第二十一話 アルバムっていいよね
第二十一話です。文化祭を終え一週間が過ぎ、少し記憶も薄れ始めたころ。二年C組の教室に文化祭のアルバムが届く。
六月も半ばに差しかかった頃。雨は珍しく朝のうちに上がり、校舎の窓からは久しぶりの青空がのぞいていた。梅雨の晴れ間。湿った風が教室へ吹き込み、カーテンをゆっくりと揺らしている。
「今日は晴れたなぁ」
窓際で伸びをしたひまりが気持ちよさそうに笑う。
「洗濯物がよく乾く」
「高校生の感想じゃないな」
優斗が笑う。
「主婦みたい」
「失礼だなぁ」
そんな他愛もないやり取りをしていると、教室の扉が開いた。担任が大きめの段ボール箱を抱えて入ってくる。
「おーい」
「文化祭の写真、届いたぞ」
一瞬静まり返った教室が、すぐに歓声に包まれた。
「えっ、本当!?」
「早く見たい!」
「俺写ってるかな!」
担任は笑いながら箱を机へ置く。
「一人一冊あるから順番にな」
クラス委員が冊子を配り始める。
表紙には大きく、
**『青嶺高校文化祭』**
という文字が印刷されていた。
「懐かしいなぁ」
まだ一週間と少しほどしか経っていないのに、ずいぶん昔のことのように感じる。湊はページをめくった。
模擬店。
体育館のステージ。
吹奏楽部の演奏。
展示。
校舎いっぱいに広がる笑顔。
「おっ」
優斗が隣から身を乗り出す。
「二年C組きた」
ページいっぱいに載っていたのは、コーヒーカップだった。教室の真ん中に並ぶ色とりどりのカップ。順番を待つ長い列。スタッフとして笑顔で案内するクラスメイト。
「これ、行列すごかったよな」
「午後なんて廊下まで並んでた」
ひまりが嬉しそうにページを眺める。
「あ、この写真!」
受付で笑っている自分が写っていた。
「自然に笑ってる」
「珍しい」
優斗がぼそっと言う。
「どういう意味だよ!」
「いや、写真って意識すると変顔になるじゃん」
「それは優斗だけ」
教室中でも、
「見せて見せて!」
「この写真いい!」
「あの時こんなことあったね!」
そんな声が飛び交う。文化祭は終わった。でも、写真の中では、あの日の笑顔がまだそこに残っていた。湊は静かにページをめくる。コーヒーカップの回転を支える男子たち。飾り付けを直す女子たち。楽しそうに笑う子どもたち。どの一枚にも、「楽しかった」という空気が写っているようだった。そして最後のページ。閉場後、クラス全員でコーヒーカップを囲んで撮った集合写真。担任は腕を大きく広げ、クラスメイト全員が思い切り笑っている。
「これ、いい写真だね」
ひまりが優しく呟く。
「うん」
湊も自然と笑みがこぼれた。きっと何年経っても、この一枚を見れば、あの日のことを思い出すのだろう。そんな気がした。
◇
昼休み。教室のあちこちでは、まだ文化祭のアルバムが開かれていた。
「この写真、絶対狙って撮ってるだろ!」
「先生めっちゃノリノリじゃん!」
「いや、この時ほんと楽しかったよね!」
笑い声が絶えない。アルバムは写真だけでなく、その時の空気まで閉じ込めているようだった。湊たち三人も机を寄せ合い、一冊のアルバムを囲んでいた。
「このページ好き」
ひまりが指差したのは、開場直後の写真だった。まだ列は短いものの、最初のお客さんが期待に胸を膨らませながらコーヒーカップへ向かっている。
「あ、この子」
湊が笑う。
「覚えてる?」
「え?」
「最初に乗ってくれた男の子」
「あー!」
ひまりも思い出した。
「『速く回して!』って言ってた子!」
「最後は『もう一回!』って並び直してた」
優斗も笑う。
「俺、あの子に『お兄ちゃんもっと!』って言われて必死だった」
「いや一番楽しんでたの優斗じゃん」
「否定はしない」
三人は声をそろえて笑った。ページをめくる。今度はクラスメイトが準備をしている様子だった。脚立に乗って飾りを付ける男子。机を運ぶ女子。真剣な表情で最終確認をする湊。
「湊」
「ん?」
ひまりが写真を見ながら笑う。
「この時の湊、すっごく真剣」
「余裕なかったから」
「眉間にしわ寄ってる」
「ほんとだ」
優斗まで笑い出す。
「ラスボス倒しに行く顔」
「そんな顔してた?」
「「してる」」
二人の声がぴったり重なる。
「ひどいなぁ……」
苦笑しながらページをめくると、今度はコーヒーカップが勢いよく回っている写真だった。カップの中では子どもたちが大笑いし、外では回しているクラスメイトまで笑顔になっている。
「やっぱり」
優斗がぽつりと言う。
「笑ってる人見ると、こっちまで笑っちゃうよな」
「うん」
ひまりも頷いた。その時だった。
「おっ」
優斗が何かを見つけたように笑う。
「湊」
「なに?」
「これ見ろ」
アルバムをぐいっと湊の前へ差し出す。そこには、教室の隅で静かにコーヒーカップを見守るしろの姿が写っていた。少し離れた場所から、お客さんの笑顔を優しく見つめている横顔。誰かに話しかけられて、柔らかく微笑んでいる一枚だった。
「しろさんだ」
ひまりも自然と笑顔になる。
「この写真、すごくしろさんらしい」
「……」
湊は何も言わず、その写真を見つめていた。
「湊?」
ひまりが首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや……」
湊は慌ててページをめくろうとする。しかし優斗はにやりと笑い、その手を止めた。
「いやいや」
「今、結構見入ってたよな?」
「見入ってない」
「三秒は止まってた」
「数えてたの?」
「なんとなく」
「絶対嘘」
ひまりは堪えきれず吹き出した。
「ふふっ」
「湊ほんと分かりやすい」
「だから違うって」
「ほかの写真見てただけ」
「写真"を"じゃなくて、写真"のしろさん"を、だろ?」
優斗の鋭い一言に、湊は言葉を詰まらせる。
「……」
「ほーら図星」
「違う!」
教室に三人の笑い声が響いた。その少し離れた席では、クラスメイトたちも思い思いにアルバムを見返している。笑いながら。懐かしがりながら。あの日の思い出を、一枚一枚めくりながら。
◇
昼休みも終わりに近づき、教室は少しずつ落ち着きを取り戻していた。それでもアルバムはあちこちで開かれたままになっている。
「これ見て!」
「うわ、懐かしい!」
「おまえなんでこんなポーズしてるんだよ!」
笑い声はまだ途切れない。そんな中、優斗が最後のページを開いた。
「やっぱり締めはこれか」
クラス全員で撮った集合写真。完成したコーヒーカップを囲み、みんな思い思いのポーズを取っている。担任は満面の笑みで親指を立て、中央には大きく飾り付けられたコーヒーカップ。
「こうして見ると、本当にクラス全員きれいに写ってるね」
ひまりが嬉しそうに言う。
「当たり前だろ」
「いや、誰か一人くらい目つぶってそうじゃん」
「それはある」
三人は写真に顔を近づける。
「……あ」
ひまりが小さく声を上げた。
「先生、目つぶってる」
「ほんとだ」
「締まらないなぁ」
優斗が吹き出す。
「なのに先生だけ一番いい笑顔」
「奇跡じゃん」
三人はまた笑った。その写真を見ていると、不思議と文化祭の最後の時間が鮮明によみがえる。教室の装飾を外して。机を元に戻して。誰かが「終わっちゃったね」と呟いて。誰も返事ができなかった、あの静かな教室。あの日は終わることが寂しかった。でも、こうして笑って写真を見返せる日が来るとは思っていなかった。
「また撮りたいね」
ひまりがぽつりと言う。
「今度は体育祭かな」
「その前に球技大会とかあるんじゃね?」
「そうだっけ?」
「たしか秋だった気がする」
他愛もない話が続く。もう文化祭の話題だけではない。
次の行事。
夏休み。
テスト。
そんな未来の話を自然と口にしている自分たちに、湊は少しだけ驚いた。終わったものを懐かしむだけではなく、ちゃんと前を向いている。それが少し嬉しかった。
キーンコーンカーンコーン。
五時間目の予鈴が校舎に響く。
「やば」
優斗がアルバムを閉じる。
「次、移動だ」
「現実に引き戻さていくー」
ひまりが肩を落とす。
「さっきまで写真見て楽しかったのに」
「先生にアルバム見せたら授業なくならないかな」
「ワンチャンあるかも」
三人は笑いながら席へ戻る。湊は机の中へアルバムをしまう前に、もう一度だけ最後の集合写真を見つめた。そこには、自分たちの高校生活の一ページが確かに残っている。
これから先、どんな日々が待っているのかは分からない。楽しいことも、悩むことも、きっとたくさんある。それでも、ページはまだ始まったばかりだ。
湊は静かにアルバムを閉じた。
第二十一話でした。写真って不思議ですよね。撮るのは瞬間なのに、後から見ると「あの時こんなことあったなぁ」って、記憶までセットで再生されるんです。ちなみに集合写真で目をつぶる人っていますよね。あれ、多分特殊能力です。三百人いて一人だけ綺麗に閉じてます。しかも「撮り直しまーす」って言われた次の一枚でも閉じます。才能です。そして湊。「写真見てただけだから。」いや、お前が見てたの写真じゃなくて、写真の中の人だよな?優斗君、お疲れ様。君はこれからもツッコミとイジリ担当です。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第二十二話もお楽しみに。




