第四話 メイドさんは料理と家事以外も規格外
第四話です。しろの意外な趣味というか特技というかが発覚します。
放課後。校舎に終業のチャイムが鳴り響くと、生徒たちは一斉に立ち上がった。
「やっと終わったー!」
ひまりが大きく伸びをする。
「今日は疲れた……」
「小テストのせい、だね」
湊が鞄を肩に掛けながら尋ねる。
「うん……」
ひまりは机に突っ伏した。
「数学なんて嫌い」
「ちゃんと勉強すれば好き、とまではいかなくてもできるようにはなるよ」
「それは勉強できる人の台詞」
「そんなことないって」
そんな二人のやり取りへ割り込むように、
「湊!」
優斗が勢いよくやって来た。
「約束!」
「あー」
「家行くぞ!」
「忘れてなかったんだ」
「当たり前だ!」
優斗は拳を握る。
「しろさんに会えるんだからな!」
「試合前より漲ってるくらいじゃないか?」
「そんなこと……ある!!!」
「「あるんかい」」
湊とひなたがハモる。
「てか目的がおかしいよ」
「おかしくない!」
ひまりは呆れたように笑った。
「もう、優斗ってほんと分かりやすいよね」
「一途って言え」
「まだ相手にすらされてないけどネ。」
「ぐっ……」
優斗が言葉に詰まる。湊は苦笑しながら教室を出た。
「じゃあ行こうか」
「おー!」
三人は校門を出て、住宅街を歩く。夕方の風は心地よく、部活動へ向かう生徒たちの声が遠くから聞こえてくる。十五分ちょっとほど歩くと、大きな屋敷が見えてきた。
「何回来てもでけぇな……」
優斗が感心したように見上げる。朝比奈家。広い庭と洋風の屋敷は、この辺りでもやはりひときわ目立つ存在だった。
「ただいまー」
玄関の扉を開ける。すると、廊下の奥から聞き慣れた足音が近づいてきた。
「……お帰りなさいませ、ご主人。」
メイド服姿のしろが、静かに一礼。
「お帰りなさいませ、九条さま。」
「ただいま、しろさん!」
そして、優斗へ視線を向けた。
「……白峰さまも、いらっしゃいませ。」
「ど、dddドウモ!」
優斗は少し、というかかなり緊張した様子で頭を下げる。
(やっぱり綺麗だ……。)
学校では元気いっぱいの彼も、この人の前では少しだけ大人しくなる。いや、逆にうるさいかもしれない。
「お邪魔します」
「……どうぞ。」
しろはスリッパを三人分並べる。その動作も相変わらず無駄がない。
「荷物を。」
「ありがとう、しろさん」
三人はリビングへ向かった。
◇
「ふぅー!」
ソファへ飛び込んだひまりが、満足そうな声を上げる。
「学校終わりのソファ最高!」
「こら、スリッパ」
「あ」
慌てて足を下ろす。
「これは失礼」
湊は笑いながらテレビの電源を入れた。
「今日は何する?」
「カードゲーム?」
「ボードゲーム?」
ひまりが首を傾げる。すると、優斗が勢いよく立ち上がった。
「対戦ゲームだ!」
「対戦ゲーム?」
「この前買ってただろ!」
優斗がテレビ台の引き出しを開ける。中から取り出したのは、カラフルなカートが描かれたゲームソフトだった。
「これ!」
「ああ、某有名レーシングゲームか」
「今日こそは決着つけようぜ!」
「前回は優斗が勝ったもんね」
「当然!」
優斗は胸を張る。
「俺、これだけは自信あるから!」
そのとき、人数分の飲み物を乗せたトレーを持ってしろがリビングへ入ってきた。
「……紅茶でございます。」
「ありがとう!」
ひまりが笑顔で受け取る。優斗もカップを手に取りながら、ふとテレビ画面を見るしろへ目を向けた。
「そうだ」
「?」
「しろさん」
「はい。」
「一緒にやりませんか?」
その一言に、部屋の空気が少しだけ止まる。湊は「えっ」という顔をし、ひまりは「面白そう!」と目を輝かせる。そして、しろはテレビ画面をじっと見つめたあと――。
「……久しぶりですね。」
しろの口から出た一言に、三人はそろって目を丸くした。
「えっ」
最初に声を上げたのは湊だった。
「しろさん、このゲーム知ってるんですか?」
「……はい。」
あまりにもあっさりと頷く。
「少しだけやったことがあります。」
「へぇー!」
ひまりが目を輝かせる。
「ゲームするんだ!」
「……暇でしたので。」
それだけ言うと、しろはトレーをテーブルへ置いた。
「しかし皆様の時間を邪魔するわけには──」
「待ってください!」
優斗が勢いよく立ち上がる。
「お願いします!」
「一戦だけ!」
「……。」
しろは少しだけ考え込んだ。
「……皆様がよろしければ。」
「やったぁ!」
優斗がガッツポーズをする。
湊は苦笑した。
「優斗、そんなに嬉しい?」
「当たり前だろ!」
「美人メイドさんとゲームできるんだぞ!」
「理由が不純なんだよなぁ……」
ひまりは呆れながらも笑っていた。
◇
コントローラーを四つ用意する。
湊。
ひまり。
優斗。
そして、しろ。
ソファに並んで腰掛ける四人。しろはコントローラーを手に取ると、じっと眺めた。
「……新しい型ですね。」
「え?」
湊が思わず聞き返す。
「前のものと少しボタン配置が違いますね。」
「前のって……。」
「どこでやったんですか?」
「……以前。」
しろは少しだけ視線を泳がせた。
「ゲームショップで買いました。」
「自分で!?」
「……はい。」
「意外すぎる」
湊は驚きを隠せなかった。しろが自分でゲームソフトを買いに行く姿など、まったく想像できない。
「しろさんもゲーム好きだったんですね」
「……ええ。」
どこか歯切れの悪い返事だった。
◇
ゲームが始まる。キャラクターを選び、マシンを選ぶ。コースが表示され、スタートのカウントダウン。
3。
2。
1。
GO!
四台のマシンが一斉に飛び出した。
「よし!」
優斗が先頭へ躍り出る。
「このコース得意なんだ!」
「待ってよー!」
ひまりが後ろから追いかける。
湊も二人に続く。
一方。
「……。」
しろだけが最後尾だった。
「しろさん、大丈夫ですか?」
湊が心配そうに声を掛ける。
「……大丈夫です。」
アクセルを踏みながら、静かに答える。
「少し」
「?」
「指が鈍ってますね」
「……?」
意味が分からなかった。その直後。最初のコーナーへ差しかかる。優斗はドリフトで曲がる。湊も続く。ひまりは壁へぶつかった。
「あっ!」
その横をしろのマシンが、音もなく滑るように駆け抜けた。
「え?」
湊が目を見開く。無駄のないライン取り。ブレーキを踏んだ様子もない。まるでコースを何百回も走ったかのような走りだった。さらにジャンプ台、着地、ショートカット、アイテム回収。一連の動きに一切の迷いがない。
「ちょ、ちょっと待って!?」
優斗が思わず叫ぶ。
「うまくない!?」
その声にも反応せず、しろは静かに画面を見つめている。そして一周目の終盤。しろはトップを走る優斗の横へ並んだ。
「なっ!?」
「もう追いついた!?」
ひまりが驚く。優斗は必死にしろが一位になるのを防ごうとする。
「ここは抜かせませんよ!」
だが、しろのマシンは一瞬だけフェイントを入れると、内側へすっと入り込む。無駄のない美しい追い抜き。そのまま一位へ。
「うそだろ!?」
優斗の声が裏返った。しろは小さく呟く。
「……こんな感じ、でしたかね。」
その余裕すらある一言に、三人は顔を見合わせた。
(少しだけって言ってなかった!?)
その認識は、完全に間違っていた。このメイド、どう考えても"少しだけ"の腕前ではない。
◇
「……ゴールです。」
画面に大きく表示される1位の文字。
そのまま引き離された優斗は二位でゴールした。
「え……」
コントローラーを握ったまま、優斗は固まる。
「負け、た……?」
信じられなかった。このゲームにだけは自信があった。友達同士で遊べば、ほとんど負けない。オンライン対戦でもそこそこ勝てる。そんな自分が——初めて遊ぶと言っていた(はずの)メイドに、まったく歯が立たなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
優斗が身を乗り出す。
「しろさん!」
「……はい。」
「絶対『少しだけ』じゃないですよね!?」
「……」
しろは少しだけ視線を逸らした。
「……少しです。」
「嘘だ!」
即座にツッコミが入る。
「今の走り、プロレベルでしたよ!?」
「そんなことありません。」
「ありますよ!」
ひまりもうんうんと頷く。
「最後のショートカット、私見たことないもん!」
「僕も」
湊も苦笑しながら言う。
「しろさん、昔少しやってたって言ってましたよね?」
「……。」
しろは黙る。三人の視線が集まる。数秒の沈黙。
「……」
さらに数秒。
「……すみません」
ぽつりと呟いた。
「ちょっと違います。」
「え?」
湊が首をかしげる。
「違うっていうのは?」
しろは小さくため息をつく。
「……昔、じゃないです。」
「はい?」
「今もです。」
リビングが静まり返った。
「…………え?」
優斗が間の抜けた声を漏らす。
「今も?」
「……はい。」
「え?」
湊も聞き返す。
「いつやってるんですか?」
「……ご主人が学校に行かれている間。」
「えっ」
「家事終わったあと」
さらっと答える。
湊の思考が止まる。
「えっと……。」
「家事って、午前中ですよね?」
「……はい。」
「終わるの何時くらいですか?」
「十時頃かと。」
「早っ!」
ひまりが思わず立ち上がる。
「この広い家で!?」
「……慣れていますので。」
「じゃあ十時から何してるんですか?」
「ゲームをやらせていただいたり、寝ていたり……」
「…………」
三人が無言になる。しろは気にした様子もなく続けた。
「昼までやって」
「眠くなったら寝て」
「起きたら少しやって」
「夕飯の準備して」
「ご主人を迎えます。」
まるで今日の献立でも話すかのような口調だった。
「いやいやいや!」
優斗が立ち上がる。
「それ毎日ですか!?」
「……ほぼ。」
「めちゃくちゃやり込んでるじゃないですか!」
「……そうですか?」
「そうです!」
湊は苦笑いを浮かべる。
(だから電話出なかったんだ……。)
家事を終わらせて、ゲームをして、眠くなって、爆睡。朝の着信拒否四件と、ようやく繋がった。
「しろさん」
「……はい。」
「さっき『昔少しだけ』って言ってましたよね?」
しろはまた目を逸らす。
「ごまかしたんですか!?」
「……はい。」
悪びれた様子はまったくない。優斗は頭を抱えた。
「じゃあオンラインもやってるんですか?」
「……やっております。」
「レートは?」
何気なく聞いた。後悔するとも知らずに。せいぜい3000か4000。上手くても5000くらいだろう。そう思っていた。
しろは少しだけ考え、
「……12000ほどかと。」
「…………。」
沈黙。誰も喋らない。
「……え?」
優斗が瞬きを繰り返す。
「いま、何て?」
「……12000。」
「1200じゃなくて?」
「12000でございます。」
「……」
優斗はゆっくりと湊を見る。
「湊。」
「うん」
「俺、聞き間違えてないよな?」
「聞き間違えてないと思う」
ひまりも口をぱくぱくさせている。
「い、12000って……」
「めちゃくちゃ――強い人じゃないの?」
「……そうなのですか?」
しろは本気で不思議そうな顔をした。
「そうなのですか、じゃないですよ!」
優斗が思わず叫ぶ。
「そのレートだと、トッププレイヤー一歩手前ですよ!?」
「え」
「え、じゃない!」
「どれくらいやったんですか!?」
「……覚えてないです。」
「何年?」
「……3年くらいですかね。」
「毎日?」
「……ほぼ毎日」
優斗はソファにもたれかかった。
「勝てるわけねぇ……」
湊は笑いをこらえきれなかった。
「しろさん」
「……はい。」
「そんなに好きだったんですね。」
しろは少しだけコントローラーを見つめる。そして、小さく笑った。
「……暇でしたから。」
その一言で片付けるには、あまりにも規格外だった。こうして朝比奈家では新たな事実が発覚した。
気だるげで眠ることが大好きなメイド。家事は完璧。料理も一流。そして——。
オンラインレート12000の、隠れゲームガチ勢。
その日から優斗は、しろを見るたびにこのワードが頭をよぎるようになってしまった。
第四話お楽しみいただけましたでしょうか。第五話以降も更新していきます。ぜひ感想、ブックマーク等お願いいたします。




