第三十話 夏だ!海だ!ポルシェ944に美女だ~!?
第三十話です。やはり安定のひまりからの、突然の海旅行の提案から始まります。果たして湊たちは無事に海へたどり着けるのか。安心してください、たどり着きますよ!それでは海回のはじまり、はじまり~。
「よし、それじゃあ出発するか!」
湊の景気の良い一声で、一行は地下ガレージへと降りていく。どうしてこうなったかというと……。
**
夏休みが始まってから、数日が過ぎた。宿題は――まあ、順調とは言い難かったが、湊は一応毎日少しずつ進めている。優斗も似たようなもの。ひまりは、
「まだ始まったばっかりだし!」
という謎の理論でほとんど手をつけていない。そして今日も、四人は湊の家に集まっていた。
「ねえ!」
リビングに入ってきたひまりが、開口一番叫んだ。
「明後日、海行こう!」
「急だな」
湊はソファに座ったまま答えた。
「だって夏休みだよ? 海行かなきゃ!」
「そういやこの前も言ってたな」
優斗はテーブルに置かれた飲み物を手に取りながら、
「俺は別にいいけど」
と答えた。
「ほら、優斗も行くって!」
「俺は別に反対してないぞ」
「えっいいの!?」
ひまりは満面の笑みだった。その横では、しろが静かに話を聞いている。
「……海ですか」
「はい!」
ひまりが振り返る。
「しろさんも行きましょう!」
「私は皆さまの付き添いということでよろしければ」
「もちろん!」
「では、ご一緒します」
あっさり決まった。
「で」
湊がスマホを取り出す。
「どうやって行くんだ?」
「電車!」
ひまりが即答した。
「いや、結構時間かかるぞ」
「じゃあバス!」
「荷物多いと大変だろ」
「じゃあやっぱ電車!」
「戻った」
「車!」
ひまりが叫んだ。
「誰か車持ってない?」
「俺は持ってない」
湊が答える。
「俺ん家もないぞ」
優斗も首を振る。
「じゃあどうする?」
「レンタカー……?」
湊が呟く。
「だれが運転するんだよ」
「じゃあ親に頼む?」
「急すぎる」
三人が頭を悩ませる。すると
「それでしたら」
と、静かにしろが声を上げた。
「車で行けばよいのではないでしょうか」
「だから、その車がないんだってば」
「いえ」
しろは少し首を傾げる。
「この家には車がありますよ」
「…………え?」
湊が固まった。
「車?」
「はい」
「うちに?」
「ええ」
しろは当然のように頷く。
「地下ガレージにございます」
「……」
湊は数秒黙った。
「うち、地下ガレージなんてあったっけ?」
「ございます」
「知らなかった……」
「ご主人があまり利用されませんので」
「いや、俺の家なんだけど」
「そうですね」
ひまりが目を輝かせる。
「じゃあ車で行こう!」
「でも誰が運転するんだよ」
「……」
全員が黙った。当然、誰も運転できないからだ。
「ほら」
湊が言う。
「誰も運転できないじゃないですか」
「そうですね」
しろは頷いた。
「では、私が運転します」
「「「…………」」」
三人が同時にしろを見る。
「え?」
湊が聞き返す。
「私が、運転します」
「しろさん、運転できるんですか?」
「はい」
「免許持ってるんですか?」
「はい」
「いつ取ったんですか?」
「昔です」
「昔っていつですか?」
「昔は昔です」
「答えになってない……」
湊が頭を抱える。しかし、しろはいつもの落ち着いた表情のままだ。
「問題ございません」
「いや、問題しかないような……」
ひまりが目を輝かせる。
「しろさんの運転、見たい!」
「俺も」
優斗まで乗り気だ。
「お前ら、信用しすぎだろ」
「大丈夫ですよ、ご主人」
しろが微笑む。
「安全運転には自信がありますので」
「……」
湊はしろを見る。いつものダウナーな雰囲気。家ではだいたいソファでのんびりしている。そんな彼女が車を運転する姿が、どうしても想像できない。
「……まあ、安全運転してくれるなら」
「決まり!」
ひまりが両手を上げる。
「明後日は海へレッツゴー!」
こうして、海へ行くことが決まった。そして話は冒頭へと戻る――。
**
◇
朝、湊たちは地下ガレージへ降りていた。
「……」
湊は立ち止まった。
「……何これ」
ガレージの中央には一台の車が、そのフォルムに似つかわずひっそりと停まっていた。低い車体に、流れるようなボディライン。見るからに高そうなスポーツカーにひまりが目を丸くする。
「え、なにこれ……」
優斗も言葉を失う。
「……めちゃくちゃカッコいいじゃん」
そして、どこからともなく現れたしろが、運転席のドアを開けた。
「お待たせいたしました」
しろはいつものメイド服姿とは違い、淡い色のシャツに動きやすそうなパンツ、といういかにも年相応の姿だった。さらに、その背後には――
どう見ても普通の家庭の車ではない、**めちゃくちゃカッコいいスポーツカー**。
湊はしばらく何も言えなかった。
「……しろさん」
「はい」
「これ……ほんとにうちの車ですか?」
「はい」
「……いつから?」
「以前からございます」
「知らなかったんですけど」
「そうでしょうね」
しろは何でもないことのように答える。
「では、海へ参りましょうか」
「…………」
湊は車としろを交互に見る。昨日までソファでだらけていたメイドが。今、スポーツカーの前に立っている(心なしか顔まで決まっている気がする)。
「……しろさん」
「はい?」
「なんか……カッコいいですね」
「ありがとうございます」
しろは淡々と答えた。
「では、皆様ご乗車ください」
こうして、夏休みの海旅行は――
まさかの『メイド運転のスポーツカー』で始まることになった。
◇
「私服のしろさん、久しぶりだね」
ひまりがじっと見る。
「そうですか?」
「うん! 似合ってる!」
「ありがとうございます」
しろが微笑む。その隣で、優斗が固まっていた。というか、先ほどからずっとガチガチである。
「……」
「優斗?」
「……なに」
優斗は慌てて前を向いた。
「やっぱ何でもない」
湊は深く追及しない。いつものことだった。そして、車がゆっくりと走り出す。高速道路へ入り、しばらくすると車内にも慣れてきた。
「しろさん、運転うまいですね」
湊が助手席から言う。
「ありがとうございます」
「本当に免許持ってたんだ……」
「持っております」
「疑ってたんだ?」
ひまりが後部座席から笑う。
「だって、普段のしろさん見てると車を運転してる姿なんて想像できないだろ」
「失礼ですね、ご主人」
「すみません」
そんな会話をしながら、車は高速道路を進んでいった。しばらくして。
「少し休憩いたしましょうか」
しろがサービスエリアへ入る。車を停め、四人が外へ出る。
「うわー!」
ひまりが大きく伸びをした。
「外、暑い!」
「車の中が快適すぎたんだよ」
湊も軽く伸びをする。そのときだった。
「……なあ、あの車って……」
少し離れたところから声が聞こえた。
「ポルシェ944じゃないか?」
「めちゃくちゃカッコいい……」
「誰の車だろ」
湊が振り返る。自分たちが乗ってきたスポーツカーに、何人かの人が目を向けている。
「……」
湊は隣のしろを見る。
「しろさん」
「はい?」
「なんか注目されてません?」
「そうでしょうか」
「されてるよ!」
ひまりが楽しそうに言う。
「そりゃあんな車、目立つって!」
さらに、しろが車のそばを歩くと、視線が集まる。スポーツカーに、その横を歩く私服姿のしろ。どう見ても絵になる。
「……」
優斗が黙る。
「優斗」
「何?」
「今度は何考えてる?」
「別に何も」
「顔に出てるぞ」
「うるさい」
ひまりが笑いをこらえている。
「しろさん、めっちゃ注目されてるね」
「私は車の持ち主ではありませんが」
「運転してる人も含めて注目されてるんだよ」
「そうなのですか?」
「たぶん」
しろは少し不思議そうな顔をした。
「……目立つのは苦手なのですが」
「じゃあ早く行きましょう」
湊が笑う。
「海、まだ先ですから」
「はい」
ササッと飲み物やらお菓子やらを買い、再び車へ乗り込む。そしてしばらく走った先。
「……あ」
窓の向こうに青い海が見えた。ひまりが真っ先に気づく。
「海!」
「見えた?」
「見えた!」
優斗も窓の外を見る。
「おー本当だ」
湊も身を乗り出す。青い空、白い雲、そしてその下に広がる海。
「……来た」
湊が呟く。目的地へ到着し、車を停める。ドアが開いた瞬間。
「海だー!」
ひまりが飛び出した。
「ちょっと待て!」
湊も慌てて追いかける。
「荷物!」
「あとでいい!」
優斗も笑いながら後を追う。
「ひまり、転ぶぞ!」
「大丈夫ー!」
砂浜へ駆けていく三人。しろは少し遅れて車を降りた。
「……元気ですね」
小さく笑う。
「しろさんも! 早く!」
ひまりが遠くから手を振っている。
「では」
しろも歩き出す。波の音、潮の香り、照りつける太陽。夏休みの海というのは、どうしてこうも輝いているのだろうか。
「うわ、冷たっ!」
「早く来なよ、湊! 優斗!」
「今行く!」
気づけば、湊まで海へ駆け出していた。
「ご主人も楽しそうですね」
しろは砂浜から三人を眺める。
「しろさんも!」
湊が振り返った。
「一緒に入りましょう!」
「私は……」
「せっかく海まで運転して来たんですから!」
しろは少しだけ迷った。そして。
「……そうですね」
靴を脱いで、ゆっくり波打ち際へ向かう。足元を波がさらっていく。
「……冷たいですね」
「でしょ?」
湊が笑う。しろも、ほんの少しだけ笑った。その横でひまりが叫ぶ。
「よーし! 思いっきり遊ぶぞー!」
「おー!」
優斗も声を上げる。
「おー!」
湊も続く。
「……お、おー」
しろが小さく拳を上げる。
「しろさん、もっと!」
「……おー」
「声ちっちゃ!」
四人の笑い声が、夏の海に響いた。
こうして――
高校二年生の夏休みで、最初の大きなイベントが始まった。
◇
それから四人は、夕方まで海で遊んだ。
最初は波打ち際で足を濡らしていただけでも、いつの間にかひまりが湊に水をかけ、湊が反撃し、優斗まで巻き込まれていた。
「ちょ、ひまり! 待て!」
「待たないよー!」
「このっ!」
「湊、やめろ! こっちまで濡れる!」
「もう遅いわ!」
波が足元をさらうたび、砂がさらさらと崩れていく。空は夏らしい雲を含んだ青から、少しずつ淡い色へ変わっていった。昼間の強烈な日差しも弱まり、海面には夕方の光が長く伸びている。
「……疲れた~」
湊は砂浜に座り込んだ。
「私はまだまだ遊べるよ!」
ひまりだけは元気だった。
「お前の体力どうなってんだよ……」
「夏休みだから!」
「それ理由になってないぞ」
少し離れた場所では、優斗も砂浜に座っている。
「俺、明日筋肉痛だわ」
「俺も」
「ひまりは?」
「ならない!」
「なんでだよ」
「若いから!」
「俺たちも同い年だよ!」
笑い声が海へ流れていく。しろは少し離れたところで、波打ち際を眺めていた。私服の裾が夕風に揺れている。
「しろさん」
湊が声をかける。
「はい?」
「楽しかったですか?」
しろは海を見る。夕日が水平線の向こうへ沈みかけている。
「はい」
ほんの少し間を置いて、
「とても」
そう答えた。やがて空が橙色から赤色へ変わり始める。
「……じゃあ、そろそろ帰るか」
湊が立ち上がった。
「そうだな」
優斗も立ち上がる。ところが。
「え?」
ひまりが首を傾げた。
「帰らない、よ?」
「……え?」
「今日は泊まりだから」
「…………」
湊の動きが止まった。
「……うん?」
「だから、泊まるの」
ひまりは当たり前のように言った。
「どこに?」
「別荘」
「…………」
湊は優斗を見る。優斗も湊を見る。そして、しろを見る。しろも珍しく目を丸くしていた。
「別荘……ですか?」
「うん。 親戚の別荘が近くにあるって聞いたから、借りたの!」
「待って」
湊がひまりを見る。
「俺、日帰りだと思ってたんだけど」
「俺も」
優斗が続く。
「私も、そのように伺っておりました」
しろまで頷く。
「えっ?」
ひまりが三人を見回した。
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない」
「聞いてない」
「伺っておりません」
「そっか」
「そっかじゃない」
湊が頭を抱える。
「というか俺たち、何も着替えとか持ってきてないぞ」
「大丈夫!」
「何が?」
「必要なものは別荘にあるから!」
「なんでそんな準備万端なんだよ……」
ひまりは得意げに笑った。
「せっかくの夏休みだもん。 海だけで帰るなんてもったいないでしょ?」
湊は呆れながらも、もう笑うしかなかった。
「……ひまりらしいな」
しろも小さく微笑んだ。
「では、本日はここでお泊まりということですね」
「はい!」
「楽しみですね」
「しろさんまで乗り気になってる……」
四人は荷物をまとめ、別荘へ向かった。海岸から少し離れた場所にあるその建物は、木々に囲まれた静かな場所に建っていた。玄関を開けると、ひまりが先に駆け込む。
「着いたー!」
「……広いな」
湊が呆然とする。
「普通に家じゃん」
優斗も辺りを見回す。
「親戚の別荘って、こんな感じなのか……」
海から戻った四人は、まず荷物を置き、シャワーを浴びた。その後、簡単な夕食を囲む。窓の外では、すっかり日が沈んでいた。遠くから聞こえる波の音。昼間とは違う、静かな海の気配。
「今日は疲れたな」
湊が椅子にもたれる。
「楽しかったけどね」
優斗が笑う。
「うん!」
ひまりは満足そうだった。
「明日も海行こうよ!」
「まだ行くの?」
「もちろん!」
「元気だな……」
しろがアイスティーを手にしながら、窓の外を見る。
「……きれいですね」
暗い海の向こうに、月明かりが細く伸びている。昼間はあれほど賑やかだった海が、今は静かに波を繰り返している。
「ほんとだ」
湊も窓辺へ近づいた。四人で並んで、しばらく外を眺める。蝉の声も少し遠くなり、代わりに夜の虫の音が聞こえてくる。
「……こういうのもいいな」
湊が呟いた。
「何が?」
「みんなで泊まるの」
「でしょ?」
ひまりが笑う。
「だから最初から泊まりにしたかったんだよ」
「最初から言ってくれればよかったのに」
「言ったらサプライズの意味ないじゃん」
「驚かせる必要ある?」
「ある!」
「ないわ」
湊とひまりのやり取りに、優斗としろも笑う。夜が更けていく。今日一日の疲れもあって、四人は少し早めにそれぞれの部屋へ向かった。
「おやすみなさい」
しろが言う。
「おやすみなさい、しろさん」
湊も返す。扉を閉め、湊はベッドに倒れ込んだ。
「……海、楽しかったな」
窓の外から、かすかに波の音が聞こえる。湊は何か喉の奥に突っかかるものを感じながらも、睡魔に敗北を喫し、ゆっくり目を閉じた。夏休みの海旅行の一日目は、静かな潮騒とともに終わった。いや、果たして本当にそうだろうか……。
第三十話でした。いやー、海回、始まりましたね。前回から少し時間を進めて、夏休み序盤のお話です。せっかく夏休みなんだから海くらい行かせてあげよう、という作者の親心……というか作者の欲望です。そして今回の個人的なポイントは、やっぱりしろの運転。普段メイド服で家事をしている人が、地下ガレージからスポーツカーを出してくる。書いている途中で、「これ、高校生の夏休みの海旅行だよな?」と作者自身が一瞬確認しました。大丈夫です。高校生の夏休みです。運転する人だけ大人なだけ。しかし、最後なんだか不穏な終わり方をしましたね。なんかあるんでしょうか。次回のキーポイントとしては、スポーツカーと地下ガレージです。まあ、夏休みはまだ始まったばかり。どんなことがあっても、彼らなら大丈夫でしょう!感想、ブックマーク等よろしくお願いいたします。次回、第三十一話もお楽しみに。




