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起きてください、しろさん  作者: アメリカンフットボーラーの威を借るオタク
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第三話 親友はベタ惚れ

第三話です。 新キャラ登場!

 朝のホームルーム開始五分前。教室はいつものように賑やかだった。窓際では男子がゲームの話で盛り上がり、廊下では女子が新しく発売されたコスメについて話している。春の柔らかな陽射しが窓から差し込み、教室全体を明るく照らしていた。


「お、湊おはよう」


「おはよう」


 席へ向かう湊へ、クラスメイトが次々と挨拶をしていく。湊も笑顔で返事を返しながらカバンを下ろし、机の中へ教科書をしまった。


「……ん?」


 数学の教科書を取り出そうとして、手が止まる。


「ない……?」


 昨日宿題をしたはずの、今日テストがあるはずの教科書が見当たらない。机の中に鞄の中。もう一度探すが、やはりない。


「まさか家に……」


 そう呟いた瞬間だった。


「よお、湊!」


 後ろから勢いよく背中を叩かれる。


「うわっ!」


「朝からどんな顔してんだよ」


 振り返ると、そこには背の高い青年が立っていた。短く整えられた黒髪。日焼けした健康的な肌。制服の上からでも分かる鍛えられた体。サッカー部のエースであり、湊の親友。


 白峰優斗 (しらみね ゆうと) だった。


「なんだ、優斗か」


「なんだってなんだよ」


 優斗はいつものように豪快に笑う。


「朝っぱらから教科書とにらめっこか?」


「いや、それが……」


 湊は苦笑した。


「数学の教科書忘れちゃったみたいで」


「珍しいじゃん。」


「昨日使って、そのままリビングに置いたのかも」


「へぇ。」


 優斗は腕を組み、わざとらしく頷く。


「つまり」


「?」


「勉強してたと?」


「そうだけど」


「で?」


「で?」


「毎朝年上美人メイドさんに起こしてもらって?」


「違う。」


「朝ご飯作ってもらって?」


「それは合ってる。」


「『ご主人、お口開けてください』とか?」


「しません。」


「『あーん』とか?」


「絶対しません!」


 教室中に聞こえるほど大きな声で否定してしまった。近くにいた男子たちが一斉にこちらを見る。


「……」


「……」


 数秒の沈黙。優斗が吹き出した。


「あっはははは!」


「そこまで全力で否定しなくても!」


「だって違うから!」


湊の顔は自然と赤くなっていく。


「本当に?」


「本当に!」


 そのやり取りを見ていたひまりが、呆れたようにため息をついた。


「朝から元気だねぇ、二人とも」


「おはよー、ひまり」


「おはよ」


 優斗はひまりにも軽く手を挙げる。


「ところでさ」


 にやり、と口角を上げた。


「今日も朝比奈家寄ってきた?」


「もち!」


「いいなぁ……」


「何が?」


「しろさん」


 即答だった。湊とひまりは顔を見合わせる。


「またそれか」


「だって仕方ないだろ!」


 優斗は大げさに両手を広げる。


「美人!」


「料理上手!」


「年上!」


「メイド!」


「完璧じゃん!」


「四つ目だけ何かお前の癖が混ざってるぞ」


 湊が冷静に突っ込む。


「何でだよ!」


「メイドだから好きになるってどうなの」


ひまりが冷たく言い放つ。


「ロマンだろ!」


「ロマンかなぁ……?」


 ひまりは苦笑いを浮かべる。優斗は真剣な顔で頷いた。


「一回しか会ってないけどさ、」


「すっげぇ綺麗だった。」


「しかも落ち着いてるし『大人』って感じ。もう一回会いたいな~」


 その目は本気だった。湊は呆れが半分、感心が半分で親友を見る。


(本当に気になってるんだな……)


 以前、一度だけ家へ遊びに来たことがある。その時、お茶を運んできたしろを見て、


『……?!!??!』


 優斗は本気で固まっていた。それ以来である。


「また遊び行っていい?」


「別にいいけど。」


「よっしゃ!」


「ただ」


 湊は少し真面目な表情になる。


「しろさん、そういうの鈍いぞ?」


「え?」


「たぶん何言っても普通に流される」


「大丈夫だ!」


 優斗は親指を立てた。


「俺、諦めない男だから!」


 その自信満々な様子にひまりは小さく笑い、湊は「無理だと思うけどなぁ」と心の中で呟いた。当の本人はというと。朝比奈家のソファで気持ちよく昼寝(朝寝)をしていることなど、優斗は知る由もなかった。


「──はーい、おはよう。じゃあ、席着けー。」


 ホームルームの開始を告げるチャイムとともに、担任が教室へ入ってきた。生徒たちは慌てて自分の席へ戻っていく。


「起立、礼。」


「おはようございまーす」


 朝の挨拶が終わり、欠席確認を終えると担任は出席簿を閉じた。


「連絡事項は以上だ。……ああ、それと一時間目は数学だからな。」


「げっ……」「まじかよ」


 教室のあちこちから小さな悲鳴が上がる。ひまりも例外ではない。


「終わったぁ……」


 前の席で机に突っ伏す幼なじみを見て、湊は苦笑した。


「だから昨日勉強しろって言ったのに」


「言われた……」


「自業自得だよ」


「うぅ……。」


 そんなやり取りをしているうちに、担任が教室を出ていく。


 入れ替わるように数学教師が姿を見せた。


「最初少しだけテスト勉強の時間やるから教科書を開いて──」


 その言葉を聞いた瞬間。


「あ」


 湊の顔から笑みが消える。


(教科書……。)


 やっぱりない。もう一度鞄の中を探す。筆箱、ノート、プリント。どこを探しても、数学の教科書だけがない。


(本当に家だ……。)


 机に肘をつき、小さくため息をついた。


「どうした?」


 隣の席から優斗が顔を覗き込む。


「やっぱ忘れてるわ。」


「教科書?」


「うん。」


「取りに帰るわけにもいかねぇしな」


「そうなんだよな~」


 湊は少し考えたあと、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。


(しろさんなら……。)


 朝、リビングに置きっぱなしだった可能性が高い。電話をすれば、学校まで届けてくれるかもしれない。電話帳アプリを開き、画面に表示された「雪代 しろ」の名前をタップする。耳に当てる。


 プ、プ、プルルル……。


 呼び出し音が鳴る。


 プルルル……。


 プルルル……。


 しかし。


「……出ない。」


プツッ、っと切ってしまう。


「どうだった?」


「出なかった」


「家事してんじゃね?」


「かも。」


 湊はもう一度発信する。


 プルルル……。


 プルルル……。


 プルルル……。


 やはり応答はない。


(おかしいな。)


 掃除中なら、気付けば出てくれるはずだ。三度目も四度目も、結果は同じだった。優斗が苦笑する。


「寝てるんじゃね?」


「え?」


「しろさん」


「……。」


 湊は少し考える。そして、


「あ……。」


 嫌な予感がした。


(まさか。)


 家事が全部終わって本当に寝ているのでは。湊は頭を抱えた。


「たぶん……」


「ん?」


「寝てる」


「ぶっ!」


 優斗が吹き出す。


「マジかよ!」


「たぶんだけど……」


「いや、絶対そうでしょ!」


 笑いを堪えながら肩を震わせる。


「家事終わったら即寝か!」


「うん……」


「電話くらい出てほしい……」


「寝てたら無理だわ」


「それもそうだけど」


 前の席のひまりも会話を聞いていたらしい。くるりと振り返る。


「しろさん?」


「うん。」


「寝てるの?」


「たぶん。」


 ひまりは納得したように頷いた。


「あぁ」


「それなら仕方ないね~」


「納得するの?」


「だって、しろさんだもん。」


 あまりにも自然な返事だった。というか湊も否定できない。しろさんなら、と想像するに容易かった。


「朝比奈」


 数学教師が声をかける。


「お前、教科書は?」


「すみません、忘れました。」


「そうか。」


 教師は一瞬考えたあと、


「隣に見してもらいなさい」


「はい。」


 湊はほっと胸をなで下ろした。


 すると隣から優斗が教科書を広げる。ただ、なにかを企んでいる顔をしている。


「ほらよ。」


「あ、ありがとう」


「貸し1な。」


「何それ」


「今日部活休みだからしろさんの手料理食わせて。」


「それが目的かよ」


「もちろん。」


 手でグッドサインを出しながら満面の笑みで答える優斗。湊は呆れながらも笑ってしまった。


「……後で聞いといてやるよ」


「よっしゃ!」


 そんなことを言いながら、二人は一冊の教科書を並んで覗き込む。


 その頃、朝比奈家では──。


 リビングのソファで、スマートフォンが小さく震えたあと、静かに画面を消した。そのすぐ隣では


「……すぅ……。」


 毛布にくるまったしろが、幸せそうな寝息を立て続けていた。着信があったことなど、夢にも思わずに……。


 ◇


「はーい、始めっ!」


 数学教師の一言で、教室の空気が一変した。さっきまで騒がしかった生徒たちも、それぞれ問題用紙へ視線を落とす。カリカリカリ、とシャープペンシルの音だけが静かに響いた。湊も問題を見つめる。


(……思ったより簡単だ。)


 昨日、リビングで復習した範囲がそのまま出ていた。教科書は忘れたものの、小テスト自体は順調に解き進められている。優斗も難なく解き進められていそうだ。部活をやりながら勉強もそこそこできるので本当にすごい奴だ、と湊は一瞬感心したが、放課後しろさんに会えるかもしれないから張り切っているだけかもな、とも思った。


 一方、その前列では——。


「うぅ……」


 ひまりが固まっていた。問題用紙とにらめっこしたまま、握りしめたシャーペンがまったく進んでいない。


(分からない……泣)


 一問目。


 分からない。


 二問目。


 もっと分からない。


 三問目。


「詰んだぁ……。」


 誰にも聞こえないよう、小さく呟いた。


 ◇


「はーい、そこまで。」


 教師が問題用紙を回収していく。


「ありがとうございました」


 チャイムが鳴ると同時に、教室の緊張が一気に解けた。


「あっぶねー!」


「意外と簡単だったな」


「あそこ計算ミスったかも……。」


 あちこちで感想が飛び交う。ひまりは机に突っ伏していた。


「もうダメだ……」


「そんなに?」


 湊が苦笑しながら声を掛ける。


「十問中ヤマ張っといた二問しか分かんなかった……」


「勉強してないもんね。」


「昨日の私を殴りたい。」


「昨日のひまりは寝てたから」


「殴れない!」


 優斗が豪快に笑う。


「次から勉強しろって!」


「する!」


「絶対する!」


「毎回そう言ってるよね。」


「今回は本気!」


「前回も聞いた気がするな~」


「……。」


 ひまりは何も言い返せず、しょんぼり肩を落とした。その様子を見ていた優斗が、突然何かを思い出したように湊へ顔を向ける。


「そういやさ。」


「ん?」


「今日の放課後家行っていいんだよな?」


「しろさんに会いたい。」


「やっぱりそれか」


 湊は苦笑する。


「さっきも言ったけど、しろさんはお前が期待してるような反応しないよ?」


「そこがいいんだよ。」


 優斗は腕を組みながら頷く。


「反応が薄いのも可愛い」


「重症だね。」


「褒め言葉どーも。」


「褒めてない。」


 ひまりは大きくため息をついた。


「絶対相手にされないって。」


「分かんねぇだろ!」


「しろさん、美人だし優しいし!」


「俺にもワンチャンある!」


 その言葉に、湊は今朝の光景を思い出す。


 ——『……あと五分。』


 ——『努力します。』


 ——『ベッドまで行くの、面倒ですし。』


(……。)


 頭の中で、ソファで丸くなって眠るしろの姿が浮かぶ。


(たぶん。)


(優斗が頑張っても。)


(「……そうですか」で終わる気がする。)


 それ以外の答えが見つからなかった。


 ◇


 一方その頃、朝比奈家。


 リビングではカーテンが風に揺れ、柔らかな日差しが床へ落ちていた。


「……ん。」


 ソファの上で、しろがゆっくりと目を開ける。


 ぼんやりと天井を見上げる。


「……今何時?」


 半寝半起きの状態で柱時計へと目を向ける。


「十一時半……」


 思ったより寝てしまった。身体を起こし、大きく伸びをする。


「……よく寝た。」


 ふと、テーブルの上に置いてあったスマートフォンが目に入った。


「……?」


 画面を見る。そこには、


着信 朝比奈 湊 4件


 と表示されていた。


「……。」


 数秒固まる。


「……やば。」


 慌てて履歴を見たが、もう遅かった。全部、一時間目が始まる頃の時間だ。


「何かあった?」


 しろはすぐに湊へ電話を掛けようとした。しかし、指が止まる。


「……授業中か。」


 保護者でもないのに高校の授業中に電話を掛けるわけにはいかない。


「終わるまで待とう……」


 スマホを置き、小さく息を吐いた。


「あとで謝んなきゃ」


 そう呟くと、しろはキッチンへ歩を進めた。


 もう少し夕食の品数を増やそう。帰ってきた湊が喜ぶように。「いつも」より美味しいご飯を作ろう。

第三話お楽しみいただけたでしょうか。ぜひ感想、ブックマーク等お願いします。

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