07 A級冒険者・神丸ロゼ
限界の肺を酷使して走り続け、ようやく家のある住宅街が見えてきた。
だが、見慣れた平和な景色は見る影もなく、あちこちで黒煙が上がり、真っ赤なマグマの飛沫で汚染されていた。
「母さん! 小春!」
祈るような気持ちで角を曲がった瞬間、我が家の前で凄まじい爆発音が響いた。
「小春、後ろに下がって!」
「だめ! わたしがママを守るの!」
声が聞こえる。生きている!
だが、安堵したのも束の間、視界に飛び込んできたのは最悪の光景だった。
我が家の上空を旋回していたのは、マグマの雫をボトボトと滴らせる、全長3メートルほどの巨大な『炎のワイバーン』だった。
小春が母さんを背に庇い、心象魔法【焔丸】から無数の炎の矢を放っている。
『乱れ飛ぶ炎の羽音、敵を穿ちて灰と散れ――【紅蓮緋蜂】!!』
しかし、ワイバーンは痛がるそぶりすら見せない。それどころか、炎の矢をマグマの鱗で吸収してしまっている。
「そんな……わたしの攻撃じゃ効かない!」
「だったら物理で潰してやる! アクセス!」
俺は万年筆を振るい、空中に巨大な『鉄骨』を描き出してワイバーンの頭上に落とした。
だが、白黒の鉄骨はワイバーンの硬い頭にガキンッ! と弾かれ、あっけなく道路に転がった。
「うそだろ、さっきの巨人よりぜんぜん硬ぇ!」
「お兄ちゃん!?」
俺が帰ってきたことに小春が気づいたようだ。
「ダメ、お兄ちゃんは来ないで! 殺されちゃう!」
「そんなこと言うなよ! 俺もお前らが心配で……!」
「ギシャァァァァァッーーー!!」
炎のワイバーンが俺を睨み、その大きく開いた顎に極大の炎を溜め込んだ。
「炎のブレスが来る! 避けてッ!!」
巨大な火球が放たれる。
だめだ間に合わない、避けられない!
せめて、岩で防御を……!
俺が必死に万年筆を動かそうとした、その時だった。
『咎人に与える慈悲はなし、燃える骸を積み上げろ――【略式閻魔・骸狩り】!!』
ワイバーンの巨体が、上空から飛来した「紅蓮の斬撃」によって十字に切り裂かれた。
ズガァァァァンッ!! 鼓膜を叩くような爆発と共に、ワイバーンが光の粒子となって消滅した。
「ワイバーン相手によく頑張ったね。偉いよあんたたち」
凛とした大人の女性の声。
空からふわりと舞い降りたのは、タイトなスーツを着崩した、赤い髪の女性だった。手には、燃え盛る巨大な鎌が握られている。
歳は20代後半だろうか。大人の色気と、圧倒的な強者のオーラ。
「ロゼさん! 来てくれたんだ!」
「小春、流石だね。属性不利でワイバーンとここまで渡り合える小学生、私は他に見たことないよ」
さっきまで泣きそうだった小春の顔がパァッと明るくなる。
母さんも、へたり込みながらホッとしている様子だ。
「……えっと、だ、誰?」
俺はまだ興奮が冷めてなくて、心臓がバクバクなんだが。
「この辺りを護ってくれている、冒険者の神丸ロゼさんだよ!」
小春は自慢げに俺に紹介しだした。
「なんと、A級冒険者! 心象魔法【狂気斬月】の覚醒者だよ!」
その女性――ロゼは炎の大鎌を地面に突き刺し、仁王立ちで俺を見ると少し驚いた表情を浮かべた。
そして、母さんと小春に笑顔で目配せをした。
「あゆむじゃないか! やっと起きたんだね、おかえり!」
「……え? 俺、この美人とお知り合いなの?」
状況を飲み込めず呆然としていた俺は、ふと、肌を刺すような熱気に気づく。
そうだ。まだ、空は元に戻っていない。
それどころか、上空の赤黒い雲はさらに濃度を増して、不気味に渦を巻いている。
空からは依然として各地にマグマが降り注いでいた。
――そう、まだ、何も終わってなどいないのだ。




