それぞれの春
第47話
それぞれの春
春は、終わりと始まりがいちばん近い季節だ。
卒業式で別れを見送ったすぐあとに、入学式で新しい名前を呼ばれる。
泣いた翌週には、新しい制服に袖を通している。
中学時代の教室はたしかに終わったのに、その中で育った関係や言葉や傷は、思ったよりそのまま次の季節へついてくる。
それぞれの春は、そういうふうに始まった。
黒川大河も、相原圭吾も、宮原彩乃も、結菜も、柴田も、それぞれの高校生活へ入っていく。
少し離れる者もいる。
進む場所が違う者もいる。
でも、中学二年のあの教室を通ってきたという事実だけは、みんなの中で消えない。
そして隆とひなたは、また同じ教室にいた。
高校一年の春。
同じクラス。
新しい制服。
新しい担任。
でも、並んで座る時の空気は、中学のころと地続きだ。
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1.高校の朝
高校の教室は、中学より少し広かった。
廊下の音も、机の並びも、窓から見える景色も少し違う。
それでも、朝いちばんにひなたと目が合って、
「おはよう」
「おはよう」
と交わす一言は、ちゃんと同じ温度を持っていた。
恋人として付き合っている。
その事実はある。
でも、高校の教室での二人は、それを必要以上に特別扱いしなかった。
べったりはしない。
でも、自然に隣にいる。
帰り道に待つ。
昼休みに一緒に図書室へ行くことがある。
ノートの端に、小さく次の予定を書いて回すこともある。
そういう“高校生らしい普通”を持てることが、二人にはありがたかった。
ある朝、ひなたが笑いながら言った。
「なんかさ」
「ん?」
「高校でも同じクラスって、ちょっと出来すぎだの」
「んだな」
「しかも三年間」
「まだ始まったばっかだべ」
「でも、もうなんとなく分がる」
「何が」
「これ、たぶんずっと一緒にネタ拾うやつだ」
その言い方に、隆は少し笑った。
「小説のか」
「小説も、日常も」
ひなたはそう言って、窓の外へ目を向けた。
春の光はまだ少し白い。
でも、その白さは冬の冷たさとは違う。
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2.それぞれのその後
高校に入ってからも、みんなのつながりは途切れなかった。
結菜と柴田は、別のクラスや別の高校に進んでも、連絡を取り合っていた。
“友達から”始まった関係は、急に派手には変わらない。
でも、そのぶんだけ地に足のついた感じがある。
「今日、部活きつがった」
「そっちも?」
「ん。帰ったら寝る」
「じゃあその前に宿題だけやれ」
「言われだぐねぇ」
そんな短いやり取りが、もうすっかり二人の普通になっていた。
黒川は、高校に入ってから少しだけ表情がやわらかくなった。
中学時代の“悪ノリの中心”だったころの面影は、もうかなり薄い。
それでも、自分がしてしまったことがゼロになったわけではないから、ときどき急に黙り込む日もある。
相原は、以前よりさらに静かな時間を持つようになった。
でもその静けさは、閉じるためのものではなく、自分を整えるための静けさに近くなっている。
宮原は、高校に入ってからも相原と会う時間を少しずつ重ねていた。
朝の駅。
帰り道。
土日の短い約束。
二人とも、昔みたいに変に格好をつけなくなっていた。
むしろ、少し不器用なくらいがちょうどよかった。
ある日、相原が言った。
「高校って、思ったより普通だの」
宮原が笑う。
「何期待してだや」
「もっと劇的なもんかと思ってだ」
「漫画じゃねぇんだから」
「んだな」
その会話が、どこか中学時代よりずっと落ち着いている。
変わったあとに続く日常。
みんな、ようやくその中に入っていけるようになっていた。
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3.中学時代を振り返ること
高校生活が始まると、中学時代のことは少しずつ“過去”になる。
でも、ただ古くなるわけではない。
ときどき、ふっと思い出す。
文化祭の歌。
初雪の朝。
図書室。
ラジオ。
謝った日。
泣いた日。
ある放課後、ひなたが図書室でノートを閉じながら言った。
「中学二年の頃って、なんか遠いのに近いのぉ」
「分がる」
隆も頷く。
「忘れたわけじゃねぇけど、今の教室で座ってると、あれほんとに同じ自分かって思う時ある」
「でも、あの時があったがら今だべ」
「ん」
「あと、あの頃のわだし、今より木の役引きずってる」
「まだ言うのかそれ」
「強烈だったもん」
そうやって笑えること自体が、あの時間をちゃんと越えてきた証拠なのかもしれない。
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4.ラジオの向こうで
そんなある土曜の夜。
天庄屋の『ウィークエンド爆笑イブニング』は、いつも通り元気に始まっていた。
冒頭のフリートークで、ひよりがふと思い出したように言う。
「そういやぁ……もう高校の入学式の頃だべ?」
逸美が「何が?」と返す前に、ひよりは続けた。
「酒田の二年二組……いや、もう二年二組でねぇんだげど、あの子ら今ごろどうしてるんだべなって」
逸美が少し笑う。
「気になるねぇ」
「気になるよ。だって、あんだけ一緒にいろいろやってきてさ」
「ラジオにも送ってくれだし、講話も行ったし、歌も聞いだし」
「んだべ。……今度行ってみるべや」
その一言が、ラジオの向こうでさらっと出る。
逸美が一拍遅れて笑う。
「また突然言い出したな」
「いや、会いでぇんだって」
「まあ、それは分がる」
結局、その場のノリ半分、本気半分みたいな調子で、本当に行く流れができてしまった。
天庄屋は、そういうコンビだった。
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5.三浦家の午後
その翌週の日曜、隆とひなたは三浦家の居間で小説のネタを整理していた。
机の上にはノートが二冊。
ひなたのダイアリー小説用のメモと、隆のSFラブコメ用の設定ノートだ。
「銀河系の端でラブレター受信、の次どうすんの?」
ひなたが聞く。
「宇宙船の通信士が、“これ、私宛?”ってなる」
「お、ちょっと面白い」
「で、差出人不明」
「いいのぉ」
ひなたも、自分のネタ帳に何か書いている。
女子高生の会話の切れ端。
今日の空の色。
友達の“別に”の裏にある本音。
そんなふうに二人で書き物をしていると、家の外が妙に騒がしくなってきた。
車のドアが閉まる音。
だれかの笑い声。
なぎさが「ん?」と顔を上げる。
「なんか外うるさくね?」
その瞬間、インターホンが鳴った。
ぴんぽーん。
実里が台所から「はーい」と言いながら玄関へ向かう。
隆とひなたは、まだ何も分からないまま顔を見合わせた。
数秒後、玄関の方から実里の驚いた声が響く。
「えぇっ!?」
隆が立ち上がる。
「な、何?」
実里の声はまだ続いている。
「ちょ、ほんとに!? え、うそでしょ!?」
なぎさはすでにソファから飛び起きていた。
「なに!? なに来た!?」
そして、居間まで実里の声が飛んでくる。
「隆ー! ひなたちゃーん! ちょっと来て!」
その声の調子がただごとではない。
隆とひなたは「えぇ?」と言いながら玄関へ向かった。
なぎさもその後ろをぴったりついてくる。
扉の向こうに立っていたのは――
秋元逸美と佐々木ひより。
天庄屋の二人だった。
一瞬、全員が止まる。
「……えぇ!?」
隆が声を上げる。
ひなたも、完全に固まっていた。
「なんで!?」
ひよりが、いつものようににかっと笑う。
「いやー、来てみだ」
逸美も、少し落ち着いた顔で頭を下げる。
「こんにちは。お邪魔してもいい?」
実里は、まだ驚きで半分笑っていた。
「いや、もちろんですけど、え、ほんとに!?」
ひなたがようやく声を出す。
「ラジオの“行ってみるべや”って、ほんとに来るんだ……!」
ひよりがすぐ返す。
「うちら、そういうとこフットワーク軽ぇがら」
なぎさがそこで歓声を上げた。
「天庄屋だー!」
そしてそのまま玄関でぴょんぴょんし始める。
「うわ、ほんもの! お兄ちゃん、ひなたさん、ほんもの!」
「いや、見れば分がる!」
隆がつっこむ。
その時点で、もう玄関の空気はかなり爆笑に近かった。
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6.爆笑トーク
居間に通された天庄屋の二人は、三浦家の空気に驚くほどすぐ馴染んだ。
「いやぁ、ほんとに来るとは思わねがったべ?」
ひよりが、こたつに入るなり言う。
「思わねぇよ!」
隆が即答する。
逸美が笑う。
「ラジオで言った時点では、正直半分ネタだったんだけどね」
「半分は本気だったんだよの」
ひよりがすぐに補足する。
「気になってだの、ずっと」
ひなたは、まだ少し信じられない顔のまま座っている。
「なんか、ラジオの向こうの人が急に家にいる感じで、脳が追いつがね」
「それはそう」
逸美が頷く。
なぎさは、完全にテンションが最高潮だ。
「ひよりさん、逸美さん、お菓子食べる!?」
「お、かわいいのぉ」
「なぎさちゃん、完全におもてなしモードだ」
そこからの会話は、もう完全に爆笑トークだった。
隆の投稿小説の話。
ひなたのダイアリー小説の話。
なぎさの“王子様”内田通泰の話。
ひよりが「小六の恋も立派な連載案件だべ」と言い出して、なぎさが「やだー!」と真っ赤になる。
逸美は「でもたしかに、その年頃の感情って強いからね」と妙に冷静に分析する。
ひなたは、途中から笑いっぱなしだった。
「だめ、もう、今日ネタ拾うつもりで来たのに、こっちがネタにされてる」
ひよりがすぐに返す。
「いや、来た時点で半分そうなると思ってだ」
「それ先に言って!」
「でも、元気そうでよがった」
その一言だけは、ふっとやわらかかった。
居間の空気が少しだけ静かになる。
でも、その静けさは重くない。
逸美も、ゆっくり言った。
「ほんとにね。こうやって普通に笑ってる顔見られるの、いちばんうれしい」
隆は、その言葉にちょっとだけ背筋を伸ばした。
天庄屋の二人は、ラジオの向こう側から何度も自分たちの教室へ手を伸ばしてくれた。
そして今また、こうして家の中で一緒に笑っている。
そのつながりが、ありがたかった。
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7.春は続いていく
夕方が近づくころ、天庄屋の二人はようやく腰を上げた。
「いやー、来てよがった」
ひよりが靴を履きながら言う。
「ほんとに元気そうで安心した」
逸美も頷く。
「今度はラジオに、近況ちゃんと送ってね」
ひなたが笑う。
「送ります。たぶん、今回のこともネタにして」
「ぜひして」
なぎさは最後まで名残惜しそうだった。
「また来ての!」
「行ぐ行ぐ」
ひよりが軽く手を振る。
「次は内田通泰くんにも会わねど」
「やめてぇぇ!」
なぎさが真っ赤になって叫び、全員がまた笑った。
玄関の扉が閉まったあともしばらく、家の中にはその笑いの余韻が残っていた。
春は、中学を越えても続いていく。
教室が変わっても、物語が変わっても、人と人のつながりは思っていたよりちゃんと続く。
それを、隆もひなたも、この午後にあらためて感じていた。




