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手をつなぐ理由  作者: リンダ


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伝える人になる


第50話


伝える人になる


 人は、受け取った痛みを、そのまま抱えて終わるだけではない。


 うまくいけば、その痛みを言葉へ変える。

 言葉に変えたものを、今度はだれかの手に渡す。

 すると、そのだれかがまた、自分の中で抱えていた何かを少しだけほどくことができる。


 そういう連鎖が、たぶん“伝える”ということなのだろう。


 隆とひなたは、二十四歳になったころには、もうはっきりと“伝える人”になっていた。


 作家として本を出す。

 イベントで話す。

 学校へ呼ばれて講演をする。

 言葉による暴力の怖さや、教室の空気が人を追い詰めることの恐ろしさ、そしてそこから人がどう立ち直っていけるのかを、自分たちの実感として伝えていく。


 それは、説教ではなかった。

 きれいごとでもなかった。

 まして、“もう終わったこと”として整理された体験談でもない。


 いまも傷つく子どもがいること。

 いまも教室の空気が、だれかを削っていること。

 でも同時に、いまも変われる人がいること。

 泣いても笑われない教室を、少しずつ作り直せること。


 二人は、その両方を知っている人間として話す。


 だから、言葉に熱があった。



1.社会へ届く言葉


 講演会のあと、よくこういう感想が届くようになった。


 「うちの子が“学校で笑われるのがつらい”と言っていた意味が、初めて分かりました」

 「“いじり”だと思っていた自分の言葉を見直しました」

「先生として、教室の空気をもっと見なければいけないと思いました」


 隆は、作家として話すこともあれば、教室小説の著者として語ることもある。

 ひなたは、女子の心の揺れを日記形式で書いてきた人として、言葉がどれほど心の奥へ刺さるかを語る。


 二人で登壇することも増えていた。


「言葉って、便利です」


 隆が話す。


「でも便利だからこそ、雑に使うと刃物みたいになります」


 ひなたが続ける。


「しかも、刃物みたいって言っても、血が出るわけじゃない。だから周りも気づきにくい。でも、見えない傷の方が長く残ることもあります」


 会場は静かになる。


 そして、その静けさの中で、二人は必ずこう言う。


「でも、人を助ける言葉もあります」


 その一文があるから、二人の話は“怖いだけ”で終わらない。

 再生のための言葉になる。


 もう、“いじめの物語”だけではなかった。

 いじめの中で何が壊れ、何が残り、そこから人がどうつながり直していくのか。

 その再生の物語へ、はっきり姿を変えていた。



2.旧友たちのその後


 中学二年のあの教室にいた者たちも、それぞれ別の人生を歩いていた。


 黒川は、大学へ進んでから、人と関わる仕事に興味を持つようになった。

 自分の過去が消えるわけではない。

 でも、その過去を“なかったこと”にするのではなく、人の変化を信じる側でいたいと思うようになっていた。


 相原は、昔よりずっと静かな大人になっていた。

 勢いだけで前へ出ることは減った。

 その代わり、困っている人を見たときに、考えるより先に体が動くところは変わらない。


 宮原彩乃は、その相原の不器用なやさしさを、いちばん近くで見てきた。

 だからこそ、彼女は彼の“変わったあとも揺れ続ける感じ”ごと受け止められるようになっていた。


 結菜と柴田は、友達から始まった関係を、時間をかけてしっかり育てた。

 派手ではない。

 でも、互いにちょっとしたことで笑い合えて、困ったときにはいちばん先に相談するような、そういう関係になっていった。


 みんな、中学二年の教室をそれぞれ違う形で持ち続けている。


 あのころの自分を、忘れたわけではない。

 でも、そのまま閉じ込めてもいない。

 それぞれの人生の中に、ちゃんと位置づけて、前へ進んでいた。



3.新しい命


 そして、さらに時間が流れる。


 隆とひなたのあいだに、新しい命がやって来たのは、結婚してしばらく経った頃だった。


 妊娠が分かった日、二人は最初、ほんの数秒、言葉を失った。

 驚きと、うれしさと、信じられなさと、少しの怖さが一度に来たからだ。


「……ほんとに?」


 隆が言う。


 ひなたは、泣きそうな顔で笑う。


「ほんとに、みたい」


 その瞬間、二人は同時に、手を握った。


 冬の日に、初めてつないだ手。

 あの頃とは違う、もっと深い意味を持った手だった。


 お腹が少しずつ大きくなっていく。

 胎動が分かる。

 名前を考える。

 部屋の片づけをする。

 小さな服を見て、まだ生まれてもいないのに笑ってしまう。


 そして、生まれた。


 女の子だった。


 泣き声は小さいのに、部屋の空気を一瞬で変えてしまうくらいの力があった。


 ひなたが、まだ少し疲れた顔のまま、でもやわらかく笑う。


「女の子だって」


 隆は、その小さな顔を見ながら、しばらく何も言えなかった。


 こんなに小さいのに、もうちゃんとひとりの人間の顔をしている。

 そのことが、ただただ不思議だった。


 名前は、二人で前から考えていた。


 陽毬ひまり


 お日様のようにあたたかい心を持ち続けてほしい。

 だれかを照らすだけじゃなく、自分の心までちゃんとあたためられる人になってほしい。


 その願いを込めて、二人は娘にその名前をつけた。


「ひまり」


 隆が、そっと呼ぶ。


 ひなたも続ける。


「ひまちゃん」


 その呼び方は、すぐに家の中の定番になった。



4.なぎさと通泰


 一方で、なぎさと内田通泰も、自分たちの時間をちゃんと育てていた。


 中学六年生の初詣の雪道で転び、下着を見られたか見られてないかで大騒ぎしていた二人も、やがて大人になる。


 なぎさは相変わらず明るく、感情が先に出る。

 通泰はその勢いに振り回されながらも、結局ずっとそばにいる。


 それはたぶん、最初から相性がよかったのだろう。


 時が流れ、二人も結婚した。


 別の家庭を持つ。

 新しい住所。

 新しい生活。

 でも、三浦家に来れば、なぎさはやっぱり変わらずよくしゃべるし、通泰は相変わらず少しだけ押され気味で、それがまたみんなを笑わせた。


「通泰、ちゃんとご飯食べでる?」


 実里が聞く。


「食べでます」


「ほんとに?」


「ほんとです」


 そこでなぎさが割り込む。


「お母さん、通泰はわだしがちゃんと育ででるがら」


「旦那を育でるって言い方やめろ」


 隆が即座につっこみ、ひなたが笑う。


 そういうやり取りの中で、家族は少しずつ増え、枝分かれしながら、でもちゃんとつながり続けていった。



5.ひまちゃんダイアリー


 娘が生まれてから、ひなたのダイアリー小説は少しだけ姿を変えた。


 高校時代の女子の心の揺れを、そのまま日記形式で綴ってきた作品は、やがて新しいタイトルを持つことになる。


 『ひまちゃんダイアリー』


 最初は、半分冗談みたいな命名だった。

 でも、書き始めてみると、それはとても自然だった。


 赤ちゃんの泣き声に振り回される夜。

 眠れない朝。

 抱っこしながら思い出す、自分が女子高生だった頃の感情。

 “母になる”ということの不思議さ。

 小さな子どもがただ笑っただけで、世界の色が変わる感じ。


 そこへ、ひなたはいつものように短歌や川柳を添える。


 眠る顔

 見てるだけでね

 夜が明ける

 こんな疲れは

 はじめて愛しい


 とか、


 泣き声で

 起こされながら

 思い出す

 わたしも誰かの

 赤ちゃんだった


 とか。


 それは、女子高生のダイアリーとはまた違う種類の共感を呼んだ。


 若い母親たち。

 これから親になる人たち。

 あるいは、自分の母親を思い出した人たち。


 『ひまちゃんダイアリー』は、ひなたの言葉がまた別の世代へ届いていく新しい橋になっていった。



6.再生の物語として


 振り返れば、最初はたしかに“いじめの物語”だった。


 教室の空気。

 陰口。

 沈黙。

 逃げられない苦しさ。

 言葉の暴力。


 でも、時間をかけて、その物語は変わった。


 声を上げる人がいた。

 謝る人がいた。

 変わろうとする人がいた。

 笑い直す場所が戻ってきた。

 恋が生まれた。

 作品が生まれた。

 子どもが生まれた。


 もうそれは、ただの“いじめの物語”ではない。


 再生の物語になっていた。


 傷がなかったことにはならない。

 けれど、傷の上に言葉を重ね、関係をつなぎ直し、次の世代へやさしさを渡していくことはできる。


 隆とひなたが伝えているのは、たぶんそのことだった。



7.伝える人であり、暮らす人であること


 作家として活躍する。

 講演する。

 社会へ言葉を届ける。

 それはたしかに二人の大事な仕事だった。


 でも同時に、二人はただ暮らす人でもあった。


 原稿の締切に追われる。

 洗濯物をたたむ。

 ひまりの離乳食で悪戦苦闘する。

 夜中の泣き声で起きる。

 なぎさたちが遊びに来れば家の中が一気にうるさくなる。

 それでも、そういう生活の一つ一つが、たぶん作品の土台になっていく。


 大きな言葉を語る人であっても、

 家では「おむつどこだっけ」と言い合っている。


 その両方があるから、二人の言葉は浮かない。

 ちゃんと地面に足がついたまま、だれかの心へ届く。



8.書きかけのまま続いていく


 夏の入口から、十年後の春まで。

 物語は流れた。

 けれど、まだ終わってはいない。


 ひまりが育つ。

 なぎさたちの家庭も続いていく。

 隆のSFラブコメも、ひなたの『ひまちゃんダイアリー』も、また別の読者へ届いていく。

 そして二人はこれからも、言葉による暴力の怖さと、それでも人がやさしさを取り戻せることを伝え続けていく。


 再生は、一度きりの出来事ではない。

 日々の中で、何度でも起こる。


 そうして物語は、まだ書きかけのまま続いていくのだ。



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