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19 ★side【春子(あゆむの母)】緊急速報


 ――時は少し進んで。

 

 あゆむが最終選考のために箱舟に向かってから、2日目の夕方。

 団地の狭い部屋には、オレンジ色の西日がさしこんでいた。

 遠くから聞こえるひぐらしの鳴き声が心地いい。

 

 春子は夕飯の支度をしていた。

 今晩はチラシ寿司パーティだ。

 


 最終選考は1泊2日で行われると聞いている。そろそろあゆむが帰ってくる頃だった。

 

 箱舟はとても危険な場所だとわかっている。だが、最前線には行かず、チームを組んで慎重に行動さえすれば、命の危険にまで及ぶことは滅多にない。

 ましてや今回は選考試験。冒険者協会も万全の態勢で管理してくれているに違いない。

 

 あゆむは試験に受かっただろうか。

 春子としては合否はどちらでも良かったが、あゆむの希望に満ちた瞳を思い出すと、自然と応援してあげたい気持ちになるのだった。

  

 コンロの火を止め、「まさか、あなたと同じ道を選ぶとはねぇ」と呟く。


 スマホに保存してある夫の写真を開く。

 あゆむの父親も冒険者だった。だが、あゆむが4歳のときに帰らぬ人となった。

 彼は箱舟のモンスターに殺されたわけではない。暴走した犯罪者の刃から新人を庇い、自らの命と引き換えに相手を討ち取ったのだ。

 

 春子はそのことを、今でも誇りに思っている。

「流石は私の旦那だ」――三日三晩泣きとおしたあと、心からそう思えたから。



「あなたも、あゆむのことを見守っていてね」


 写真に向かってぽつりと零した、その時。

 手元のスマホが、着信音を鳴り響かせた。

 

 画面を確認すると、小春からの電話だった。

 

『――ママ! 冒険者試験の中継見てる!?』


 電話に出ると、友達の家に遊びに行っているはずの小春が唐突にそう叫んだ。

 

「何言ってんの。試験なら中継してないみたいよ」


 ドローン中継があるのはプロだけだ。選考試験の中継は行わないと案内の資料にも書いてあった。

 

 『違うの! 緊急事態なの! 箱舟で『深度決壊』が起きたみたいで、それで緊急生中継が始まってるの!』



 ――ドクンッ。春子の心臓が大きく跳ねた。



「……え?」

 

 ……緊急事態?

 あゆむは……あゆむは無事なの?


『それでね! お兄ちゃんたちがS級モンスターと戦ってるんだけど、それがもー凄いの! とにかく早くテレビを付けて!』


 小春の声にはパニックと興奮が入り混じっている。

 あゆむがS級モンスターと戦っている? どういうことなの?

 


『……え!? うそ……』

 突如、電話口の小春が、声を詰まらせ絶句した。

 

 春子は慌ててリモコンを手に取り、まだ真新しいテレビの電源を入れた。

 あゆむが冒険者になった際に中継を見るため、無理をして買ったばかりのテレビだった。

 

 テレビをつけた瞬間、けたたましいアラーム音と共に【ニュース速報】の文字が画面に映し出された。

 

≪ビコンッ! ビコンッ!≫

≪【ニュース速報】本日17時ごろ、箱舟『獅子宮』にて、大規模な深度決壊が発生。現在、試験官を含む受験生数名が、S級モンスターと交戦中≫


 春子は急いで、中継を放送しているチャンネルを探す。


『やだ……そんな……お兄ちゃん……ッ!』

 電話口から聞こえる小春の細い声が、絶望で震えだす。


 ――ドクンッ、ドクンッ。

 嫌な予感がする。全身の血の気が引いていく。何かが起きてる。


『いやぁぁぁぁーーーーーッ!!!』

 小春の悲鳴が響く。


 チャンネルが合い、箱舟の中継が映った。

 その瞬間、春子の目に飛び込んできたのは――。

 

 

 

 あゆむの左半身が吹き飛ばされ――

 

 空中に鮮血と臓物をまき散らす姿だった。

 

 

 

 目の前が真っ白になる。

 

 手からスマホが落ちる。

 

 スマホから聞こえてくる悲鳴も、ひぐらしの鳴き声も、もう何も聞こえなかった。





 最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!

 次話からはいよいよ「最終選考」がスタートします。

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