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27 獄炎竜 ここからが運命の30分


 一夜が明け、大地のマグマは今日も鮮やかに胎動している。

 テントの中は、3人(+1人)だと手狭ではあったが、疲れもあって泥のようにぐっすり眠ることができた。

 


 昨日の夜の七花の台詞は気になるところだが、俺は深くは追及しなかった。

 就寝前の連れション時、神丸と2人になった際にこっそり尋ねてみたのだが――

 

「七花の事情、神丸は何か知ってるのか?」

「……いや。だが、思い当たるふしはある。そのうえで言わせてもらうと、これ以上は詮索しない方がいい。()()は俺たちが容易に踏み込んでいい話じゃない」


 神丸がそういうのなら、よほどのことなのだろう。

 七花は七花だ。彼女がいつか話したくなった時、聞いてあげればそれで良い。

 



 

「――そろそろ深度30だ。ゴールのキャンプが見えてきてもおかしくないぜ」


 神丸が魔導スマホのアプリを確認しながら言った。

 ここまでの道のりは、あっけないくらい順調だった。

 てっきりマグマのケルベロスでも襲ってくるかと身構えていたが、最高でもワイバーン止まりだったので拍子抜けしたくらいだ。

 

「こんなに楽に感じるのは、きっと私たち4人だったからだよ。他の受験者は夜を過ごすだけでも大変だったんじゃないかな」


 七花が索敵の魔法を展開し続けながら言った。

 確かにそうかもしれない。俺がこんなに簡単にここまでこれたのは、間違いなくこの2人のおかげだ。

 冒険者になったら高級菓子折りでも包んでお礼に行かねば。

 

 

 未だゴールのキャンプは見えないが、深度100であろう活火山は、スタート時よりはるかに大きく感じられる。

 火口からマグマの川を流し続けるその雄大さに見とれていた時、俺はふと()()()に気づいた。

 

「……あれ? あの火山のさ、火口から伸びてる『黄金の光の柱』、昨日よりだいぶ太くなってない?」


 火山の火口付近から天へ伸びる黄金の光の柱が、空の暗雲を焦がすほどの強烈な輝きを放ち始めていた。

 昨日、目に入ったときとは比べ物にならないほどの、莫大なエーテルが噴き出している。

 

 俺のつぶやきに、七花と神丸も火山を仰ぐ。

 

「黄金の光? なんのこと? 何も見えないけど?」

「でも確かに、エーテル濃度が濃い気はするな。山頂付近に白い霧がかかってるように見える」


 白い霧? はて? 俺にはそんなものこそ見えないが? 

 俺の目には、黄金の光の柱がどんどんその強さを増してゆく様が、はっきりと見えている。

 

「……いやよく見ろって! あれちょっとヤバくない!? 黄金の柱がどんどん大きくなってるって!」


 リュックのシエルも黄金の光に気づいたらしく、顔を出した。

 

 「……な!? エーテルが黄金に輝いておる!? あれは……ん? あれは何じゃったか……?」

 シエルは渋面で何かを必死に思い出そうとしていた。

 

「エーテルが黄金色に? エーテルの色って普通は白濁色だよね? 色が変わったところなんて見たことないな」

 七花が不思議そうに言う。


「……え? エーテルって基本は蒼色だろ? モンスターのエーテルは深紅だし。七花が回復してるときの色は緑だったぜ?」


 俺がそう言うと、七花と神丸がピタリと足を止め、信じられないものを見るような目で俺を見た。


「六条麦……お前、もしかしてエーテルの『色』が見えているのか? 俺たちには全部白い光に見えてるぜ?」


 ……んん? エーテルに色があるように見えていたのって俺だけだったの?


「なぁシエル、お前にもエーテルの色見えてるよな?」

 

「……ッ! あゆむ、今はそれどころではないかもしれぬ! 早急にリタイアせよ!」

「……はぁ!? ふざけんなよ、せっかくここまで来たのにリタイアなんかできるわけないだろ」

「命あってのものじゃろうが!」


 シエルがこれまでにないほど真剣な眼差しで訴えてきた。

 

「シエル、一体どうしたんだよ。あの黄金の光はなんなんだよ?」

「わからぬ。わからぬが、あれはヤバい。今のわしではぬしを守り切れぬかもしれぬ」


 言葉を交わす間にも、火口からの黄金の柱がより巨大になり、天を覆う暗雲すら黄金色に染め上げていく。

 ビリビリと大気が震え、世界が奇妙な静寂に包まれた。

 

 次の瞬間――。




 ドゴォォォォォォーーーーーォォォォンッ!!!!!


 

 

 鼓膜が破裂しそうな轟音と共に、大地が大きく跳ねた。

 

「地震!?」


 立っていられないほどの激しい揺れに、俺たちはたまらず膝をつく。

 

 視線の先で、巨大な活火山が爆発した。

 火口から天を衝くような巨大なマグマの柱が、雲を突き破って噴き出す。

 それはさながら、地中に封じられていたマグマの龍が自由を得て暴れ狂っているようだった。

 噴石が隕石のように降り注ぎ、周囲のマグマの海が荒れ狂う。地響きは止まらない。

 

「なんだよあれ……!?」

「そんな……」

 神丸が驚愕に目を見開き、七花が蒼白な顔でその終末のような噴火を見つめていた。

 

「あゆむ! リタイアじゃ!」

 シエルが叫ぶ。たしかにこれはただ事じゃない。

 

「七花! 神丸! リタイアでいいよな!?」

「……ああ! 悔しいが仕方ねぇ!」

「……うん! ここで死ぬわけにはいかないから!」


「六条麦 歩、桜井 七花、神丸 龍之介、シエルの4名はリタイアします――!」


 俺が上空のドローンにリタイアを宣言した、そのとき――。

 


 ――ズズズズズズズーーーーッ!!


 

 突如、心臓を締め付けるような異様な重圧プレッシャーが全身を襲った。

 まるで、毒の沼地に沈み込んだような感覚。一瞬、息ができない。

 


 そして――待っていても、一向にマナフレアの転送が始まらない。


 

「……!? まさか……テリトリー?」

 神丸が表情を凍りつかせる。

 

「親父から聞いたことがある。高深度のボスのような、強大なモンスターが近くにいるとき、エーテル濃度があまりに高くてマナフレアの転送が遮断されるって……そのエリアのことを『テリトリー』と呼ぶと」


「……ってことは、まさか」

「ボスモンスターが近くにいる……!?」


 そのとき、大地が急に暗くなった。

 いや、頭上の光源が巨大な『何か』の影に完全に遮られたのだ。

 

 おそるおそる上空を仰ぐと――。


「親父が言ってたんだ……テリトリーを発生させるようなモンスターに遭遇したら……絶対に逃げろって」



 天を覆い尽くすほどあまりにも巨大な、4枚の翼を持つ漆黒のドラゴンが滞空していた。



 ドラゴンは首をもたげ、真っ直ぐに俺たちを見下ろしている。その眼光は、間違いなく獲物を捕らえた捕食者のそれだった。

 

「……そんな……あれは……獄炎竜ごくえんりゅう。深度70のエリアボス……S級モンスターよ」

 七花の表情が絶望に染まる。

 

 漆黒の巨体には、マグマが流れる血管のように、深紅のラインが幾筋も走っている。

 周囲の空気が一瞬にして数百度も跳ね上がったかのような、暴力的なまでの熱気。

 獄炎竜と呼ばれるそのドラゴンが、巨大な2対の翼を限界まで広げた。

 

 そして、世界を絶望で塗り潰すような叫び声をあげる。

 

 

「エーテル指数……18万じゃ……。このメンバーでは勝てぬ」

 


 シエルは獄炎竜を静かに見据えたまま、ただ淡々と事実だけを告げた。





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