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05 世界樹と箱舟


「いやっほーーーー!」

 

 俺は今、自転車のペダルを一心不乱にこぎ、江戸川区の街道を南へ爆走している。

 目指すは東京湾沿いの『葛西臨海公園』だ。

 

 

 タイムリープした日から1週間が経った。

 はじめの頃は歩くことすらままならなかったけれど、今ではもう16歳の体力が有り余っているくらいだ。

 どうやら『覚醒者』は普通の人たちよりも怪我の回復が早いらしい。なんて素晴らしいんだろう覚醒者。

 魔法力はゼロのくせに、恩恵だけはしっかり受けてるぜ。

 

 あれから、色々なイラストの具現化を試してみた。

 

 結果として、描いたものは「形」としてはなんでも立体化できた。でも、結局それは白黒のフィギュアでしかなかった。

 たとえば金塊を描いても、材質まで金になるわけじゃない。謎物質でできた「金の形をした何か」だ。

 良かった点としては、立体化したものは俺の意志で自由に削除できるという点だ。

 いらないものは消して、残したいものは残せる。これは地味に便利だった。

 

 チート能力への未練がないと言えば嘘になるけど、今はもうこの新しい世界への好奇心の方が勝っている。

 それに描いたものを立体化できるだけでもじゅうぶん楽しいしね!

 

 

 季節は7月。世間の学校は夏休みの真っ只中だ。

 俺はというと、中学3年に上がったあたりから1年間昏睡状態だったので、そもそも高校に入学していない。

 これから高校生をやり直すとしたら、編入試験を受ける必要があるらしい。

 まいったなぁ、学校には行きたいけれど、受験勉強は嫌だ。

 

 

 この1週間で、ネットを使ってこの世界についてもかなり調べてみた。

 

 今から66年前の西暦1960年。

 東京湾に突如として『あるもの』が出現したのだという。

 俺は今から、その『あるもの』を直接この目で見に行くのだ。

 

 

「……ふぅ、タオル持ってきて良かったぁ」

 

 葛西臨海公園の入口に着いた。

 遠方に大きな観覧車が見える。かすかに潮の香りもし始めていた。

 

 容赦ない夏の日差しがアスファルトに濃い影を落とし、シャツは汗びっしょりで肌に張り付いている。

 リュックからタオルを取り出し、手当たり次第に汗を拭きとる、がまったく追いつかない。

 けれど、若いって凄い。疲労感よりも「もっと走り回りたい」という衝動の方が強いのだ。

 

「前世の俺だったらもうグッタリして『帰ってクーラー浴びよ……』ってなってるよな」

 

 持参した水筒の麦茶を一気に喉へ流し込み、息をつく。

 そして、そのまま臨海公園の中央路を自転車で進み、海を目指した。

 

 自転車をこぎ進めると、潮の香りがぐっと強くなり、視界の先に海の煌めきが飛び込んできた。

 公園内の大橋を渡りきった瞬間――見えた! あれだ!

 

「――わぁ……っ!」

 

 俺は、その圧倒的な光景に言葉を失い、自転車のブレーキを強く握った。

 

 真っ白な入道雲と、突き抜けるような青空。

 地球の丸みを感じさせる水平線。空を舞う海鳥たち。

 

 そんな見慣れた東京湾の風景の中、お台場から見て東の海上に、前世の記憶には存在しない異常なシルエットがそびえ立っていた。

 

 

 天を衝くほどの『光の巨大樹』だ。

 

 いや、正確には樹木の類ではない。

 幾億もの光の帯が互いに絡み合い、複雑に編み込まれながら天へと伸びているのだ。

 光の根が海を侵食し、太い幹が雲を突き抜け、光の枝葉が成層圏まで覆い尽くすように展開している。

 その姿は、まるで蒼天に脈打つ『地球の血管』のようでもあり――恐ろしいほどに神々しかった。

 

 距離感すら狂わせる、白金色の超巨大樹。

 この世界では、それを『世界樹』と呼んでいた。



「すげぇ……。そしてあれが……」

 

 世界樹のふもと、東京湾の海上に、もう一つの不思議な建築物が鎮座していた。

 

 ネットの航空写真で見た上面図は、巨大なアスタリスク『*』のようだった。

 中央には、東京ドーム5個くらいならすっぽり入るほどバカでかいメインホール。

 そこから放射状に伸びた通路の先に、12個の「小」ホールがくっついている。「小」とは言っても、一つ一つが東京ドームサイズなんだけどな。

 

 そして今、その12個の小ホールからは、空に向かって蒼い光の柱が静かに立ち昇っている。

 月銀色にぬらっと輝くその質感は、どう見ても人類が建造したもののようには見えなかった。


 この謎の超巨大建築物こそが『箱舟』だ。

 ついでに言うと、「舟」とは名ばかりで、見た目は全然「舟」じゃない。

 

 

 そう、今から66年前の西暦1960年。

 東京湾上に突如、この『世界樹』と『箱舟』が出現したのだ。

 それに呼応するように、世界樹を中心とした半径20キロ圏内に住んでいた人々が『覚醒者』となり、魔法が使えるようになったらしい。

 ざっくり言うと、東京、埼玉、千葉、神奈川の人々、およそ一千万人近くが一斉に覚醒者になったというのだから驚きだ。

 その後、この地域に生まれた子供たちも一様に魔法が使えたらしい。

 

 

 この『世界樹』と『箱舟』の存在により、俺の知っている歴史とこの世界の歴史とでは大きなズレが生じていた。

 相場なんかも全然違っていて、俺が前世でうっすら覚えていた確実な投資先は、影も形も見当たらなくなっていた。

 

 そもそも、前世の俺はあまり投資に詳しくなかったから、もうこの時点で「知識チートで大儲け」計画は頓挫気味である。

 とりあえず大手のAI産業とかにインデックス投資しておこうかと思うが、結果が出るまで時間がかかるし、これじゃタイムリープした意味が薄い。

 

 でもまぁ、いいんだ。

 この世界ならではの、もっと面白そうな金稼ぎの方法を見つけたからな。

 

 それは、まさに目の前に浮かぶあの『箱舟』を探索して稼ぐというものだ。

 その資格をもつ覚醒者のことを『冒険者』と呼ぶらしい。

 富も名声も一手に集まるという冒険者。……ふふっ、実に興味深いじゃあないか。

 

 

 ◆

 

 

 俺は海辺のベンチに腰掛けながら、世界樹と箱舟をぼんやりと眺めていた。

 「ファー、ファー」という海鳥の鳴き声と、波のせせらぎがとても心地よい。

 

 よく見ると、箱舟の周辺には飛行船やヘリコプターが数機、豆粒のように飛んでいるのが見えた。

 ファンタジーと現代文明がごちゃ混ぜになったようなその景色に、俺の知っている日常はもうどこにもないんだと思い知らされる。

 

「本当に別世界なんだなぁ」


 砂浜に目を向けると、空飛ぶボードに乗ったカップルがキャッキャといちゃつきながら遊んでいる。

 前世の俺なら「爆発しろ!」と呪詛を吐くところだが、不思議と今の心は穏やかだった。

 

「……俺、これからこの世界で生きてゆくんだ。めちゃくちゃ面白そうじゃん」


 ただ、あの空飛ぶボードには俺も乗ってみたい。魔法力ゼロの俺でも乗れるのかな?



『――何を呆けておる』



「ん?」


 誰だ? 周囲を見回すが、ベンチの近くには誰もいない。

 犬の散歩をしていたおっさんが走り抜けていったくらいだ。

 けれど、さっきの声は間違いなく若い女性のものだった。空耳か?

 

『ここじゃ、わしじゃ』


「……んあッ!?」


 やっぱり気のせいじゃない、誰かがいる!

 

「誰だよ!? とりあえず姿を見せてくれ!」


『ぬしの頭の中じゃよ』


 お、俺の頭の中!?

 

『ようやく目が覚めたな。ずっとぬしと話せる日を待っておったんじゃよ』


 ど、ど、どういうこと!?

 なんかこの世界に来てから驚きっぱなしな気がするが、今が一番驚いているかも。というか、頭の中から声がするのキモっ!


『キモいとか言うな! わしだって好き好んでぬしの中にいるわけではないわ!』


 やば、こいつ俺の心の声を読んでない?


『1年前、ぬしの身体を乗っ取ろうと、ぶつかりに行ったら失敗してのう。ぬしは寝たきりになるわ、わしは記憶が無くなるわで散々じゃったわ』


「……え、ちょっと待てコラ。今、もの凄いこと自白しなかったか?」


『そうなのじゃ、今のわしには記憶がないのじゃ』


「いや、そこじゃない! 1年前、俺にぶつかった隕石ってお前のことだったのか!?」


『そうじゃよ。隕石じゃなくて、わしの魂じゃがな。ほら、わしって肉体がない魂だけの存在じゃろ?』


「しらねーよ! 俺が昏睡したのってお前のせいだったのかよ! ってか今、俺の身体を乗っ取ろうとしたとか言わなかったか!?」


『どう、どう。まあそう目くじらたてるでない。ぬしが今こうして生き生きとしておられるのは、全部わしのおかげなんじゃから』


「どういうことだよ?」


『ぬしが衰弱しないように、少しでも早く目を覚ますように、ぬしの中にあったエーテルを使って息吹を整えたのが、まさにこのわしなのじゃ。存分に感謝するがよい』


「はぁぁぁぁ!? ってことは、俺のエーテル指数がゼロなのもお前のせいなのか!?」


『指数300なんぞ、あっても無くてもさほど変わらんわい』


「くっ……言わせておけば。……ってか、『乗っ取ろうとした』ってなんだよ! 気になって仕方がねーよ!」


 俺は頭の中のふざけた居候を攻撃しようと試みたが、自分の頭をペチペチ叩くという情けない結果に終わった。

 

『そんなことよりあゆむよ。やっと話せたのでもっとこうしていたいところじゃが、時間がない』


「そんなことよりって……!」


『あと10分ほどで『箱舟バースト』が発生する。急いで家に戻るのじゃ』


「え……箱舟バースト? ……それって」


 箱舟についてネットで調べた時に見た名称だ。

 確か――不定期に発生する『箱舟の中の厄災』が、外の世界へ漏れ出す現象。

 


『今回は規模がなかなかに大きい、決して油断するでないぞ』

 


 その時だった。

 海上の箱舟――その12個の小ホールから天に伸びている蒼い光の柱。そのうちの1柱の光の色が、突如として『蒼』から『深紅』に変化した。



≪ヴォォォォォォォォォォォォ!!!≫


 直後、公園中のスピーカーから、耳をつんざくような警報音サイレンが鳴り響いた。

 さっきまでいちゃついていたカップルも、散歩中のおっさんも、顔色を変えて立ちすくんでいた。

 

 

『ほれ、はよう家に帰らんかい。家族を守るんじゃろ?』





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