28 ★極限の10分間
天には、4枚の巨大な翼を持つ漆黒のドラゴンが滞空し、大気を震わせる悍ましい叫び声をあげていた。
「なんで……こんな浅い層に深度70のエリアボスがいるのよ……」
「そもそも、エリアボスってその深度から出てこないんじゃなかったのか!?」
七花と神丸ですら、まったく状況が呑み込めていないようだった。
「早く逃げないと!」
「でも、どうやって!?」
俺たちが後ずさろうとした、その瞬間だった。
獄炎竜が、空を覆う4枚の翼を大きく羽ばたかせた。
巻き起こったのはただの風ではない。マグマの飛沫を無数に孕んだ、高熱の暴風だ。
「『水晶障壁』!」
「『電磁障壁』ッ!」
七花と神丸が瞬時に強力な魔法障壁を展開する。
「後ろに隠れて!!」と叫ぶ七花に誘われ、俺は二人の後ろに隠れた。
激しい暴風が4人を襲う。吹き飛ばされないように必死で耐える。
『六華羽衣』を羽織っていても尚、熱波が皮膚を焦がす。
「ぐぅぅぅぅッ!!」
だが、二人の展開していた魔法障壁は、あまりの風圧にガラスのようにヒビが入り、パリーンッ!という音と共に砕け散った。
「そんなッ!?」
体勢を崩し、吹き飛ばされそうになる七花。
続けざまに、獄炎竜がその巨大な顎を開き、マグマの高圧噴射とも言える極太のブレスを吐きだした。
七花はまだ体勢を戻していない。このままでは全員消し炭になる――そう思った瞬間、神丸が一人で前線へと躍り出た。
「なめるなよッ!!」
神丸の叫びは、覚悟を決めた者のそれだった。力の限りのエーテルを振り絞って再度魔法障壁を展開し、俺と七花を守る。
だが、獄炎竜のブレス出力は、神丸の全力の魔法障壁すらも上回っていた。
障壁は高熱に融解しはじめる。それでも神丸は障壁を展開し続けた。が、それも限界を迎え――
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
障壁ごと、マグマのブレスに飲み込まれた神丸は、全身に酷い火傷を負い地面に転がった。
「龍之介君ッ!!」
七花が悲鳴を上げ、倒れた神丸に駆け寄った。
「アクセス! 茶々丸!」水の猫が顕現し、神丸の周囲を跳ね回った。緑の奔流が神丸を包み込む。
「死なないで神丸君!」
七花が必死の形相で神丸を治癒し始めた。
しかし、S級の化け物の追撃は止まらない。
獄炎竜はすかさず降下し、乗用車を丸呑みにできそうなほどの巨大な顎を開き、俺たち目掛けて襲い掛かってきた。
神丸は重症、七花は治癒中。誰も動けない。
なら、俺がやるしかない! 俺は二人を背に庇って前に出た。
「アクセスッ!」宇宙色の万年筆を顕現させ、反射的に宙に図形を描く。
巨大な壁を3枚、空中に並べる。俺の精神力を限界まで込めた、最大の防壁だ。
だが――バキィィィンッ!!
その3枚の壁は、獄炎竜の突進の前に、まるで薄氷のようにあっけなく砕かれた。
「あ――」
そして、獄炎竜は俺とシエルを一飲みにして喰らった。
「あゆむ君ーーーッ!!」
七花の悲痛な叫びが響く。
だが、次の瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴ――ッ!!
獄炎竜の閉じた口内から、目も眩むような蒼い光が漏れ弾けた。
獄炎竜が苦悶の声を上げる。
純白のドレスと月銀色の鎧を纏う『戦乙女』と化したシエルが、片手で俺を抱え、もう片方の手で竜の巨大な上顎を無理やりこじ開けていたのだ。
「こんな生臭い場所で死ぬのは御免じゃ!」
モデルのような頭身に、純白になびく長髪。
「シエル!」
「もはや出し惜しみは出来ん! あゆむ、一気に決めるぞ!」
シエルは蒼い光をはじけさせ、獄炎竜の口内から脱出した。
獄炎竜は唸りながらのけぞり、両者距離をとって再度体勢を建て直す。
地面に降り立ったシエルが、俺を降ろしながら声を張り上げた。
「あゆむ! わしが顕現できるのはもって『10分』じゃ! その間、ぬしの命を削ってでも至高の絵を描きあげよ!」
「……ああ! やってやるよ!」
ここが正念場だ。ビビッていたら確実に死ぬ。
俺は必ず帰るって母さんに約束したんだ。
限界まで足掻き、もがいてやる!!
未討伐のモンスターだからなんだってんだ! こうなったら俺たちが討伐してやる!!
俺は宇宙色の万年筆を握り直し、とある絵を描き始めた。
まずはあいつを地に引きずり落とす! そのための武器をッ!!
そこからのシエルたちは、圧倒的な空中機動の応酬だった。
獄炎竜が放つ、大地を吹き飛ばすほどのマグマのブレス。シエルはそれを寸前で避け、空中へと飛び上がる。そして、そのまま竜の頭部にかかと落としを叩きこむ。
S級モンスターと正面から肉弾戦で殴り合うシエルの姿に、七花は驚愕して声も出ない。
だが、いかにシエルといえど、無手ではS級の装甲は貫けなかった。
「あゆむ! 早くあの鬱陶しいトカゲを蹂躙する武器をよこせ!!」
「もう少しだからちょっと待ってろ!!」
シエルの声に呼応し、俺は集中力のギアを上げる。空中を飛び回る獄炎竜を撃ち落とすための『鎖付きの巨大銛』を描き出す。
鎖の一連、銛の返し、そのすべてに殺意と冷気を込める。脳漿が沸騰するような疲労感に襲われるが、俺は万年筆を止めない。
鼻から血が垂れてきたが、拭っている時間すら惜しかった。
とにかく描くんだ! 描け! 描け! 描けッ!!!
――最後の線を引き、鼻血を拭う。
「――できたぜ、シエルッ!!」
「待ちくたびれたわ!」
『波束を断ち、象を成せ。――収束せよ、其が真名は【魔を縛る神鎖】!!』
白黒だったそれは、月銀色の輝きを放つ。そして、大人の背丈ほどもある『鎖付きの巨大銛』が顕現した。
「なるほど、良い武器じゃあゆむ!!」
シエルが戦乙女と化してから、この間6分ほど。シエルのリミットまで、あと4分。
「――次だ!」俺の想定では、この武器だけじゃ足りない。
俺は、連続して次の絵を描き始めた。
「トカゲ風情がちょこまかと宙を舞いよって! 地に落としてくれるわッ!!」
シエルは【魔を縛る神鎖】を軽々と担ぎ上げ、天空の獄炎竜へと狙いを定めた。
彼女から膨大なエーテルが、奔流となって銛に注ぎ込まれていく。
『天空の覇を唱える愚物よ。神の戒めを受け、地に這いつくばるが良い――ッ!』
シエルの目が深紅に輝き、全身のバネを使ってグレイプニルを天空へと投擲した。
『貪り食えッ!! 【天狼縛鎖】ーーーーーッ!!!!』
音速を超え、空気を引き裂く轟音と共に発射された神鎖の銛が、獄炎竜の巨大な翼を正確に貫いた。
天空の竜が悲鳴を上げる。
そのまま、シエルが巨大な鎖を両手で振り回し、獄炎竜を強引に地上へと叩き落とした。
ズドォォォォォォンッ!!
翼を撃ち抜かれた獄炎竜が溶岩の大地に激突し、凄まじい地響きが轟く。
「――まだだッ!」
俺は再び鼻と耳から血を垂れ流しながら、執念で巨大な大剣を描きあげていた。
視界がぐらつく。指の皮が破け、インクに血が混ざる。それでも俺は描き切った。
それは、以前の『氷の槍』を遥かに凌ぐ絶対零度を纏う、『特大剣』だった。
美しい六花の結晶が刻まれた、ドラゴンをも殺せる巨大な諸刃の刀身。マグマをも砕く絶対零度。
「こいつでとどめをさせシエル!!」
「良い仕事じゃ、あゆむ! 褒めてやるぞッ!!」
『波束を断ち、象を成せ。――収束せよ、其が真名は【第九圏の氷壁】ッ!!』
美しい白銀の特大剣が顕現する。周囲に舞う氷の結晶が視認できるほど、冷圧が圧倒的だ。
「凍てつけ、トカゲ風情がッ!!」
シエルは絶対零度の特大剣を構え、マグマの海を凍らせながら獄炎竜に肉薄する。
獄炎竜の凄まじい熱波と、【第九圏の氷壁】の冷気が衝突し、戦場が大規模な水蒸気爆発で真っ白に染まる。
シエルの残り時間、あと1分!
シエルは、獄炎竜の尻尾での反撃を身を挺して受け流し、ついに竜の胸元――マグマが最も熱く脈打つ『コア』の装甲を【第九圏の氷壁】で叩き砕いた。
『灼熱狂乱の獣よ、そこは汝の死地にあらず。凍てつく第九圏の絶望こそ貴様に相応しき棺なり――ッ!』
「これで終いじゃぁァァーーーッ!!!!」
むき出しになった『コア』にトドメの刃を振り下ろそうとした瞬間――シエルの身体を包んでいた蒼いエーテルが、ノイズのように明滅し始めた。
「……なッ!?」
『六華羽衣』を含め、3つの心象魔法を顕現させていたシエルは、想定以上にエーテルの消費が激しく、10分を待たずにリミットが来てしまったのだ。
エーテルを維持できなくなった【第九圏の氷壁】は、コアに届く数センチ手前で灰となって消滅した。
「……しまッ――」
ぽふんっ、と。
シエルの姿が音を立ててちびっ子の姿に戻り、空中に放り出される。
獄炎竜を縫い付けていた【魔を縛る神鎖】も灰となって虚空に帰す。
間髪をいれず、獄炎竜の凶悪な巨爪が振り下ろされ――空中のちびシエルを無慈悲に引き裂いた。
防ぎきれない致命的な一撃。シエルの身体はボロ布のように灼熱の溶岩大地へと叩きつけられ――そのまま、ピクリとも動かなくなった。
「シエルーーーーッ!!!!」




