第二十七話 願い事って、見られたくないよね (後編)
第二十九話です。七夕回、後半戦です。果たして、みんなの願いとは――
「こんばんはー!」
「お邪魔します!」
元気よく玄関へ入ってきた二人を、しろは丁寧に一礼して迎えた。
「いらっしゃいませ、白峰さま、ひまりさま」
その柔らかな笑顔を見た瞬間――
「……」
優斗が固まった。
「優斗?」
湊が不思議そうに声を掛ける。
「……やっぱり」
「しろさん、今日も綺麗だ……」
「また始まった」
湊は呆れたようにため息をつく。優斗がしろに一目惚れしていることは、もはやクラスどころか当人たちの間でも周知の事実だった。隠す気もなければ、隠せてもいない。
「白峰さま」
しろは困ったように小さく笑う。
「そのようなお言葉をいただくほどではありません」
「いや、あります!」
「即答か」
「だって本当なんだから!」
「はいはい」
湊が優斗の肩を軽く押す。
「とりあえず上がったら?」
「あ、ごめん!」
慌てて靴を脱ぐ優斗。
一方――
「しろさん!」
ひまりは嬉しそうにしろのもとへ駆け寄った。
「お久しぶりです!」
「お久しぶりです、ひまりさま」
「会いたかったですー!」
「私も、お会いできて嬉しいです」
二人は自然に笑い合う。その様子を見た湊は首をかしげた。
(……あれ?)
文化祭の日はそこそこ話していた。でも、こんなに距離が近かっただろうか。
「ひまりさま、その髪飾り、新しくされたのですね」
「えっ、分かります!?」
「はい。 とてもお似合いです」
「やったー! 実は昨日買ったばっかりなんですよ!」
「素敵なお色ですね」
「ありがとうございます!」
……妙に会話が弾んでいる。
「えっと」
湊が思わず口を挟む。
「二人って、こんなに仲良かったっけ?」
「あれ?」
ひまりがきょとんとした顔になる。
「言ってなかった?」
「何を?」
「文化祭のあと、何回か駅で会ったんだよ!」
「え?」
「帰る時間がたまたま一緒でさ」
「そうだったんです」
しろも頷く。
「ひまりさまとは、お話しする機会が何度かございました」
「へぇ……」
初耳だった。
「駅前のパン屋さん教えてもらったり」
「あと、おすすめの紅茶のお店!」
「一緒に雑貨屋さんも見ましたね」
「そうそう!」
ひまりは嬉しそうに笑う。
「しろさん、話しやすいんだもん!」
「ありがとうございます」
「え、そんなことあったの?」
優斗もびっくりのようだ。
「優斗には言うほどでもないかなーって」
「いや、普通にびっくりなんだけど」
と、湊。
「えへへ」
ひまりは少し照れくさそうに笑った。その横で、優斗がぽつりと呟く。
「いいなぁ……」
「何が」
「俺も駅で偶然会いたい」
「会ってどうするんだ」
「話す」
「緊張して話せないだろ」
「……」
優斗は押し黙る。
「図星じゃん」
「だって!」
耳まで赤くしながら抗議する。
「しろさん相手だと緊張するんだよ!」
「さっきあれだけ話してたのに?」
「あれは勢い!」
「勢いだけで生きる男」
ひまりが吹き出す。
「優斗ってほんと面白い!」
「笑い事じゃない!」
「でも、しろさんの前だけ分かりやすすぎるよ」
「うぅ……」
しろはそんな優斗を見て、小さく微笑んだ。
「白峰さま」
「は、はい!」
「どうぞ、お気になさらず」
「……はい!」
余計に緊張していた。その様子に、ひまりも湊も思わず笑ってしまう。
「じゃあ」
湊が気を取り直すように言う。
「庭行こうか」
「おっ、星!」
「楽しみー!」
四人は揃って縁側へ向かう。庭には夜風が吹き始め、昼間の暑さはすっかり和らいでいた。見上げた夜空には、一番星が静かに輝き始めている。今年の七夕は、いつもより少しだけ賑やかな夜になりそうだった。
◇
「わぁ……!」
リビングへ案内されたひまりが、思わず声を上げた。
「すごーい!」
大きなテーブルの中央には、ガラスの器に盛られたそうめん。氷が浮かぶ冷たいつゆ。薬味のねぎやみょうが、刻み海苔、錦糸卵、きゅうり、ハム。さらに天ぷらまで並んでいる。
「ご飯豪華すぎない!?」
「七夕ですので」
しろは少し照れくさそうに微笑んだ。
「皆さまで召し上がれたらと思い、ご用意いたしました」
「いただきます!」
優斗は目を輝かせる。
「しろさんの料理だ!」
「白峰さま」
しろはくすっと笑う。
「まずは手を洗ってからですよ」
「あっ」
優斗はぴたりと止まる。
「……行ってきます」
「いってらっしゃいませ」
「子ども扱いされてるじゃん」
湊が笑うと、
「違う!」
優斗は洗面所へ向かいながら振り返る。
「しろさんが優しいだけ!」
「しろさんの否定はしないんだ」
リビングに笑い声が広がった。
◇
「「「「いただきます」」」」
四人で手を合わせる。そうめんを一口すすったひまりは、ぱっと表情を明るくした。
「おいしい!」
「本当だ」
湊も頷く。つるりとした喉越しに、少し甘めのつゆがよく合っている。揖〇乃糸かな?
「これ、すごく食べやすいです」
「ありがとうございます」
しろはほっとしたように微笑んだ。
「夏は冷たいものが恋しくなりますからね」
「天ぷらもサクサク!」
優斗がえび天を頬張る。
「幸せ……」
「食べるたびに大げさだな」
「だってうまいんだもん!」
すると、ひまりが悪戯っぽく笑った。
「ねぇ優斗」
「ん?」
「今日何回『おいしい』って言うか数えてみよっか」
「え」
「はい今ので三回目!」
「もう数えてたの!?」
「もちろん!」
「そんなぁ!」
ひまりはけらけら笑う。
「ちなみに四回目」
「何も言ってないだろ!」
「顔が言ってた」
「顔!?」
湊まで吹き出した。
「顔で『おいしい』は初めて聞いた」
「二人ともひどい!」
優斗は口を尖らせながらも、結局またそうめんをすすった。
「……」
「ほら」
ひまりが指をさす。
「今五回目」
「だから言ってないって!」
「でも幸せそう」
「それは否定できない」
その返事に、一同が笑う。しろも口元を押さえながら、小さく肩を震わせていた。
「しろさんまで……」
「も、申し訳ありません」
そう言いながらも、笑顔は隠せていない。食卓には終始笑い声が絶えなかった。
学校での出来事。文化祭の思い出。YouTubeでしか見ないレベルのテストの珍回答。優斗が世界史で年号を全部混ぜた話に、ひまりが声を上げて笑う。
「『一五四三年、関ヶ原の戦い!』って何それ!」
「テンパってたんだよ!」
「四百年以上ずれてるよ!」
「っ……!」
湊まで笑いをこらえきれない。
「そんな答案書いたのか?」
「……途中で気付いて直した!」
「危なかったねぇ」
笑い疲れるほど笑った頃には、器のそうめんはすっかりなくなっていた。
「ごちそうさまでした!」
ひまりが満足そうに手を合わせる。
「本当においしかったです!」
「ありがとうございます」
しろは嬉しそうに頭を下げた。そのとき、優斗がふと窓の外を見た。
「あ」
「どうした?」
「暗くなってきた」
四人そろって外へ目を向ける。さっきまで青かった空は、ゆっくりと群青色へ変わり始めている。西の空に残る夕焼けも、あと少しで夜へ溶けていきそうだった。
「そろそろ見えるかな」
ひまりがわくわくした様子で立ち上がる。
「星!」
「行こう行こう!」
優斗も勢いよく席を立つ。しろは微笑みながら、小さな七夕飾りを手に取った。
「では、その前に」
三人が振り返る。
「せっかくですので、短冊も一緒に飾りましょう」
「そうだった!」
ひまりが嬉しそうに笑う。七夕の夜は、まだ始まったばかりだった。
◇
庭へ出ると、昼間の熱気はすっかり引いていた。さらりと吹く夜風が庭の木々を揺らし、縁側へ置いた小さな七夕飾りから短冊がかすかな音を立てる。
「涼しー!」
ひまりが大きく伸びをした。
「昼と全然違うね!」
「夏の夜って感じだな」
湊も空を見上げる。雲はほとんどなく、紺色の空にはぽつりぽつりと星が浮かび始めていた。
「スマホ、スマホ……」
優斗が星座アプリを起動する。
「こういうとき文明の利器って最高」
「夢があるような、ないような」
湊が苦笑する。
「ほら!」
ひまりが画面を覗き込んだ。
「夏の大三角だって!」
「どれ?」
「これがベガ!」
「織姫様ですね」
しろが夜空を見上げながら静かに言う。
「そして、あちらがアルタイル。 彦星様です」
「おぉ!」
優斗が感心したように声を上げた。
「しろさん詳しい!」
「昔、少しだけ教わりました」
「へぇ……」
ひまりは目を輝かせる。
「じゃあ、あの明るい星が織姫なんだ!」
「一年ぶりの再会か」
湊がぽつりと呟く。
「なんか、ちゃんと会えたと思うと安心するね」
「ロマンチックだねぇ」
ひまりがにやりと笑う。
「湊、そういうこと言えるんだ」
「いや、別に深い意味は……」
「照れてる!」
「照れてない」
「顔赤いよ?」
「よっ、夜なのにわかるわけないだろ」
そのやり取りに、優斗が吹き出した。
「ひまりの勝ち!」
「やった!」
得意げにガッツポーズをするひまり。しろもくすりと笑い、穏やかに四人の様子を見つめていた。
◇
「そうだ!」
ひまりが手を叩く。
「せっかくだから願い事発表しようよ!」
「えぇ?」
優斗が嫌そうな声を上げる。
「なんで?」
「七夕だから!」
「そういうもん?」
「そういうもん!」
勢いに押され、結局全員参加になった。
「じゃあ私から!」
ひまりは短冊を胸の前で持ちながら笑う。
「『みんなでいっぱい笑えますように!』」
「ひまりらしいな」
湊が笑う。
「えへへ」
「でも、もう結構叶ってる気がする!」
「確かに」
優斗も頷いた。
「今日だけでもめっちゃ笑ったし」
「でしょ?」
ひまりは満足そうに笑った。
「次、優斗!」
「えぇ……」
優斗は耳をかきながら短冊を掲げる。
「……笑うなよ?」
「内容次第」
「フラグ立てんなよ!」
「早く早く!」
観念したようにため息をつき、
「……『彼女ができますように』」
一瞬の静寂。そして。
「まあ、知ってた」
湊とひまりの声がぴったり重なった。
「なんでだよ!」
「だって優斗だもん」
「むしろそれ以外ある?」
「ひどくない!?」
優斗は頭を抱える。
「一応真剣なんだけど!」
「うん、応援してる」
ひまりは満面の笑みで親指を立てた。
「その笑顔が一番信用できない!」
庭に笑い声が響く。
「じゃあ湊」
ひまりが次を促す。
湊は少し照れながら短冊を見る。
「俺は……」
一呼吸置いて、口を開いた。
「『みんなで楽しい夏休みを過ごせますように』かな」
その言葉に、ひまりがふっと笑う。
「湊らしい。」
「うん。」
優斗も頷く。
「なんかさ、自分のことじゃないんだよな。」
「そういう性格だし。」
少し照れくさくなり、湊は頭をかいた。
「……じゃあ最後は~?」
ひまりがしろを見る。
「しろさん!」
三人の視線が集まる。しろは自分の短冊をそっと胸に抱いた。
「申し訳ありません」
柔らかく微笑む。
「秘密です」
「えー!」
ひまりが頬を膨らませる。
「ちょっとだけ!」
「一文字だけでも!」
優斗まで乗っかる。しろは小さく首を横に振った。
「願い事は、人に話すと叶わなくなってしまう気がするのです」
「そんなジンクスあるの?」
湊が笑う。
「……はい」
しろも少しだけ笑った。
「ですから、ご主人にも内緒です」
「そっか」
湊はそれ以上聞かなかった。秘密なら、秘密のままでいい。願い事とは、そういうものなのかもしれない。
◇
夜風が笹を揺らす。短冊がさらさらと音を立て、四人はしばらく黙って夜空を見上げていた。織姫と彦星を結ぶように、夏の大三角が静かに輝いている。
「そろそろ帰るか」
優斗が名残惜しそうに立ち上がる。
「またみんなで集まろうね!」
ひまりも笑顔で頷いた。
「はい。 またいつでも来てくださいね」
しろが丁寧に頭を下げる。玄関先まで二人を見送り、夜の静けさが屋敷へ戻ってくる。湊はもう一度だけ庭の笹を見上げた。
「……願い事、叶うといいですね」
「はい」
しろは穏やかに微笑む。
「そう信じることが、大切なのだと思います」
湊はその言葉に頷くと、「じゃあしろさん、おやすみなさい」と言って家の中へ入っていった。庭には、しろだけが残る。さらり、と風が吹く。笹の葉が揺れ、小さな短冊が月明かりに照らされた。しろは自分の短冊をそっと撫でる。誰にも見られないよう小さな微笑みを浮かべると、そのまま家の中へ戻っていった。
庭には、静かな夜だけが残る。風に揺れた一枚の短冊が、ふとこちらへ向きを変える。そこに書かれていた願いは――
『来年も、その次の年も、ご主人と一緒に七夕を迎えられますように』
優しく整った文字は、月明かりに照らされて静かに揺れていた。その願いを知っているのは、夜空の星だけだった。
二十七話でした。七夕回、いかがだったでしょうか。作者は書きながら「あぁ、そうめん食べたいな」としか考えてませんでした。夏になると、そうめんって急に存在感だしてきますよね。お昼ご飯の救世主ですね。今回の裏主人公は、間違いなく優斗でした。願い事を発表するだけなのに、あんなにいじられる人なかなかいません。でも彼なら大丈夫です。次の日にはケロッとしてます。そういう強さがあります。そして最後。しろだけ願い事を秘密にしました。湊は知りません。優斗も知りません。ひまりも知りません。知ってしまったのは、このあとがきを読んでいる皆さんだけです。こういう「本人には伝わっていない想い」が、この作品では少しずつ積み重なっていけばいいなと思っています。……とはいえ、ずっと秘密のままでも困るので、そのうち湊にも頑張って気付いてもらいましょう。気付くまで何話かかるかは作者にも分かりませんが。次回からは、本格的に夏休みへ向かって物語が進んでいきます。蝉が鳴いて、アイスが溶けて、宿題から目を逸らす季節です。皆さんも熱中症には気を付けてくださいね。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第二十八話お楽しみに。




