第十四話 前夜
第十四話です。準備を終え、決起集会に参加する一同。生徒会長の熱い言葉や湊の登壇を終え教室に戻ると、クラスメイト達は新たな気持ちの芽生えに気づく。
ついに文化祭前日。二年C組の教室には、いつもとは違う空気が流れていた。
「……」
誰もが目の前のものを見つめている。教室の中央には何週間もかけて作り上げてきた、コーヒーカップ。最初はただの木材と設計図だった。意見がぶつかったこともあった。作業が思うように進まず、不安になった日もあった。それでも、少しずつ、一人一人が力を合わせて、ついに。
「完成……」
誰かが呟いた。その言葉を聞いた瞬間。
「完成だー!」
「やったー!」
教室中に歓声が響いた。
「すげぇ……」
優斗がコーヒーカップを見上げる。
「本当に作ったんだな」
「ああ」
湊も頷く。その表情には、疲労混じりの達成感が浮かんでいた。
「最初は無理だと思ったけど」
「みんなが頑張ってくれたから。」
「湊さぁ」
優斗が笑う。
「お最初から最後までそればっかだな」
「え?」
「自分の活躍を全然言わない」
湊は少し困ったように笑った。
「僕だけじゃできなかった。これはみんなで作ったものだから」
その言葉に、教室にいた全員が少し嬉しそうな顔をした。
「しろさん」
湊が振り返る。そこには、いつものように穏やかな表情のしろがいた。
「完成しましたね」
「はい。」
しろは完成したコーヒーカップを見る。
「素敵です」
「皆さんの想いが詰まっていますね。」
「……」
湊は少し照れながら笑う。
「最終日までしろさんが手伝ってくれたからですよ」
「私は少しお手伝いしただけです」
「寝落ちまでしたのに、ですか」
思わず笑ってしまう。以前なら、しろの言葉を聞いて終わっていた。でも今は、その笑顔を見ると胸が少し苦しいような、温かくなるような感じがする。
「ご主人?」
「え?」
「どうかされましたか?」
「い、いえ」
湊は慌てて目を逸らした。
◇
金曜日の夕方。文化祭前日の恒例行事である全校生徒による決起集会が、学園講堂で行われることになっていた。各クラスの代表が集まり、文化祭の成功を願う。講堂には全校生徒が集められ、ざわざわとした声が響き、翌日に差し迫った文化祭への高揚や緊張感がひしひしと伝わってくる。ちなみにしろは先に帰って夕飯の支度中。
「すごい熱気」
湊が周囲を見る。
「文化祭って本当に大きい行事なんだな……」
「今さら?」
ひまりが笑う。
「湊、委員会にも参加して、ずっと準備してたじゃん」
「そうだけど」
「なんか、実感が湧いたというか」
その横で優斗が笑う。
「お前らしいな」
◇
ステージ上に上った生徒会長がマイクを握る。
「いよいよ明日、我らが青嶺高校は」
「文化祭当日を迎えます」
講堂が静かになる。
「この二日間のために、皆さんは準備をしてきました」
「楽しいことだけではなかったでしょう」
「意見が合わないことも」
「思った通りに進まないことも」
「たくさんあったはずです」
湊は静かに聞いていた。頭に次から次へと浮かんでは消えていく。最初の話し合い。作業の遅れ。みんなで悩んだ時間。そして、しろが来てくれた日。
「ですが」
生徒会長が続ける。
「文化祭とは、完成したものだけを発表する行事ではない」
「そこに至るまで、誰と何を作ったのか」
「その時間こそが、一番大切なものだと思います」
講堂に拍手が広がる。湊も自然と拍手していた。隣を見る。ひまり、優斗、そして、クラスメイト達。その姿を見て、湊は思う。
(明日)
(しろさんにも、楽しんでほしいな)
今まで、自分たちのために動いてくれた。だから湊は明日、しろに笑っていてほしかった。
◇
生徒会長のあいさつののち、吹奏楽部による演奏、実行委員長からの注意事項の報告を終え、決起集会の最後のイベント。各クラス代表がステージへ呼ばれる。
「それじゃあ次は、二年C組!」
「代表者、前へ!」
「行ってこいよ」
優斗が背中を押す。
「え、僕?」
「当然。」
ひまりも笑う。
「このクラスの代表でしょ」
湊は少し緊張しながらステージへと歩を進める。全校生徒の前。でも、不思議と怖くなかった。講堂の奥を見れば、自分を見て笑っているクラスのみんな。そして、しろを思い浮かべた。
明日は文化祭。長い準備期間の答え合わせの日がやってくる。
◇
決起集会が終わった後。二年C組の教室には、最終調整のために集まった生徒たちの姿があった。明日からはいよいよ本番。長かった準備期間も、残すところあと一日になった。
「なんかさ」
机を移動させながら、クラスメイトの一人が呟く。
「最初は間に合うわけないと思ってたよな」
「分かる」
「コーヒーカップなんて無理じゃないかって思った」
その言葉に、何人かが笑う。
「でも完成したんだよ」
「しかも結構すごいやつ」
教室の中央にあるコーヒーカップを見る。何度も修正して、何度も作り直して。みんなで完成させたものには、二年C組の時間が詰まっていた。
「湊」
優斗が声を掛ける。
「緊張してんのか?」
「まあ、少しだけ」
湊は正直に答えた。
「失敗したらどうしよう、とか」
「お客さん楽しんでくれるかな、とか」
「当然考えるよ」
優斗は笑った。
「珍しいな」
「何が?」
「お前が自分の不安を言うの」
「……そうかな」
「ああ」
優斗はコーヒーカップを見る。
「でも」
「ここまでやったんだから大丈夫だろ」
「みんな頑張ったし」
湊も頷いた。
「うん」
その後、最終確認が始まった。受付のやり方、当日の役割分担、時間ごとの交代、安全確認。文化祭本番で必要なことを、一つずつ確認していく。
「湊、これ見て」
ひまりがチェック表を持ってくる。
「午前中混みそうだから、」
「スタッフを何人か増やした方がいいかも。」
湊は確認して頷いた。
「確かに」
「ひまり」
「ん?」
「ありがとう」
ひまりは笑う。
「湊は全部自分で見ようとするから」
「こういうところは私が見てあげないと」
「……」
湊は少し驚いた顔をする。
「僕、そんなに?」
「そんなに」
即答。優斗も横から頷く。
「間違いない」
「……」
湊は苦笑した。
「じゃあ、気を付けます」
「たぶん無理だけどね」
ひまりが笑う。
「でも」
くるりと回れ右をして、少しだけ声を落とす。
「そういうところが、湊らしいんだけど」
「え?」
「何でもない!」
ひまりはすぐに作業へ戻った。
◇
夕方。最終確認が終わり、教室には最後まで残っている数人の生徒たちがいた。もう作業はほとんど終わっていて、あとは明日を迎えるだけだった。それでも、誰もすぐには帰ろうとしなかった。
「準備終わるって思うと、ちょっと寂しくない?」
机に腰かけた男子生徒が言う。
「それな」
「毎日放課後残ってたし」
「最初は面倒だと思ってたのに」
そんな会話が教室に広がる。湊はその様子を見ながら、静かに微笑んでいた。数週間前、このクラスはまだ一つではなかった。企画が決まったばかりの頃、意見がまとまらなかったこともある。作業量に不安を感じたこともある。でも、今は違う。
「湊」
優斗が隣に立つ。
「何にやけてんだ」
「え?」
「いや」
優斗は教室を見る。
「なんかキモかったから」
「おい」
「……いやでも、嬉しいんだと思う」
「みんなでここまで来られたから」
「最初は、正直不安だった」
「僕がまとめられるのかなって」
優斗は少し意外そうな顔をする。
「お前でもそう思うんだな」
「当たり前だろ」
湊は笑う。
「僕だって普通の人なんだから」
「でも」
教室を見る。
「みんなが協力しあった」
「ひまりも、優斗も、クラスのみんなも」
「だから完成したんだと思う」
優斗は少し黙った。そして、
「……湊」
「やっぱ、お前が代表でよかったわ」
湊は驚く。
「急にどうしたんだよ?」
「別に」
優斗は照れくさそうに視線を逸らす。
「そう思っただけ」
◇
その会話を少し離れた場所で聞いていたひまり。彼女は小さく笑った。
(本当に)
(湊って変わらないな)
自分が頑張ったことより、周りが頑張ったことを喜ぶ。誰かを褒める時だけ、すごく嬉しそうな顔をする。だから、みんな自然と湊についていく。
(……)
ひまりは少しだけ視線を落とす。昔からの友達。ただのクラスメイト。そう思っていたはずなのに。最近は、ふとした瞬間に目で追っていることが増えた。誰かに頼られている時。困っている人を助けている時。嬉しそうに笑っている時。
(……明日)
文化祭が終わったら、またいつもの日常に戻る。それが少しだけ寂しく感じる自分に、ひまりは気付いていた。
「ひまり?」
「え?」
湊が声を掛ける。
「どうかした?」
「ううん」
ひまりはいつもの笑顔を作る。
「明日、成功するといいなって思っただけ」
「大丈夫」
湊も笑う。
「絶対成功する」
◇
全員で最後の戸締まりを確認する。
「忘れ物なし!」
「電気よし!」
「鍵閉めるよ!」
教室の明かりが消える。暗くなった教室の中。窓から差し込む黄昏時の夕日の光だけが残った。
「じゃあみんな」
湊が言う。
「また明日!」
「おう!」
「明日頑張ろう!」
一人、また一人、校舎を去っていく。最後に残った湊は、完成したコーヒーカップを眺める。
「……」
何度も悩んで、何度も失敗した。そんな湊も、今は胸を張れる。
「明日」
「よろしくお願いします」
誰もいない教室で、小さく呟く。
◇
帰宅すると
「おかえりなさいませ、ご主人。」
いつもの声が聞こえた。
「ただいまです」
湊は少し笑う。家の中、いつもの風景。いつものしろなのに、最近は少しだけ違って見える。
「いよいよ、明日ですね」
しろが言う。
「はい」
「楽しみですか?」
「……はい」
湊は頷く。
「すごく」
しろは微笑む。
「それは良かったです」
「皆さん頑張りましたから。」
その言葉に、湊は少しだけ笑った。
「しろさんもですよ」
「私ですか?」
「はい。」
「しろさんも、とっくに二年C組の一員です。」
しろは一瞬、目を丸くする。
「……ありがとうございます」
優しく笑った。
◇
夜。湊は半ば倒れ込むようにしてベッドに入り、明日のことを考える。文化祭。クラスのみんなの顔。コーヒーカップ。そしてしろ。
「……」
また心臓が少し跳ねる。
「……なんなんだろう」
まだ名前を付けられない気持ち。今までとは違う『大切』が、日に日に強くなっていく。明日。文化祭当日。きっと特別な一日になる。そんな予感を抱きながら。湊はゆっくりと目を閉じた。
第十四話でした。お楽しみいただけたでしょうか。ひまりの気持ちも、湊の気持ちも少しづつ大きくなってますね。文化祭というイベントを通してだれかとの関係性が変わってしまうということはよくあります。それはいい方向なのか悪い方向なのかはそれぞれです。でも、そんな変化を彼らには恐れてほしくないですね。あと、しばらく更新サボっててすいませんでした。忙しいんですよ。ご了承ください。誠に勝手ながら、これからは不定期更新で行こうと思います。なるべく更新頻度は早くしていくんで、ぜひ読み続けていただければ幸いです。感想、ブックマーク等ぜひお願いいたします。次回第十五話もお楽しみに。




