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24 七花と神丸と巨大な壁


 果たしてどのくらい歩いたのだろう。

 道中、巨大な蟻や蜘蛛……はたまた巨人やら、バーストで見かけたモンスターがわんさかと襲ってきた。そのせいですっかり距離の感覚がおかしくなってしまった。

 

 スマホもずっと圏外。

 ネットも地図も使えない。時間だけは確認できるのがせめてもの救いだ。

 

 

「腹減ったぁ……」


 背負っているリュックの中では、シエルがひと口チーズを頬張っている。

「ひと口」とはいっても、シエルがちびっこなので両手で抱えるほどの質量だった。


「……なぁ、シエル、俺にもチーズ1個おくれよ」

「断る。この2パックはわしの明日までの生命線じゃからな」

「お前の主食はチーズなのかよ……」


 実際のところ、ダンジョンでは食料が大問題だった。

 一応、お弁当や水筒は持ってきたけれど、長期間滞在するとなるとまったく足りない。

 

 水筒の水を少しだけ口に含み、恨めしそうに蓋をする。

 

「この水も大切に飲まなきゃな……もっと持ってくればよかった」


 ダンジョンでは、モンスターへの対処は当然として、サバイバル能力もかなり重要なのかもしれない。

 次来るときはもっと準備をせねば。

 

 

 携帯用の小さな羊羹ようかんをチビチビかじりながら歩みを進めていると、眼前に巨大な岩の壁が見えてきた。

 近づくほどにその巨大さに圧倒される。

 高さは50メートルはありそうだ。

 その壁面は見渡す限り続いており、迂回することも簡単ではなさそうだった。

 

 シエルの言う「エーテルの流れ」に沿って来たのに、どういうことだ?

 

 崖下まで近づくと、そこに3人の人影が見えた。

 よく見ると、七花と神丸だった。

 もう一人は地面に倒れている。

 

「……どうしたんだ?」


 慌てて駆け寄ると、30代くらいの男性が血まみれで倒れていた。

 横たわる男性の傍らで七花が両手をかざし、緑色のエーテルを練っている。神聖な光を放つ緑の奔流が、男性の身体を包み込んでいる。彼の枕元では、水で形作られた猫が安心させるように彼の頬を舐めていた。

 どうやら、七花が魔法で彼を治療している最中のようだった。

 

「七花――」


 七花に話しかけようとしたとき、近くにいた神丸が人差し指を口元に当て、「しー」というポーズを取った。

 少しイラっとしたが、改めて七花を見ると額に油汗を滲ませ集中している。

  

 今は声をかけるべきではない。そう察した俺は、神丸と一緒に固唾を呑んでその光景を見守った。

 


 しばらくして、七花が「ふぅ」と息をつき、全身を脱力させた。

 水の猫が消え、緑の奔流も収まる。

 横たわる男性は未だ目を覚まさないが、呼吸は落ち着いていた。

 

「しばらくはこれで大丈夫だと思う。早くリタイア宣言させましょう」


 その言葉に頷いた神丸は、上空の監視用ドローンに向かって「87番、倉田誠二、リタイアします!」と叫んだ。

 すると、天空から一筋の光が降り注ぎ、倉田と呼ばれていたその男性の身体を包み込んだ。

 そして倉田の身体は蒼く輝きだし、そのままフワッと光の粒子となって消滅した。

 

「うわ!? 人が消えたぞ!?」

「……誰!? ……え、あゆむ君!?」


 俺の驚いた声にハッとして振り返り、七花はそこで初めて俺の存在に気づいたようだった。

 

「あゆむ君もここまで来てたんだ。流石だね」

「それよりさ、人が消えたんだけどどういうこと!?」


「お前さ、なんも知らないんだな。ダンジョンから脱出したいときはああやって宣言すると、マナフレアが外に転送してくれるんだよ」

 神丸が呆れたように横から口をはさんできた。

 

「マナフレアって、箱舟に入った時に現れた……あの金色の女神か?」

「ああ。そもそもこのダンジョンに転送された時も入口なんかなかっただろう? お前、どうやって出るつもりだったんだよ?」

「た、確かに……」


 転送か……。さすが魔法世界、もはやなんでもありだな。

 

「さっきの人、大怪我してたみたいだったけど、何があったの?」

「この壁よ……」


 七花は巨大な岩壁を見上げた。

 

「エーテルの流れがこのルートを示しているんだけど、この岩壁でしょう? さっきの人、風魔法に自信があったみたいで飛翔魔法で壁を駆け登って行ったんだけど、途中でワイバーンに襲われて落下しちゃったの」


「ワイバーン……?」


 上空を見ると、3メートルほどの炎のワイバーンの群れが、暗雲の下を泳いでいた。

「うわぁ……」


「それで、全身の骨は折れるわ内臓は潰れるわで、一旦治療を施していたってわけ。私は回復特化の覚醒者だからあの人も運が良かったよね。私がいなきゃ死んでたよ。あとでお礼を請求しに行かなきゃ」


 回復魔法の存在は知っていたけれど、けっこうレアな魔法らしい。回復魔法が使える覚醒者はかなり重宝されるとか。

 

「それでね、ちょっとあゆむ君に相談があるんだけど……」


 七花が神丸をチラッと見た。神丸が不機嫌そうに軽く頷く。

 

「私たち3人で協力してこの崖を登らない? 私も神丸君もこの壁で立ち往生しちゃってて。土魔法とかで足場を作れそうな人が来るのを待ってたの」


「お前の壁とかを作れる魔法なら、足場も作れそうだろう?」


 神丸が腕を組んだまま言う。


「お前が坂みたいな足場を作ってくれれば、上空のワイバーンは俺が撃墜してやるよ」

「私は、いざという時のために魔法障壁を展開しておくね」


 なるほど……。俺は改めて岩壁を見上げる。上空ではワイバーンの群れが旋回している。

 こんなの俺一人では登れそうもない。まさに渡りに船だ。

 

「いいぜ! 安心安全な足場を約束してやるよ!」


  



「ぜぇ……ぜぇ……つ、つかれた。……もうダメ動けない」


 俺たちは2時間ほどかけて、死に物狂いで崖を登り切っていた。


 俺が階段状の足場を崖に張り付くように生成させる。最大3つまでしか生成できないので、3つの階段を繋げたら最初の階段を消し、その先端にまた生成する……という繰り返しで登って来たのだ。

 

 近寄るワイバーンは神丸が雷魔法で的確に撃ち落としてくれた。

 たまに被弾するブレスなどは七花が魔法障壁で防いでくれた。

 

 とはいえ、この50メートル近い高さだと、階段をただ登るだけでも大変なのに、さらに魔法も使い続けるのは想像以上の重労働だった。3人とも倒れ込んで荒い息を吐き出している。

 

「はぁはぁ……おい、六条麦! もっと早く足場をつくれよ! お前がのろいから必要以上にワイバーンに襲われたじゃねぇか!」

「はぁ? こっちは神丸が雷魔法を放つたびに空気がビリビリして痛いのなんのって! それを我慢しながら、なる早で描いてやったんだよ!」

「まぁまぁまぁ……二人とも、無事登りきったんだから喧嘩しないの」


 七花が俺たちをなだめる。

 

「でも確かに、想定よりもエーテルを使いすぎちゃったかも。このまま進んでもひとりじゃちょっと危ないよね……」


 七花が小さく息を吐き、俺たちの顔をまっすぐに見つめた。


「そこで提案なんだけどさ、3人で一緒にゴールを目指さない?」


「……3人で一緒に?」

「ゴールを目指す?」


 俺と神丸が同時に顔を見合わす。

 

「「こいつと!?」」


「そ! チームを組むってこと!」


「ありえないだろ! さっきのは仕方なく協力したんだ、そうじゃなきゃ誰がこんなやつと!」

 神丸が吼える。


「俺だってごめんだね! こんなヤツと一緒にいたらストレスでハゲちゃうって!」


 俺と神丸がギャーギャーと子供のような言い合いをするので、七花は呆れたようにため息をつき、ジト目で俺たちを見ていた。だが、ふいにスッと目つきを鋭くして――。

 

「あのさ、二人とも。そんな中途半端な気持でこの試験に挑んだの? だとしたらがっかりなんですけど。私は絶対に試験に受かって冒険者にならなきゃいけないの。だから、利用できるものは何でも利用するし、小さなプライドなんてクソみたいなものよ」


 俺と神丸は、美少女の容赦ない軽蔑の眼差しに完全に気圧けおされてしまった。

 

「そもそもさ、神丸君。あなた三次選考のとき、最初は手を抜いてたよね? 心象魔法アニマ・グラフは使わないって何それ? しかもそのあと結局使ってるし。ダサいにもほどがあるわ。試験を舐めすぎよ。あなたの試験にかける思いはその程度だったの?」


「……あ……うぅ……」


 神丸が何も言い返せなくて口をパクパクしている。

 ざまぁないぜ神丸。もっと言ってやれ七花!

 

「あゆむ君もさ、おそらく基本魔法の類がまったく使えないんでしょう? 魔力隔膜どころか身体強化も。そんなんでよくこの試験を突破できるって思ったよね? 舐めてるの? それとも遊び感覚で受けただけなの?」


「……あ……あはは……」


 何も言い返せなくて、俺も口をパクパクさせた。

 

 

「よく言った小娘!」

 突如、リュックから勢いよくちびシエルが顔を出した。

 

「ぬしらは3人ともまだまだ未熟なこわっぱどもじゃ。互いに手をとりあって切磋琢磨することこそが、わしのような立派な大人になる近道だと心得よ」


 ビシッと短い指を突き付けるちびシエル。

 七花と神丸が予想外の突然の第三者の登場に目を丸くして固まってる。

 

「……え? し、式神がしゃべってる!? 私の茶々丸はしゃべったりしないよ!?」


 七花が指をさして驚いていた。茶々丸とはあの水の猫のことだろう。


「あ、はい……。俺の式神、めちゃくちゃおしゃべりで……。あと消えずにずっといるんで、普段からリュックに入ってもらっています……」


 ご紹介にあずかったちびシエルが、「ふんぬ!」と2人に対して偉そうにふんぞり返った。

 

「「えぇーーーー!?」」


 二人の驚きの声が響き渡った。

 

「はぁ、また面倒くさいことになりそうだなぁ」と俺は頭を抱えてうなだれた。





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