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20 最終選考、開始!


「おお! 近くで見ると一段とすごいな!」


 8月、夏晴れの朝。

 俺は最終選考のため、東京湾に浮かぶ箱舟へと上陸している。

 葛西臨海公園から受験者専用のリムジン船が出ていたので、比較的楽に来ることが出来た。

 

 潮の香りが漂う中、間近で見上げる箱舟は想像をはるかに超える荘厳さだった。

 その巨大さは言うまでもないが、何より異様なのはその質感だ。月銀色の壁は鏡面のように滑らかで、継ぎ目のひとつも見当たらない。人類の建築技術とは完全に切り離された、SF映画に出てくる巨大宇宙船のような様相だった。

 

 そして、12の小ホールから立ち昇っている巨大な光の柱だが、近くで見ると12個全てが灯っているわけではなかった。現在灯っているのは7個だけだ。おそらく、過去に踏破された5つの『地球の死の未来』の光の柱は、すでに消滅しているのだろう。

 


「それにしても、あの世界樹はなんなんだ?」


 箱舟の後方にそびえ立つ世界樹は、まったく樹木と呼べる代物ではなかった。

 幾億の光の帯が複雑に絡み合った、大樹のようなシルエットを形成してはいるが、どう見ても生命の類には見えない。

 

「見た目は荘厳華麗じゃが、わしにはしごく悍ましいものに感じるぞ」


 リュックの中から顔だけを出したシエルが、忌々しげに光の巨樹を睨みつける。

 

「シエルはこれが何なのか覚えてないのか?」

「そういう肝心なことほど欠落しておる……。己のことながら、腹立たしいわ」

「そっか……まぁ、箱舟に入れば何か思い出すかもな」

「そうであれば良いが……」



 係員に誘導され、箱舟の入り口付近に着いた。

 そこには扉のようなものは存在せず、直径10メートルほどの巨大な円環状のゲートが鎮座していた。


 その前方の広場にはすでに40名近くの受験者がたむろっている。

 最終選考に進んだのは56名。

 三次選考で一気に落とされたようだ。最終選考が箱舟探索なので、自力で生き残る力があると判断された者だけが残されたのだろう。

 

 

「……やっ!」


 不意に背中をポンッと叩かれ、振り向くとあの制服美少女が立っていた。

 今日は制服ではなく、ダンジョン探索を意識したスポーティな私服姿だ。活動的な出で立ちが、彼女の健康的な魅力をいっそう引き立てている。

 

「六条麦君、だよね? 君も受かったんだね」


 夏の陽射しを浴びて微笑む彼女は、透きとおるような美少女だった。

 もし俺が年齢通りの精神年齢なら、どぎまぎしてしまい、まともに顔を見て話すことは出来なかっただろう。だが今の俺は26歳(中身)。高校生なんて子供みたいなものだ。会話することなど赤子の手をひねるようなものだ。

 

「私は、桜井 七花。高校1年生。七花って呼んでくれていいよ」

「あ、お、俺も高校1年生です。じゃ、じゃあ、俺もあゆむって呼んで大丈夫です……」

「敬語もやめてよ。同級生じゃん」


 だめだ、何故俺はきょどっているんだ!? 一回りも年下の女の子に緊張してどうすんだよ!

 リュックの中のシエルがニヤニヤしているのが雰囲気で伝わってきたので、肘でこずいてやった。

 

 恐る恐る七花の顔を見ると、その瞳は光に透けると蒼みがかった色をしていた。宝石のように綺麗で、思わず吸い込まれるように見つめてしまった。

 

「な、七花ってハーフなの?」

「あ、この瞳の色? 違うよ、純日本人。覚醒者はエーテルの影響で髪とか目なんかの色が変化している人も多いみたい。私もその一人」


 なるほど。この東京では髪の色が派手な奴をよく見かけたが、あれは染めているだけじゃなかったのか。

 

 そのとき、受験者の集団の中から、一人の少年が近づいてきた。あの神丸 龍之介だ。

 

「……おい、六条麦」

「な、なんだよ。俺は別にズルしてここにいるわけじゃないぞ」


 思わず身構える俺。こいつも受かったのか。でもまぁ、そりゃそうだよな。あれだけの威力の心象魔法アニマ・グラフを使えるんだ。受からない方がおかしい。

 

「……別に、いちゃもん付けに来たわけじゃねぇよ。あ、あのさ……」


 神丸は眉間に皺をよせ、なぜか親の仇を見るような険しい目つきで俺を睨みつけてきた。そして、ひどく言いにくそうに視線を逸らしながら口を開く。

 

「あのときは悪かったな。それだけだ」


 ……え? 今、謝った?

 神丸は早口でそう言い残すと、俺が言葉を返す前に踵を返し、速足で受験者集団の中に戻っていった。

 ぽかーんと呆ける俺。

 

「なんなんだあいつ……」

「ふふ、神丸君なりのけじめだったんじゃない?」


 七花がくすくすと微笑んでいる。

 か、かわいい……。なんだこれ、失ったはずの青春の香りがする。

 なんだかよくわからん神丸はどうでもいいや。

 

「私、神丸君とは同じ高校でさ。あまり話したことはないんだけど、彼、有名人だから少しは事情を知ってて」

「あいつ有名人なの? アイドルか何か? たしかにイケメンだよな」

「違う違う、彼のお父さんが超有名なの。神丸 進次郎って聞いたことない? 元S級冒険者で、箱舟の『白羊宮』を踏破した人」

「え!? あいつの父親ってそんなに凄い人なの!?」

「うん、でもね……」



 少し影を帯びた七花の言葉を遮るように、広場のスピーカーからマイクのノイズ音が響いた。

 

『あー、マイクテス、テス。それではこれより、最終選考の説明をさせてもらう』


 気怠げな声の主は、後藤だった。

 隣にいる七花の表情が、真剣なものへと変わる。俺も握った手が汗で湿るのを感じた。

 

『最終選考は、実際に箱舟のダンジョンを探索してもらう。探索するのは『獅子宮』だ。お前らには深度30に設けられたベースキャンプを目指してもらう。――制限時間内に、獅子宮の深度30まで到達する――それが今回の選考内容だ』

 

「獅子宮……? この前起きたバーストも『獅子宮のバースト』だったよな? 危険じゃないのか?」


 俺が小声で呟くと、七花が横から補足してくれた。

「バーストが起きた直後は比較的安全だって話だよ。ガス抜きされたイメージかな。それに、各ダンジョンの最終地点は『深度100』。つまり、深度30はすでに開拓済みのエリアだから、そこまで危険じゃないと思う」



『制限時間は明日の15時。お前らには獅子宮内で一夜を過ごしてもらう』

 

 前もって1泊2日と聞いていたので驚きはしないが、あらためて聞くと緊張してくる。

 

『目的地が深度30とはいえ、箱舟は危険な場所だ。そこで、お前らには発信機と監視用ドローンを付ける。もしも何かあった際は俺たち試験官が救助に駆け付ける』


「……よかった。後藤さんはA級冒険者だし、他の試験官もC級以上らしいから、少し安心」

「あのおっさん、ロゼさんと同じランクだったのか」


『なお、獅子宮は未だ深度70までしか到達されていない未知のダンジョンだ。安全対策はしてあるとはいえ、けっして油断するんじゃねぇぞ。もしものことがあっても、協会は一切の責任をおわないからな。それじゃあ、受験番号が呼ばれた奴からゲートに入れ』


 後藤がそう告げると、巨大な円環のリングに、蒼く輝く液状のワープゲートが波打つように発生した。

 


「それじゃ、またねあゆむ君! お互い絶対に冒険者になろうね!」


 そういって七花は、待機列の方へと駆けて行った。

「あゆむ」と呼ばれたことに少し照れてしまい、最終選考の緊張がどこかに吹き飛んでしまった。


「『絶対に冒険者になろうね!』」

 リュックを開け、顔を出したシエルがニヤニヤしながら七花の声色をまねた。

 

「かわいい子とお近づきになれてよかったのぅ」

「うっせぇ。それよりさ、いよいよ箱舟に入れるな。俺さ、怖さよりもワクワクの方が強いかも」

「実はわしも柄にもなく気持ちが高揚しておる」

「俺たちだったら、絶対に深度30に辿り着けるよな?」

「うむ、当然よ。楽勝じゃ!」





 待機列に並んでいた俺の順番が来た。

 目の前には巨大なリング状のゲート。前世ではありえなかった光景。

 映画やゲームの世界に入ったような高揚感を覚え、胸の高鳴りがおさまらない。

 俺はシエルと目を見合わせ、深く息を吸い込んでゲートの中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 ――そのときの俺は、箱舟という存在をあまりにも甘く見ていた。

 そこは未知の領域。過去66年間、名だたる冒険者たちが血を流し、未だ半分しか踏破できていない魔境。

 

 そこが『地球の死の未来』を封じた地獄だと気づいたときには――

 すでに取り返しのつかない絶望が、俺たちを飲み込んだ後だったんだ。





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