第二十九話 ただそれだけ
第二十九話です。夏休み、始まりました!……と言っても、まだ二日目です。なのにひまりはもう遊ぶ気満々。湊と優斗を巻き込み、さらにはしろまで連れて、さっそく夏休みのお出かけが始まります。四人の何気ない夏休みの一日を、どうぞ。
夏休み二日目。朝から蝉がうるさい。窓の外では、太陽が「今日も暑くいこうぜ!」とでも言わんばかりに輝いている。湊は自室の机に向かっていた。
「……」
机の上には、昨日持ち帰った夏休みの課題が積まれている。まだ一ページも進んでいない。正確には、昨日の夜に数学を三問だけ解いた。そして眠くなった。つまり、ほぼ何もしていない。
「……まあ、まだ二日目だし」
誰に言い訳するでもなく呟いたそのとき、スマホが震えた。
『起きてる?』
ひまりだった。
『起きてる』
『よかった!』
『何?』
『今日遊ぼう!』
湊は画面を見つめた。
「……早いな」
昨日、夏休みの予定を考えようと言っていた。しかし、まさか翌日には決まっているとは思わなかった。
『どこ行くの?』
返信すると、すぐにメッセージが返ってくる。
『駅前!』
『ざっくりしすぎだろ』
『細かいことは会ってから決める!』
『それ予定って言わないぞ』
『じゃあ集合は十時!』
「……人の話聞く気ないな」
湊は苦笑した。すると、別の通知が届いた。
『俺も行くことになった』
優斗だった。
『お前も誘われたのか』
『まあ断る理由もないし』
『じゃあ三人?』
『たぶん』
たぶん。なんとも頼りない。湊はスマホを置き、時計を見る。まだ八時半。
「……十時か」
出かける準備をするため、立ち上がる。すると、廊下から声がした。
「失礼します」
扉を丁寧な所作で開けて入ってくる。
「ご主人、お出かけですか?」
しろだった。
「はい。 今日、ひまりたちと出かけることになりまして」
「そうでしたか」
「駅前で遊ぶみたいです」
しろは少し考えるように首を傾げた。
「それは楽しそうですね」
「はい」
「では、お気をつけて」
「ありがとうございます」
湊は机に向き直ろうとした。しかし。
「……」
ふと動きを止める。
「しろさん」
「はい?」
「……一緒に来ませんか?」
しろが目を瞬かせた。
「私も、ですか?」
「はい」
「ですが、私は……」
「ひまりたちもたぶん大丈夫って言うと思いますよ」
湊は少し笑った。
「それに、せっかくの夏休みですし」
「……」
しろはしばらく考えたあと、
「では、お言葉に甘えて」
と頷いた。
「よかった」
湊も笑う。そして十時、駅前。
「遅い!」
開口一番、ひまりが言った。
「集合時間ぴったりだろ」
「私は十五分前に来てた!」
「知らないよ」
その隣には優斗が立っている。
「おはよう」
「おはよう」
湊が手を上げる。
「……って」
優斗の視線が湊の後ろへ移る。
「しろさんも来たんだ」
「はい。 お邪魔いたします」
「いやいや!」
ひまりが嬉しそうに駆け寄る。
「しろさん来てくれたの!?」
「ひまりさまにお誘いいただいたわけではありませんが、ご主人に誘っていただきましたので」
「湊ナイス!」
「なんで俺が褒められるんだよ」
ひまりはしろの手を取る。
「じゃあ今日は四人で遊ぼ!」
「はい」
「何する?」
ひまりが三人を見回す。
「まだ決めてない」
湊が答える。
「え?」
「さっき言ってただろ。 『細かいことは会ってから決める』って」
「そうだった!」
「忘れてたのかよ」
優斗が呆れたように笑う。
「でも、せっかく夏休みなんだし!」
ひまりは駅前を見回した。夏の日差し。人通り。商業施設、ゲームセンター、映画館、カフェ。選択肢はいくらでもある。
「じゃあ――」
ひまりが笑う。
「今日は全部行こう!」
「無理でしょ」
「即答!?」
「時間が足りない」
「じゃあ行けるところまで!」
湊はため息をついた。けれど。不思議と嫌ではなかった。夏休みは始まったばかり。予定なんて、まだ何も決まっていない。だからこそ。今日という一日が、どこへ転がっていくのかも分からない。
「……まあ、いいか」
湊は笑った。
「今日は全力で遊ぼう」
「やったー!」
ひまりが両手を上げる。優斗も笑い、しろはそんな三人を眺めながら小さく微笑んだ。こうして。夏休み二日目。予定表には何も書かれていなかった一日が、始まった。
◇
駅前に集まった四人は、とりあえず商業施設の中へ入った。外は蝉が騒ぐほど暑かったが、建物の中は冷房が効いていて、入った瞬間に全員の表情が緩む。
「涼しい……」
優斗が呟く。
「それな」
湊も頷いた。汗がすっと引いていく感覚がした。
「ここから出たくない」
「まだ何もしてないよ?」
ひまりが笑う。
「今日はどこ行く?」
「さっき全部行こうって言ってただろ」
「じゃあまず買い物!」
ひまりは迷うことなく歩き始める。
「何買うんだ?」
「特に決めてない!」
「それ買い物じゃなくて徘徊だろ」
「いいじゃん、夏休みなんだから」
その後ろを、しろと湊が並んで歩く。
「ひまりさまはお元気ですね」
「そうですね。 多分夏バテを知らないと思います」
湊は少し笑った。
「昔からあんな感じなんですか?」
「文化祭の頃より、さらに元気になった気がします」
「……それ、しろさんの影響じゃないですか?」
「私の?」
「文化祭以来、ひまりとよく話してるじゃないですか」
「そうですね」
しろは少し考える。
「ひまりさまは、とても話しやすい方ですので」
「ですよね」
「それに、いろいろ教えてくださいます」
「何を?」
「高校生の流行などを」
「……」
湊は一瞬黙った。
「しろさん」
「はい」
「ひまりから何を教わってるんですか?」
「秘密です」
「なんで!?」
前を歩いていたひまりが振り返る。
「何の話?」
「いや、何でもない」
「怪しいね~」
ひまりは笑いながら、しろの隣へ戻ってくる。
「しろさん、こっち!」
「はい」
「これ見て!」
「可愛らしいですね」
「でしょ?」
二人はそのまま店の中へ入っていく。
「……」
湊はその背中を見送る。
「仲良くなったな」
優斗が隣で言った。
「だよな」
「文化祭のときから?」
「たぶん」
「湊が知らない間に」
「なんか置いていかれてる気分だな」
「分かる」
男二人で微妙な顔をする。その一方で、女子二人は楽しそうに店内を見て回っていた。
「ひまりさま、これは何でしょう?」
「スマホにつけるやつ!」
「なるほど」
「しろさん、こういうの持たないの?」
「持っていませんね」
「じゃあ買おうよ!」
「ですが……」
「記念!」
「記念ですか?」
「うん!」
ひまりは嬉しそうに笑う。しろは少し困ったような顔をしながらも、結局その小物を手に取った。
「……では、一つだけ」
「やった!」
少し離れたところから見ていた湊は、思わず笑った。
「しろさん、押しに弱いな」
「セールスとかに負けないかな」
優斗も笑う。買い物を終える頃には、昼を少し過ぎていた。
「お腹空いた!」
ひまりが言う。
「じゃあ何か食べるか」
「賛成!」
四人は施設内のカフェへ向かった。席につくと、それぞれ飲み物と軽食を注文する。
「夏休み初日にして、もう結構遊んだな」
湊が言う。
「まだお昼だよ?」
「……そうだった」
ひまりが笑う。
「午後は映画見ようよ!」
「映画?」
「うん! ちょうど見たいのやってる!」
ひまりがスマホを見せる。
「どう?」
優斗が画面を見る。
「俺はいいよ」
「湊は?」
「俺も」
そして、しろを見る。
「しろさんはどうですか?」
「皆さまがよろしいのでしたら」
「じゃあ決まり!」
ひまりが嬉しそうに手を叩いた。四人で映画館へ向かう。夏休みの昼、映画館はいつもより人が多い。子どもたちの笑い声、家族連れ、友達同士。そして、自分たちもその中の一組だった。
「なんか……」
湊が歩きながら呟く。
「本当に夏休みって感じだな」
「何それ」
ひまりが笑う。
「分かるだろ」
「分かるけど」
しろが隣で小さく笑った。
「楽しそうですね、ご主人」
「はい」
湊も笑う。
「今日は、楽しいです」
◇
映画が終わった頃には、外はすっかり夕方になっていた。
「面白かったー!」
映画館を出たひまりが、大きく伸びをする。
「最後、あれどういう意味だったんだろ」
ひまりが問いかける。
「結局主人公は父親ってわかってうれしかったんじゃない? それが宿敵だったとしても」
優斗が答える。
「え、そうなの?」
「俺はそう思ったかな」
「湊は?」
「俺は寝てたから分からない」
「寝てたの!?」
「ちょ、ちょっとだけ」
「一番ダメなやつじゃん!」
ひまりが笑いながら湊の肩を叩く。
「だって昼飯食った後だったし」
「言い訳になってないよ!」
そんな二人を見て、しろが小さく笑った。
「ご主人、映画館で眠ってしまうとは珍しいですね」
「……すみません」
「いえ、楽しそうでしたので」
「寝てるのが?」
「はい」
「それは楽しそうって言わないですよ」
四人はそのまま施設を出た。夕方になっても外は暑い。それでも昼間よりは少しだけ涼しくなっていた。
「このあとどうする?」
ひまりが聞く。
「帰る?」
湊が答えると、
「えー」
ひまりが露骨に不満そうな顔をした。
「まだ遊びたい」
「もう結構遊んだだろ」
「夏休み二日目だよ?」
「だから何だよ」
「もっと夏休みしたい!」
「意味が分からない」
ひまりは少し考えてから、しろの腕に手を添えた。
「しろさんはどうしたい?」
「私ですか?」
「うん」
「私は皆さまと一緒なら、どこでも」
「ほら!」
ひまりが湊を見る。
「しろさんもこう言ってる!」
「いや、それは『どこでもいい』って意味だろ」
「じゃあ決めて!」
「俺!?」
湊は頭を抱えた。優斗が笑う。
「もう少し歩こうぜ」
「それならいいか」
四人は駅とは反対方向へ歩き始めた。特に目的地はない。ただ、夕方の街を歩く。途中でコンビニに寄って、冷たい飲み物を買う。
「暑い……」
湊がペットボトルを額に当てる。
「湊、溶けてない?」
「人間は溶けません」
「でも顔赤いよ」
「暑いんだよ」
「どうぞ、ご主人」
しろがハンカチを差し出す。
「ありがとうございます」
湊が受け取る。
「……」
その様子を、ひまりがじっと見ていた。そして、ひまりはニヤッと笑う。
「仲いいなー」
「普通だろ」
「そうかな?」
「そうだよ」
しろも特に気にした様子はない。
「ひまりさまも暑いのでしたら、こちらをどうぞ」
「え、いいの?」
「はい」
「ありがとう!」
ひまりは嬉しそうに受け取った。
「……」
湊はその光景を見て、少しだけ首を傾げる。やっぱり、文化祭の頃から、ひまりとしろの距離が妙に近い。自分が知らない間に、二人だけのやり取りまで増えている気がする。
「……仲いいな」
湊がぽつりと言う。
「何が?」
ひまりが振り返る。
「いや、何でもない」
ひまりは笑った。しばらく歩いていると、駅が見えてきた。
「そろそろ解散か」
「うん」
ひまりが頷く。
「今日は楽しかった!」
「俺も」
優斗も笑う。
「夏休み初日としては上出来だな」
「二日目だけど」
「細かいこと言うなよ」
湊も笑う。駅前で四人は別れることになった。
「じゃあ、またね!」
「またな」
「お気をつけて」
しろが手を振る。湊も軽く手を振った。
「じゃあ帰りましょうか、しろさん」
「はい」
二人で歩き始める。
「今日は楽しかったですね」
しろが言った。
「はい」
「ひまりさまも、優斗さまも」
「そうですね」
湊は夕焼けの空を見上げた。
「……夏休み、まだ始まったばかりなんですけど」
「なんか、もう一日終わっちゃいました」
「夏休みとは、そういうものなのかもしれません」
「……それ、ちょっと寂しいですね」
「では、明日も何か楽しいことをすればよろしいのでは?」
「明日も?」
「はい」
しろは穏やかに笑った。
「まだまだ夏休みは長いですから」
「……そうですね」
湊も笑う。夏休み二日目。特別な出来事があったわけではない。ただ、友達と出かけて、映画を見て、街を歩いて。ただそれだけ。でも、こういう何気ない一日こそあとになって思い出すのかもしれない。湊はそんなことを考えながら、しろと並んで家への道を歩いていった。
――夏休みは、まだ始まったばかりだった。
二十九話でした。まずは、最近更新サボっててすいませんでした。夏バテになってました。お盆休みだってのにチクショー。コウメ太夫も泣いてますね。さあ、物語は夏休み二日目。早くも遊びに行きました。……宿題?まだいいっしょ。今回のお話は、特に大きな事件が起こるわけでもなく、四人(ほぼ二人だったね)で買い物して、映画を見て、街をぶらぶらして帰るだけのお話です。でも、個人的にはこういう回が結構好きです。何か特別なことをしたわけじゃない。ただ友達と一緒に出かけて、くだらない話をして、笑って、一日が終わる。湊、主人公なのに置いてかれてますね。優斗も相変わらずしろに一目惚れ中。こっちはもう通常運転です。さて、夏休みはまだまだ始まったばかり。海、夏祭り、宿題……。湊たちは楽しい夏を過ごせるのか。作者はPVを見て泣かずに済むのか。感想、ブックマーク等よろしくお願いいたします。次回、第三十話もお楽しみに。




