第二十五話 願い事って、「欲望」をきれいに言い換えただけじゃない?
第二十五話です。七月といえば、あのイベントですよね。そうです、七夕。今年は少し豪勢な七夕になりそうな予感? 七夕のお話、しばらく続きます。
七月に入ると、校内の景色も少しずつ変わり始めた。朝、昇降口へ入った湊は、ふと足を止める。
「……あれ」
廊下の隅に、大きな笹が立てかけられていた。まだ飾りは何も付いていない。青々とした葉だけが、窓から吹き込む風にさらさらと揺れている。
「お、見つけたか」
後ろから優斗が声を掛けてきた。
「先生たちが朝運んできてたぞ」
「あ、もう七夕か」
「一年って早いよなぁ」
二人が笹を眺めていると、
「おはよー!」
元気な声とともに、ひまりが駆け寄ってきた。
「えっ!? 笹じゃん!」
「先生たちが運んだらしいよ」
「かわいいよねー! 絶対飾り付けするやつじゃん!」
ひまりは目を輝かせながら笹の周りを一周する。
「短冊も書くのかな?」
「たぶんそうじゃない?」
湊が答えると、
「よーし!」
ひまりは拳を握った。
「今年こそ願い事叶えてもらう!」
「去年は?」
「叶わなかった!」
「神様忙しかったんだよ、きっと!」
「都合いいなぁ」
そんな話をしながら教室へ向かう。教室でも、話題はすでに七夕一色だった。
「短冊何書く?」
「『テストで百点』かな」
「もう終わったじゃん」
「来年用」
「ああ、予約ね」
あちこちから笑い声が聞こえてくる席へ着いた湊は窓の外を眺めた。空は今日も快晴。こうも快晴が続くのも珍しい気がした。
「ねえ湊」
ひまりが机を寄せてきた。
「願い事決まってる?」
「いや、まだ」
「えー、考えときなよ!」
「ひまりは?」
「もちろん!」
自信満々に胸を張る。
「秘密!」
「秘密なのかよ」
「当日までのお楽しみ!」
ひまりは悪戯っぽく笑った。そこへ優斗も加わる。
「俺は決まってるぞ。 聞きたい?」
「いや、なんとなく分かる」
「え?」
「『モテますように』とかだろ」
「……」
優斗が固まる。
「なんで分かった!?」
「図星じゃん」
ひまりが大笑いする。
「やっぱ優斗最高!」
「違う違う!」
「違うの?」
「『今年こそ彼女ができますように』!」
「ほぼ一緒だ」
教室中から笑い声が上がった。
「いや、ニュアンスが違うんだって!」
「どこが?」
「えっと……」
優斗は必死に考える。
「……」
「……」
「……今考えてる時点で違わなくない?」
「うるさい!」
また笑いが起こる。そんな賑やかな教室へ、担任が入ってきた。
「はい、おはよう」
教卓へ荷物を置きながら、教室を見回す。
「もう見たやつもいると思うけど、今年も七夕飾りをやる。」
その一言で、教室がさらにざわめいた。
「短冊は今日の帰りに配るからな」
「やったー!」
ひまりが嬉しそうに手を叩く。
「願い事は何でもいい。 ただし、公序良俗に反するものと、『テストの点数を上げてください』みたいな努力でどうにかなる願いは禁止」
「えー!」
「先生、それ厳しい!」
「神様に頼る前に勉強しろ」
教室に笑いが広がる。湊もつられて笑った。短冊に願いを書くなんて、小学生以来かもしれない。
(何書こう)
そんなことを考えながら、湊は窓の外で風に揺れる笹を見つめた。七夕まで、あと少し。
◇
ホームルームが終わると、担任は教卓の上に色とりどりの短冊を置いた。
「ほら、一人一枚ずつ取ってけ」
赤、青、黄、緑、紫。教室の前へ集まった生徒たちは、「何色にしようかな」と楽しそうに話しながら短冊を選んでいく。
「俺、青!」
優斗が真っ先に手を伸ばす。
「理由は?」
湊が聞くと、
「なんとなく!」
「絶対考えてないだろ」
「うん!」
ひまりが笑いながら黄色い短冊を手に取る。
「じゃあ私は黄色!」
「そっちは理由あるの?」
「あるよ!」
「へぇ」
「明るい色だから!」
「……それもなんとなくじゃん」
「違う違う!」
ひまりは頬を膨らませる。
「黄色って元気出るじゃん!」
「まあ、それは分かる」
「でしょ?」
満足そうに頷くひまりを見て、湊も苦笑した。結局、自分は緑色の短冊を選ぶ。
「お、湊は緑か」
「落ち着いてる色がいいかなって」
「らしいわ~」
優斗は妙に納得したように頷いた。
「じゃあ書いてけ」
担任の一声で、教室中が一斉に机へ向かう。さらさらとペンが走る音。周りを覗こうとする生徒。必死に隠す生徒。教室中が、いつもとは違う賑やかさに包まれていた。
「なぁ湊」
優斗が肘でつついてくる。
「何書く?」
「まだ決めてない」
「見せろよ」
「まだ書いてないってば」
「じゃあ一緒に考えようぜ」
「なんで」
「暇だから」
「早く書けよ」
優斗は「へへっ」と笑ってペンを回す。だが、一向に書く様子はない。
「優斗」
ひまりが呆れたように声を掛ける。
「さっき決まってるって言ってなかった?」
「決まってるよ」
「じゃあ書けば?」
「……なんか恥ずかしい」
「子どもか」
「いや、願い事って人に見られると急に恥ずかしくなるじゃん!」
「それはちょっと同感」
ひまりも苦笑する。確かに、普段は何とも思わない願い事でも、文字にして人に見られるとなると話は別だった。教室の後ろでは、
「『ゲームがうまくなりますように』って書いた!」
「お前、それ神様に頼むことか?」
なんて声が聞こえてくる。前の方では、
「『宝くじ当たりますように』って高校生が書くなよ!」
「夢くらい見させろ!」
あちこちで笑いが起きていた。そんな中、ひまりが短冊を両手で隠す。
「はい、見ちゃダメ!」
「見てないって」
「絶対見ようとした!」
「してない」
「怪しい!」
疑いの目を向けられ、湊は肩をすくめた。
「じゃあ、ひまりも人の見ちゃダメだからな」
「え」
「さっき優斗の覗いてたじゃん」
「あっ」
「見てたんだ」
「……ごめん」
素直に謝るひまりを見て、優斗が吹き出した。
「ひまり、自分はいいと思ってたのか!」
「ちょっとだけ!」
「ダメだろ」
「反省してます!」
そう言いながら笑っているので、あまり反省しているようには見えない。湊もつられて笑ってしまった。その時だった。
「そういえば」
担任が何かを思い出したように口を開く。
「短冊を書いたら、放課後にみんなで笹へ飾るからな」
「おー!」
教室から歓声が上がる。
「ちゃんと結べるようにしておけよ。 落ちたら願いも落ちる……かもしれん」
「先生、それ適当でしょ!」
「こういうのは雰囲気が大事なんだ」
「それっぽいこと言ってる!」
また笑いが広がる。七夕まで、あと数日。教室には少しずつ、夏のお祭り前のような、どこか浮き立つ空気が流れ始めていた。
◇
放課後。ホームルームが終わると、生徒たちは思い思いに短冊を手に、廊下へ運ばれた大きな笹の前へ集まっていた。
「よし、結べた!」
優斗が得意げに両手を払う。
「なんでそんな達成感出してるんだよ」
「願いを託したからな」
「その言い方かっこいいけど、中身は彼女のことだろ?」
「……」
「もういいって」
ひまりが吹き出した。
「優斗ってほんと分かりやすい!」
「いいんだよ! 願い事なんだから!」
「まあ、それはそうか」
色とりどりの短冊が風に揺れる。誰かの「部活で勝てますように」。誰かの「志望校に合格できますように」。そして、誰かの少し笑ってしまうような願い事。眺めているだけでも、それぞれの個性が伝わってきた。
「湊」
ひまりが隣に並ぶ。
「願い事、ちゃんと書けた?」
「うん」
「叶うといいね」
「ひまりもね」
「うん!」
そう言って笑う横顔は、夏の日差しにも負けないくらい明るかった。
◇
「ただいま帰りました」
玄関の扉を開けると、いつものように軽やかな足音が聞こえてくる。
「おかえりなさいませ、ご主人」
しろが穏やかに一礼した。
「今日もお疲れさまでした」
「ありがとうございます」
リビングへ入ると、冷房の涼しい空気に思わず肩の力が抜ける。
「今日は学校で何かございましたか?」
しろが冷たい麦茶を差し出しながら尋ねる。
「七夕の準備が始まりました」
「七夕、ですか」
「はい。 学校に大きな笹が飾られて、みんなで短冊を書いたんです」
「まあ」
しろは少し驚いたように目を丸くする。
「短冊を書かれたのですね」
「放課後に笹へ飾ってきました」
「素敵ですね」
どこか懐かしむように、しろは小さく微笑んだ。
「皆さまは、どのようなお願いを?」
「優斗は……まあ、優斗らしい願いでした」
「白峰さまらしい、とは?」
「秘密です」
「ふふっ」
しろは口元に手を添えて笑う。
「ひまりは?」
「それも秘密らしいです」
「そうなのですね」
麦茶を一口飲みながら、湊はふと窓の外へ目を向けた。夕暮れの空を、風が静かに流れていく。
「……そうだ」
思いついたように顔を上げる。
「しろさん」
「はい」
「うちでもやりませんか?」
「……え?」
「七夕」
湊は少し照れくさそうに笑った。
「学校でやってたら、なんだか家でもやりたくなっちゃって」
しろは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべる。それから、柔らかく目を細めた。
「とても素敵だと思います」
「本当ですか?」
「はい」
迷いなく頷く。
「ご主人と一緒に季節の行事を楽しめるのは、とても嬉しいです」
その言葉に、湊も自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ、明日あたり笹を探しに行きましょうか」
「笹……ですか」
「売ってるか分からないですけど」
「見つからなければ、小さなものでも十分ですよ」
「そうですね」
しろは嬉しそうに頷く。
「短冊もご用意いたしましょう」
「折り紙なら家にありましたよね」
「はい。 様々な色が」
「じゃあ、それを切って作りましょう」
「承知しました」
二人で顔を見合わせる。学校だけでは終わらない七夕。今年は家でも、願い事を書いてみよう。そんな小さな約束が、一つ増えた。窓の外では、夏の夕風が木々を揺らしていた。七夕まで、あと少し。
その日が、少しだけ楽しみになった。
第二十五話でした。気付けばこの作品、文化祭やテストを駆け抜けて、とうとう七夕です。季節イベントっていいですよね。書いてる側としては「あ、もう七月か」ってなります。時間って怖い。今回は短冊を書く回でした。人の願い事って、その人の性格が出ますよね。優斗は案の定でした。もはや書く前からバレてました。本人だけ「なんで分かった!?」って驚いてましたけど、お前はそういうやつです。そして今回、一番意外だったのはひまり。作者の中では「元気担当」くらいのイメージだったんですが、書けば書くほどツッコミ役としても優秀になってきました。優斗一人いるだけで、自然とツッコミが育つみたいです。生態系ですね。次回はいよいよ七夕当日。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第二十六話もお楽しみに。




