17 ★大歓声
「これが俺の心象魔法――【グングニル】だ」
神丸の右腕には、激しい紫電を纏った巨大な『陽電子砲』が装着されていた。
【グングニル】の砲口に、エーテルが高密度で圧縮されていく。
試合場全体が凄まじい放電に包まれる。
その異常な出力に、試合を観戦していたギャラリーがざわめきだした。
「……フルチャージまで30秒。もう手加減は出来ない。命が惜しかったら降参してくれ」
「おいおいおい、冗談だろッ!」
後藤が顔色を変え、審判席から身を乗り出した。
まさか神丸の心象魔法が、これほどの出力を秘めていたとは思っていなかったのだ。このまま撃たせれば間違いなく大惨事になる。
「やめろ神丸! その出力じゃ試合場の魔法障壁がもたねぇ! 六条麦だけじゃなく、周りの受験者まで吹き飛ぶぞ!」
「それはあんたたちがなんとかしてくださいよ。それが仕事でしょう」
「ざけんな! 試合は中止! もう終わりだ、終わり!」
後藤が試合を止めに入ろうと動く。だが――。
「止めるなよ、後藤さん!」
俺は審判席の後藤に向かって叫んだ。
「俺は絶対に勝つ! だから黙って見ていてくれよ!」
「はぁ!? てめぇ死ぬ気か!」
「神丸が本気を出したんなら、こっちも出し惜しみは無しでいく!」
俺は神丸を真っ直ぐに見据え、言葉を叩きつけるように叫んだ。
「神丸! お前の全身全霊を真正面から受けてやる! そのうえでぶちのめすから覚悟しとけ!」
「……ハッ! そりゃ楽しみだぜ!」
俺はリュックを下ろし、ジッパーを全開にする。
「シエル! やるぞ!」
「こうなっては仕方あるまい。あの小僧を完封するぞ」
神丸の周囲には紫電の嵐が吹き荒れている。
右腕のグングニルに凄まじいエネルギーが溜まっていくのがわかる。
「あと20秒」
神丸が低く呟く。
俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
虚空のキャンバスを見据え、一瞬で極限の集中に入る。
描くのは、ただの盾じゃない。あらゆる理不尽を弾き返す、美しくも堅牢な『神々の盾』だ。
どんな強大なエネルギーをも防ぐ、寸分の狂いも許されないフォルム。
神々すら見惚れるほどのディテール。そして、圧倒的な重厚感。
イメージは固まった。宇宙色の万年筆を宙に置き、一気にペン先を走らせる。
絶対防御の概念そのものを線に込める。
「3……2……1――」
「あゆむ、来るぞ!」
『咎人に与える慈悲はなし、隻眼の王の裁きを受けよッ!――【ラグナロク】ッ!!!!』
神丸の右腕が限界突破の輝きを放ち、鼓膜を千切るほどの轟音と共に、破滅の極光が放たれた。
その極太のレーザーは、試合場の床をえぐり飛ばしながら、俺たちに一直線に迫る。
それはまるで、世界を焼き尽くす『光の神槍』そのものだった。
「甘いわッ!」
足元のリュックから、蒼いエーテルの奔流が爆発的に噴き出す。
溜め込んでいたエーテルを一気に解放し、純白のドレスをなびかせた『美しい女性の姿』のシエルが顕現した。
バヂィィィィィィィィィィッ!!!!
――衝突。空間が歪むほどの光がはじけ、視界が真っ白になる。暴風のような衝撃波が試合場全体に吹き荒れた。
やがて光の向こうに浮かび上がったのは、極太のレーザーを、突き出した両の掌で直接受け止めるシエルの姿だった。
「……ッ!? 六条麦の式神か!? だが、まだここからだ!」
レーザーは止まらない。それどころか、さらに出力が上がってゆく。莫大なエネルギーの奔流に、空間が悲鳴のような軋みを上げている。
「ぐぅぅぅぅッ!!!」
シエルが苦しそうに眉をしかめる。
その両掌は高熱を帯びて赤く燃え滾っており、今にも押し切られそうだ。
「急げ、あゆむ! さすがに素手では長くはもたぬ!」
「あと10秒くれ!」
俺はさらに絵に没入する。
周囲の音は消え、視界は線以外が真っ白になる。
自分の心臓の鼓動だけが聞こえる。
トクン……トクン……
時間がないことを言い訳にしない。
状況が悪いことを、むしろ楽しむ。
今、この極限状態の俺だからこそ描ける、至高の一枚。
俺の魂をこの線に込める。
「うぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
神丸が吼えると同時に、レーザーの出力がさらに跳ね上がった。
シエルの両腕から焦げるような煙が立ち上がる。
俺は限界を超えた集中力で最後のエッジを仕上げる。
全精神エネルギーを注ぎ込んだ白黒の『大盾』が、ついに空中に浮かび上がった。
「描けたぜッ!!」
『波束を断ち、象を成せ。――収束せよ、其が真名は【アイギス】!!』
シエルが真名を与えた瞬間、ただの絵だったそれは鮮やかな色彩を纏い、神々しい光を放つ『神々の大盾』へと姿を変えた。
シエルの半身を隠すほどの巨大な大盾。
あらゆる災厄を受け流しそうな、左右対称の美しいシルエット。
荘厳な女神の装飾が施され、盾全体が眩しい黄金色に輝いている。
「……ふむ、良い出来じゃ。少し遅かったことは大目に見よう」
シエルが不敵に微笑み、大盾を正面に構える。
巨大なレーザーが大盾に激突した。凄まじい閃光と衝撃波が吹き荒れ、試合場を覆う魔法障壁に無数の亀裂が走る。
だが――【アイギス】を構えたシエルは、もはや一ミリも後ろに下がらなかった。
光の奔流の中で、シエルが高らかに詠唱を叫ぶ。
『神の裁きすら、我が聖域ではただの揺らぎに過ぎんッ!――【拒絶する世界】ッ!!!!』
大盾から激しい黄金色の光が放たれ、辺り一面を眩く染め上げる。
あれほど強大だったレーザーの奔流は、アイギスに直撃した瞬間、美しい光の粒子となって霧散し、幻のように虚空へと消え去った。
後藤やギャラリーたちは息を呑み、ただその光景に釘付けになっていた。
役目を終えたアイギスも灰と化して散ってゆく。
「……あぁ……」
すべてを出し尽くした神丸が愕然と両膝をつく。
大技を撃ち終え、完全にエーテル切れを起こして硬直していた。
「あゆむ、今じゃ!」
俺はすでに神丸に向かって走り出していた。
万年筆を空中に走らせ、『白黒のショートソード』を描き出し、右手に握る。
そしてそのまま、床に両膝をつき硬直している神丸の首元に、刃先を当てた。
「……まだ続けるか?」
神丸は無言のまま、俺の目を真っ直ぐに見据え返した。
しばらくの沈黙。そして――
「……俺の負けだ」
静まり返るアリーナ。
俺は荒い息を吐きながら、振り返って審判席の後藤を見た。
後藤は咥えていたパイポをポロリと落とし、呆れたように、だがどこか嬉しそうに笑った。
そして、右手を高く突き上げる。
「勝者、415番、六条麦 歩!」
その宣言と共に、アリーナ中から割れんばかりの大歓声が巻き起こったのだった。
「マジかよ、あの神丸を倒したぞ!?」
「あの人、指数ゼロじゃなかったの!?」
「ていうか、図形を描くスピードが速すぎないか!? 1秒もかかってなかったぞ!?」
「あのスピードでなんであんなに綺麗に描けるんだよ!?」
「ねえねぇ、あの盾見た? 凄く綺麗な心象魔法だったよね」
「神丸も流石だよな。あの最後の一撃、エーテル指数を測ってたんだけど、瞬間5万超えてたぜ」
「それにしても、あの『戦乙女』はなんなんだよ!? 415番の式神なのか? 急に成長したぞ!?」
「きっと人間じゃないよ。あんな美しい存在、人間のはずがないよ」
四方八方から湧きあがる、どよめきと称賛の声。ギャラリーの興奮はおさまらない。
――ぽふんっ。
気の抜けた音がしたかと思うと、いつの間にかシエルはまたちびっこの姿に戻っていた。
「ほう、『戦乙女』か。気に入った。これからは、わしのあの美しき姿はそう呼ぶことにしよう」
シエルは得意げに「ふんすっ」と鼻息を荒くしている。
俺は、周囲の歓声がまだ信じられず、茫然と立ち尽くしていた。
(……すげぇ歓声だ)
前世では、どれだけ必死に描いても誰にも見向きされなかった俺が。
今、こんなにも大勢の人間を驚かせ、熱狂させている。
じんわりと、胸の奥が熱くなった。
「あゆむよ、まずは第一歩じゃな」
見下ろすと、ちびシエルが俺を見上げて微笑んでいた。
「……ああ。そうだな、これが俺たちの一歩目だ!」
パァンッ! 俺と小さなシエルは指先でハイタッチをし、かつてないほどの高揚感と共に勝利を喜んだ。




