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手をつなぐ理由  作者: リンダ


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高一の初夏


第48話


高一の初夏


 高校一年の初夏は、思っていたより穏やかにやってくる。


 入学式の緊張がほどけ、校舎の構造にも慣れ、制服の着こなしもぎこちなさを失い始める。

 朝のホームルームで担任が何を言いそうかも、休み時間にどの席の周りへ人が集まりやすいかも、少しずつ分かってくる。


 新しい学校は、いつのまにか“新しい”だけではなくなる。


 高校一年の一学期も、そうだった。


 窓の外の木々はもう濃い緑になり、風には少し湿り気が混じり始めている。

 体育のあとに教室へ戻ると、汗ばんだ制服の襟元が少し気になる。

 放課後の光は長く、部活帰りの生徒たちの声が、校庭の向こうからゆっくり流れてくる。


 そんな季節の中で、隆とひなたは“普通の恋人”としての時間を、やっと少しずつ身につけ始めていた。



1.普通の恋人


 高校に入ってからしばらくは、恋人であることと、クラスメイトであることの距離感が、二人ともまだ少しつかみきれなかった。


 近づきすぎると目立つ気がする。

 かといって、あまりにも普通すぎると、自分たちの中で妙にさびしい。

 その“ちょうどいい間”を、二人は春のあいだずっと探っていた。


 でも初夏になるころには、その感覚もかなり自然になってきていた。


 朝、教室で「おはよう」と言う。

 昼休み、ノートの端に小さく落書きみたいな会話を書く。

 放課後、図書室へ行く日と、それぞれ自分の時間を持つ日がなんとなく分かれる。

 帰り道、駅まで一緒に歩く。

 人の少ない道に入ったら、自然に手をつなぐ。


 そういうことが、ようやく“頑張ってやること”ではなくなってきた。


 ある放課後、ひなたが廊下の窓にもたれながら言った。


「なんかさ」


「ん?」


「今の感じ、よぐね?」


「今の感じ?」


「んだ。変に気合い入れで恋人っぽくするんでなくて、ふつうに一緒にいられる感じ」


 隆は少しだけ笑った。


「分がる」


「教室では教室だし、でも帰り道はちゃんと恋人だし」


「うん」


「その切り替え、ようやくうまくなってきた気する」


 ひなたはそう言って、窓の外を見る。

 風が髪を少し揺らした。


 隆は、その横顔を見ながら思う。

 恋人になった時のあの、くすぐったくてぎこちない感じも好きだった。

 でも今の、この“すこし馴染んだ感じ”も、同じくらい好きだ。



2.書き手としての二人


 高校生活が落ち着くのと同じように、書き手としての二人も少しずつ輪郭を持ち始めていた。


 ひなたは、女子高生の日常と心の揺れをそのまま切り取るようなダイアリー形式の小説を書き続けていた。


 朝の前髪。

 友達の「別に大丈夫」の嘘。

 恋人からの短いメッセージひとつで一日が変わる感じ。

 放課後の階段のにおい。

 “好き”と“めんどくさい”が同じ日に同居する不安定さ。


 そういうものを、ひなたは驚くほど正確に、でも湿っぽくなりすぎない距離感で書く。


 そして文末には、相変わらず必ず短歌か川柳がつく。


 たとえば、


 既読つく

 それだけで今日

 勝った気分

 そんなわたしが

 ちょっと悔しい


 とか、


 前髪と

 機嫌はたぶん

 比例する

 今日は世界が

 少しやさしい


 とか。


 その短い言葉が、読者の胸に妙に刺さるのだ。


 高校一年の一学期の時点で、ひなたの作品は、女子高生部門のランキング上位へ入るようになっていた。


「ひなちゃん、また上がってる」


 昼休み、スマホを見た隆が言う。


 ひなたが身を乗り出す。


「え、何位?」


「今、七位」


「うそっ」


 思わず声が出て、近くの結菜がすぐに反応する。


「なに、また上がった?」


「んだ!」


 結菜が笑いながら言う。


「すごいじゃん、女子高生代表」


「代表って何だや」


「でも、ひなたのやつ、普通に分がるもんな」


 そこへ宮原も混ざる。


「短歌がずるい。最後に刺してくる」


「それ、隆も言ってた」


「やっぱそうなんだ」


 ひなたは照れくさそうに笑いながらも、明らかにうれしそうだった。


 一方、隆のSFラブコメも、安定した人気を持ち始めていた。


 科学用語はちゃんと出てくる。

 でも、小難しいだけでは終わらない。

 宇宙船の構造も、人工重力も、ワープ航法の仮説も、読者が置いていかれない言葉で書かれている。


 しかも、その中に爆笑ラブコメ要素がかなりふんだんに入っている。


 理屈っぽい主人公が、感情で突っ走るヒロインに振り回される。

 深刻そうな銀河規模の通信事故の途中で、なぜか恋の勘違いが起きる。

 船内放送でラブレターが全艦に流れてしまう。

 宇宙規模なのに、やっていることは案外しょうもない。


 そのバランスが受けて、作品はじわじわと人気を安定させていた。


「隆くんのやつ、コメント欄で“宇宙なのに高校の休み時間みたい”って書かれてだよ」


 ひなたが笑いながら言う。


「それ褒めでる?」


「たぶん褒めでる」


「ならいい」


 そして、そのヒロインについては、だれが見ても明らかだった。


「ねぇ」


 ある日、ひなたが原稿を読みながら言った。


「このヒロイン、完全になぎさだべ」


 隆は、一瞬だけ目を逸らした。


「……そんなことねぇし」


「いや、ある」


 ひなたは、ページを叩きながら言う。


「テンション高い、感情先行、急に王子様とか言う、でも妙に人を明るくする」


「……偶然」


「偶然で済むわけねぇ」


 結菜まで横から原稿をのぞいて吹き出す。


「ほんとだ。これなぎさちゃんだ」


「ちがうって」


「しかも銀河系でも騒がしい」


「それは元からそういうキャラなんだ」


「元からって言う時点でモデルいるべ」


 隆は、どう考えても言い逃れできない顔をしていた。


 実際、自分でも分かっていた。

 このヒロインの勢いと、無駄に前向きな騒がしさと、でも妙に人の心を引っ張る感じは、かなりなぎさから来ている。


 家でそのことを指摘された時、なぎさはやたら嬉しそうだった。


「え、宇宙で活躍してんのわだし?」


「お前じゃねぇ」


「ほれ見ろ、モデルだべ」


 実里が笑う。


「銀河規模で騒がしいの、確かになぎさだの」


「お母さんまで!」



3.新人賞候補


 そして、初夏のある日。

 放課後の図書室で、二人は同時に驚くことになる。


 隆がスマホを見て、最初に固まった。


「……え」


「なした?」


 ひなたが聞く。


 返事の代わりに、隆は画面を見せた。


 そこには、小説投稿サイトからの通知が出ていた。


 新人賞一次候補作品にノミネートされました


「……は?」


 ひなたが、本気で目を見開く。


「えっ、ちょっと待って、ほんとに?」


「ほんとだ」


 声が、自分でも少し上ずっているのが分かる。


 ひなたが、自分のスマホを慌てて取り出す。


「……え、わだしも来でる」


「は?」


 今度は隆が固まる番だった。


 ひなたの画面にも、同じような通知が出ている。

 ただし、部門が違う。


 ひなたの作品は、女子高生部門から新人賞候補に入っていたのだ。


 図書室の机の上で、しばらく二人とも動けなかった。


「……二人とも?」


「……二人ともだ」


 最初に笑ったのは、ひなただった。

 信じられない、という笑い。

 うれしさと、びっくりと、少しの照れが全部混ざった笑いだ。


「やばいのぉ」


「やばいな」


「これ、家帰ったら絶対大騒ぎだ」


「もう見える」


 ひなたは、机に両肘をついて顔を隠した。


「ちょっと待って、なんか急に恥ずかしくなってきた」


「なんで」


「だって、候補って。そんなの、もっとすごい人の話だと思ってだ」


 隆も、それにはかなり頷きたかった。


 自分も同じだった。

 コメントが増えたり、ランキングに入ったりはしていた。

 でも、“新人賞候補”という言葉は、急に景色を変える。


 好きで書いてきたものが、外からちゃんと“作品”として見られている。

 その実感が、一気にやってくる。


「……ひなちゃん」


「ん?」


「すごいな、俺ら」


 ひなたは、少しだけ顔を上げて笑った。


「うん。ちょっとだけ、すごい」



4.普通の高校生でいられること


 それでも、学校の中での二人は、やっぱり普通の高校生だった。


 昼休みに購買のパンを取り合うし、体育のあとには「だるい」と言うし、数学の小テストで一問落としてちょっと悔しがる。


 周囲から見ても、どこにでもいるような高校生だ。

 少し本が好きで、少し図書室率が高くて、仲のいい恋人同士。


 それが、隆にとってもひなたにとってもありがたかった。


 作品は作品として外へ出ていく。

 でも、学校の中では“普通”でいられる。

 その普通があるからこそ、書き続けられる気がした。


 ある日、ひなたが言った。


「なんかよがったの」


「何が」


「学校で“作家さん”とか言われで変に見られだら、たぶん息苦しがった」


「分がる」


「でも今は、ふつうに“今日の英単語だるい”とか言える」


「だるいしな」


「んだ」


 二人で笑う。


 その笑いに、作家もランキングも新人賞候補も関係ない。

 ただ、普通の高校生の笑いだった。



5.育っていく関係


 相原と宮原。

 結菜と柴田。

 それぞれの関係も、高校に入ってから、前より落ち着いたかたちで育っていた。


 派手に進むわけではない。

 でも、だからこそ本物らしい。


 相原は、以前よりずっと相手の顔色を見るようになった。

 宮原もまた、前より素直に相原へ言葉を返すようになった。


「今日、疲れでる」


 宮原が言う。


「そっちもだべ」


 相原が返す。


「じゃあ、お互い早ぐ帰って寝ろってことだな」


「んだな」


 そういう短いやり取りが、妙に落ち着く。


 結菜と柴田も、前よりずっと息が合う。


「Silent Jealousy、もう練習した?」


 結菜がわざと聞く。


 柴田が真顔で返す。


「した」


「まだやってんの!?」


「リベンジに終わりはねぇ」


 結菜は笑いながらも、そんな柴田が嫌いじゃない。


 高校に入って、みんな少しずつ大人っぽくなった。

 でも、根っこの部分は変わっていない。

 その変わらなさが、逆に安心でもあった。



6.初夏の風


 放課後。

 窓の外から、少し湿った初夏の風が入ってくる。


 ひなたはノートを閉じ、隆はスマホの通知をもう一度見返す。

 新人賞候補。

 ランキング上位。

 印税収入。

 宇宙ラブコメ。

 女子高生ダイアリー。


 いろんなことが、一年前には考えられなかった場所まで来ている。


「なぁ」


 ひなたが言う。


「ん?」


「中二の時のわだしたちが、今見だらどう思うんだろ」


 隆は少し考えた。


「びっくりすんでねぇの」


「何に」


「全部に」


 ひなたは笑う。


「それはそうだ」


「でも、まあ」


 隆は窓の外を見ながら言う。


「ここまで来れで、よがった」


 ひなたは、その横顔を少しだけ見つめた。


「うん」


 そして、やわらかく続ける。


「ほんとによがった」


 初夏の風が、二人のあいだを静かに通り抜けていった。



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