第二十六話 願い事って、見られたくないよね (前編)
第二十六話です。七夕当日を迎えた湊たちは、それなりに七夕を満喫しようとしていた(もう高校二年生なのにね)。今回は七夕を二話に分けて書いてます、歯切れが悪くなるため二十七話は二十六話と同時投稿にしています。作者よく頑張った。
七月七日。朝から雲一つない青空が広がっていた。登校中の蝉の鳴き声は日に日に大きくなり、アスファルトから立ち上る熱気が夏の訪れを知らせている。
「暑い……」
駅から学校までの坂道を歩いてきていた優斗が湊と合流した瞬間、ぐったりと肩を落とした。
「まだ朝なのにこの暑さかよ」
「今日は三十度超えるらしいよ」
ひまりが日傘をくるりと回しながら笑う。
「七夕ってもっと涼しいイメージあったんだけどなぁ」
「昔より暑くなったんじゃない?」
湊が答えると、優斗は空を見上げた。
「織姫と彦星も暑いだろうな」
「そこ心配する?」
「だって一年ぶりに会うんだぞ? 汗だくだったら嫌じゃん」
「ロマンが台無し」
ひまりが吹き出す。三人は笑いながら昇降口へ入った。すると、昨日よりもずっと華やかになった笹が目に飛び込んでくる。
「おぉ……」
優斗が思わず声を漏らした。色とりどりの短冊。折り紙で作られた星や輪飾り。風が吹くたび、笹の葉と一緒にさらさらと揺れている。
「昨日より増えてる!」
ひまりは笹へ駆け寄る。
「一年生も書いたんだ!」
「結構あるな」
湊も近づいて眺める。願い事はさまざまだ。
**『家族みんなが健康で過ごせますように』**
**『第一志望に合格できますように』**
**『野球部でレギュラーになれますように』**
真面目なものもあれば、
**『毎日プリンが食べられますように』**
**『身長あと十センチください』**
思わず笑ってしまうような願い事もある。
「これ絶対一年生だろ」
優斗が指差した先には、
**『夏休みの宿題がなくなりますように』**
「その気持ちは分かる」
湊が苦笑する。
「でも神様も困るよね」
ひまりが笑う。
「先生が頑張って作った宿題だもん」
「頑張らなくていいのになぁ」
「優斗」
「なに」
「その発言、先生の前で言ってみ?」
「命が惜しいので遠慮します」
即答だった。そのやり取りを聞いていた近くの女子たちがくすくすと笑う。
「優斗くんって面白いよね」
「リアクション大きいもん」
「聞こえてるぞー!」
教室へ入っても、話題はやはり七夕だった。朝から「願い叶うかな」「短冊どこにある?」という声が飛び交い、普段よりも少しだけ浮き立った空気が流れている。
「ねぇねぇ!」
ひまりが机を寄せてきた。
「今日の夜、天気いいらしいよ!」
「そうなの?」
「ニュースで言ってた!」
「じゃあ星見えるかな」
「見えるといいね!」
ひまりは嬉しそうに笑った。
「織姫と彦星、ちゃんと会えそう!」
「天気だけは完璧だな」
「優斗、ロマンチックなこと言った!」
「違う違う」
優斗は照れ隠しのように手を振る。
「ただ雨降ったらかわいそうだなって」
「優しいじゃん」
「まあな」
得意げに鼻を鳴らす。
「だから今日は俺もいいことする」
「例えば?」
「購買でパンを買い占めない」
「スケール小さいわりにやってること悪質だね」
ひまりが声を上げて笑う。
「でも優斗らしい!」
教室中に笑い声が広がる。そんな賑やかな空気の中、担任が教室へ入ってきた。
「おーい、席着けー」
生徒たちが慌てて自分の席へ戻る。担任は教卓へ立つと、教室を見回して微笑んだ。
「今日は七夕だからな」
一拍置いて続ける。
「ホームルームが終わったら、学級写真を撮るぞ。 せっかく笹も飾ってあるし、七夕の記念ってこと
で」
「えー!」
「写真!?」
「寝ぐせ直してくればよかった!」
教室が一気にざわめく。ひまりは笑いながら髪を整え始め、優斗は慌てて前髪をいじっていた。そんな二人を見ながら、湊は思わず笑みを浮かべる。七夕なんて、小さい頃以来特別な日だとは思っていなかった。けれど、友達と笑い合って迎える七月七日は、思っていたよりもずっと楽しい一日になりそうだった。
◇
授業は、どこか落ち着かないまま過ぎていった。休み時間になるたびに誰かが笹を見に行き、昼休みには「願い事見せて!」と追いかけっこが始まる。もちろん、ほとんどの短冊は本人に隠されてしまうのだが。
「優斗、見せろって」
「あーちょっと、ダメダメダメ!」
「絶対彼女のこと書いてる!」
「違う!」
「じゃあ見せて」
「それは嫌!」
「ほら図星じゃん」
ひまりは声を上げて笑う。
「もう優斗って分かりやすすぎ!」
「違うんだって!」
「じゃあ何書いたの?」
「……」
「ほら」
「……秘密」
「かわいー」
「バカにしたな!?」
教室中が笑いに包まれる。そんな騒がしい一日も、終礼のチャイムとともに終わりを迎えた。
◇
「よーし、二年三組! 廊下に集合!」
担任の声で、生徒たちは笹の前へ集まる。飾り付けは朝よりもさらに増え、笹は色鮮やかな短冊でいっぱいになっていた。
「前の人しゃがめー」
「後ろもう少し詰めて」
「優斗、遊ぶな」
「先生、変顔ダメ?」
「ダメ」
笑いが起こる。
「おっ九条、その笑顔いいね」
「えへへ」
「朝比奈、もう少しこっち」
「はい」
優斗がそっと湊の肩へ腕を回そうとする。
「近い」
「友情だよ」
「暑い」
「冷たい!」
その様子を見たひまりが吹き出した。
「もう二人とも!」
「はい、笑ってー!」
パシャッ。
一枚。
「念のためもう一枚!」
パシャッ。
シャッター音とともに、七夕の一日が写真の中へ閉じ込められた。
「はい、オッケー!」
担任が手を振る。
「写真は文化祭のときのと一緒に掲示するからな」
「やったー!」
生徒たちは口々に話しながら散っていく。優斗は写真を撮り終えた途端、大きく伸びをした。
「終わった終わった」
「写真だけで疲れたの?」
ひまりが笑う。
「笑顔って体力使うんだぞ」
「どんな理屈よ」
三人は昇降口へ向かって歩き出した。外へ出ると、まだ夕方だというのに空は明るい。入道雲がゆっくりと流れ、夏らしい青空が広がっている。
「天気予報あたったね」
ひまりが空を見上げる。
「ほんと」
湊もつられて空を見る。
「これなら星も見えるかも」
「そういえば!」
ひまりが立ち止まった。
「今日、天体観測しない?」
「天体観測?」
「うん!」
目を輝かせながら続ける。
「七夕だし! せっかく晴れてるし!」
「いいじゃん!」
優斗も乗り気になる。
「織姫と彦星探そうぜ!」
「探すって言っても、どれか分かる?」
「……」
優斗が黙る。
「湊!」
「俺に振るな」
「ひまり!」
「私も知らない!」
三人で顔を見合わせる。数秒後。
「まあ、スマホで調べればいっか!」
ひまりが笑った。
「便利な時代」
「で、どこで見る?」
優斗が辺りを見回す。
「公園?」
「街灯あるしなぁ」
「河川敷?」
「人多そう」
しばらく考え込んでいた湊が、ふと思い付いたように口を開いた。
「……だったら」
「ん?」
「うち、来る?」
二人が同時に湊を見る。
「庭、広いし」
「あっ、そうじゃん!」
ひまりが手を叩く。
「湊の家、お屋敷だった!」
「お屋敷って言うなよ」
「いや、お屋敷でしょ」
優斗もうんうんと頷く。
「庭も広いし、周りも静かだし」
「星見るにはぴったりじゃん!」
ひまりはすっかりその気になっていた。
「……もし、しろさんが大丈夫ならだけど」
湊がくぎを刺す。
「いや、しろさんも誘おうよ!」
ひまりがにこっと笑う。
「せっかくの七夕なんだから、みんなで見た方が絶対楽しい!」
その言葉に、湊も自然と笑みを浮かべた。
「じゃあ、一回聞いてみるよ」
夕暮れの空には、少しずつ薄紫色が混じり始めていた。今年の七夕は、まだ終わらない。学校から家へ。楽しい一日は、もう少しだけ続きそうだった。
◇
「じゃあ、またあとでな!」
駅前で優斗とひまりと別れると、湊は少し早足で家路についた。夏の夕暮れはまだ明るく、西の空がゆっくりと茜色へ変わり始めている。
(しろさん、驚くだろうな。)
急に友達を家へ呼ぶことになった。もちろん、断られても構わない。けれど、きっとしろなら「ぜひどうぞ」と笑って迎えてくれる気もしていた。玄関の前で一つ深呼吸をしてから、扉を開ける。
「ただいま帰りました」
すると、すぐに聞き慣れた足音が近づいてきた。
「おかえりなさいませ、ご主人」
しろはいつものように穏やかに一礼する。
「今日は七夕ですね」
「はい」
湊も笑って頷いた。
「学校でも七夕の飾り付けをしてきました」
「そうでしたか」
「写真も撮りましたよ」
「きっと素敵な写真でしょうね」
「……優斗が変な顔してなければ」
その一言に、しろは小さく笑う。
「白峰さまらしいですね」
「先生に止められてました」
「ふふっ」
穏やかな笑い声が玄関に響く。そういえば、と靴を脱ぎながら湊は本題を切り出した。
「あの、しろさん」
「はい」
「一つお願いがあるんですけど……」
しろは首をかしげる。
「なんでしょう」
「今日の夜、うちで天体観測をしようって話になってて」
「天体観測、ですか?」
「はい。 学校で七夕の話をしてたら、その流れで」
しろは静かに耳を傾けている。
「それで……優斗とひまりが、うちなら庭も広いし星が見やすいんじゃないかって」
「なるほど」
「急なんですけど、二人を呼んでも大丈夫でしょうか」
少しだけ間が空いた。しろは困る様子もなく、ふわりと微笑む。
「もちろんです」
その返事に、湊はほっと息をつく。
「本当ですか」
「はい」
しろは優しく頷いた。
「ご主人のお友達が来てくださるのは、とても嬉しいことです」
「ありがとうございます」
「では、お客様をお迎えする準備をいたしましょう」
そう言うと、しろはすぐにリビングの方へ向かおうとする。
「あ、そんなに気を遣わなくても」
「いえ」
しろは振り返り、少しだけ誇らしげな笑みを浮かべた。
「ご主人にはもちろん、ご主人のお客様にも真摯に対応するのがメイドの務めです」
その一言が、どこか嬉しかった。
◇
二人で庭の様子を見に出る。広い芝生は昼間の熱を少し残していたが、風は心地よく涼しくなり始めていた。
「今日は本当に晴れてますね」
しろが空を見上げる。まだ星は見えないが、雲はほとんどない。
「これなら見えそうですね」
「はい」
湊も空を見上げる。
「そういえば」
しろが思い出したように言う。
「昨日作った短冊は、あとで飾りましょうか」
「あ、そうですね」
二人で作った小さな七夕飾りは、リビングに大事に置いてある。
「みんなで飾った方が楽しそうです」
「ええ」
しろも嬉しそうに頷いた。そのときだった。
――ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「来たかな」
「お迎えいたします」
「いや、一緒に行きましょう」
二人は並んで玄関へ向かう。扉を開けると、
「こんばんはー!」
「お邪魔しまーす!」
元気いっぱいの優斗と、笑顔のひまりが立っていた。七夕の夜は、ここからまた新しい賑やかさを迎えようとしていた。
二十六話でした。七夕当日です。今回はついに湊の家へ優斗とひまりが遊びに来ました。作者的に一番笑ったのは、優斗です。「しろさん今日も綺麗だ……。」もう病気です。いや、一目惚れってそういうものなのかもしれませんけど。あと、新設定としてひまりとしろが文化祭以降ちょくちょく会っていたことになりました。「そんな大事なこと湊知らなかったの?」と思った方。安心してください。湊はそういうやつです。本人の知らないところで人間関係が育ってるタイプです。さて、後半はいよいよ夜。そうめん食べて、星を見て、願い事をします。夏が始まります。感想、ブックマーク等お待ちしております。このまま第二十七話へ、どうぞ。




