02 母さんと小春
『――目覚めよ』
…………。
『はよ目覚めるのじゃ、あゆむ』
……うぅ。
なんだ? 声に応えようとしたが、うまく口が開けない。
うぅ……暑い。
ていうか、眩しい。まぶたの裏を、容赦ない陽射しが刺激している。
おまけにミンミンゼミの鳴き声がやたらとうるさい。
(……セミ? クリスマスに?)
重いまぶたをこじ開けると、見慣れた天井のシミが目に入った。
……俺の部屋だ。
「……いっ……つぅ……」
身体を起こそうとして、全身の筋肉が悲鳴を上げた。まるで全身をハンマーでぶっ叩かれたような気怠さだ。
……あれ? 俺、たしか隕石が激突してきて…………あれ?
よくわかんないけど、助かったのかな……。
ぼーっとした頭で部屋を見渡すと、少し違和感を覚えた。
部屋の内装が、いつもと違う気がする。
「……あのアイドルのポスター、捨てなかったっけ?」
壁には、学生時代に推していたアイドルのポスターが貼られていた。イケメン俳優との熱愛騒動が出た日に、涙目でビリビリに破り捨てたはずのヤツだ。
でも、この6畳の間取り、飾ってあるロボのプラモといい、間違いなく俺の部屋だ。うちのボロい一軒家の二階の、いつもの自室。
ていうか、そもそもこのベッドは何?
いつもの安物のパイプベッドではなく、昔、じいちゃんを介護していた時に使っていたようなごつい医療用のベッドだ。
これが俺のベッド? どういうこと?
とりあえずベッドから降りようとしたが、足にまったく力が入らず、ドタッと情けない音を立てて床に転げ落ちてしまった。
着た覚えのないパジャマズボンから伸びる脚は、いつもよりひと回り細い気がする。
「どういうことだよ……」
バンッ!
ノックもなしに、部屋の扉が勢いよく開いた。
「……え? ……お、お兄ちゃん?」
そこに立っていたのは、妹の小春だった。
去年、交通事故で俺の前からいなくなってしまった小春だ。
見間違うわけがない。
「こ、こはる……」
俺の目から、涙がボロボロとこぼれ落ち始めた。
自分じゃどうしようもない感情の大波が、一気に押し寄せてくる。
ああ、そうか。
俺、やっぱりあの隕石で死んでしまったんだ。
だから小春に会えたんだ。
でも……それならそれで、いいや。
会いたかった。
ごめんな、ダメな兄ちゃんで。
これからは、天国でずっと一緒だぞ。
「お兄ちゃん! どこか痛むの!?」
急に泣き出した俺を心配したのか、小春が駆け寄ってきた。
俺は思わず、小春を力いっぱい抱きしめた。
小春は死んだとき、21歳だった。
今の小春はどう見ても小学校高学年くらいの姿だが、まあ天国なんだから何でもありなんだろう。
「ママぁーーーー! お兄ちゃんが目を覚ましたよーー!!」
ドタドタドタッ! と激しい足音が階段を駆け上がり、ひとりの女性が部屋に飛び込んできた。
「あゆむ!? あぁ……良かった!」
母さんだ。
「……あ、母さん……」
記憶よりも、少し若い母さんがそこにいた。
母さんは小春ごと俺に抱きついてきて、わぁっと泣き出した。
「あゆむ、本当に良かった……! あなた、ずっと寝たきりで……」
懐かしい母さんの匂いと、確かな温もりが伝わってくる。
「母さん、俺も……会いたかった……」
小春も俺の腕の中で、おいおいと泣き出す。
「うわぁぁぁぁ! よかったよぉ〜!」
「あゆむはもう二度と起きないんじゃないかって不安で……うぅ……」
母さんの手が、あかぎれだらけで荒れていることに気づいた。
ダメだ、もう無理だ。涙のダムが決壊した。
俺、ずっと寂しかったんだ。
ずっと、ずっと後悔してたんだ。
もう一度会えたら言いたいことは山ほどあったはずなのに、何の言葉も出てこない。
母さんも小春も、急に俺の前からいなくなった。
飲み会の次の日、ひどい二日酔いでくたばっていたら、俺のスマホが鳴った。
頭痛にイライラしながら出た電話は、警察からの交通事故の知らせだった。
急いで病院に駆けつけたけど、二人とも即死だった。
遺体の損傷が酷くて、まともに顔を見ることさえできなかった。
小春との最後のやりとりは「お兄ちゃん、飲み歩いてないで働きなさいよ!」「うるせぇ」。
母さんの最後の言葉は「大丈夫、あゆむはやるときはやる子だから」だった。
あんなのが最後なんて、絶対に嫌だった。
「うわぁぁぁ……母さん……小春……。うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」
気がつくと、俺は恥ずかしげもなく大声で泣き喚いていた。
思えば、嬉し泣きなんて、これが初めてかもしれない。
俺たち3人は床にへたり込み、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、ただ抱き合って、気が済むまで泣き続けた。




