01 誰か、俺の絵を見つけてくれよーーッ!!
「アイスとおにぎりを一緒の袋に入れるなよ! 常識だろ!」
「ですがお客様、先日は分けると袋代がもったいないと……」
「なめてんのかてめぇ!」
ドンッ! とレジ台を強く叩き、50過ぎのハゲたおっさんが去っていった。
「あは、あはは……」
「おい、早くしろよ! こっちは並んでんだよ!」
すかさず、レジ待ちの若いカップルがイラついた怒号を飛ばしてくる。
「あ、はい! ただいま!」
急いで商品のバーコードをスキャンする俺の目の前で、二人はわざとらしいひそひそ話を始めた。
「クリスマスにバイトなんてかわいそぉ~」
「それな。こいつがモテるわけねぇだろ」
(……丸聞こえだぞ、コラ)
俺のこめかみが、ピキリと音を立てて引きつった。
現在、2036年12月25日の深夜1時。
世間はクリスマスイブから当日へ切り替わったばかりだ。
俺はというと東京・江戸川区のコンビニで、絶賛バイト中である。
本当は23時上がりの予定だったのに、深夜帯のバイト仲間が急病で飛んだ。(絶対に急病じゃないね。あとで殺す)
「悪いけどあと数時間だけ……」と涙目で訴える店長(おばちゃん、58歳、ぽっちゃり)を放っておけず、ワンオペ地獄を回避するために残業している。
「ごめんねぇ、あゆむちゃん。おばちゃん一人じゃ死んじゃうからぁ」
「あは、あはは……」
押し寄せる客を必死に捌くが、聖夜のコンビニを二人で回すのは普通に無理ゲーだ。
だが、店長は更年期を感じさせない「常人の3倍」のスピードでレジを打っていく。伊達にクリスマスだからと赤いエプロンを着ているわけじゃなさそうだ。
客足が落ち着き、死んだ魚の目をしている俺を見かねた店長が「ちょっと休んでいいわよ」と外に出してくれた。
コンビニ前の駐車場で壁に背をもたれ、冬の冷たい夜風を浴びながらスマホを開く。
昼間にSNSへアップしたイラストのページを開くが、相変わらず「いいね」は増えていない。
「はぁ……。最高の出来じゃん。流行りのルシーナのサンタコスなのになんでだよ。お前ら全員、目ぇ節穴かよ」
俺の名前は、六条麦 歩。
26歳、男。
美大を出て神絵師になるべくSNSや公募にイラストや漫画を投稿しているが、見事にどこにも引っかからず、フリーター生活を余儀なくされている。
「俺の絵、絶対に上手いはずなんだけどなぁ。運がないよなぁ……」
はぁ……就職したほうがよかったのかなぁ。いや、俺ほどの才能の持ち主がこのまま埋もれるわけがない。
俺は絶対に成功する、それはもはや必然! 絶対にイラストで食っていくんだ!
「じゃなきゃ……母さんに顔向けできないだろ」
スマホのSNSを閉じる。待ち受け画面には、去年、交通事故で帰らぬ人となった母さんと妹が笑っている。
店内からは、クリスマスのジングルベルがうっすら漏れ聞こえていた。
冷たい空気のせいか、少しだけ視界が滲む。
父さんは物心ついたときにはいなかった。
それでも、母さんは女手一つで俺と妹を育ててくれた。俺の「絵で食ってゆく」という夢もずっと応援してくれて、なんと美大にまで行かせてくれた。
知ってるか? 美大の授業料ってアホみたいに高いんだぜ?
それなのに俺は出席日数ぎりぎりで、卒業できたのが奇跡なくらいだ。
妹にはいっつもやかましく怒られてたっけ。
画面の中の二人は、あの頃と変わらない笑顔だ。
なんで死んじゃったんだよ。
今日、クリスマスだぞ。寂しいよ。一人ぼっちだよ。
絵師として成功して、恩返ししたかった。
温泉旅行に連れて行って、美味いもん食わせて、欲しいもの何でも買ってあげたかった。
ごめんよ、息子がこんなんで。
――唐突に、あったかいものが頬に触れた。「ヒャッ!」
見ると、店長がホットコーヒーを俺の頬に押し当ててウィンクしている。
「あゆむちゃん、メリークリスマス!」
「あは、あはは……」
緩みかけた涙腺は一瞬で引っ込み、俺はため息をついて缶コーヒーを受け取った。
「クリスマスケーキが二つ売れ残りそうだから、おばちゃんとあゆむちゃんで一個ずつ持って帰りましょう」
「やったぁ! ちょうど、ホール丸ごと頬張りたい気分だったんですよ!」
店長も数年前に旦那さんを亡くしており、今はひとり身だ。
いつも「あゆむちゃんは家で飼ってるハムスターにそっくりなの」と可愛がってくれる。これって良い意味だよね? ね?
「ん? あゆむちゃん、あれなんだろう?」
店長が東京の夜空を指差す。
星なんか見えない都会の夜空に、本来あるはずのない強い光の筋が走っていた。
「なんだろ、流れ星ですかね?」
「あら、クリスマスにロマンチックね! お願いごとでもしちゃおっか」
「いいですね、そうしましょう!」
気休めだと分かりつつも、目を閉じて両手を合わせ、一心不乱に念じた。
(神絵師になれますように! 俺の才能が世界に見つかりますように! 金持ちになって可愛い彼女ができますように!!)
(それから……母さんと妹に、立派なお墓を建ててあげられますように……)
願いを終えてチラッと店長の方を見ると、店長が口をパクパクさせてあわあわしている。
どしたの?
「あ、あゆむちゃん……あれ……」
夜空に視線を戻す。
光が、思っていたより強くてデカい。
……ていうか、あの流れ星、バカでかくね?
……ていうか、なんかこっちに向かってきてね?
いやいやいや、間違いなくこっちに向かってきてるでしょう!
「うおおおおおおおおお!! てんちょーー! あれめっちゃヤバいかもッ!!!」
「だよね!!? 逃げましょーー!!!」
走ろうとするが足がもつれてうまく動けない。
だめだ! 間に合わない!
流れ星、もとい、巨大隕石がものすごい勢いで迫ってくる!
どんどん光が膨張し視界を覆い尽くす。
ゴォォォォォッ……!!
地鳴りのような轟音が響き、恐怖で世界がスローモーションになる。
えぇ!? 俺、死ぬの? うそ。
誰にも評価されず、コンビニ弁当の廃棄を漁って、バカップルに馬鹿にされて。
やだ、このまま死ねない。
母さんお願い! 俺、まだそっちに行くつもりない!
絶対に神絵師になって、母さんに恩返ししないといけないんだ……!!
「神様……誰でもいいからぁ! 俺の絵を見つけてくれよぉぉぉぉーーッ!!!!」
次の瞬間、全てが強烈な光に呑み込まれた。
「「うぎゃああああああああああああッ!!!!」」
江戸川区の聖夜に、俺と店長の絶叫がこだまし――
そうして、俺の26年はあっけなく幕を閉じたのだった。
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