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起きてください、しろさん  作者: アメリカンフットボーラーの威を借るオタク
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16/22

第十六話 大荒れ

第十六話です。賑わいを見せる二年C組『コーヒーカップ』。忙しさに汗を流す湊たちのもとへやってきたのは……?

文化祭初日。午後一時過ぎ。昼休みを終えた青嶺高校は、午前中以上の賑わいを見せていた。校門からは家族連れや卒業生、中学生の姿が次々と入ってくる。模擬店からは焼きそばやフランクフルトの香ばしい匂いが漂い、吹奏楽部の演奏が風に乗って校舎の間を流れていく。グラウンドでは運動部が企画したゲームコーナーに子どもたちの歓声が響き、中庭では軽音楽部がリハーサルを終え、ライブが始まろうとしていた。学校全体が、笑顔で満ちている。その中心で。


「次の方どうぞー!」


 湊も汗を拭きながら声を張っていた。


「ありがとうございます!」


「お気を付けて降りてください!」


 午前中だけで何十組ものお客さんを案内した。疲れているはずなのに、不思議と体は軽かった。目の前で、自分の作ったもので誰かが笑ってくれている。それだけで疲れが吹き飛ぶような気がした。


 ◇


「湊」


 受付をしていた優斗が廊下を見ながら言う。


「知り合いじゃない?」


「え?」


 湊が入口へ目を向ける。そこには見慣れた銀色の髪が揺れていた。淡い水色のブラウスに白いカーディガン。紺色のロングスカート。休日らしい落ち着いた私服に身を包み、ゆっくりと校内を歩いていた。


「……しろさん」


 思わず声が漏れた。しろはその声に気付き、小さく会釈をする。


「ご主人。」


 その穏やかな笑顔に、湊の胸が少しだけ高鳴る。


「いらっしゃい!」


 気付けば笑顔で駆け寄っていた。


「来てくれたんですね!」


「はい。」


 しろは校舎を見回す。


「皆さんが頑張って準備された文化祭ですので」


「ぜひ見に来たいと思いました。」


 その言葉だけで、湊は嬉しかった。


「案内します!」


「ありがとうございます」


 ◇


「あ、しろさん!」


 ひまりがこちらへ走ってくる。


「来てくれたんですね!」


「こんにちは。」


「こんにちは!」


 ひまりは満面の笑みだった。


「今日はお客さんなんですから、いっぱい楽しんでくださいね!」


「はい」


 しろは素直に頷く。


「実は」


「文化祭というものに来るのは初めてなんです。」


「えっ?」


 湊もひまりも驚いた。


「初めて?」


「はい」


 少しだけ照れくさそうに笑う。


「ですので、少し楽しみにしていました。」


 その笑顔を見て、湊は思わず見入ってしまう。


(そんな顔もするんだ……)


 普段の穏やかな笑顔とは少し違う。どこか子どものように、期待に胸を膨らませている表情だった。


「ご主人?」


「え?」


「どうかされましたか?」


「い、いえ!」


 慌てて視線を逸らす。その様子を優斗は少し離れたところから見ていた。


「……」


 口元が緩む。


(また始まった)


 分かりやすすぎる。


(これは……)


(後で絶対いじってやろ)


 ◇


「しろさん」


 ひまりが手を差し出す。


「せっかくだし、一緒に乗りません?」


「私がですか?」


「もちろん!」


「湊たちは運営だから乗れないし」


「私が一緒に乗ります!」


 しろは少しだけ迷った。


「ですが、お仕事の邪魔では……」


「全然!」


 湊も笑う。


「むしろ乗ってほしいです」


「皆さんが楽しんでくれるのを見るために作ったんですから」


 しろは小さく頷いた。


「……では、」


「お言葉に甘えさせていただきます」


 ◇


 ゆっくりとコーヒーカップへ乗り込む。ひまりとしろ。二人が向かい合って座る。


「準備いいですか?」


「はい」


「大丈夫です」


 安全バーを確認し、係がゆっくりと回転を始める。コーヒーカップは静かに動き出した。最初は少し緊張した様子だったしろ。周囲を見渡しながら、恐る恐る中央のハンドルへ手を添える。


「しろさん!」


 ひまりが笑う。


「回してみましょ!」


「こうですか?」


 二人で少しだけ力を入れる。


 すると、くるり。


 カップがゆっくりと向きを変えた。


「あ……」


 しろが小さく声を漏らす。


「回りました……!」


「もう一回!」


「はい」


 くるり。


 くるり。


 回るたびに、しろの表情が少しずつ柔らかくなっていく。


「ふふっ」


 小さな笑い声。それは、湊が今まで見たことのない笑い方だった。教室の入口でその様子を見守っていた湊は、思わず息を呑む。


「……」


 しろが、あんな風に楽しそうに笑っている。誰かとはしゃいで、子どものように目を輝かせている。それが嬉しくて、胸の奥が熱くなる。


「お前のそんな顔、初めて見たわ」


 隣に立った優斗が小さく笑う。


「え?」


「めちゃくちゃ嬉しそうだぞ」


 湊は慌てて否定しようとした。


「そ、そんなこと……」


「ある、よな?」


 優斗は即答する。


「だって」


「さっきからずっとしろさんしか見てないし」


「……っ!」


 顔が一気に熱くなる。


「ち、違うって!」


「違わないでしょ」


 今度はひまりの声だった。いつのまにかコーヒーカップから降りたひまりは、にやにやしながら湊を見ている。


「湊」


「しろさんが笑った瞬間、完全に見惚れてたよ」


「見惚れてない!」


「いーや「見惚れてた」」


 優斗とひまりの声がぴったり重なる。湊は何も言い返せない。その様子を見たしろは、不思議そうに首を傾げる。


「皆さま、どうされたのですか?」


「……」


 三人は顔を見合わせる。


 そして、


「「「何でもありません」」」


 声を揃えて答えた。


 しろだけが、きょとんとした表情を浮かべている。


「……よく分かりませんが、私は楽しかったです」


 コーヒーカップから降りたしろは、小さく息をついた。頬には、ほんのりと笑みが残っている。


「そう言ってもらえてよかった!」


 ひまりも満足そうに笑う。


「ありがとうございます」


 しろはもう一度、完成したコーヒーカップへ目を向けた。楽しそうに回るカップ。響く笑い声。その光景を見つめながら、小さく呟く。


「……もう少し」


「もう少しだけ、ここにいてもよろしいでしょうか」


「もちろんですよ」


「何か気になることでも?」


 しろは静かに首を振った。


「気になるというより……」


 教室の中を見回す。列に並ぶ家族連れ。写真を撮り合う高校生。笑顔で案内する二年C組の生徒たち。その一つひとつへ視線を向けながら言った。


「皆さんが楽しんでいる様子を、なんだかもう少し見ていたいのです」


「……」


 湊はその言葉を聞いて、自然と笑顔になった。


「じゃあ」


「特等席を用意しますね」


 ◇


 教室の端。運営の邪魔にならず、それでいて全体を見渡せる場所に椅子を一つ置く。


「ここでどうですか」


「ありがとうございます」


 しろは静かに腰を掛けた。そこから見える景色は、とても賑やかだった。


「はい、次のお客様どうぞ!」


「小さなお子さんは保護者の方と一緒にお願いします!」


 受付係の声。回転を始めるコーヒーカップ。教室いっぱいに広がる笑い声。


 ◇


 次に乗ったのは、小学生くらいの姉妹だった。


「お姉ちゃん!」


「回して!」


「いいよ!」


 二人で中央のハンドルを握る。ぎこちないながらも力を合わせると、カップがゆっくり向きを変えた。


「わぁ!」


「回った!」


 二人は顔を見合わせ、大きく笑う。その笑顔につられて、見守っていた母親も自然と笑顔になる。


「楽しそうね」


「うん!」


 妹が元気よく手を振った。


 ◇


 続いて乗ったのは、おそらく卒業生と思われる大学生のグループだった。


「懐かしいな」


「俺らも文化祭こんな感じだったよな」


「いや、ウチはもっと適当だったぞ」


「それはお前だけな」


 そんな冗談を言い合いながら乗り込む。回転が始まると。


「おっ!」


「意外とよくできてる!」


「これ手作りなのすごいな!」


 感心したような声が上がる。降りる際には、


「ありがとう!」


「楽しかった!」


 そう言って笑顔で教室を後にした。


 ◇


 しろは、その一組一組を静かに見つめていた。誰かが笑えば、自分も少し微笑む。小さな子どもが喜べば、目を細める。高校生同士が楽しそうに写真を撮っていれば、その様子を穏やかに眺める。


「……」


 湊は受付をしながら、何度もしろの方へ目を向けてしまう。コーヒーカップだけではなく、そこに集まる人たちの笑顔を、まるで宝物を見るような目で見つめている。


(しろさんって、人が笑ってるのを見るのが好きなんだな)


 その優しい横顔に、また胸が少しだけ温かくなった。


 ◇


 その時だった。


「朝比奈先輩!」


 廊下から元気な声が響く。振り返ると、小走りでこちらへ向かってくる女子生徒がいた。


「雨宮さん」


「こんにちは!」


 結衣だった。今日は制服ではなく、文化祭用のクラスTシャツを着ている。


「約束通り来ました!」


「ありがとう」


 湊も笑顔になる。


「一年生の展示は?」


「大成功ですよ!」


 結衣は胸を張る。


「だから遊びに来ちゃいました!」


 その元気いっぱいの様子に、周囲も思わず笑顔になる。


「あっ!」


 結衣は教室の奥にいるしろを見つけた。


「しろさん!」


「こんにちは!」


「こんにちは」


 しろも優しく会釈する。


「今日はお客さんなんですね!」


「はい」


「文化祭を楽しませていただいています」


「それなら」


 結衣は目を輝かせた。


「一緒に乗りましょう……って言いたいところなんですけど、しろさんはさっき乗ったって聞きました」


「はい」


「では私、一人で乗ってきます!」


 その勢いに、湊は苦笑する。


「慌てなくても大丈夫だよ」


「もう待てません!」


 ◇


「雨宮さん、ご案内します!」


 結衣は嬉しそうにコーヒーカップへ乗り込んだ。


「それでは、スタートします」


 ゆっくりと回り始める。


「わぁー!」


 結衣は最初こそ笑顔だった。しかし、途中から自分でも勢いよくハンドルを回し始める。


「もっと回れー!」


 くるくる。ぐるぐるぐる。


 カップは思った以上に勢いよく回転した。


「雨宮さん!」


 湊が苦笑する。


「回しすぎ!」


「だ、大丈夫ですー!」


 そう返事をした次の瞬間。ようやく回転が止まる。


「……」


 結衣は立ち上がろうとして、


 ふらっ。


「わっ!」


 足元がもつれ、そのまま前へ倒れそうになる。そこへ咄嗟に湊が駆け寄る。


「危ない!」


 結衣の体を支える。


「だ、大丈夫?」


「うぅ……」


 結衣は少し涙目になりながら、小さく笑った。


「ちょっと……目が回っちゃいました……」


 力が入らないのか、そのまま湊の肩へ体を預ける。


「ご、ごめんなさい……」


 教室の空気が、一瞬だけ止まった。


「思ったより……回しすぎちゃいました……」


「だから言ったのに」


 湊は苦笑しながら近くの椅子を引いた。


「ほら、座っていいよ」


「ありがとうございます……」


 結衣は大人しく腰を下ろす。まだ少しだけ視界が揺れているらしく、目をぱちぱちさせていた。


「お水飲む?」


「お願いします……」


 湊は紙コップに冷たい水を注ぎ、結衣へ渡す。


「ありがとうございます」


 ゆっくりと水を飲む結衣。その様子を見て、湊はようやく安心した。


「いくら文化祭だからって、無茶しちゃ駄目だよ」


「はい……」


 二人とも笑う。


 ◇


 そのやり取りを、教室の隅から見ていたしろは、小さく首を傾げた。


「雨宮さん」


 椅子から立ち上がり、静かに近付く。


「もう大丈夫ですか?」


「しろさん……」


 結衣は照れくさそうに笑う。


「はい」


「ちょっと目が回っただけです。」


「それなら安心しました」


 しろは穏やかに微笑む。


「無理はなさらないでくださいね」


「ふふっ、朝比奈先輩と同じこと言ってますね」


 そんな会話を聞いていた湊は、少しだけ拍子抜けしていた。


 もっと驚いたり、何か反応があるのかと思っていた。


 けれど。


 しろにとっては、目の前でふらついた人を助けた。ただ、それだけの出来事だったらしい。その自然な様子に、湊は心の中で苦笑する。


(考えすぎかな)


 ◇


 一方で、室の反対側では。


「……」


 ひまりがその様子をじっと見ていた。


「ひまり?」


 隣の女子生徒が声を掛ける。


「どうしたの?」


「え?」


「ああ、いや」


 慌てて笑顔を作る。


「何でもないよ」


 そう答えたものの、心の中は少しだけ落ち着かなかった。


(……なんだろ)


 結衣が悪いわけじゃない。目が回わってしまったのも仕方ない。湊が支えたのも当然。頭では分かっている。なのに。なぜだか、胸の奥が少しだけもやもやした。


(……変なの)


 自分でも理由が分からない。だから、ひまりはその気持ちを振り払うように大きく息を吐いた。


「よし」


「切り替え!」


 いつもの笑顔で受付へ戻る。


 ◇


 そして、そんな三人を見ていた男が一人。


「……」


 優斗だった。


「ぷっ」


 肩が震える。


「あははは」


 もう限界だった。


「優斗?」


 湊が怪訝そうに見る。


「おかしくなっちゃった?」


「そんなわけないだろ」


「でも」


 優斗は口元を押さえながら言う。


「今日、ちょっと情報量多いわ」


「?」


「湊」


「お前」


「朝から見ててずっと面白いんだよな」


「何が?」


「まず一つ」


 指を一本立てる。


「しろさんが笑うたびに、お前が見惚れる」


「違うって!」


「二つ」


 二本目。


「雨宮さんが寄りかかる」


「それは事故だから!」


「だから面白い」


「どういう理屈!?」


 優斗はとうとう吹き出した。


「しかも」


「しろさん全然気にしてないし」


「ひまりは何か考え込んでるし」


「湊は一人で慌ててるし」


「劇団かよ」


 湊は頭を抱える。


「……僕って、そんなに分かりやすい?」


「ああ」


「もうめちゃくちゃだわ」


 ◇


 そのあとしばらくして、


「ご主人」


「はい?」


 しろが近付いてくる。


「少しお聞きしたいことが。」


「何ですか?」


「雨宮さんは、昔からあのように元気な方なのですか?」


「え?」


 湊は笑った。


「知り合ってまだそんなに経ってないです」


「でも」


「最初はあそこまでではなかったですけどね」


「なるほど」


 しろは納得したように頷く。


「元気なのは良いことです」


「見ていて、私も元気をいただけますし」


 その横で、優斗がまた肩を震わせる。


「……」


(この人、本当に何にも気付いてない。)


 だからこそ、湊が一人で空回りしているように見えてしまう。その光景がおかしくて仕方なかった。


 文化祭一日目。午後の教室には、笑い声と歓声と。少しずつ変わっていく、それぞれの想いが静かに流れていた。

第十六話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。三角関係どころか五角形ですね。ペンタゴンですよ。メイドと主、親友、幼馴染、尊敬(ほんとに?)する先輩……。おもしろいですね。みんなの関係がどうなるかはわかりませんが、物語はまだまだ続きます。これからもよろしくお願いします。感想、ブックマーク等お待ちしております。次回、第十七話もお楽しみに。

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