第二十三話 お勉強しましょ
第二十三話です。梅雨明けから数日。季節はすっかり夏へと移り変わり、テスト本番も近づいてくる。そんな三人のテスト勉強のお話。
梅雨が明けて数日。青嶺高校にも、すっかり夏の空気が流れ始めていた。朝から蝉の鳴き声が校庭に響き、教室の窓はすべて開け放たれている。時折吹き込む風は生ぬるいものの、じめじめとした梅雨の頃よりは幾分過ごしやすかった。
ホームルーム。
「えー、それじゃあ連絡事項な」
担任が出席簿を閉じると、教室をぐるりと見回した。
「週明けから期末テストだ」
一瞬、教室が静まり返る。そして次の瞬間――。
「ひゃぁぁぁ……」
「あー、終わった」
「まだ始まってないって」
あちこちから悲鳴が上がった。湊も思わず苦笑する。毎回のこととはいえ、この反応だけは変わらない。
「範囲表はもう配ってあるからな。 計画的に勉強しろよ」
「先生ぇ……」
誰かが情けない声を上げる。
「泣き言を言っても範囲は減らん」
教室が笑いに包まれた。その笑いが落ち着いた頃、優斗がゆっくりと湊の方へ顔を向ける。
「……湊」
「なに」
「助けて」
「嫌だ」
「即答!?」
「まだ何も聞いてないけど、勉強教えてって話だろ」
「なんで分かった!?」
「顔に書いてある」
優斗は机に突っ伏した。
「だって数学分かんねぇし、英語も分かんねぇし、古文なんて日本語なのに読めねぇし……」
「それ、ほとんど全部じゃん」
隣で聞いていたひまりが吹き出す。
「優斗、授業ちゃんと聞いてた?」
「聞いてた!」
「寝てたでしょ」
「……少し」
「正直だね」
「でも聞いてたんだって!」
「寝ながら?」
「……」
「図星か」
教室中からくすくすと笑い声が漏れる。優斗は観念したようにため息をついた。
「なあ湊、本気で頼む。 今回は本気なんだ」
「毎回本気って言ってるよね」
「でも今回はいつもの二倍本気!」
「信用できないな~」
「頼むって!」
両手を合わせて頭を下げる優斗に、湊は呆れたように息を吐いた。
「……今日の放課後ならいいよ」
「ほんとか!?」
「ただし、三時間だけ」
「十分!」
「あとゲーム禁止」
「持っていかない!」
「スマホも最低限」
「……それは」
「やっぱり没収で」
「厳しい!」
また教室が笑いに包まれる。すると、ひまりが机に肘をつきながら口を開いた。
「じゃあ、私も混ざろうかな」
「ひまりも?」
「うん。一人でやるより、みんなで勉強した方が集中できそうだし」
「確かに」
湊は頷く。優斗はというと、
「よし! 三人なら百人力!」
「いや、勉強する人数が増えるだけだから」
「気持ちの問題!」
そう言って拳を握る。
……本当に大丈夫だろうか。
そんな不安を抱きつつも、湊はどこか楽しみでもあった。友達と机を囲んで勉強する。それもまた、高校生活らしい時間なのかもしれない。窓の外では、真夏を思わせる青空がどこまでも広がっていた。来週はいよいよ期末テスト。夏休みまで、あと少しだった。
◇
放課後。終礼が終わると同時に、教室は帰宅する生徒たちで賑わい始める。
「じゃ、図書室行くか」
湊が鞄から教科書を取り出しながら言う。
「おう!」
「私はノート持ってくるね」
ひまりが自分の席へ戻っていく。数分後。三人は校舎三階にある図書室へやって来ていた。なかなかに大きく、冷房の効いた室内は静かで、ページをめくる音だけが小さく響いている。
「ここなら集中できそうだな」
「寝れそう」
「寝るな」
「冗談だって」
優斗は笑いながら席へ座った。向かいには湊、隣にはひまり。三人で机を囲む。
「じゃあ、まず何からやる?」
湊が範囲表を広げる。
「数学」
優斗は即答だった。
「そこだけは迷わないんだな」
「だって一番やばいし」
「どれくらい?」
「公式がもう分からん」
「そこから?」
「うん」
湊は思わず額に手を当てた。
「ひとまず、この一次関数からだな」
「……」
「聞いてる?」
「聞いてる」
「じゃあ、傾きって何?」
「……坂?」
「間違ってはない」
「正解?」
「半分くらい」
ひまりがくすくす笑う。
「優斗らしい答え」
「だろ?」
「褒めてないよ」
優斗は首をかしげた。
「じゃあ、ちゃんと説明するな」
湊はノートへ直線を書きながら、一つずつ説明していく。
「ここがこうなるから、傾きはこの数字になる」
「ほうほう」
「で、この式に代入すると……」
「あっ」
「分かった?」
「なんとなく!」
「なんとなくじゃ困る」
「七割くらい!」
「あと三割は?」
そんなやり取りを繰り返しているうちに、優斗も少しずつ問題を解けるようになっていく。
「おっ」
優斗が目を丸くした。
「解けた!」
「本当だ」
湊が答案を見る。計算も答えも合っていた。
「やるじゃん」
「やればできる男だからな!」
「やるまでが長いけど」
「そこは言わないお約束だろ」
ひまりが笑いながら自分の問題集を閉じる。
「じゃあ次、英語やろうかな」
「ひまり、分かんないところある?」
「この長文」
問題集を湊へ向ける。
「ここの訳がいまいちで」
「ここは『because』があるから――」
説明を始めると、ひまりは何度も頷きながらメモを取っていく。
「なるほど」
「分かった?」
「うん、すっきりした。 さすがは湊先生」
優斗が茶化すように言う。
「先生じゃないって」
「でも教えるの上手いよな」
「そうそう」
ひまりも頷く。
「授業より分かりやすい」
「それ先生に聞かれたら怒られるぞ」
三人は声を抑えながら笑った。気付けば、二時間半近く経っていた。
「……あれ」
優斗が時計を見る。
「もうこんな時間?」
「集中してたからな」
「意外とあっという間だった」
ひまりは伸びをする。
「ねえ、せっかくだし帰りにコンビニ寄らない?」
「賛成!」
優斗が真っ先に手を挙げる。
「アイス食べたい!」
「さっきまで勉強本気出すって言ってた人とは思えない発言」
「頭使ったら糖分補給!」
「都合のいい理屈だな」
それでも、湊は笑って立ち上がった。
「じゃあ少しだけ寄って帰るか」
「やった!」
図書室を出る三人の足取りは、来た時よりもずっと軽かった。期末テストはまだ終わっていない。それでも、友達と机を囲んで過ごした放課後は、不思議と苦ではなかった。夏休みまで、あと少し。そんな期待が、三人の背中をそっと押していた。
◇
三人で図書室を出ると、西日に照らされた廊下が橙色に染まっていた。
「結構やったなぁ」
優斗が大きく伸びをする。
「お前、途中からちゃんと集中してたじゃん」
「だろ?」
胸を張る優斗に、ひまりが半眼を向ける。
「途中まではね」
「そこは言わなくていいんだよ」
三人は笑いながら昇降口へ向かった。外へ出ると、夕方になっても熱気は衰えず、むしろアスファルトからむっとした暑さが立ち上っていた。
「アイス、アイス」
「子どもか」
「子どもじゃありません、高校二年生です」
「言ってることは子どもだけど」
「ひまり、ひどい」
駅前のコンビニへ入り、それぞれアイスを選ぶ。優斗はチョコモナカ。ひまりは白くまアイス。湊は氷菓子を手に取った。
「湊って、昔からそれ好きだよね。」
「そうだっけ?」
「去年も一昨年も見た気がする」
「覚えてるんだ」
「毎年同じこと繰り返してるってワケ」
ひまりは笑いながらアイスの蓋を開ける。三人でコンビニの前に並び、しばらく他愛もない話をしたテストのこと。夏休みのこと。今年は何をしようかということ。そんな何気ない時間が、どこか心地よかった。
◇
それから数日。放課後になると、三人は自然と図書室へ集まるようになっていた。数学を教えては、優斗が頭を抱え。英語ではひまりが単語帳をめくり。社会になると、今度は湊まで年号を思い出せず苦戦する。
「ほら、あれだよ」
「何?」
「えっと……」
「説明できてないじゃん」
「分かってるんだけど名前が出てこない」
「あるある」
三人で顔を見合わせ、思わず吹き出した。勉強ばかりでは疲れてしまうからと、途中で購買のパンを食べたり、自動販売機のジュースで一息ついたり。時には集中できず、十分ほど雑談ばかりしてしまう日もあった。それでも、不思議と勉強は進んでいった。
◇
「じゃあ、また明日」
「おう」
「帰ってもちゃんと復習しろよ」
湊が言うと、
「あたぼうよ」
優斗は力強く頷く。しかし、その目は泳いでいた。
「……ゲームする気だろ」
「三十分だけ」
「一時間だろ」
「三十分!」
「その言い方は一時間だな」
「なんで分かるんだよ!」
ひまりが笑いをこらえながら言う。
「優斗分かりやすすぎ」
「もう信用ゼロじゃん……」
「普段の行いがちょっと」
「反論できねぇ……」
夕焼けに染まる駅前へ笑い声が響いた。
◇
そして――。あっという間に、一週間が過ぎた。教室の黒板には大きく書かれていた。
**『期末テスト 一日目』**
「……来ちゃったな」
優斗が嘆く。
「結局、緊張するんだよな」
「ここまで来たらやるしかないだろ」
湊は筆箱の中身を確認しながら答えた。
シャープペンシル。
消しゴム。
定規。
忘れ物はない。ひまりも深呼吸をひとつして席へ着く。
「なんか、勉強したのに不安」
「それはみんな同じ」
「湊でも?」
「もちろん」
「少し安心した」
そんな会話を交わしていると、教室の扉が開く。
「席着けー」
試験監督の先生が問題用紙を抱えて入ってきた。さっきまで賑やかだった教室が、一瞬で静まり返る。問題用紙が前の席から順番に配られていく。机の上に裏返しで置かれた一枚の紙。それを見つめながら、湊は静かに息を吐いた。
(よし)
一週間、みんなで勉強した。あとは、その成果を出すだけだ。
「それでは始めます」
先生の声が、静まり返った教室に響いた。
二十三話でした。今回は「期末テスト前」の日常回でした。文化祭が終わり、いよいよ高校生らしいイベント(?)であるテスト週間へ。勉強会を開いて、友達とわいわい問題を解く──そんな何気ない時間も青春の一ページなんじゃないかなと思いながら書いていまた。毎回「今回は本気!」と言っているやつがいますが、ああいうお調子者が一人いるだけで、場の空気が明るくなるので作者としても動かしやすいキャラクターです。一方で、湊とひまりも少しずつ自然な距離感になってきました。三人でいる時間が、これからもっと「いつもの日常」になっていけばいいなと思っています。さて、次回はいよいよ期末テスト本番!果たして三人は無事に夏休みを迎えられるのでしょうか。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第二十四話もお楽しみに。




