22 『獅子宮』――すなわち、獄炎の死の未来
――ドサッ! と固い地面に放り出された瞬間、暴力的なまでの『熱』が、全身の皮膚に襲いかかった。
そこは一面、マグマに覆われた大地だった。
空は赤黒い雲に覆われ、まるで雨のように火の粉が降り注いでいる。
遠くには巨大な活火山がそびえ、その火口からは絶え間なくマグマの川が流れ出していた。
そして何より異様だったのは、マグマの海からあちこちにそびえ立っている人工物、「高層ビルの先端」だった。
そう、この地は『東京がマグマの海に沈んだ死の未来』だった。
「……あつッ! やばい! 燃えるッ!!」
呑気に景色を観察している余裕は1秒たりともなかった。
あまりの熱気に皮膚が焼け焦げ、息を吸うだけで気道が燃えるようだ。硫黄の臭いが鼻をつき、目を開けていることすらつらい。
本当にヤバい! このままでは数分ももたずに死んでしまう!
「あゆむ!? そうか、ぬしは『魔力隔膜』が張れんのだったな。急いで何か描け! 熱さを遮る何かじゃ!」
リュックから顔を出したシエルが叫ぶ。
描けって言っても何を描けばいいんだよ!?
この熱さを遮る……防護服か? でも今から探索するんだからもっと身軽なものがいい……。
呼吸のしづらさと猛烈な熱で、思考がどろどろに溶けそうになる。時間は掛けられない。
「アクセス!」俺は弾かれたように宇宙色の万年筆を顕現させ、空中に筆を走らせる。
あまりの熱さに、皮肉にも一瞬で極限の集中状態に入った。描かなければ死ぬ。
描くのはポンチョ。上半身をすっぽり覆えるものがいい。
首元に、六角星型の雪の結晶を描く。「冷気」の概念を付与するために、この結晶が重要だと本能が訴えている。
指先が焦げる熱さの中、まるで製図でひいたかのような完全な雪の結晶が空中に刻み込まれる。
「……できたぜ! たのむ!」
「波束を断ち、象を成せ。――収束せよ、其が真名は【六華羽衣】!!」
白黒だったポンチョが美しい白銀の色を纏う。
硬質だった表面がふわりと布の質感をおび、宙に浮く。
俺は火傷しそうな手で急いでそれを羽織り、フードも頭に被せた。
「ふぁ……っ! ふぁぁぁぁぁ……助かったぁ……」
スゥっと、皮膚を焼いていた熱波が嘘のように退いてゆく。
まるで、クーラー全開の部屋に入ったかのようなひんやりとした冷気が、俺の身体を優しく包み込んだ。
「や、やばかった……あやうく開始1分で死ぬところだった……」
俺はその場に膝をつき、荒い息を吐きながら汗を拭った。
「すまん! ぬしがエーテル操作すらできぬ赤子同然じゃったことを失念しておったわ!」
「……。……まぁいいや。シエルは平気なのか?」
「わしは、魔力隔膜を張っておるから問題ない。エーテルを自らの身体の表面に纏わせ、外部環境を遮断する分厚い膜にするのじゃ。これである程度の環境なら適応することができる。ほれ、あの小生意気な神丸とやらが魔法障壁を使っておったじゃろう。あれの応用のようなものじゃな」
「ってことは、冒険者はみんなその魔力隔膜ってやつが使えるってことか」
「じゃな。見ての通り箱舟内の環境は過酷じゃ。魔力隔膜が使えないと話にならん」
なんてことだ。箱舟を甘く見てた。まさか初っ端からこんなことになろうとは。
指数ゼロでエーテル操作もできない俺って、そもそも冒険者失格じゃないか?
「安心せよ。ぬしのその【六華羽衣】は、わしがエーテル切れを起こさぬ限り作用し続けるじゃろう。もしエーテルが切れたら灰となって消滅するがのう」
「ならやばくないか? シエルはエーテル切れを起こしやすいだろう? 大丈夫なのかよ?」
俺の心配をよそに、シエルは得意げな笑みを浮かべて応える。
「この地はエーテルに満ちておる。普段より多くのエーテルを補充することが出来そうじゃ。六華羽衣にエーテルを注ぎ続けたとて、それ以上を補充できておるので問題ない」
「よかったぁ……それなら、とりあえずは先に進めそうだな」
「とはいえ、わしが『戦乙女』として顕現できる時間はもって5分程度じゃ。ゆえに、基本はぬし一人で戦い抜く覚悟を持て」
厳しい条件だが、最初から覚悟していたことだ。
「……じゃあ、出発するとするか。お……あれ? これ、どう進めばいいんだろ?」
見渡す限り広大な領域。マグマの海と溶岩の大地。廃墟と化したビル群。明らかに現実世界ではない。
とりあえず、あの活火山を目指そうかと思うが、まともな道すら見当たらない状態でむやみに進んでよいものか。
「それなら問題ない。わしには『エーテルの流れ』が見えておる。間違いなく人工的につくられた流れじゃ。おそらく先人が残したものじゃろう。つまり、この流れこそが一番安全なルートということじゃ」
「まじかよ……冒険者はそういったものまで視えるのかよ……ますます俺は冒険者失格じゃん……」
俺はがっくりと肩を落とし、六華羽衣の中で深くため息をついた。
絵を描くこと以外、本当に何もできない自分の無力さが身に染みる。
そんな俺の情けない横顔を見て、シエルは小さな手で俺の背中をポンポンと叩いた。
「顔を上げよ。そこはわしが補ってやる。二人で背中を預け合えばよかろう。わしらは『バディ』なんじゃろう?」
なんてことだ。うちのシエルがそんな優し気な言葉をかけてくれるとは。だが、励ますシエルの目が、はるか虚空を見つめていることに俺は気づいた。
「シエル……。俺が冒険者を諦めたら、お前が箱舟を探索できなくなるから、そんな優しいこと言ってるんだろう……」
「そ、そのようなことは断じてないわ! ぬしの悪いところは人を信じぬ邪な心じゃ!」
シエルは目を泳がせながら逆切れしだした。図星かよ。
「それよりも進むぞ! 時間は有限じゃ! 無駄口を叩いている暇なぞないわ!」
「む、確かに……」
遥か遠くにそびえる活火山を改めて眺める。
赤黒い暗雲が立ち込める中、その火口付近からは異質な『黄金の光の柱』が天高く伸びていた。
おそらく、このダンジョンの中心、深度100はあそこだろう。
ということは、深度30はあの活火山を目指す道中にあると考えて良い。
「それじゃあ、記念すべき最初の大冒険、いっちょ始めますか!」
俺とシエルは「オー!」と拳を振り上げ、溶岩の大地へその第一歩を踏み出した。




