↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
手をつなぐ理由  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/57

長野の夜

ひまちゃんダイアリー ― 長野の夜


 長野での特別セッションを終え、ホテルへ戻った頃には、陽毬はすっかり眠そうになっていた。


「ねむい……」


 ひなたが、くすっと笑う。


「今日はいっぱい頑張ったもんね」


 陽毬は、ベッドへ倒れ込むように潜り込むと、数分後にはもう小さな寝息を立て始めていた。


 窓の外には、長野の夜景。


 遠くに山の黒い輪郭が見える。


 部屋のテーブルでは、隆がノートパソコンを開いていた。

 今日のメモを書き留めている。


 “泣いてる子に何て言えばいいか分からない”

 “悪気がなかったら許されるのか”

 “教室もアドリブみたいなもの”


 その言葉たちは、きっと次の小説の中へも溶け込んでいく。


 一方、ひなたもスマホを開いていた。


 ひなたの連載ダイアリー小説――


『ひまちゃんダイアリー』


 毎日更新。


 陽毬との日常。

 旅先の風景。

 笑ったこと。

 泣きそうになったこと。

 そして、人と人の間にある小さな空気。


 ひなたは、今日の投稿を書き始めた。


⸻


『ひまちゃんダイアリー』


「ボールとバットとグローブ」


 今日は長野で、中高生のみんなとお話をしました。


 昨日は、“言葉の傷”について真面目に話しました。

 今日は、“笑いながら考える日”。


 天庄屋さんが突然始めたのは、野球道具のギャグコント。


 バットとボールとグローブが、めちゃくちゃ仲悪かったらどうなるか。

 逆に、ラブラブすぎたらどうなるか。


 体育館が揺れるくらい笑いが起きていました。


 でも、笑いながら、みんな少しずつ気づいていくんです。


 「地味だからって、必要ないわけじゃない」

 「仲がいいから何でも許されるわけじゃない」

 「ちゃんと相手を見ることが大事」


 笑いって不思議です。


 重い言葉だけでは届かないものが、笑ったあとに、すっと心へ入っていくことがあります。


 そして今日、陽毬が言いました。


 “なにもいわなくても、となりにすわればいいよ”


 たぶん、大人が何時間も話すより、ずっとまっすぐ届く言葉でした。


 人を救うのって、案外、すごい言葉じゃないのかもしれません。


 「ここにいるよ」


 それだけで、救われる日があります。


⸻


 ひなたは少し考えてから、最後にいつものように短歌を書いた。


短歌


となりへと

そっと座った

そのだけで

泣いてた声が

少しやわらぐ


⸻


 そして今日は、川柳も添えた。


川柳


空気より

勇気を選ぶ

教室へ


⸻


 投稿ボタンを押す。


 数秒後。


 通知が鳴り始めた。


⸻


コメント欄


「今日、会場にいました」


高校一年です。

陽毬ちゃんの“となりにすわればいい”で泣きました。

自分は、気の利いた言葉を言えないとダメだと思ってたけど、隣にいるだけでもいいんだって思えました。


⸻


「野球部です」


グローブの話、めちゃくちゃ刺さりました。

自分、キャッチャーなんですけど、“捕るだけ”って言われた感じしたことあります。

でも今日、“受け止める役割”って言われて、ちょっと救われました。


⸻


「教師です」


今日参加した教員です。

“大人の沈黙もメッセージになる”という言葉を忘れません。

明日からの教室で、自分に何ができるか考えたいです。


⸻


「笑いながら泣きました」


バットとボールの昼ドラで爆笑したのに、気づいたら泣いてました。

笑いと優しさって、一緒に存在できるんですね。


⸻


「元いじめられっ子です」


“泣いている子を笑わない場所であってほしい”

この言葉を読んで、昔の自分を思い出しました。

あの頃の自分に、今日の話を聞かせてあげたかったです。


⸻


 コメントは、次々と増えていく。


 中高生。

 教師。

 保護者。

 昔、傷ついた経験を持つ人。


 いろんな立場の人たちが、自分の言葉を書き込んでいた。


 隆が、画面をのぞき込む。


「……届いてるな」


 ひなたは静かに頷いた。


「うん」


 その時、ベッドの中から、陽毬の寝言が聞こえた。


「……バットさん……なかよく……」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、同時に吹き出した。


 隆が、小さな声で言う。


「今日、一番頑張ったの、あの子かもしれんな」


 ひなたも笑う。


「完全に主役だった」


 窓の外には、長野の静かな夜。


 けれど、投稿された言葉たちは、もう全国へ広がっている。


 誰かの教室へ。

 誰かの心へ。

 そして、まだ“助けて”と言えない誰かのところへ。


 『ひまちゃんダイアリー』は、今日もまた、小さな光を残していくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。