第十五話 青嶺祭、開幕!!!
第十五話です。ついに湊たちの文化祭が始まる!開場に向けて、それぞれの気持ちは高まっていく。
六月。澄み切った青空が、初夏の柔らかな日差しを校舎へと注いでいた。今日は、いつもとは違う朝だった。
**青嶺高校文化祭――『青嶺祭』初日。**
二日間にわたって開催される、一年で最も学校が賑わう日。この日のために、生徒たちは何週間も準備を重ねてきた。朝比奈湊も、その一人だった。
◇
「ご主人。」
キッチンから優しい声が聞こえる。
「朝食の準備ができました」
「はい!」
湊は制服のネクタイを整えながらリビングへ向かった。食卓には、焼き鮭、味噌汁、だし巻き卵、小鉢に入ったほうれん草のおひたし。文化祭当日とは思えないほど、いつも通りの朝食だった。
「「いただきます」」
二人で手を合わせる。湊は味噌汁を一口飲むと、小さく息をついた。
「……緊張します」
しろは湊の表情を見て、穏やかに笑う。
「昨日は眠れましたか?」
「あんまりです」
正直に答える。
「楽しみすぎて、なかなか寝付けませんでした」
しろが小さく笑う。
「遠足の前日のようですね」
「そんな感じです」
湊も照れ笑いを浮かべる。しろは湊の前に温かいお茶を置いた。
「今日はきっと忙しくなります」
「朝ご飯はしっかり食べてください」
「はい」
湊は力強く頷いた。
◇
朝七時四十分。高校へ向かう坂道。この時間にしてはいつもより多くの制服姿が行き交っていた。手には荷物を抱えた生徒。看板を運ぶ生徒。クラスTシャツを着て歩く三年生。校門へ近付くにつれ、空気が少し浮き立っているように感じられる。校門の大きな立て看板には色鮮やかな文字で書かれている。
**『ようこそ! 青嶺祭へ!』**
その横では文化祭実行委員が元気よく挨拶をしていた。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
湊も自然と笑顔になる。
(始まるんだ)
そんな実感が、ようやく湧いてきた。
◇
「湊!」
校舎へ入ろうとしたところで、後ろから声がした。
「おはよう!」
振り返ると、優斗が大きく手を振っている。
「おはよう」
「寝れた?」
「少しだけ」
「やっぱりか。 俺も」
二人は顔を見合わせて笑った。そこへ。
「二人とも、おはよう!」
ひまりも駆け寄ってくる。今日はクラスカラーを取り入れたヘアピンを付けていて、いつもより少しだけ華やかな印象だった。
「緊張してる?」
「してる」
「してるね」
二人の答えが重なり、思わず笑い合う。その空気が、少しだけ緊張をほぐしてくれた。
◇
二年C組の教室。昨日完成したコーヒーカップが、教室の中央で来場者を待っている。窓から差し込む朝日が装飾を照らし、色とりどりのリボンがきらりと光る。
「……」
湊はしばらく言葉を失う。何度も見てきたはずなのに。文化祭当日の教室に置かれたそれは、どこか特別に見えた。
「湊」
優斗が肩を叩く。
「ぼーっとしてる暇ないぞ」
「開場まであと一時間」
「準備だ、準備」
「……そうだね」
湊は慌てて動き始める。
「受付確認!」
「装飾品最終チェック!」
「試運転お願い!」
湊の一声で教室が一気に動き出す。その姿を見ていたひまりは、小さく微笑んだ。
(こういう時の湊かっこいいよね~)
すぐにその考えを振り払う。
(……何考えてるんだ、私)
頬を軽く叩いて気持ちを切り替えると、自分も持ち場へ走った。
◇
開場十分前。校内放送が流れる。『まもなく開場します。各クラスは最終確認をお願いします。』廊下からは他クラスの元気な掛け声。吹奏楽部の演奏練習。中庭ではダンス部が円陣を組んでいた。学校全体が、一つの大きな祭りへ向かって鼓動を早めている。その時だった。
「朝比奈先輩」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、結衣が立っていた。
「雨宮さん?」
「お、お久しぶりです!」
結衣はぺこりと頭を下げる。
「十話ぶり?だね。 作者が構成ヘタクソだから……」
「……あはは、それはいいんですけど」
「それはそうと私、今日の自分のシフトが終わったら遊びに行きます!」
「本当?」
「はい!」
結衣は笑顔で頷く。
「コーヒーカップ、すごく楽しみにしてます!」
「一年の間でもすごい話題ですよ!」
「ありがとう」
湊も自然と笑顔になる。
「ぜひ来てね」
「はい!」
そう言って結衣は、自分の教室へと駆けていった。ひまりはどこか微笑ましそうにその様子を見ていた。
「湊って、学年関係なく仲良くなるよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
優斗も頷く。
「それがお前のすごいところ」
湊は照れくさそうに笑うしかなかった。
◇
午前九時。始業ベルとは違う、軽快なファンファーレが校内へ響き渡る。
『ただいまより――』
『青嶺高校文化祭、青嶺祭を開催します!』
その瞬間。校舎中から大きな歓声と拍手が湧き上がった。廊下を歩き出す来場者。元気な呼び込み。笑顔で走る生徒たち。二年生に進級してから待ち望んでいた二日間が、ついに幕を開けた。湊は教室の入口に立ち、大きく息を吸う。
「よし」
「二年C組『コーヒーカップ』、開店です!」
その声とともに、最初のお客さんが教室へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
二年C組の教室に、元気な声が響く。開場から十分ほど。まだ人は少ないが、少しずつ来場者が教室へ足を運び始めていた。入口では受付係が笑顔で案内をする。
「こちらで受付をお願いしまーす!」
「グループは四名様まで同時にご利用いただけます!」
廊下から教室を覗き込んだ来場者は、思わず足を止める。
「えっ、すご!」
「教室の中にコーヒーカップある!」
「本物じゃん!」
歓声が上がる。それを聞いた湊は、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。準備してきた時間は、無駄じゃなかった。その一言だけで、何週間もの苦労が報われる気がした。
◇
「では、一番奥のカップへどうぞ!」
係の合図で、一組目のお客さんがカップへ乗り込む。親子連れだった。小学校低学年くらいの男の子と、その両親。
「すごーい!」
男の子は目を輝かせながら席へ座る。
「本当に回るの?」
「どうかな?」
父親が笑いながら答える。安全バーを確認し、ゆっくりと固定する。
「準備できました!」
「スタート!」
ゆっくりと、本当にゆっくりと。コーヒーカップが動き始めた。
ギィ……。
手作りならではの、木材が擦れる小さな音。しかし、それさえも温かみがあった。
「動いた!」
男の子が歓声を上げる。
「お父さん! 回ってる!」
「すごいな!」
母親も思わず笑顔になる。ゆっくりと回るカップの中で、三人の笑い声が教室いっぱいに響いた。その笑顔を見た瞬間、湊は思わず拳を握る。
(よかった)
(ちゃんと楽しんでもらえてる)
その安心が、自然と表情に表れた。
◇
二組目は女子中学生三人組だった。
「え、すごーい!」
「写真撮ろう!」
「待って待って!」
乗る前から大騒ぎ。
「はい、チーズ!」
カシャッ。
スマートフォンのシャッター音が響く。
「文化祭って感じ!」
「最高!」
そして回り始めると。
「キャー!」
「楽しい!」
「ちょっと速くない!?」
「速くない速くない!」
笑い声が止まらない。カップの中央に付けられたハンドルを握り、三人で力を合わせて回そうとする。すると。くるり。速度が変わる。
「ほんとに回った!」
「すごーい!」
歓声がさらに大きくなる。教室の外を歩いていた人まで、その笑い声につられて足を止めた。
「何だろう?」
「面白そうだね」
「見に行ってみよう!」
気付けば、入口には列ができ始めていた。
◇
「朝比奈!」
受付担当の男子が慌てて駆け寄ってくる。
「列できてるぞ!」
「え?」
廊下を見ると。十人。二十人。三十人近い人が順番を待っている。
「本当だ……」
「どうする?」
湊は一瞬だけ考えた。
「待ち時間と整理券の案内しよう」
「それから、乗ってる間に次のお客さんを準備できるように」
「了解!」
クラスメイトたちはすぐに動き出す。
列整理。整理券配布。誘導。事前の安全説明。
何度もシミュレーションした流れが、そのまま形になっていく。その様子を見ていた担任教師が、小さく頷いた。
「よくここまでまとめたな」
隣にいた別の教師も感心したように言う。
「生徒だけで運営してるとは思えませんね」
「二年C組、いいクラスになった」
◇
昼前になる頃には、教室の外まで笑顔があふれていた。子どもが目を輝かせながら手を振る。高校生同士が写真を撮り合う。卒業生らしき若者が「懐かしいなぁ」と笑う。誰かが笑えば、その笑顔がまるで波紋のように周りへ伝わる。小さな笑顔が、また次の笑顔を生んでいく。湊は受付からその光景を眺めていた。コーヒーカップがゆっくりと回り、それに合わせて笑顔も回る。何週間もかけて作ったのは、木でできた遊具ではない。そこに集まる人たちの、楽しい時間だった。
「……」
ふと、湊は小さく笑う。
(しろさん)
(見てくれてたら、きっと喜んでくれるだろうな)
そう思った、その時だった。
「湊!」
優斗が教室の奥から大きく手を振る。
「ちょっと来て!」
「トラブル!」
湊の表情が引き締まる。
「すぐ行く!」
楽しい時間は続いている。だからこそ、その笑顔を守るのも自分たちの役目だった。
◇
「どうした?」
「ここの回転軸なんだけど」
優斗がコーヒーカップの土台を指差す。
「さっきから回してて少し引っ掛かる感じがするんだ」
湊はしゃがみ込み、実際に手で回してみる。
ギ……。
ほんのわずかだが、確かに途中でつっかかるのを感じる。
「……本当だ」
試運転まではなかった感触だった。何十組もの来場者が利用したことで、固定部分のネジが少し緩み始めているのかもしれない。
「危ないかな?」
ひまりも近寄る。
「いや」
湊は落ち着いて首を振った。
「今すぐ危ないわけじゃない」
「でも、このまま使い続けるのはよくないのは確かだよ」
「じゃあ?」
湊は立ち上がった。
「一回、止めよう」
「えっ?」
教室中から疑問の声が上がる。
「列できてるよ?」
入口には、昼飯時にもかかわらず三十人近い来場者が並んでいる。一時中断すれば、待たせてしまう。それでも、湊は迷わなかった。
「安全が一番だ」
「もし何かあったら、せっかく来てくれた人が悲しい思いをするかもしれない」
「だから、みんな十分だけ時間がほしい」
その言葉に、優斗は笑った。
「まあ、そう言うと思ってたよ」
「俺、工具持ってくる!」
「ひまり、説明お願い!」
「任せて!」
三人はすぐに動き出した。
◇
「申し訳ありません!」
ひまりが列のお客さんへ頭を下げる。
「安全確認のため、十分ほど運営を中断させていただきます。」
一瞬、列がざわつく。
しかし、
「ちゃんと確認してな」
「しっかりしてるわね」
「その方が安心」
文句を言う人はいなかった。むしろ、温かい言葉を掛けてくれる人ばかり。その言葉に、ひまりはほっと胸をなで下ろす。
◇
教室の中では。
「六角レンチ」
「はい。」
「ありがとう」
湊と優斗が手術でも行うかのような緊張感で作業をしていた。ネジを締め直し。軸の位置を微調整する。試しに回してみると、先ほどまであった引っ掛かりは、もう感じられない。
「もう一回」
湊が言う。
「オッケー」
二人で何度も回転を確認する。
前。後ろ。左右。
速度を変えながら確かめる。
ようやく、
「……よし」
湊は小さく息を吐いた。
「もう大丈夫」
◇
誰かが呼びに行ったのか、担任教師も確認に来た。
「朝比奈」
「はい」
「問題ないか?」
「はい」
「ネジの緩みだけでした」
「念のため問題の箇所以外も全部確認しました」
担任はコーヒーカップを一周見て回る。
「ご苦労」
小さく頷いた。
「安全のために止める判断は正しかったと俺も思う」
「ありがとうございます」
その言葉に、湊は少し肩の力を抜いた。
◇
「お待たせしました!」
ひまりが元気よく声を上げる。
「運営を再開します!」
列から拍手が起こる。
「頑張って!」
「ありがとう!」
温かい声援が飛んできた。
「よかった……」
湊は思わず笑う。優斗が肩を軽く叩いた。
「ほら」
「止めても大丈夫だったろ」
「うん」
「ありがとう」
「俺は何も――」
「気付いてくれたのは優斗だよ」
「……」
優斗は照れくさそうに頭をかく。
「まあ、」
「こういう時くらい役に立たないとな」
二人はコツン、と拳をあわせた。
◇
運営再開後、コーヒーカップは以前にも増して滑らかに回った。
「すごーい!」
「楽しい!」
「もう一回乗りたい!」
子どもたちの歓声。保護者の笑顔。高校生たちの笑い声。教室いっぱいに、幸せな空気が広がっていく。その様子を見ながら、ひまりはふと思った。
(私、このクラス本当に好きだなぁ)
文化祭が終われば、こんな時間も終わってしまう。そう考えると、少しだけ寂しかった。でも。だからこそ。今日という日を思い切り楽しみたかった。
◇
昼休憩を迎える頃。二年C組のコーヒーカップは、校内でも相当な評判になり始めていた。
「二年C組、もう行った?」
「完成度えげつないらしいぞ!」
「午後行こ、午後!」
口コミは口コミを呼ぶ。教室の前には、午前中よりもさらに長い列ができ始める。その様子を見た湊は、小さく拳を握った。
(午後も頑張るか)
文化祭初日は、まだ始まったばかりだった。
第十五話でした。お楽しみいただけましたでしょうか。えー、突然のメタ発言ですね。ちょっとやってみたかったんです。許してください。湊も言ってましたが、私、まだまだ未熟ですので、構成が下手です。いつ結衣を出してやろうか、と悩んでました。なかなかに物語をかき乱していく人物(になることを期待)ですので、楽しみにしててください。感想、ブックマーク等ぜひお願いいたします。次回、第十六話もお楽しみに。




