第十七話 レビューが届いています。評価:★★★★★
第十七話です。盛り上がる青嶺祭。その中でも異彩を放つのはもちろん二年C組で……。
文化祭初日。午後二時過ぎ。初夏の日差しが校舎の窓から差し込み、教室の床に四角い光を落としていた。廊下には絶え間なく人が行き交う。笑い声。呼び込みの声。どこかの教室から聞こえてくる演劇部の台詞。吹奏楽部の演奏に合わせ、窓の外では手拍子が起こっている。学校全体が、一つの大きな街のような活気に包まれていた。
その中でも、二年C組の前だけは、一際人だかりができていた。
「最後尾はこちらでーす!」
列整理を担当する男子生徒が大きな声を上げる。廊下には長い列。二年C組の教室前から隣の教室を越え、階段の手前まで伸びている。
「すご……」
最後尾の札を持った女子生徒が思わず呟く。
「さっきよりまた増えてる」
「午前中の倍くらい人いるんじゃない?」
受付の前では、次々と来場者が名前を書き、順番を待っていた。その様子を見ていた湊も、思わず目を丸くする。
「ここまで来るなんて……」
昨日まで想像もしていなかった光景だった。
◇
「聞いた?」
列に並ぶ女子生徒たちが話している。
「二年三組のコーヒーカップ、めっちゃ面白いらしいよ」
「三年の先輩がおすすめしてた!」
「本物より本物だって!」
「写真映えもするってさ!」
その会話を聞いた別のグループも列へ加わる。口コミ。それがまた新しいお客さんを呼び込む。
「すみません、最後尾どこですか?」
「こちらでーす!」
また列が長くなる。
◇
「湊!」
優斗が笑いながら近付いてくる。
「どうやらうち、有名になったっぽいぞ」
「え?」
「ほら」
優斗がスマートフォンの画面を見せる。そこには『#青嶺祭』とタグ付けされた来場者の投稿が並んでいた。
『二年三組のコーヒーカップ最高!』
『手作りとは思えない!』
『子どもも大人も楽しめる!』
『午後はめちゃくちゃ並んでる!』
「こんなに……」
湊は驚きを隠せなかった。
「みんな、写真まで」
「口コミってすごいな」
優斗も満足そうに笑う。
「頑張った甲斐あったわマジで」
◇
その頃。他クラスの生徒たちまで様子を見に来るようになっていた。
「ここが噂の二年C組……」
「教室の中にコーヒーカップ作ったって本当だったんだ」
「完成度高けーなオイ」
廊下から中を覗き込み、感心したような声が次々と聞こえてくる。三年生の男子が笑う。
「負けだなこりゃ」
「うちも来年こういうのやろうぜ」
「もう卒業だ、バカ」
「ははは!」
笑い声が広がる。その様子を見て、二年C組の生徒たちもどこか誇らしげだった。
◇
「朝比奈」
担任教師が教室へ入ってくる。
「先生」
湊は会釈をした。担任は教室の様子を見渡す。長い行列。笑顔のお客さん。てきぱきと動く生徒たち。コーヒーカップから聞こえる歓声。しばらくその光景を眺めたあと、小さく笑った。
「……正直に言うとな」
「はい?」
「ここまで人気になるとは思っていなかった」
湊は少し照れくさそうに笑う。
「僕もです」
「最初はちゃんと完成するかも不安でしたし」
「そうだったな」
担任は頷く。
「でも」
「企画を決めた日から今日まで、一番成長したのはこのクラスかもしれん」
その言葉に、近くで聞いていた生徒たちも思わず笑顔になる。
優斗が笑う。
「珍しく褒めますね先生」
「アメとムチってやつだ」
「まあ、本当にみんなよく頑張った」
教室が少しだけ照れくさい空気に包まれる。
◇
「次のお客様どうぞ!」
再びコーヒーカップがゆっくりと回り始める。乗っているのは、小さな兄妹だった。
「お兄ちゃん、速く!」
「任せろ!」
二人でハンドルを回す。
くるり。
くるり。
笑い声が弾ける。教室の外で順番を待つ人たちまで、その様子を見て笑顔になっていた。その光景を、湊は少し離れた場所から見つめる。列はまだ長く、忙しさは続くだろう。それでも、不思議と疲れは感じなかった。目の前にあるのは、自分たちが何週間もかけて作り上げた時間。そして、その時間を心から楽しんでくれる人たちの笑顔だった。
文化祭初日。
二年三組のコーヒーカップは、青嶺祭を代表する人気企画へとなりつつあった。
◇
コーヒーカップは休む間もなく回り続ける。受付では湊が案内をし、クラスメイトたちはそれぞれの持ち場で忙しく動き回っていた。そんな賑やかな教室の隅で、しろは静かに椅子へ腰掛け、穏やかな表情でその光景を眺めていた。まるで、一枚の絵を見つめるように。誰かが笑えば、その笑顔を、誰かが驚けば、その表情を。一人ひとりを優しい目で見守っている。
◇
乗り場では、小さな女の子が母親の手を引いていた。
「ママ!」
「あのお姉ちゃん、きれいだね!」
指差した先には、しろがいる。母親は少し困ったように笑った。
「指差しちゃだめよ」
「あ……」
女の子は慌てて手を引っ込める。すると、しろはそのやり取りに気付いたのか、小さく微笑んだ。そして、胸の前で控えめに手を振る。
「こんにちは」
その動きは本当に小さく、遠慮がちだった。けれど、女の子の顔がぱっと明るくなる。
「ママ!」
「おてて振ってくれた!」
「よかったね」
母親も笑顔になる。女の子は両手をぶんぶん振り返した。
「ばいばい!」
「……」
しろは少しだけ目を丸くしたあと、どこか照れくさそうに笑って、もう一度だけ手を振り返した。その笑顔は、どこか幼い少女のようにも見えた。
◇
「……」
その一部始終を見ていた湊は、思わず作業の手を止めてしまう。
(しろさん……)
普段は落ち着いていて、大人びていて、何事にも動じない人。でも今のしろは違う。小さな子どもに手を振られて、少し照れて、嬉しそうに笑っていた。
(あんな表情もするんだ)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。自然と口元が緩む。気付けば、またしろのことばかり見ていた。
「……おい」
肘で軽く小突かれる。
「うわっ!」
湊が振り向くと、優斗が呆れたような顔で立っていた。
「また見てんな」
「え?」
「また」
優斗はにやりと笑う。
「いや、違っ……。」
「違わない」
即答だった。
「さっきから五分に一回は見てる」
「そんなに見てないよ」
「見てる」
「見てない」
「見てる」
「うぅ……」
言い返せない。優斗は肩をすくめた。
「分かりやすすぎるんだよ、お前」
「自覚ないだろ」
「……ない」
「だろうな」
優斗は苦笑する。
「まぁ、別にいいけど」
「?」
本当に、嬉しかった。しろが文化祭を楽しんでくれている。自分たちが何週間もかけて作った場所で、穏やかに笑ってくれている。それだけで、今日という日が、特別なものになった気がした。
◇
しばらくして。
「しろさん」
ひまりが飲み物を持ってやってきた。
「ずっとおんなじ姿勢で疲れてませんか?」
「ありがとうございます」
しろは紙コップを受け取る。
「不思議と疲れていません」
「皆さんが楽しそうにされているので」
「見ているだけで、私も楽しくなります」
ひまりは微笑んだ。
「その気持ち、分かります」
二人は並んで教室を見渡す。回るコーヒーカップ。響く笑い声。走り回るクラスメイト。文化祭という一日だからこそ見られる、特別な景色。その景色を、しろは目に焼き付けるように静かに見つめていた。
その横顔を。
少し離れた受付から、湊はまた見つめてしまうのだった。
◇
午後四時。窓の外では、少しずつ西日が校舎を照らし始めていた。日差しは和らぎ、教室へ差し込む光もどこか柔らかい。それでも、二年C組の教室には最後まで笑い声が絶えなかった。
「ありがとうございました!」
「お気を付けてお帰りください!」
最後のお客さんがコーヒーカップを降りる。親子四人。小さな男の子が名残惜しそうにカップを振り返った。
「もう終わり?」
「今日は終わりだね」
父親が優しく答える。
「また来たい!」
その言葉に、教室中が自然と笑顔になった。
「ありがとう!」
「明日もやってるからね!」
クラスメイトが手を振ると、男の子も元気いっぱいに振り返してくれた。その小さな姿が廊下の向こうへ消えていく。そして――
『本日の一般公開は終了となります』
『ご来場いただいた皆様、ありがとうございました』
校内放送が静かに流れた。青嶺祭一日目の終了を告げるアナウンスだった。教室の中が、一瞬だけ静かになる。
「……終わった」
誰かがぽつりと呟く。その一言で、張り詰めていた緊張の糸が切れたようだった。
「疲れたー!」
「足が棒!」
「いやー楽しかった!」
「あっという間だったな!」
あちこちから安堵の声が上がる。湊も大きく息を吐いた。
「みんな!」
「本当にお疲れさま!」
その言葉に、教室中から「お疲れ!」という声が口々に返ってくる。
◇
コーヒーカップを軽く点検し、受付を片付ける。机を元の位置へ戻しながら、会計担当の生徒が集計用紙を手に立ち上がった。
「じゃあ、今日の結果発表します!」
教室のあちこちから歓声が上がる。
「ヨイショ!」
「待ってました!」
電卓を叩いていた女子生徒が数字を確認し、ゆっくりと顔を上げた。
「本日の来場者数は――」
一拍置く。
「二百七十八名!」
「おおーーーっ!?」
教室が一気に沸いた。
「そんなに!?」
「すごくない!?」
「この学校史上最多じゃない?」
「売上も目標を大きく超えてます!」
もう一度歓声が上がる。湊は目を見開いた。
「二百七十八人……」
文化祭前、みんなで予想していた人数をはるかに上回っていた。
「湊!」
優斗が笑いながら肩を叩く。
「大成功だな!」
「うん」
湊は静かに頷く。
「思った以上に来てくれた」
その一言に、クラス全員が頷いた。本当に、想像以上だった。
「みんな!」
担任が教壇へ立つ。
「今日は本当によく頑張った!」
「この結果は、お前たち全員で掴んだものだ!」
そして。
「自分たちに拍手!」
パンッ。
誰からともなく拍手が始まる。それはすぐに教室中へ広がった。
拍手、拍手、拍手。
誰かを称えるためではない。ここまで頑張ってきた全員への拍手だった。湊も笑顔で手を叩く。隣では優斗が、向かいではひまりが。クラスメイト全員が笑っていた。この瞬間だけは、みんな同じ達成感を分かち合っていた。
◇
片付けも終わり、帰る支度を始める頃。教室の外は、夕焼けに染まり始めていた。オレンジ色の光が廊下を長く照らし、文化祭の熱気をゆっくりと包み込んでいく。
「じゃあまた明日!」
「二日目も頑張ろう!」
「お疲れー!」
一人、また一人と教室を後にしていく。その出口で、しろが一人、静かに立っていた。一人ひとりのクラスメイトを見送っている。
「皆さん」
「本当にお疲れさまでした」
「今日は素敵な時間をありがとうございました」
「また明日も頑張ってください」
その言葉に、生徒たちは少し驚いたあと、笑顔になる。
「ありがとうございます!」
「しろさんも来てくれて嬉しかったです!」
「また明日も来てください!」
「はい」
しろは柔らかく微笑む。
「ご迷惑でなければ、ぜひ」
そんなやり取りが何度も続いた。結局しろは今日一日、ほとんど教室の隅から動かなかった。それでも、誰よりもクラス全員の頑張りを見届けていた。だからこそ、その「お疲れさまでした」には自然と重みが乗っていた。
◇
最後に教室へ残ったのは、湊、優斗、ひまり、そしてしろ。静かになった教室の中央には、今日一日たくさんの笑顔を乗せて回り続けたコーヒーカップがある。夕日に照らされたそれは、朝よりも少しだけ誇らしげに見えた。
「明日で最後か」
優斗がぽつりと呟く。
「意外と短いもんだね」
湊もコーヒーカップを見つめながら答える。
「だからこそ、」
「明日は今日以上にお客さんに楽しんでもらおう」
その言葉に、三人は静かに頷いた。文化祭は、まだ終わらない。けれど。初日という特別な時間は、穏やかな夕暮れとともに静かに幕を下ろした。
第十七話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。二百五十七人ってすごいですね。高校の文化祭の一クラスで稼げる人数じゃないですよ。彼らの必死な思いがお客さんに届いたんですかね。まあ、コーヒーカップですからね。見には行きたくなりますよそりゃ。絶対おもしろいじゃん。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第十八話もお楽しみに。




