26 あとは秘密
「すごい、見てこれ! ツナマヨのサンドだよ! ホクホクでおいしぃ~」
「ほれ、わしのも素晴らしいぞ! ベーコンとチーズじゃ! とろけるのぅ。やはりチーズは人類の至高の発明じゃ」
七花とシエルが一心不乱にホットサンドにかぶりついていた。
俺もホットサンドを頬張る。食パンは焦げ目がついてカリカリで、中のチーズがとろりと零れ落ちてきそうになり、大きなウィンナーはプチっとした音と共に肉汁を弾けさせる。
「うめぇぇーーー!!」
まさかダンジョン内でこんなご馳走にありつけるとは。今夜に限っては神丸様様だな。
「そうか、そりゃ良かった」
神丸はシチューをすすりながら、みんなが食べる様を薄ら笑みを浮かべながら眺めていた。
「このカレーもすっごく美味しいよ! ……ゲボッ!」
七花はカレーを口いっぱいに詰め込みすぎたせいで、少しむせてしまったようだった。
「当然じゃ! 母上のカレーは絶品よ。どれ、わしもいただくとするか」
「本当だ。旨いなこのカレー。大きめ野菜が入ってるところが俺好みだ」
「わかる~。煮込みすぎて野菜が溶けてるカレーもオシャレなんだけど、このごろっとした食感が格別なのよね」
母さんのカレーも大好評だった。
「ひとりぶんの弁当だから、量があんまりなくてごめんな。そんなに気に入ってくれたんだったら、今度、家に来て食べる?」
神丸と七花がきょとんとした顔で俺を見た。
「あ! ごめん! こういう場所だから旨いんだよな。カレーなんてどこでも……」
ごまかそうとする俺に、七花が顔を明るくして身を乗り出した。
「本当!? 行く行く! じゃあ、三人が冒険者になったら、あゆむ君のお家でお祝いさせてもらいましょう! 神丸君もそれでいいよね!?」
「ん……ああ。六条麦がいいならな。だが、ちゃんと親御さんの許可をとってからだぜ」
「うむ、いつでも来るが良い。母上は大人数を仕切ることにこなれているゆえ、歓迎されるじゃろう」
……なんだよこいつら。七花は当然として、神丸も結構話しやすい奴じゃん。
俺はなんだか嬉しくなってきて、手元のホットサンドを一気に口に頬張ったら、その熱さに、むせた。
◇
夕食を終え、俺たちはたき火を見つめながら休憩していた。
料理の大半は七花がたいらげ、女の子なのにお腹を出して呆けている。なんてはしたない。
ちびシエルも「もう食べれんわい……」と、こちらもお腹を出し寝そべっている。
俺と神丸もお腹いっぱいになり満足だ。
周囲はすでに暗闇と静寂に包まれている。
神丸がコーヒーを淹れてくれたので、たき火を眺めながら飲む。心から癒されてくるようだった。
それにしてもなんて気の利くやつだ。神丸よ、正直、ここまで出来るやつだとは思っていなかったぞ。
「――もう深度20は越えてるな。この調子なら明日までに深度30は問題ないはずだ」
神丸がスマホのアプリをいじりながら言った。
「神丸のスマホは圏外じゃないのか?」
「お前さぁ……まぁいいや。魔導スマホだよ。電波じゃなくてエーテルで通信できるやつ」
「へぇ~、そういうのもあるんだ……」
なんでもありだな、魔法世界東京。そういったガジェットは大好きだから、いつの日か手に入れることも目標にしよう。
「神丸君、魔導スマホも持ってたんだ。もしやそれも安くで……」
「売ってやるのはいいけどよ、これなら数百万で買えるし、冒険者になったら自分で新型を買うのをお勧めするぜ。うちにあるのは全部型が古いからな」
「……なぁ、神丸の父親ってS級冒険者なんだろ? なんで魔導収納やら魔導スマホやらがそんなに余ってるんだ?」
ふと思ったことが、するりと口から洩れてしまった。
その瞬間、神丸の手がピタリと止まった。
「……俺の親父は『元、冒険者』だからな。もうとっくに引退してる」
「お、おう、そっか……」
もしかしたら聞いてはいけないことだったか? さすがにこれ以上踏み込むのはやめておこう。
「――ぬしが冒険者を目指すのは、御父上を継いでのことか?」
シエルが空気を読まずに話を続けてしまった。おいアホシエル! 神丸が怒っても知らないからな!
「……まぁな。親父は俺の憧れだったからな。それに親父だけじゃないぜ。母さんと兄貴、それに姉貴も全員A級冒険者だ。みんな俺の自慢で憧れだ」
予想に反して、神丸は怒ることもなく、誇らしげに語った。
「……つーか、お前んち、結構大家族だな? えっと……3人兄弟?」
「いや、6人兄弟だ。まだ下に弟二人と妹がいる。」
「おう!? それは凄いな!」
「まぁな。毎日賑やかだぜ」
ふと七花を見ると、彼女は手の中のコーヒーを見つめながらばつが悪そうに沈黙をまもっている。らしくないな、どうしたんだ?
「……桜井、別に気を使わなくてもいいぜ。全員有名人だから調べたらすぐに分かることだしな」
「……そっか。じゃあ、言っちゃうよ?」
「好きにしろよ」
「……あゆむ君、神丸君のお父さんはS級冒険者で白羊宮の踏破者ってことは前に話したよね? 彼のお母さんたちもその英雄のチームだったの」
「あ、ああ。聞いたよ。すげぇことじゃん」
七花が少し言いにくそうに続ける。
「でもね、その1年後、『人馬宮』の探索中に、お母さんとお兄さんは亡くなったの……」
「え……?」
「想定外の強大なS級モンスターが現れてな。親父と姉貴ですら、逃げるので精一杯だった」
神丸がなんでもないような口調で話す。
「……そして、帰ってきた親父は……すでに心が壊れていた。……今も病院で、俺の事すらもう分らない」
「……!」
俺はどう答えていいか分からず、絶句した。
「ぬしが冒険者になるのは、家族の仇を討つためか?」
シエルが空気を読まずに質問する。今回は助かったぜ、シエル。
「いや、S級の親父や母さんたちが束になっても敵わなかった奴だ。俺なんかが手を出しても返り討ちにあうだけさ」
「では、何故じゃ……?」
神丸は少し間を置いてから、炎を見つめながら静かに応えた。
「せめて、持ち帰りたいんだ。……母さんたちの生きていた証を」
「生きた証?」
「箱舟のモンスターに殺されたら、骨も残らず光の粒子になって消滅するだろう? だからさ、せめて、身に着けていたものを持ち帰りたいんだよ」
「……遺品を探すために、冒険者になりたいってこと?」
七花が訊いた。
「……ああ。そしたら、それがあれば……親父も少しは心が戻るかもしれない」
神丸は優し気な表情で、呟くように応えた。
最初は嫌な奴だと思っていた神丸だったが、いつの間にか俺はもっと神丸のことが知りたくなっていた。
「……なぁ、神丸。お前のこと、「龍之介」って呼んでもいいか? 俺のこともあゆむでいいからさ」
「……はぁ? なんだよ突然」
「だって、ロゼさんも親父さんも「神丸」だろ? なんかややこしいじゃん」
「……断る。気色悪い」
「はぁ!? なんでだよ! いいだろ別に! なぁ龍之介よぉ!」
「……なッ!? 次、龍之介って呼んだら殺す!」
俺たちのやり取りを見て、七花も顔を明るくして乗ってきた。
「じゃあ、私も龍之介君って呼ぶね! 私のことも七花でいいよ!」
「『じゃあ』じゃねぇよ! だから呼ぶなっつってんだろ!」
「おい、龍之介よ! わしのこともシエルと呼んで良いからな!」
シエルがぴょんぴょん飛び跳ねながらアピールしてくる。
「お前は六条麦の式神だろ?」
「細かいことは言うでない龍之介!」
「そうだぞ、それに俺のことは『あゆむ』な、龍之介!」
「オッケーオッケー。……六条麦、覚悟はできてるってことだな」
神丸がパチンと指をはじくと、俺の手にしていたコーヒーの表面でパチッと紫電が跳ねた。
そうとも知らずに口を付けた俺は、唇が吹っ飛ぶかと思うほどの静電気を食らい、コーヒーを盛大に吹いてしまった。
「ぶげぇッ!!? もげた!? 俺の唇もげてない!?」
涙目で口を押さえてのたうち回る俺をよそに、七花とシエルは腹を抱えて大爆笑していた。
「ナイスじゃ、龍之介! 最近のこやつはちと調子に乗りすぎじゃったからな!」
「あははは! わかったよ。ちゃんと神丸君って呼ぶよ」
笑いながら降参する七花に対し、
「まぁ……六条麦以外は、龍之介って呼んでもいいぜ」
と、照れ隠しなのか、龍之介はこちらを見ずにぶっきらぼうに呟いた。
俺はまだ、口を押えてのたうち回っている。
さっきまでの重い空気はすでに和らいでいた。
静寂と暗闇の中で、たき火の灯りが温かく揺らめく。
「ふふ……絶対にみんなで冒険者になろうね!」
4人の笑い声が室内に響く。
俺たちは、この4人なら絶対に冒険者になれると、そう確信していた。
◇
「……そういやさ、七花はどうして冒険者になろうと思ったの? やっぱり有名になりたいとか?」
笑い声が落ち着いた頃、俺は何気なく七花に訊いた。
彼女は一瞬ぴくりと反応し、そしてゆっくりと首を振った。
「……ん~。私はね……」
たき火に照らされた七花の瞳が俺を見据えた。
その瞳は、どこまでも深い海の色に輝いていた。
「人を、殺すため」
そして口元に人差し指をもってゆき――
「……あとは秘密」
彼女は、そう言ってにやりと微笑んだ。




