第二十八話 終業式、待っているのは話と通知表
二十八話です。一学期、終わります。ここまで来ると、読者の皆さんも湊たちと一緒に「夏休みだ!」という気分になっているのではないでしょうか。……まあ、学生にとって夏休みは天国ですが、宿題という名のラスボスも待っています。そんなわけで今回は、終業式から夏休みの始まりまで。
七月二十一日。長かった一学期も、ついに最終日を迎えた。朝から蝉が鳴き、校門をくぐる生徒たちの顔には、どこか浮ついた空気が漂っている。
当然だ。
今日を乗り越えれば――
夏休みである。
「……長かった」
教室に入った湊は、自分の席に鞄を置くなり呟いた。
「まだ終業式始まってないよ?」
隣の席からひまりが笑う。
「だからだよ」
「どういう理屈?」
「今日という日を迎えるまでが長かった」
「昨日まで普通に学校来てたじゃん」
「気持ちの問題」
「雑だなぁ」
ひまりは楽しそうに笑った。その向かいでは、優斗も椅子に座りながら大きく伸びをしている。
「夏休みかぁ」
「何するんだ?」
湊が聞く。
「まだ決めてない」
「珍しいな。 いつも何か予定入ってるだろ」
「今年はゆっくりする」
「絶対三日くらいで暇になってやめるぞ」
「ならない」
「なる」
「ならないって」
そんな二人の会話を聞きながら、ひまりが手を挙げた。
「はい!」
「何?」
「夏休み、遊びに行きたい!」
「急だな」
「だって夏休みだよ?」
「理由になってない」
「理由になるよ!」
ひまりは楽しそうに笑った。
「海とか、花火とか、お祭りとか!」
「気が早いな」
「夏休みは短いんだから、早めに予定立てないと!」
湊も少し考える。文化祭を終えて、七夕も終わった。期末テストも終わった。そして今日、一学期が終わる。そう考えると、時間が進むのは思った以上に早かった。
「……夏休み、何日あるんだっけ」
「数えてみる?」
ひまりがスマホを取り出す。
「四十日くらい?」
「そんなに?」
「夏休みだよ?」
「いや、改めて聞くと長いな……」
湊が遠い目をする。そのとき。
「ホームルーム始めるぞー」
担任が教室へ入ってきた。生徒たちが一斉に席へ戻る。
「今日は終業式のあと、通知表を渡して終わりだからな」
「よっしゃ!」
誰かが小さく叫んだ。
「まだ終わってないぞー」
担任が苦笑する。
「終業式がある。 あと、夏休み中の注意事項も話されるから、ちゃんと聞けよ」
「はーい」
教室から気の抜けた返事が返ってくる。
「返事だけは立派だな、お前ら」
担任が呆れたように笑った。
◇
全校生徒が体育館へ集められる。蒸し暑い。とにかく暑い。体育館には何百人もの生徒が集まっているため、空気が揺れ動いている。
「暑い……」
優斗が小声で呟く。
「まだ始まったばっかりだぞ」
「分かってるけどさぁ……」
「顔死んでるわ」
「お前もだろ」
前方では、ひまりが扇子をぱたぱたと動かしている。
「ひまり、それどこから持ってきたんだ?」
「昨日買った!」
「準備いいな」
「夏を生き抜くためには必要なのです」
「大げさ」
その直後。校長の話が始まった。
「皆さん、今日で一学期が終了します――」
湊は姿勢を正した。優斗も渋々前を見る。ひまりは扇子を止めた。
そして、数分後。
優斗の視線が宙を泳ぎ始めた。
さらに数分後。
ひまりの扇子が再び動き始めた。
そして湊も。
――長い。
もちろん大事な話なのは分かっている。夏休みを安全に過ごすための注意も必要だ。
だが、暑い。そして長い。
やがて校長の話が終わり、続いて生活指導の先生から夏休みの注意事項が伝えられる。
「夜遅くまで出歩かないこと。 交通ルールを守ること。 そして――」
湊は黙って聞きながら、ふと思った。
夏休み。何をしよう。まだ具体的な予定はない。でも、去年までとは少し違う気がした。文化祭を一緒に乗り越えた。七夕も一緒に過ごした。そして、いつの間にか、学校の外でもみんなで何かをすることが当たり前になりつつある。
きっと、この夏も。何か起こる。根拠はない。ただ、そんな気がした。そしてようやく。
「以上で終業式を終わります」
その言葉が体育館に響いた。一瞬の静寂。
そして――
「終わったー!」
誰かの声が響き、体育館中から安堵の空気が広がった。湊は大きく伸びをする。
「……終わったな」
「終わった!」
優斗が笑う。
「夏休みだ!」
ひまりも両手を上げた。
「遊ぶぞー!」
「まだ通知表あるけどな」
「…………」
「…………」
「それは聞かなかったことにしてやろう」
「何目線だよ」
三人は笑いながら教室へ戻っていった。
◇
終業式を終え、教室へ戻ってきた生徒たちは、どこか落ち着かない様子だった。理由は一つ。
「じゃあ、通知表配るぞー」
担任のその一言である。
「うわぁ……」
教室のあちこちから声が漏れる。
「なんで?」
ひまりが不思議そうに首を傾げる。
「夏休み直前に渡す必要ある?」
「むしろ今しかないだろ」
湊が答える。
「でも、せっかくの夏休み気分が……」
「通知表で現実に戻されるんだよ」
担任が出席番号順に通知表を配っていく。湊の机にも、一枚の封筒が置かれた。
「……」
湊は少しだけ緊張しながら封筒を開く。
「どうだった?」
ひまりが横から覗こうとする。
「見るな」
「いいじゃん」
「よくない」
「湊の成績知りたい」
「じゃあ俺もひまりの知りたい」
「それはダメ」
「なんでだよ」
「乙女の秘密」
「都合いいな」
湊は苦笑しながら通知表を見る。特に大きな問題はない。可もなく不可もなく。
「普通、か」
「普通が一番じゃん」
ひまりが笑う。
「じゃあ私も普通!」
「まだ見せてもらってないだろ」
「気持ちは普通!」
「成績を気持ちで語らない!」
その横で、優斗も通知表を確認していた。
「……まあまあ」
「お前も?」
「うん」
「じゃあ三人とも問題なしだな」
「私は問題なし!」
「なんでひまりだけ確定なんだよ」
教室に笑い声が広がる。通知表を配り終えると、担任が教卓の前に立った。
「じゃあ最後に、俺からも夏休み中の注意事項な」
生徒たちの顔が一斉に曇る。
「交通事故には気をつけること。 やんちゃしないこと。 それから宿題は――」
「宿題……」
優斗が小さく呟く。
「あるに決まってるだろ」
湊が言う。
「分かってるよ」
「どうせ最終日にやるんだろ」
「やらない」
「じゃあいつやるんだ?」
「……そのうち」
「一番危ないやつ」
ひまりが二人の会話に割り込む。
「私はちゃんと計画立てるよ!」
「本当?」
「うん!」
「去年は?」
「……まあ、今年は違うの!」
ひまりは胸を張った。しかし、その直後。
「先生、夏休みの宿題っていつまでですか?」
「始業式の日」
「じゃあ大丈夫!」
「何が?」
湊は呆れた。
◇
最後のホームルームが終わる。担任が教室を出ていくと同時に、クラス中から一斉に声が上がった。
「夏休みだー!」
「遊ぼうぜ!」
「海行きたい!」
「祭り行こう!」
一気に教室が騒がしくなる。ひまりもすぐに湊たちのところへやってきた。
「ねえ、二人とも!」
「ん?」
「夏休み、何する?」
「まだ決めてない」
湊が答える。
「俺も」
優斗も続ける。
「じゃあ今決めよう!」
「今?」
「夏休みは長いんだから、予定いっぱい作ろうよ!」
ひまりが指を折りながら数え始める。
「海!」
「暑い」
「花火!」
「それは行きたい」
「お祭り!」
「いいな」
「映画!」
「それもあり」
「ゲームセンター!」
「それはこの前行ったろ」
「じゃあ全部!」
「予定詰め込みすぎ」
ひまりは楽しそうに笑った。
「だって夏休みだよ?」
その言葉に、湊も少し笑う。
「まあ……暇よりはいいか」
「決まり!」
そんな話をしているうちに、気づけば帰る時間になっていた。
「じゃあまたな」
「また明日!」
「いや、明日から夏休みだぞ」
「あ」
ひまりが固まる。
「じゃあ……またいつか!」
「雑だな」
三人は笑いながら教室を出た。校門を出ると、強い日差しが照りつける。湊は空を見上げた。雲一つない青空。
「……夏休みか」
長いようで、きっとあっという間に終わる。そんな予感がした。そして、その日の夕方。
「ただいま帰りました」
玄関を開けると、しろがいつものように出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ、ご主人」
「今日で一学期終わりました」
「お疲れさまでした」
「今日から夏休みですね」
「はい」
湊は笑った。
「……何しようかな」
しろは少し考えてから、いつもの穏やかな声で言った。
「まずは、宿題などいかがでしょう」
「……」
夏休み初日。始まる前から、現実を突きつけられた。湊は無言で自分の部屋へ向かった。
◇
自室に戻った湊は、机の上に鞄を置いた。そのまま椅子に座る。
「……夏休みか」
改めて呟いた。窓の外から、蝉の声が聞こえる。学校がない。明日から朝早く起きなくてもいい。授業もない。テストもない。
「最高だな……」
湊は椅子にもたれかかった。そのとき、ドアが軽くノックされた。
「ご主人」
「はい?」
「お夕食の準備ができました」
「……僕を自室に行かせた意味」
部屋を出ると、廊下にはしろが立っていた。二人で食卓へ向かう。夕食を食べながら、湊は今日の出来事を話した。
「終業式、暑かったですよ」
「体育館ですからね」
「優斗なんて途中から魂抜けてました」
「優斗さまらしいです」
「ひまりは扇子持ってきてました」
「準備がよろしいですね」
「でも最後は『夏休みだー!』って一番騒いでました」
湊が笑う。しろも小さく笑った。
「皆さま、楽しそうですね」
「はい」
湊は箸を置き、少し考える。
「……夏休み、何しましょうか」
「ご予定があるのですか?」
「まだ何も」
「それでは、宿題を」
「しろさん」
「はい」
「夏休み初日に宿題の話をするのやめません?」
「大切なことですので」
「分かってますけど……」
湊は肩を落とした。
「でも、ちゃんとやりますから安心してください」
「まずは……」
湊は少し考えた。
「明日から計画立てます」
「明日から」
「はい」
「本日は?」
「……夏休み初日を楽しみます」
「宿題は?」
「……」
しろがじっと湊を見る。
「……少しだけやります」
「いいでしょう」
結局、その日の夜。湊は机に向かっていた。
「……夏休み初日なのにぃぃぃ」
数学の問題集を開く。
一問目。
二問目。
三問目。
「……眠い」
ご覧の通り、まだ三問しか解いていなかった。しかし、そこでスマホが震えた。ひまりからメッセージ。
『夏休み初日! みんな何してる?』
続けて、優斗から。
『俺は暇』
湊は笑ってしまう。
『俺も宿題やってる』
送信。すぐに返信が来た。
『えらい!』
ひまり。
『真面目か』
優斗。
「お前らもやれよ……」
湊は呟きながらスマホを置いた。すると、また通知が鳴る。
『明日どっか行かない?』
ひまりからだった。湊は少し考える。明日は特に予定はない。夏休みは始まったばかり。
「……いいか」
『いいよ』
送信。その直後。
『やったー!』
『どこ行くの?』
『考えとく!』
「決めてないのかよ」
湊は思わず笑った。すると、ドアの向こうから声がした。
「ご主人?」
「はい?」
「何だか楽しそうですね」
「明日、ひまりたちと出かけることになりました」
「まあ」
「どこに行くかはまだ決まってませんけど」
「それは楽しみですね」
「はい」
湊は窓の外を見る。夜空には、夏の星がいくつか浮かんでいた。長い夏休み。何が起こるかは分からない。
けれど、きっと退屈はしないだろう。
「……明日、何するかな」
湊は小さく呟いた。その頃、ひまりはすでにグループチャットで候補を十個ほど挙げていた。優斗はその通知を見て、そっとスマホを伏せた。そして湊は知らない。この夏休みが、思っていた以上に忙しくなることを。
――高校二年生の夏。その一日目は、こうして静かに終わった。
第二十八話でした。終業式って、なんであんなに長く感じるんでしょうね。校長先生の話を聞きながら、「これが終われば夏休み……」と考えている学生は、たぶん全国に大量発生していると思います。そして終業式が終わった瞬間だけ、教室の空気が一気に軽くなる。あの感じ、結構好きです。今回で一学期が終了しました。文化祭、テスト、七夕といろいろありましたが、振り返ってみると湊たちも結構いろんなことを経験しましたね。特に、しろとひまりがいつの間にかかなり仲良くなっている。湊、知らなかったのはお前だけ。そして次回から本格的な夏休み編。海、夏祭り、宿題、その他いろいろ。……宿題をちゃんとやらせる予定です。作者も湊も、予定だけは立派ですね。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第二十九話もお楽しみに。夏休み編、始動!




