04 お兄ちゃん、エーテル指数が「ゼロ」だよ
「俺だけの魔法……」
なんて甘美な響きだろう。
描いた絵をそのまま具現化できるなんて、俺にぴったりの魔法じゃないか。
ってか、これってもしかすると『チートスキル』ってやつじゃない?
俺の画力をもってすれば、なんだって描けるし、なんだって生み出せる。神様も粋な計らいをしてくれるぜ。
「お兄ちゃん、ひさびさに何か描いてみてよ。 わたし、お兄ちゃんの魔法大好きなの」
「お、おぅ……そうだな」
やばい、ドキドキしてきた。
これから何が起きるのか楽しみすぎて胸の鼓動がおさまらない。
とりあえず、デッサンの基本中の基本を描いてみるか。
「小春、何か描けるものってあるか?」
「お兄ちゃん、それも忘れたの? 空中に描くんだよ」
空中? そ、そうかそうだよな。魔法だもんな。いちいちワクワクさせてくれるぜ。
俺は宙に万年筆のペン先を置き、すぅっと線を引いてみた。
宇宙を溶かしたような深いブルーのインクが、何もない空中にキラキラと光の軌跡を描いていく。
……なんだこれ。
あまりにも滑らかで、それでいて適度な抵抗感がある最高の手応え。
俺のイメージ通りの線が、寸分の狂いもなく引ける。まさに理想の筆とキャンバスだ。
この一筆だけで感動がこみ上げ、クリエイター魂に火が点くのを感じた。
俺はその勢いのまま、1分ほどかけて空中に『リンゴ』のデッサンを仕上げた。
まるで空中に浮かぶホログラムのように、精巧なリンゴの線画が空間に定着している。
小春が「わぁ……」と感嘆の声をもらす。
そして「指を鳴らしてみて」という彼女のアドバイスに従い、俺は親指と中指を弾いた。「パチンッ!」
指を鳴らした途端、空中に浮かんでいたリンゴの絵が眩い光の粒子に包まれ、そのまま立体となって、ごとっ、とテーブルに落ちた。
「すごいすごい!」
小春は無邪気にはしゃいでいるが――ちょっと待て。
ちょっと待てーーーッ!!
「これ、『リンゴ』じゃないじゃん! ただの白黒の『リンゴのフィギュア』じゃん!」
そう、テーブルに転がったのは、みずみずしい真っ赤なリンゴではなかった。
インクの濃淡だけで表現された白黒の『リンゴの形をした何か』だった。
「え? そうだよ。お兄ちゃんの魔法は『描いたものをフィギュアにできる能力』だもん。最初からそう言ってるでしょ」
「最初から言ってねぇーよ!」
試しに、そのリンゴをかじってみた。
ガリッ! いってぇ……前歯が折れそうなほど硬い。俺の心も折れそう。
「そんなぁ……。全然チートスキルじゃないじゃん」
フィギュアを作るだけなら3Dプリンターでもできる。魔法の意味がない。
あからさまにガッカリしている俺の空気を察したのか、小春が慌ててフォローを入れてくる。
「でもでも! わたしはお兄ちゃんの絵が大好きだし、そのフィギュアも大好きなの! 魔法もとっても綺麗だし! 昔お兄ちゃんが作ってくれたフィギュア、今でも部屋に飾ってあるんだよ」
うぅ……うちの妹は天使かな?
そうか、昔の俺はこの微妙な魔法を受け入れて、妹のためにフィギュアを作ってあげていたんだな。
「ねぇ! 猫ちゃんの絵は描ける? 復帰のお祝いにわたしにちょうだい!」
俺の復帰祝いなのに、なぜ妹に絵をプレゼントする流れになっているのかは謎だが、自分の絵を欲しがられるのは絵描きにとってこの上なく嬉しいことだ。
まぁ、そうだよな。こうやって家族みんな生きていて、こんな最高のペンとキャンバスまで手に入ったんだ。これ以上何を望むというんだ。
俺、もしかしたら最高に幸せな人生2周目を歩めるのかもしれない。
「いいぜ、ちょっと待ってな」
今度は5分ほどかけて、ディテールにこだわった子猫の絵を、空中に描いた。
指を鳴らすと、光の粒子と共に精巧な子猫のフィギュアがテーブルに落ちる。
「かわい~! すごい、まるで生きてるみたい!」
小春が飛び跳ねながら喜んでくれている。どういたしまして。そんなに喜んでもらえると俺も嬉しいよ。
小春は何かに魅入られたような眼差しで子猫を眺めている。ちょうどその時、母さんがみんなの昼食を運んできた。
「あゆむの魔法、やっぱり素敵よね。……あら? それにしても……物凄く上手くなってない?」
母さんがリンゴや子猫のフィギュアを見て、そのクオリティに目を丸くしている。
「そうなの! お兄ちゃんは昔から上手かったけど、この子猫とかすっごく可愛いよね!」
「これフィギュアよねぇ。本物より本物っぽいね……。1年も寝てたのに、睡眠学習でもしていたのかしら」
小春と母さんが子猫のフィギュアを囲んでキャッキャと盛り上がっている。
……まあ、そうなるよな。
今の俺の肉体は16歳だが、中身は美大を卒業してフリーターをこじらせていた26歳だ。
俺はちょうど高校生のころから、それこそ寝る間も惜しんで絵を描き込んできた。
絵画教室に通い詰め、クロッキーやデッサンなんかは狂ったように描き続けたから、今の画力を見たら驚くよな。
そう、俺は『東京藝術大学』に現役で合格している。出席日数はギリギリだったけど、なんとか卒業もできた。
東京藝大ってけっこう凄いんだぜ。日本最高峰の国立美大で、現役合格率は約2%。東大に受かるより難しいとも言われている。
とはいっても、結局SNSではイラストをバズらせることもできず、なにやってたんだかという感じではあるが。
今となってはその肩書きも消え去ってしまったけれど、こうして小春が喜んでくれてるだけでも価値はあるってもんだ。
「なぁ小春。俺の『フィギュア化魔法』はわかったけど、小春みたいに普通の炎とかも出せるのかな?」
「出せると思うよ。前はお兄ちゃん普通に魔法使ってたし。指先に炎が灯るのを強くイメージしながら、指を鳴らしてみて」
ふむふむ、なるほど。俺は言われた通り、指先に小さな炎をイメージしてパチン、パチンと指を鳴らす。
だが、これっぽちも火が灯る気配はない。
「全然出ないんだけど。何かコツとかあるのかね?」
「あれ? おっかしいなぁ。ちょっと待ってて、エーテル指数を測ってあげるから」
そう言うと、小春はスマホを取り出し、カメラのレンズを俺に向けた。
おいおい、俺あんまりカメラを向けられるの好きじゃないんですけど。
「え? えぇ? えぇぇぇ!!?」
ど、どうした妹よ。急に驚かないでくれ。嫌な予感しかしなくなるだろ。俺は心が繊細なんだぞ。
「お兄ちゃん……エーテル指数が『ゼロ』だよ……。そんな……ありえない」
「エーテル指数? 何それ。ゼロってやばいの?」
小春がスマホの画面をこちらに見せてくる。そこには『エーテル指数』という文字と共に、ひときわ大きな『0』という数字が表示されていた。
「エーテル指数っていうのは簡単に言うと魔法力みたいなもので、この数値が小さいと魔法が弱いの。でも、魔法が使える覚醒者がゼロなんてことはありえないんだけど……」
それを聞いた母さんも、信じられないという顔をしている。
「あゆむは元々、エーテル指数300くらいはあったのにね。どうしちゃったのかしら」
「ちなみにさ、小春のエーテル指数ってどのくらいなの?」
俺の問いに、小春はもじもじしながら伏し目がちに答えた。
「……えっと、4250」
「あは、あはは……」
もう笑うしかないな。
こうして、俺のバラ色のはずだった人生2周目は、魔法力ゼロという愉快な底辺からスタートするのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
本作はしばらくの間、毎日「19:30」に更新していきます。毎日の楽しみとして読んでいただけたら嬉しいです。
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、
【★】や【ブックマーク】で応援していただけると執筆の励みになります!
これからもよろしくお願いたします。mm




