29 ★俺には奴の弱点が視えるんだ
「シエルーーーーッ!!!!」
俺の絶叫を掻き消すように、激昂する獄炎竜が巨体を大きく起こす。
剥き出しになった『コア』の痛みに狂うS級モンスターは、大きく羽ばたき、再び天空へと舞い上がった。
そして、眼下の虫ケラを跡形もなく消し去るべく、これまでの比ではない規格外の『極大獄炎魔法』の詠唱を開始した。
竜の口元に、幾何学模様の魔法陣が幾重にも展開されてゆく。
シエルが剥がしたばかりの胸の装甲も、流動するマグマによって瞬く間に再生していく。
もう打つ手が見つからない。
だが、ふと気づいた。シエルは気絶しているのに、まだ『六華羽衣』は消滅していない。
シエルは気絶して尚、俺を守るために『六華羽衣』だけは維持し続けてくれているのだ。
「……まだ、シエルは諦めていないんだ」
そうだよなシエル。こんなところじゃ終われないよな。
まだやれることはあるはずだ。最後まで考え続けるんだ。
芸大を受験すると周囲に打ち明けた時も、絶対に無理だと笑われた。
でも、俺は諦めなかった。最後の最後までどうすれば合格するかを考え、描き続けた。
神丸の治癒を終えた七花が、眼前に迫る「死」に、一瞬、絶望の表情を浮かべる。だが――
「……神丸君、回復したばかりでごめん。どうにかしてあの魔法を防いでくれない? その間に私がシエルを回復する」
「……ハハ。病み上がりに、まったく無茶言うぜ……。けど、引き受けた。死んでも防いでやる」
まだ息の荒い神丸が、気力を振り絞って立ち上がった。
そうだ、みんな諦めていない。
俺はひとりじゃない、みんながいる。
七花が倒れているシエルの元へ駆けつけ、治癒を開始した。
獄炎竜の口元に展開されている幾層もの魔法陣が、深紅の輝きを放ちだした。
その幾何学模様の魔法陣を仰ぎながら、俺の脳裏にふと、ある可能性がよぎった。
(……もしかして、俺、あの魔法陣を描き替えられるんじゃないか?)
『極大獄炎魔法』の詠唱が真理を結び、竜の口元に、太陽の化身と見紛うほどの極大の炎の塊が出現した。
「……神丸。もし、お前がこの一撃を耐えてくれたら、二撃目は俺がなんとかできるかもしれない」
「……ハッ! せいぜい期待しといてやるぜ」
獄炎竜が、その極大の炎を撃ち下ろすべく大きく体勢を沈めた。
「来やがれ! 俺は一歩も引かねぇぞ!!」
神丸が大きく息を吸い、両手を前方にかざす。
その場に、全身の総毛が立つような緊張が走る。
獄炎竜の顎が深紅に輝く。すべてを灰塵に帰す『極大獄炎魔法』が放たれようとした、その刹那――
獄炎竜の頭上から巨大な『漆黒の杭のような重力波』が突き刺さり、竜の頭蓋が強制的に地面に叩きつけられた。大地を揺るがす激しい轟音が響き渡る。
行き場を失った太陽の化身のごとき炎の塊は、あらぬ方向へと射出され、触れたものすべてを消し飛ばしながら彼方へと消えていった。
「――なんだ!!?」
突然の出来事に、俺たちは何が起きたのか理解できず呆気にとられる。
舞い上がった土煙の奥から、一つのシルエットがゆっくりと姿を現した。
「すまねぇ、遅くなった! お前らまだ生きてるか!?」
土煙を払うようにして歩み出てきたのは――ヨレヨレのスーツを着た、試験官の『後藤』だった。
「――後藤さん!?」
そうだ、すっかり頭から抜け落ちていたが、ダンジョン内には試験官が待機しているんだった……! A級冒険者である後藤の合流は、俺たちにとってこれ以上ない僥倖だ。これで、勝機が見えるかもしれない。
「今まで何してたのよ! ちゃんと仕事してよね、社会人でしょう!?」
「バースト後のダンジョンは安全なんじゃなかったのかよ! なんだよこの地獄みたいな状況は!?」
七花と神丸が、今までのうっぷんを晴らすがごとく、後藤に八つ当たりをする。
「だから謝っただろ!? 予測不可の『深度決壊』が起きたんだよ。色々と気になることは多いが……今はこの死地を乗り切ることが先決だ」
後藤が土煙の奥を険しい目で睨みつけた、その直後。
唐突な屈辱により怒りを増したS級モンスターが、大地が震えるほどの咆哮をあげた。
「あいつは深度70のボスだ! 俺一人でどうにかできる相手じゃねぇ。お前らも気合入れて頼むぜ!」
「言われるまでもねぇよ!」
神丸が闘志を剥き出しにして叫び返す。
「俺の心象魔法、【外道村正】は重力属性だ。拘束や足止めは得意だが攻撃特化じゃない。おそらくあのクラスだと仕留めきれないだろう。それを前提に作戦をたてるぞ」
後藤はそう言うと、まるで闇が滴り落ちたかのような漆黒の刀を構えた。
「今の最大火力は神丸ってことか……」
俺は残されたわずかな手札で、どうすればこの死地を切り抜ける活路を見出せるか、必死に思考を巡らせていた。
「お前ら、こいつの『コア』を見つけちゃいねぇか? ボスにはだいたいそういった弱点があるんだが?」
「コアなら、胸元にあったよ! もう再生しちゃったけど、胸の装甲の下!」
七花はシエルが暴き出したコアの位置を指し示した。
地鳴りを響かせ、ビルのごとき巨体が怒りに任せて突進してくる。
あんな質量に轢かれれば、文字通り肉片すら残らない。
――だが。後藤が漆黒の刀を滑らかに一閃すると、巨大な突進の『力の流れ』が強制的に捻じ曲げられた。
自らの猛烈な勢いを制御できなくなった獄炎竜は、不自然に軌道を逸らし、そのまま近くの廃墟へと突っ込んでいった。
「なんだ!? あいつ自分から突っ込んでいったぞ!?」
「力の流れを変えたんだよ。魔法系にゃ効かねぇが、物理系なら見てのとおりよ」
後藤は、土煙を上げる獄炎竜から一切の視線を外すことなく、事もなげに答えた。
「すげぇ……これって使いようによっては最強クラスの魔法じゃないか?」
「どうだ、俺のこと見直したか?」
激昂した獄炎竜が、土煙を突き破り再び猛烈な突進を仕掛けてきた。
だが、後藤が冷静に重力を操作すると、巨大な質量は先ほどと同じように強制的に軌道を逸らされる。
直後。通り過ぎようとする巨体の隙を突き、後藤は『重力の刃』で竜の胸元を一閃。七花が教えた弱点の装甲を容赦なく斬り剥がした。
――しかし。
そこには、あるはずの『コア』が見当たらない。
「おい桜井! コアが無いぜ!?」
「そんな……さっきは確かに……」
「後藤さん! おそらくそいつはコアの位置を自由に変えられるんだ!」
「六条麦!? 何故そう言い切れる!?」
「俺には『視える』んだよ! さっき胸のあたりに渦巻いていた一番濃い深紅のエーテルが、今度は「首元」に移動してるんだ!」
「お前、何言って……。まさか、エーテルの色が見えるのか!?」
そう、俺にはエーテルの色が視えていた。他の覚醒者たちにはすべて白濁色に見えるエーテルが、俺には極彩色に見えるのだ。あの化け物の体内を蠢く『深紅の光』……それが一番濃く集まっている場所、それこそが命の源だ!
「作戦を考えたんだ! 俺を信じて乗ってくれないか!?」
一瞬の静寂。全員の切迫した視線が、一斉に俺へと突き刺さる。
そして――
「話してみろ、それ次第だ」
後藤が、ニヤリと笑みを浮かべながら応えた。




