23 side【田村優子】ポンチョ少年
私の名前は田村優子。
21歳、花の大学3年生。
就職活動を前にして、かねてから憧れていた冒険者試験に挑戦中。
千葉の片隅の田舎では、私ほどエーテル操作が上手い子供はいなかった。
学校の友達も、近所の駄菓子屋のおばちゃんも、「ゆくゆくはS級冒険者ね」ともてはやしてくれたし、私もそれを信じて疑わなかった。私は神童だからさくっとプロになって、若くして偉業を成し遂げてやる、と。
なのに、何これどういうこと!? なんなのよこのマグマ地獄は!? ありえないんですけど!
熱いどころか、まず息ができない! 魔力隔膜しててギリ!
信じたくないけど、これって私のエーテル操作が甘いってこと?
テレビで冒険者の中継は見ていたのに……画面越しの地獄と実際の地獄で、まさかここまで差があるなんて……。
そりゃあ、試験も厳しくなるよ。だって死んじゃうものこんなの。
「キシャァァァァ―――ッ!」
そして何より、今のこの状況が壊滅的です。
私は今、巨大蟻の群れに囲まれています。
とてもキモイです。怖くて泣きそうです。
さらに逃げている最中に転んでしまい、お気に入りの眼鏡も割れてしまいました。
目の前がぼやけているので、キモイ巨大蟻をハッキリ見ずに済んでいるのは不幸中の幸いかもしれません。死ぬけどね!
家を出る前の私にこう告げたい。「予備の眼鏡は絶対にもってこい!」と。
適当にばらまいた風の魔法で巨大蟻を切り裂く。けれど、威力すら弱い。
熱気を防ぐための魔力隔膜も同時展開中なので、攻撃に回すエーテルをうまく練ることができないのだ。
ちらりと上空を見ると、監視用のドローンが飛んでいた。
リタイヤしたら、すぐに救助が来てくれるのだろうか?
けれど、どうしても冒険者への未練がチラついてしまう。
気づくと、巨大蟻がすぐ目の前にまで迫っていた。
嘘でしょ!? これってリタイヤ宣言しても間に合わないんじゃない!?
息ができない、汗が止まらない、動悸がおさまらない。
うそうそうそ、嫌だ! 死にたくない!
そのときだった。白銀のポンチョを羽織った少年が「ドタドダドダーーッ!」っとこちらに向かって走ってきた。
「うぉぉぉぉーー! どいてどいてーーー!!!」
ぼやけた視界を細めてよく見ると、その受験者の後ろを、数十匹の巨大蟻の群れがすごい勢いで追いかけてきているではないか。
そのまま、彼は私の横を駆け抜けてゆく。
「蟻のヘイト、全部もらうねーーーーーーーーーーーッ!」
彼の叫びが流れてゆく。
すると、彼を追いかけていた巨大蟻の群れに触発されたのか、私の周りにいた蟻たちもぞろぞろとその群衆を追いかけて行った。
ポツン、と取り残された私。……助かったの?
でもこのままじゃ彼が危ない! あれは間違いなく『トレイン』だ!
モンスターが、他のモンスターにつられて一緒に追いかけてくる現象。大群になる可能性があるから、とても危険だった。
彼を助けなきゃ! ここで彼を死なせたら、一生目覚めが悪い!
でも、眼鏡が無いから前が見えない。走ってもすぐに転んじゃう。それどころか、マグマに落ちちゃうかもしれない。
ぐぐ……ごめんね少年。私には無理。この業は一生背負って生きてゆきます。
と、懺悔していたら、さっきの少年がUターンしてまたこちらに向かって走ってきた。
「おいコラッ! こっちくんな! 死ぬならひとりで死んでよ!」
あら、私ったらはしたない。でもこっちも命かかってんだ、そりゃぁ口だって悪くなるさ。
「違う違う! おねぇさん、さっき風魔法使ってたよね! 俺をあのビルの屋上に飛ばせる!?」
巨大蟻の群れを引き連れた彼は、くねくねと器用に逃げ回りながら、私に向かって叫んできた。
言われた方を見ると、地面に建つ4階建てのビルと、マグマの海から突き出たビルが、10メートルほどの距離を空けて並んでいた。
「君くらいだったら飛ばせるけど、残った蟻に私が襲われるから嫌!」
「ちっげぇよ! 俺とおねぇさん、二人ともあのビルの屋上に飛ばせるのかってこと!」
「私も!? できるけど、屋上に逃げても逃げ場がなくなるよ!?」
「俺を信じて! 助かりたいでしょ! 俺も必死なの!」
確かにこのままじゃ、少なくとも私か彼のどちらかは喰われてしまう。
一か八か彼に賭けてみることにした。いざとなったら速攻でリタイヤを叫ぼう。
「地面に建ってる方のビルね! 間違えないで!」
彼はそう言うと、私に向かって一目散に走ってきた。
その後ろには大量の巨大蟻が奇声をあげながら迫っている。
判断は一瞬だ。ミスったらやばい。
だが、私を誰だと思っている! 千葉九十九里の神童、田村優子だぞ!
この程度の局面、華麗に乗り切ってみせる!
「舌かむなよ、少年!」
そう私は叫び、少年が射程に入った刹那を見極めて、飛翔の風魔法を全力でぶっぱなした。
私と彼の身体がふわっと宙に浮き、そのままビルの屋上を目指す。
飛翔魔法は着地が難しい。
けれど、そこはさすが私。尻もちはついたけれど、無事に二人とも屋上に着地することができた。
……って、よく考えたら、最初からこの飛翔魔法で巨大蟻から逃げればよかったじゃん。私っておバカだなぁ。
いえ、これも経験。ひとつ賢くなったと祝福しましょう。
「まだだ! 追いかけてくるから逃げるよ!」
少年はそう叫ぶと、宇宙色の万年筆を顕現させ、空に何かを描きだした。
すると、10メートルほど先にある、マグマの海に建つもうひとつのビルの屋上へ向かって、白黒の橋がかかった。
あの万年筆……。この少年、もしかして龍之介様を負かしたっていう噂の彼じゃない?
「キシャァァァァ――ッ!」
あの悍ましい奇声が近くに迫ってくる。ビルの下を見ると、巨大蟻たちが壁を伝って屋上へと這い上がってきていた。
「ほら言ったじゃん! 逃げ場ないよ!」
「おねぇさん! 早くこっちに!」
少年はそう言って私の手を掴むと、そのまま白黒の橋を渡ってもうひとつのビルの屋上へと駆けて行った。
橋の下はマグマの海だ。ゾッとするほど怖い。
でも、少年の手に少しときめきを感じ、王子様とランナウェイしてるお姫様みたい……とか妄想しているうちになんとか対岸のビルの屋上に辿り着いた。吊り橋効果って本当にあるんだね。
巨大蟻の群れが、私たちが最初いたビルの屋上に辿り着き、そのままこちらへ向かって橋を渡ってきた。
「おねぇさん、橋のこっち側に魔法障壁を展開できる!?」
「もうあんまりエーテル残ってないから、少ししかもたないよ!?」
「それでいい! お願い!」
私は言われた通り、橋のこちら側の端に魔法の壁を張った。
巨大蟻の先頭が魔法障壁にぶつかり、ガリガリとキバでかじる。
「ひぃぃぃぃぃ!」
「まだだ……」
そのまま、数十匹の巨大蟻が隙間なく橋を埋め尽くし、押し寄せてきた。
巨大蟻の最後尾が橋に乗ったとき――。
「今だ!」
少年が叫ぶと、白黒の橋はあとかたもなく消滅した。
えっ!? 消えた!?
足場を失った巨大蟻の集団は、パニックを起こす暇もなく、そのままマグマの海へと落ち、ジュッと音を立てて消滅していった。
「よっしゃぁ!! 計画通り!」
少年がぴょんぴょん飛び跳ねながら喜んでいる。
「助かったの……?」
「ありがとう、おねぇさんのおかげだよ!」
私の両手を握って満面の笑顔でそう言ってくれた少年に、私の心臓は強く反応してしまった。
眼鏡がないので、はっきりとは顔は見えない。もしかしたらイケメンかも。
いや、イケメンに違いない。
その後、少年はまた橋を描き、元の屋上に渡った。後は階段を描いて、私たちは無事に地上に戻ることができた。
「じゃあ俺、先に進むけど、おねぇさんも一緒に来る?」
「……そうしたいけど、眼鏡が壊れちゃって。これ以上は無理そうだから今回はリタイヤするね」
私は、心の底から思ってしまったから。
ああ、冒険者になれる人ってこういう人なんだなぁ――って。
「あの、君の名前を教えてくれないかな?」
「俺の? 俺は六条麦 歩。そのうちもの凄い冒険者になる予定だから覚えといてね!」
「うん! 絶対覚えとく!」
彼は、ぶんぶんと大きく手を振り応えると、火山の方角へと迷いなく歩き出していった。
私は冒険者はもう諦めよう。普通に就職しよう。
私に生死の境界で戦う勇気はなかった。
でも推しが出来た。
彼はきっと、とんでもない冒険者になる。
ドローンに向かってリタイアを宣言する。
けれど、不思議と胸の奥は、ここへ来た時よりもずっとずっと高鳴っていた。




