえながら言った。
「なんか、楽しくなってきた」
「……まあ」
湊は周りを見る。自分、優斗、ひまり、しろさん。気がつけば、全員が当たり前のようにここにいる。
「一人だったら絶対無理だったけど」
「うん?」
「いや」
湊は少し笑った。
「……みんながいるなら、何とかなるかもな」
「でしょ!」
ひまりが胸を張る。
「だから言ったじゃん!」
「でも何とかなるのは、ひまりのおかげじゃなくて、みんなのおかげだから」
「細かい!」
「細かくない」
リビングに笑い声が広がる。一抹の不安を抱えながらも「この四人ならどうにかなる」、そんな確信が湊にはあった。
◇
その日の夕方。昼間の暑さが少しずつ落ち着き始めた頃、湊たちは町内会館の前に集まっていた。
「……」
湊は建物を見上げる。特別大きな建物ではない。見慣れた町内会館。地域の集まりや、防災訓練の説明会などで何度か入ったこともある。ただ、
「なんか、入りづらい」
今日は少し事情が違った。
「『総会長』ですからね」
しろが隣で言う。
「その呼び方、やめてもらえます?」
「では、会長、行きましょう」
「もっとやめてください」
「朝比奈会長!」
「ひまりまでやめろ」
優斗が小さく笑う。
「まあ、緊張するなって」
「するだろ」
湊は町内会館の入口を見る。
「俺、高校生なんだけど」
ひまりが笑った。
「大丈夫だって。 私たちもいるし!」
「俺たちは別に発言しなくていいんだよな?」
優斗が確認する。
「多分」
「その『多分』が怖い」
しろは四人の様子を見ながら、静かに微笑んだ。
「皆さまなら大丈夫ですよ」
「根拠は?」
「私がいますので」
「かっこよすぎるだろッ」
湊は小さく笑った。
「……行きますか」
「はい」
四人は町内会館の扉を開けた。
◇
会議室には、すでに何人もの地域の人が集まっていた。商店街の店主らしき男性。近所で見かけたことのある人。子どもの頃から知っている顔もある。
「朝比奈くん」
入った瞬間、声をかけられた。
「こんにちは」
「久しぶりだね。 大きくなったなあ」
「……どうも」
「いやあ、まさか今年は朝比奈くんとこが総会長とはね」
「俺も今日知りました」
正直だった。周囲から笑いが起きる。
「でも、頼りにしてるよ」
「……頑張ります」
湊は少しだけ背筋を伸ばした。四人は会議室の端にある席へ座る。そして、
「それでは、今年の夏祭りについて、会議を始めたいと思います」
町内会長の声で、会議が始まった。最初は、昨年までの資料の確認。
開催日時。
会場。
屋台の配置。
交通規制。
安全管理。
聞いているだけでも、やることが多い。
「……」
湊は資料に目を落とす。想像していたより、ずっと本格的だった。祭りというのは、ただ屋台を並べれば始まるわけではない。当たり前のことだ。でも、今まで遊ぶ側だった自分には、その裏側を見る機会がなかった。
「何か質問はありますか?」
一瞬、会議室が静かになる。湊は資料を見る。そのときだった。
「朝比奈くん」
「はい」
町内会長がこちらを見た。
「今年の総会長として、何か考えていることはあるかな?」
「……」
突然だった。湊は固まる。隣を見る。優斗もひまりも、完全に他人事の顔をしている。こんな時だけ他人ヅラしやがって、と一瞬思ったが、しろだけが静かにこちらを見ていた。
「……そうですね」
湊は少し考えた。今年の夏。
海へ行き、宿題をし、友達と遊び。そして今、祭りを作る側になっている。
「……」
湊は顔を上げた。
「来てくれた人が、楽しかったって思える祭りにしたいです」
当たり前の言葉だった。立派な挨拶でも、飾った言葉でもない。けれど、
「いいぞー!」
誰かが言った。
「それが一番だ!」
周囲から頷く声が聞こえる。湊は少しだけ肩の力を抜いた。隣で、しろが小さく笑っていた。
◇
会議は、それから一時間ほど続いた。最後に決まったのは、それぞれの担当。湊たちは、翌日から本格的に準備へ参加することになる。
「……疲れた」
会議室を出た瞬間、湊は言った。
「まだ何もしてないのに」
「精神的に疲れたんだろ、会長さんよ」
優斗が笑う。
「会長、意外とちゃんとしてたじゃん」
「ひまり」
「はい、会長!」
「やめてくれ」
ひまりが笑う。町内会館の外では、夕日が街をオレンジ色に染めていた。蝉の声も、昼間より少し落ち着いている。
「なんか」
優斗が空を見上げる。
「本当に祭りやるんだな」
「今さら?」
「いや、さっきまで実感なくて」
「俺も」
湊は苦笑した。すると、しろが言った。
「ご主人」
「これから三日間、大変になりますよ」
「……ですね」
「ですが」
しろは少し微笑む。
「きっと、楽しい三日間にもなると思います」
湊はその言葉に、少しだけ笑った。
「……そうですね」
夏祭りまで、あと三日。夕暮れの町は、いつもと変わらない。けれど湊たちにとっては、これから少しだけ、違う夏が始まろうとしていた。
三十五話でした。夏祭り編始まったと思ったら、まさかの準備する側ですよ。さすがに作者もびっくり。そんでもって、「高校生に総会長任せるってどうなん?」って思うかもしれませんが、まあそこは大目に見てやってください。作者の都合です。はい。普通に夏祭りやるだけじゃなーんか面白くないなぁ、と思ってたらビビーン!!!と思いつきましてね。「もういっそのこと作る側やらせればいんじゃね!?」なんて思いついちゃったわけですよ。で、もうこの流れ。作者夏の暑さに青春と太陽のまぶしさでどうにかしちゃってますね。そこも多めに見てやってください。次回から本格的に準備に入っていきます。またどうせドタバタしますが、温かい目で見守ってやってください。感想、ブックマーク等よろしくお願いいたします。次回、第三十六話もお楽しみに。




