信州へつなぐ言葉
番外編
信州へつなぐ言葉
酒田駅のホームに、特急いなほが入ってきた。
隆、ひなた、陽毬。
そして天庄屋の秋元逸美と佐々木ひより。
今回の行き先は長野。
酒田から新潟へ。
新潟から直江津へ。
さらに妙高高原を経由して、長野へ向かう。
目的は、地元の中高生たちとのトークセッションだった。
テーマは、
「言葉によるいじめと、心に残る影響」
重い。
けれど、避けてはいけないテーマだった。
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1.特急いなほの車内
車窓の向こうに、日本海が広がる。
陽毬は窓に顔を近づけて、目を輝かせていた。
「おとうさん、うみ、ずっとついてくる!」
隆は笑った。
「んだな。今日は海も一緒に長野まで行ぐ気分だな」
ひよりがすかさず言う。
「いや、海は妙高高原あたりで引き返すべ」
逸美が静かにつっこむ。
「物理的に無理あるからね」
ひなたは笑いながらノートを開く。
「今日の一言目からもうネタだの」
陽毬も真似して言う。
「うみ、ひきかえす!」
車内に小さな笑いが起きる。
けれど、その笑いの奥には、今日向かう場所で語るべきものの重さがちゃんとあった。
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2.乗り継ぎの旅
新潟で乗り換え、直江津へ。
列車を降りるたびに、空気の匂いが少しずつ変わっていく。
海沿いの風。
駅のホームのざわめき。
妙高高原へ近づくにつれて、山の気配が濃くなる。
陽毬は、乗り換えのたびに小さな冒険みたいに喜んだ。
「つぎ、どのれっしゃ?」
ひなたが時刻表を見ながら答える。
「次は山の方さ行ぐ列車だよ」
隆は窓の外を見ながら、メモ帳に一文を書いた。
海を見ていた子どもが、山へ向かう列車で言葉の重さを知りに行く。
逸美がそれをちらっと見て言った。
「いい書き出しだの」
隆は苦笑する。
「勝手に見るなって」
ひよりが笑う。
「作家の隣にいると、全部素材だべ」
ひなたが頷く。
「それは間違いねぇ」
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3.長野の会場
長野市内のホールには、地元の中高生が集まっていた。
制服姿の生徒たち。
少し緊張した顔。
友達同士で小声で話す子。
腕を組んで、まだ少し構えている子。
ステージには、五つの椅子。
隆。
ひなた。
天庄屋の二人。
そして、少し端に座る陽毬。
司会者が紹介を終えると、拍手が起きた。
最初に話したのは隆だった。
「今日は、“言葉によるいじめ”の話をします」
会場の空気が静かになる。
「でも、誰かを責めるためだけに来たわけじゃありません」
隆は、生徒たちを見渡した。
「言葉は、人を傷つけます。
でも、言葉は、人を助けることもできます。
その両方を、今日は一緒に考えたいです」
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4.天庄屋の笑いと本気
続いて、ひよりがマイクを持った。
「うちら、普段は人を笑わせる仕事しでます」
会場に少し笑いが起きる。
「でもな、笑いって、使い方間違えるとめちゃくちゃ危ねぇんだわ」
逸美が続ける。
「誰かを下げて笑うのは簡単です。
でも、それは笑いじゃなくて、ただの逃げです」
ひよりがうなずく。
「ほんとの笑いって、“一緒に笑える”ことなんだよの」
空気が少しやわらかくなる。
でも、生徒たちは真剣に聞いている。
ひよりは少し間を置いて言った。
「“いじり”って言葉でごまかして、人の心削ってねぇか。
そこは、自分で一回止まって考えでほしい」
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5.ひなたの言葉
ひなたは、ゆっくりマイクを持った。
「私は、昔、教室で声を上げたことがあります」
会場がさらに静まる。
「怖くなかったわけじゃありません。
むしろ、すごく怖かったです」
生徒たちの視線が集まる。
「でも、あの時、黙っていたら、たぶん私は自分のことを嫌いになっていたと思います」
ひなたは陽毬の方を一度見る。
「今、自分の子どもに言える生き方をしたい。
そう思った時、やっぱりあの時の自分を裏切らなくてよかったと思います」
前列の女子生徒が、少し目元を押さえた。
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6.陽毬の一言
司会者が、やわらかく陽毬に聞いた。
「陽毬ちゃんは、幼稚園で泣いている子がいたらどうする?」
陽毬は少し考えてから言った。
「となりにすわる」
会場が静かになる。
「なんで?」
陽毬は、当たり前のように答えた。
「ひとりでなくと、もっとかなしいから」
その瞬間、会場の空気が変わった。
難しい理論よりも、まっすぐ届く言葉だった。
ひよりが小声で言う。
「今日の主役、完全に持っていったの」
逸美が静かに笑う。
「勝てないね」
会場にも、涙混じりの笑いが広がった。
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7.生徒たちからの質問
質疑応答になると、手が次々に上がった。
一人の男子生徒が立った。
「自分は、たぶん見て見ぬふりをしたことがあります。今さら謝っても遅いですか?」
隆は少し考えてから言った。
「遅いかどうかは、相手が決めることだと思います」
男子生徒は息を呑む。
「でも、自分が間違っていたと気づいたなら、そこからどう生きるかは自分で選べます」
別の女子生徒が聞いた。
「声を上げたら、自分も標的になるのが怖いです」
ひなたが頷く。
「怖いです。ほんとに怖い」
そして続けた。
「だから、一人で全部背負わないでください。先生でも、家族でも、友達でも、外の相談先でもいい。手をつなぐ相手を探してください」
逸美が言う。
「声を上げるって、ひとりで叫ぶことだけじゃないの。誰かに“助けて”って言うのも、立派な声だよ」
ひよりも続ける。
「助けてって言った人を、“チクった”とか言う空気があるなら、その空気の方が間違ってる」
会場から、小さな拍手が起きた。
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8.感想
最後に、生徒たちが感想を述べた。
ある中学生が言った。
「今まで、冗談だから大丈夫だと思っていた言葉がありました。でも今日、相手がどう受け取ったかを考えていなかったと思いました」
高校生の女子が続けた。
「私は、クラスで誰かが笑われていても、何も言えないことがありました。今日の話を聞いて、いきなり強くはなれなくても、隣に座ることならできるかもしれないと思いました」
別の男子生徒は、少し声を震わせながら言った。
「泣いている子の隣に座るって、簡単そうで難しいと思います。でも、それができる人になりたいです」
ひなたは、静かにうなずいた。
隆も、言葉を受け止めるように深く頭を下げた。
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9.帰りの列車
帰りの列車の中、陽毬はすっかり眠っていた。
ひなたの膝に頭を預け、小さな手を握ったまま。
隆は窓の外の暗くなった景色を見ていた。
「今日、届いだな」
ひなたが小声で言う。
「ん」
ひよりが、少し離れた席で腕を組みながら言った。
「やっぱ、直接会って話すって強ぇの」
逸美が頷く。
「言葉は、画面越しでも届く。でも、同じ場所で聞く言葉には、また別の重さがある」
隆はメモ帳を開いた。
そこに短く書く。
手をつなぐ理由は、ひとりで泣かせないため。
ひなたがそれを見て、そっと微笑んだ。
「それ、今日の答えだの」
隆は頷いた。
列車は夜の線路を走っていく。
酒田へ戻る道。
でも、言葉はもう、長野の生徒たちの中にも残っている。
教室の外へ出ても、光は続く。
その光は、また別の教室へ届き始めていた。




